朝ごはんに食べたセロリも滋養強壮効果があるらしい本日は祝日で業務は休みだが、学会の準備が間に合っていないとのことで同棲中の恋人・志保が勤め先の研究所に出かけて行った。
珍しく祝日に休みが取れたのに恋人と過ごすことができず落胆してはいるのだがお互い様である。
余裕を持って準備したはずなのに…とブツブツと文句を言いながら家を出て行った志保のスケジュールを大幅に遅延させてしまったのは、降谷からの依頼も責任の大部分を占めているという自覚もあるので、降谷も志保に頭が上がらない。
午前中に軽い家事とトレーニングを終えた降谷は、スーツに着替え、お昼のお弁当と差し入れを持って志保の勤める研究所を訪ねた。
お詫びと激励をかねて、差し入れには春分にちなんだ牡丹餅や軽食を差し入れに行くことにする。
祝日らしく日の丸の飾られた研究所の玄関までやってきた降谷が志保に連絡をすると、朝ぶりにみても可愛い顔がひょっこりと勝手口から出てきた。
「志保さん、キリが良ければ一緒に食べない?」
「そうね……そのお弁当は外の公園で食べましょ。出かける準備してくるから待ってて」
「研究室のみんなにもお土産があるんだけど」
「あら、随分とたくさんね」
「きっと他の職員も追い込みだろうと思って。大荷物だから談話室まで持っていくよ。そのためにスーツできたし」
ああ、と納得した様子の志保が、じゃあお願いしようかしら、と建物内に招き入れる。
降谷は研究所にたまにお邪魔していたので、研究室でもその存在がよく知られている。
(「たまに」なのに「よく知られている」のは、降谷の優れた容姿ゆえだ)
志保が降谷の入室手続きをしている受付部署には、こじんまりとした親王飾りが飾られている。
手続きを終えた志保に先導してもらって、志保の属する研究室の談話室へと向かう。
「あれ、片付けなくていいのか。嫁き遅れそうで心配だ」
「特に決まりはないはずよね。ああいう日本固有の行事ものは海外のお客様のためにも、長めに飾っておくのよ」
結婚願望があるのかないのかもわからない恋人に探りを入れるべくジャブをかましてみたものの、時代遅れな発言で怒られるかなと降谷は失敗を覚悟したが、さすが志保は冷静に事実を返してきた。
そういうところが好きだなと思う。
「そうか」
「心配するくらいなら、女性職員に合コンでもセッティングしてあげてよ。日本存続に貢献できるんじゃない」
「君は出席するなよ」
「あなたが”嫁き遅れ”させるつもりがないならね」
研究室に山盛りの差し入れを置いて研究所を後にした2人は、降谷お手製のご馳走を持って近くの公園に向かった。
比較的オフィスの多い一角ではあるが、親子連れが春の日を受けて遊んでいるのを眺めながら、2人はお弁当を広げる。
「あら、かわいい」
春色のちらし寿司の彩りに志保が頬を緩ませ、降谷も誇らしげにドヤる。
「お吸い物もあるよ」
「あなた、朝から何やってるかと思えば……ありがと」
三つ葉がいい香りね、と志保が微笑む。
「せっかくの休みだから出汁をちゃんととったんだよ。朝の味噌汁も美味しかったろ」
ああ、と志保は納得した様子だ。
日頃は簡単に作り置きした出汁やインスタント出汁を使うことも多く、それも志保が補充することが多い。
たまには降谷も貢献しないと志保に愛想を尽かされて”嫁き遅れ”てしまう。
「たまには僕も、ね。いつもありがとう、志保」
「どうしたの、改まって」
「そろそろ一緒になっていいんじゃないかな、僕たち」
「あれは、話の勢いで……」
戸惑うように志保が視線を逸らすが、降谷は志保の表情を見逃すまいと見つめ続けた。
「君はまだ若いけど、僕はいい頃合いで準備は整ってるよ。君にそのつもりがあるなら、いつでも、いや、早ければその方がいいかな。子どもはたくさん欲しい」
「子沢山だと仕事ばかりにかまけてられないわよ」
「僕は覚悟できてる」
願いと感謝とともに飾られるはずの雛人形も、両親亡き後、明美にとって悲しい思い出となってしまい、飾られることなく組織によって破棄されてしまった。
家族になる、家族を増やすことは、自分が自分だけのものでなくなるとことを意味し、責任も伴う。
それは、降谷にとっても志保にとっても、遠い憧れのようであったのに、いつの間にか目の前にあった。
「もちろん、君の意向と天の采配次第さ。まあ、だから、さ。君は安心して雛飾りを眺めてていいし、合コンに出席しない」
何日先まで生き延びられるかわからないと悲観しながら雛人形を並べていた頃もあったのに、諦めないようみんなが導いてくれた。
(今では未来の約束をする恋人がいるんだよ、お姉ちゃん。しかもあの”零くん”)
家族が導き出会わせてくれた大切な人との縁を志保は手放す気はない。
「私も子どもは欲しいわ。だから、日が暮れる頃には帰るわね」
「え!?子作り……?」
「バカ。未来の旦那様のご機嫌を伺うってことよ」
「ああ、しっかり頑張って、早く帰ってきて」
「そっくりそのまま返してやるわよ」
未来の奥さんは手厳しいな、と午前様常習犯の降谷も笑う。
「僕もご機嫌伺い頑張ろうかな。晩ご飯何がいい?すっぽん鍋?」
すっぽん鍋は遠慮するにしても、大好きな夕陽に輝く彼の髪が見れるよう、午後も頑張ろうと志保はちらし寿司を頬張った。