「あ~暑い」
「・・・」
蝉の鳴き声がうるさい。汗を拭いながら、俺はいつものように暁人の手を繋いで歩いている。麦わら帽子を被っている暁人の手は、少しだけ湿っていた。顔は相変わらずの無表情だが暑さのせいか、どこかぼうっとしているようにも見える。
「おーい」
「・・・何?」
ワンテンポ遅れて反応する。これは完全に上の空だな。
「今日はもう帰るか」
「ん」
そう言って俺達は家へと向かって歩き出す。おもむろに暁人が鞄から何かを取り出した。
「日傘か?」
「うん、持ってたけど忘れてた」
それは白いレースのついた可愛いデザインの日傘だった。女性向きのデザインだが、それを差して歩くと余計目立つ気がするが、まぁいいだろう。今の暁人の服装にもぴったりだしな。
「KKも入ろうよ」
「いや、流石にこの歳で二人で一つの傘に入るってのはちょっと・・・」
「だめ?」
上目遣いでそんな事を言ってくる。うっ、これ断れる奴なんているのか?少なくとも俺には無理だ。
「分かったよ」
諦めて一緒に入る事にした。こうやって二人並んで歩くというのも中々新鮮だ。それにしても、今日の暁人は本当に機嫌が良いみたいだ。耳を傾けると鼻歌まで歌ってるし。そこまで嬉しかったのか。そう思うとこっちまで楽しくなってきた。あの一件で俺達は恋仲になった訳だけど、やっぱりこうして一緒に居るだけで幸せな気持ちになる。俺達は恋人同士なんだという実感が湧いて来る。不意に携帯の着信音が耳に入った。
****
凛子さんからの連絡によると来週神社の夏祭りと同日に花火大会があるから一緒に来ないかとのこと、麻里は行く気満々らしい。麻里なら母親の形見の浴衣を着て行きそうだけど僕には浴衣は似合わないかな。
「花火かぁ・・・」
そういえば最後に行ったのは何時だったけ。
「花火、好きなのか?」
僕の呟きを聞いてKKが聞いてきた。
「うん、好き」
「そっか」
「でも・・・浴衣とか無いし、それに僕には似合わなさそうだし」
「それじゃあ今度買いに行くか?」
「え!?」
思わず声を上げてしまった。
「嫌か?」
「全然嫌じゃない、でも・・・」
「大丈夫だって、別に変なことなんてしないさ」
「ほんとに?」
「ああ」
僕は少し考えてみた。もしみんなで出かけたらどんな感じなんだろうか。きっと楽しいんだろうな。でも僕なんかと一緒に行って迷惑にならないのかな。
「どうした?何か心配事でもあるのか?」
「ううん、何でもない」
「そうか、とりあえずまた考えておくからさ」
「うん」
****
そして祭り当日、白地に紫を基調とした切子模様の浴衣を着た暁人を見て俺は驚いた。こんなに綺麗だとは思わなかったからだ。普段とは違った雰囲気を纏った暁人に、正直ドキッとした。だがそれ以上に他の三人の反応の方が凄かった。
「わ~!お兄ちゃん可愛い!」
真っ先に抱きついたのはやはりと言うべきか、予想通り麻里だった。
「これは予想以上ね」
「うんうん」
続いて絵梨佳と凛子も言葉を失うくらいの感想を口にしていた。
「あんまりジロジロ見ないでよ恥ずかしいから・・・」
顔を真っ赤にして俯く暁人を見ていると、何とも言えない感情が溢れてくる。もっと見ていたいと思う反面、早く自分の物にしたくなる衝動に駆られる。だが、今は我慢しよう。まだその時ではないのだ。
「ほら、屋台見て回るぞ」
俺の言葉に四人が一斉に反応する。暁人の手を繋いで歩き出す。後ろからは楽しげな笑い声と共に追いかけて来る足音があった。
それからは、射的や輪投げをしたり、金魚すくいをしてみたり、定番の焼きそばやタコ焼きを食べながら歩いていた。その間もずっと手を繋いでいたが、特に邪魔される事もなく、平和な時間が続いていた。
「暁人、ちょっといいか?」
無言で頷くと、近くの公園にあるベンチへと座らせた。
「どうしたの?」
「実はお前に渡したい物があってな」
鞄の中から小さな箱を取り出す。それを不思議そうな顔で眺めている。ゆっくりと箱を開けると中には指輪が入っていた。
「これって・・・」
「ああ、その・・・俺達って一応付き合ってるだろ?だからまぁ、こういうのも良いんじゃないかと思ってさ」
「嬉しい・・・」
暁人は顔を両手で覆って静かに泣き始めた。そんなに嬉しかったのか。俺まで涙が出そうになった。
「ありがとう、大事にするね」
「おう、後で指のサイズ測らせて貰うな」
「うん」
一方で
「プロポーズきたぁ!やっぱり付き合ってるんじゃないかなって思ってたけどとうとうやったよ!それにしても、いつの間にそんな関係になってたんだろう」
「全く気付かなかった」
「実際、結構前から怪しい所はあったけどね。手の繋ぎ方とか」
「へぇ、私は全然分からなかった」
「そりゃそうだよ、あの二人一緒に居る時はいつもあんな感じだったし、私も最初見た時ビックリしたもん。でも、これで一件落着かな」
「そうかもね」
女性陣はそんな会話をしていた。
「・・・KK、視線が」
「無視だ無視」
暁人から言われて我に返る。しまった、つい暁人に見惚れてしまっていたようだ。
「悪い、ちょっと考え事をしててな」
「そう」
「そんじゃあ次行こうぜ」
俺は暁人の手を引いて歩く。
****
花火の時間になった。僕達は夜空を見上げていた。色とりどりの花が咲いては散っていく。それがとても綺麗で僕は思わず見入っていた。
すると突然僕の頬に手が添えられたかと思うと、唇に柔らかい物が触れた。
驚いて目を開けてみるとそこには真剣な表情をしたKKの顔があった。
キスされたんだと気付くまでに時間は掛からなかった。心臓の鼓動が速くなっていく。身体中が熱くて溶けてしまいそうになる。
どのくらい時間が経ったのか分からない。だけど、離れた後も余韻に浸り続けていた。僕達の頭上ではまだ花火の音が鳴り響いていた。
の一方で
「キス来たぁー!でも見えねぇ!」
「何でこういう時にかぎって見えないんだろう」
「もうちょっとだけ近ければ見えるんだけど」
「KK・・・」
「ほっとけ」