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    nezumihako

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    nezumihako

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    前に書いた化物語ぱろの『はるか・クラブ』の続き的ななにか
    秋→品 大→品
    事後描写がほんのちょっと

    『だいご・モンキー』『猿の手』
    持ち主が願ったことを叶えてくれる、決して持ち主の意に添わない形で

    「聞いたことあるよ猿の手」
    「はぁ…なんすかいきなり…ってソレ俺の!返してくださいよ!」
    スカイファイナンスにて、秋山は品田が持っていた分厚い手帳を手にし椅子に座り読んでいた。
    ひどく使い込まれたその手帳には品田と「品田ではない誰か」の筆跡で様々な怪異について書かれていて、怪異にとって無知で素人の秋山にとって十分に役に立つ「参考書」だ。
    「全く…人の手帳勝手に見ないでくださいよ!」
    秋山の手から手記を奪い返し、品田は顔をしかめながらジャケットの内ポケットに手帳をしまった。
    「…それ、大事なんだねぇ」
    「え?まぁ…思い出の品ってやつですからね!」
    恥ずかしげに、それでいて嬉しそうな表情をする品田に秋山はチクリと胸が痛んだ。
    「ふぅん…」
    一体誰とどんな思い出だと問い詰めたくなるがなんとか思いとどまり秋山は窓の外を眺めた。
    「そういえば昨日大吾さんと会ってたらしいね?」
    「え?あぁ…桐生さん経由で遥ちゃんの蟹の件を聞いたらしくて怪我の心配して会いに来てくれたんですよ」
    また蟹のハサミのつもりか両手でピースをしながらふにゃりと笑う品田。

    堂島大吾

    東城会六代目会長、品田の友人。
    おそらく品田に惹かれているであろう、秋山にとっての恋敵。
    少しだけ顔をしかめて新しい煙草に火を点けては紫煙を肺に取り込む。
    「諦める気も負ける気もさらさらないけど」
    「え?なんかいいました?」
    「ううん、なんにも」
    ふー、と紫煙を吐き出しては視線を窓から品田に移し秋山は訊ねた。
    「で、怪我の具合は」
    「なおりましたよ?」
    「ただ血が止まっただけのことを治ったとは言わないんだけど」
    小さくため息を吐きながらこの怪異にとって極上の餌である品田を守る為、早急に怪異の知識を得なくてはと秋山は考えた。

    澤村遥と蟹の件が終わった後、品田は名古屋に帰ろうとしていた。
    先日ニューセレナで
    「んじゃ重し蟹の件も終わったし俺は名古屋に帰りますね!」
    そう言って血が滲んでいる包帯を取り替えることもせずに名古屋に帰ろうとする品田を一同で引き留め、最低でも怪我が完治するまでは神室町にいろと説得…もはや脅しに近かったがなんとか品田の了承を得て怪我が完治するまで秋山の部屋に泊まらせることになった。
    「さて、そろそろ帰るか」
    「はーい」
    事務所の鍵をしっかりと施錠し、通りに出る。
    夜の町の神室町には珍しく、品田と秋山が帰る頃には町に人がいなかった。
    「あれ?なんでだろ…珍しい」
    「…」
    不思議そうにしながらも通りを歩く秋山に対し品田は無言でその隣を歩く。
    「どっかでまた騒ぎでもあったのかなー、怖い怖い」
    「…秋山さん」
    ぴたりと品田が足を止め、声をかけた。
    「ん?どしたの?」
    「…今すぐ走って、まっすぐ…振り返らずに帰ってください」
    「は?」
    真剣な表情でそう言った品田に秋山は品田の方へ向き直り首をかしげた。
    「なんで?」
    「いいから!」
    「…嫌だよ、お前を置いて帰らないよ」
    「走れ!!いいから!」
    「嫌だって言ってるだろ!何なんださっきから!」
    「あぁもう!!」
    顔をしかめた品田が秋山を突き飛ばした。
    突き飛ばした先には運よくゴミ袋が積まさっておりクッション代わりになり秋山を守った。
    「ちょっ、なにを」
    文句を言おうと秋山が顔をあげた瞬間

    「は…?」

    異様に大きく、毛深い獣の手をもつ雨合羽を着た何者かが、品田の腹を抉るかのように殴っていた。
    血を吐きながら獣の手を押さえる品田が立っていたのはついさっきまで秋山が立っていた場所。
    街灯が品田の血を照らす。

    「……!!」
    「っっ…てぇ…!!」
    獣の手を利用して見た目に似合わない軽い身のこなしで雨合羽の襲撃者から距離をとる品田。
    ボタボタと血が溢れる腹の傷口を手で抑えつつ、雨合羽の左手…異様に大きい獣の手を見つめる品田。
    「…秋山さん、今すぐ走って逃げてください」
    「は!?何言ってんだ!!」
    「走れっつってんだよ秋山ァ!!」
    「っ……っ!!」
    負傷している品田を置いて逃げるわけにはいかない…けれど、自分が今ここにいれば品田は自分を庇いながら戦わねばならない。

