続・男の勲章? * * *
「よりによってジェイに見つかったぁ」
「アキラ、声が」
「あ、悪ぃ……いや俺悪くねーぞ、ヘマしたのはオスカーだろ」
確かに、とオスカーは奥歯をぐっと噛み締めた。注意深く警戒していたつもりだったのに、それは徹底されておらず結果秘匿すべき事項を露呈するに至ってしまった。
ジェイ・キッドマンという人物は進んで噂話や憶測を言い触らす性格ではないし、頭を下げて口外しないよう頼んでくるような人間を無下にするほど冷めた人物でもない。ただヒューマンエラーは如何なる場合も起こり得るので、うっかり口を滑らせて漏れてしまうという可能性はある。その時どう立ち回るべきか。オスカーは唸るように溜息を吐いた。
「ま、ジェイなら多分言わないでくれるだろーしオスカーのは誤魔化せるレベルだからなんとかなるだろ。俺の方がやべーもん」
言いながらパーカーの腕を抜いて放りながらタンクトップの肩を落として「ほらな」とアキラが指で示す。今日は念の為人の目につきにくく且つ体温調節がしやすいように重ね着していたらしい。
所々に散らばった鬱血痕を視界に入れたオスカーが眉根を寄せて、難しい顔のまま軟膏を取り出し黙ってその箇所に塗り込んだ。舐めときゃ治るというアキラの言は昨夜のうちに退けられたので、アキラも今は静かに受け入れる。
「湿布も張り替える。見せてみろ」
「だいぶ腫れ引いてると思うけど」
「いいから見せろ」
半ば強引に剥ぎ取られたアキラのタンクトップの下、主に胸元や腰回りに痛々しい内出血の色が広がっていた。
「……なんというか、昨日はすまなかった」
「いやぁ、結構派手にやったよなぁ〜……」
オスカーの言葉にアキラが苦笑しながら同意した。背中を向けるよう促されて、軟膏を更に塗り込まれる。指の形に浮き上がっている痣の上には湿布を貼られた。まるで重症を負ったかのように見えるが、まさか原因が恋人に夜につけられた傷だとは流石に誰も想像しないだろうな、とアキラは思う。
不意にオスカーに引き寄せられて、背中が胸板にくっついた。腕には力が入り、ぎゅ、と抱き締められる。なのに苦しさはなく優しく閉じ込めるような絶妙な力加減で、アキラは安心して身を任せた。
「……次からは、もっと気をつける」
「ん。頼むぜオスカー」
「ああ」
「今はまだ俺達だけの秘密だもんな」
耳許で囁かれた言葉に、アキラは思わずふへへと笑って斜め後ろにあるオスカーの頬に擦り寄った。お互いに唇を近付けあっているのに少しでも早く引き寄せたくて、身体をひねって腕を回した。
* * *
後日。
オスカーがサウス居住スペースのリビングルームへ戻ると、ソファに座っているブラッドの姿があった。集中して手の中のタブレット端末を操作している様子だったので、邪魔にならないよう後ろを通り過ぎて自室に向かおうとしたが、すぐに呼び止められた。
「どうしましたか?」
訊ね返しつつブラッドの側に戻ろうと足を向けたところで、ブラッドにそっと手で制される。
「そのままでいい。一言伝えたい事があっただけだ」
「はい。なんでしょうか」
「秘密事項は共有している相手がボロを出した時点でもう非公開には戻せないぞ」
「ええと……はい、分かりました」
「分かったならいい。俺が言いたかったのはそれだけだ」
「はい、失礼します」
どういう意味だろう。一体ブラッド様は何が言いたかったのだろうか。
ぼんやりと考えながら着替えのために着ていた服を脱ぎ、部屋着を手にしたところでハッと気付く。姿見の鏡に映った自分の上半身、先日の時とは別の場所に、記憶にない“痕跡”がある。
――いつからだ、まさかあの日、あの時に。
「ブラッド様!」
慌てて服に腕と首を通したオスカーが勢い良くリビングに戻ってくるのを、まるで初めから分かっていて待っていたかのようにブラッドはソファで背中を屈めて震えながら笑いを堪えていた。
〈了〉