ケン坊が帰ってきたケン坊が久しぶりに帰ってきた。
なにせここは(こんな)場所だ。
ヤツが自分で自分の場所をみつけて曲がりなりにも自立とやらをしたならば、それに越したことはない。
それでも、たまに顔を見せてくれるならいいと思っているのはオレの勝手な親心だ。
育てたつもりはさらさらないし、ここが家とは口幅ったいが、アイツの(部屋)は相変わらずそのまんま。
気軽にふらりやって来て、たまーに元気な顔を見れたらそれで満足だ。
「おーケン坊久しぶりィ」
「わりぃ、ちょっと荷物探していいか」
「そのまんま残ってるから勝手にやれや」
「んー」
カウンター越しに覗いたヤツは珍しくツレを連れていた。
ヤツより背の低いひょろっとてホソッコイ。やたらとキレイな金色の髪は本物か。
ソイツはケン坊が中で待つかと扉を開けたのを軽く首を振って断って、扉から一歩退いた。
アイツが誰かをコンナトコロに連れてくるなんて。まさか今さらそんな相手ができるとは。
ケン坊はソイツをナナメに見下ろして、仕方ねぇなと口にする。
「わりぃな、すぐな」
扉を開けたままソイツを残して部屋の中へ姿を消した。
ケン坊。オレは自分の目を疑うぜ。首をかしげて心許ない様子でソイツを見る目はなんなんだ。
残されたソイツはゆっくりと首をあげて一周アタリを見回して、いかにも興味なさげに壁に背を寄せる。
おいおい、オマエさんが背にしたのはウチのNO2のコなんだけどな。
かかる長めの前髪で横顔もチラリとしか見えねぇが、細い鼻筋に細い顎はどうやら造りが華奢で身綺麗だ。
こともなげに空気を見上げる様が、どうにも清潔でうろんだ佇まいで周りの景色からぽっかり浮き上がって却ってエロイ。
んー。ケン坊、オマエこんなやつをどうやったらコンナトコロに連れてくる気になったんだ。
まさかこんなことでオマエの巣立ちを感じることになろうとは。
チラチラと伺うオレの視線を阻止するようにケン坊が現れた。
「イヌピー」
ケン坊の声に反応するようにソイツは壁から離れてオレに背を向ける。
のぞき込む態勢のオレをケン坊は顎をしゃくってけん制して見せる。
なんだよ、オレは別にちょっかいなんてださねぇぞ。ちょっとした親心だってーの。
「帰る」
ソイツに言ったのかオレに言ったのか、二人揃ってカウンターの前を通り過ぎようとする。
「またなー」
ひらひらと手を振るオレにくるりと振り返ったのは、ケン坊じゃなくてツレのほうだった。
伏し目がちにぺこりと軽く頭を下げる。
まがいものじゃない金色の髪がふわっと揺れた。
視線を伏せるだけでばさりと音がするんじゃないかというぐらいに重たいまつ毛の下で、ビー玉みたいな目が凛として。
ただそれだけの仕草がどうにもこうにも。
「ケン坊!」
オレは思わずケン坊を呼び止めた。
「なんだよ」
ちっと舌打ちでもしそうな様子でケン坊は立ち止まる。
呼び止めたのはいいが、いったい何のために呼び止めたのか言い訳も思い浮かばない。
言っとくがその顔に臆したわけじゃねぇからな。
少しばかり眉間を寄せたケン坊ときょとんとした人形みたいな顔を見渡して、オレはナケナシの親心を総動員してみせる。
「ケン坊よ」
「なんだよ」
「……オマエもほんとつくづく、……」
そこまで言いかけて、オレはやっぱり言葉を飲み込んだ。
「まぁいいわ」
「なんだよそれ」
「あー、いいから帰れ。誰かに見られたら面倒だ」
オレが。
「あぁ?なんだ、それ、」
言いかけたケン坊を制止するように、タイミングよくオレを呼ぶコール。
しっしっとばかりに片手でふたりを追いやって、オレは日常の俗世に返る。
なんなんだよと不満そうにぶつくさするケン坊の声が遠ざかるのを聞きながら、オレはそれらしいことを頭の中で言ってやる。
なぁ、ケン坊。
「しあわせにやれよー」