    怪異において、自分はひどく無力だ

    唇を噛み、秋山はその場から駆け出した。

    品田はその背中を見送り雨合羽に視線を移す。
    雨合羽は秋山を追うつもりのようだったが品田が行く手を阻むかのように移動した為諦めたのか左手を揺らす。
    「…厄介なものを…全くもう」
    「…」
    興奮しているのか雨合羽は肩で息をしながら品田を見つめる。
    「フーッ…フーッ…フーッ…」
    「蟹の傷はなくなったけど別の怪我増えちゃったよ…」
    「フーッ…フーッ…グルルルルル…」
    「どうしてくれるのさ、堂島くん」
    品田がそう言った瞬間、雨合羽…いや堂島大吾は殴りかかってきた。
    左手を振り回し、否、左手「に」振り回されているような動きで力任せに。
    「ア、アァ、ァァァアァッ!!」
    最小限の動きで回避し、ガードつつ、どうすればいいか考える。
    ((長さは手首ちょいまで、アレに願ったのはおそらく初めて…なら))
    ジーパンのポケットからしわくちゃの紙を取り出す。
    攻撃を回避しつつ、何かが書かれたそれを握り締めては一瞬の隙を探る。
    出血のせいで意識が朦朧としながらも歯を食い縛って意識を保ち、左手を回避した瞬間にしわくちゃの紙を獣の左手に叩きつけた。
    「アァッ!?!、アァァアァアアァあっ!!」
    絶叫する堂島大吾とその場に座り込んでしまう品田。
    左手を抑えつつその場から逃げ出した大吾の背を見つめ、そして遠くから聞こえる自分を呼ぶ声を聞きながら品田の意識は落ちた。

    ◆◆◆◆◆◆

    目を覚ました瞬間、見慣れない天井が視界に広がり薬品の匂いが鼻につく。
    どうやらベッドに寝かされているらしい品田はゆっくりと頭を動かし、ベッドの横に座っていた秋山を見つけた。
    「あ、き…やまさん…」
    「…!品田!」
    「ここ…」
    「東都病院、あのあと桐生さん達を呼んですぐ戻ってきたらお前倒れたんだよ」
    「あぁ、なるほど…」
    そう言って品田はゆっくりと起き上がり、腹に触れた。
    「もう塞がってる、よかった」
    「よくないよ、全然よくない」
    「はい?」
    秋山は自分の掌に爪が刺さるほど強く拳を握り、品田を見つめる。
    「あの雨合羽に殺されてたかもしれないんだぞ!?」
    「死にませんってば」
    はっきりと、確信した声で品田は言った。
    「死にませんよ、俺は」
    だから問題ないんです、そう言って笑う品田に秋山はなんと言えばいいのか分からなかった。
    品田はそんな秋山を気にせずサイドテーブルに置かれた見舞いの品の一つの果物の盛り合わせから林檎を取り、表面を入院着で軽く拭いては食べ始める。
    「…皮剥きなよ、ていうか剥いてやる」
    「ふぇふにふぁいひょうふれふよ!」
    「何言ってるかわかんないから、剥いてやるからちょっと待ってな」
    品田が食べている林檎とは別の新しい林檎を手にとり皮を剥いてやろうと果物ナイフを手を伸ばした。
    「私がやりますよ、秋山さん!」
    「え?」
    「んむ!遥ちゃんに桐生さん!」
    驚いてる秋山から林檎と果物ナイフをとり、置かれていた椅子に座って慣れた手付きで林檎の皮を剥く遥。
    桐生もサイドテーブルに見舞いの品を置いては椅子に座った。
    「秋山から聞いたぜ、雨合羽の変な怪異に襲われたってな」
    「えぇまぁ…」
    言葉を濁す品田に桐生と秋山は眉を潜める。
    「…そいつはなんだ?どんな怪異なんだ?」
    「俺からは獣に見えたけど…」
    「んー…」
    品田はポリポリと頬を掻いては苦笑いし、折れていた筈の左手を動かした。
    「あれは…多分」
    「辰雄」
    静かに病室の扉を開いて入ってきたのは
    「…堂島くん」
    「……すまなかった」
    入って早々、品田に頭を下げたのは堂島大吾
    「堂島さん?どういうこと?」
    「…大吾?」
    品田と大吾以外の人間が首をかしげ、二人のやり取りを見守る。
    品田は遥が剥いてくれた林檎を食べつつ大吾に座るよう促した。
    「…雨合羽の襲撃者は、堂島くんだね」
    「…あぁ…いや、俺なんだが、俺じゃないんだ」
    「どういうことだ?」
    大吾は包帯が巻かれていた左手とスマホを品田達に見せる。
    「…家の物置にあってな、ガキの頃に見つけたのを思い出したんだ」
    スマホの画面には桐箱に入れられた干からびた手らしきものが映っており、大吾が包帯を外した左手は
    「…!!」
    「それは…!」
    「なに…!?」
    「…」
    スマホに映っていた干からびた左手と同じように、そのものになっていた。
    「…『猿の手』、知っているだろ?」
    「まぁね」
    「…堂島さん、あんた願ったんですか!?」
    「…」
    大吾はポツポツと語りだした。
    「俺は、怪異に対して無知で無力だ……桐生さん達から辰雄が…蟹?に怪我させられたと聞いた時に己の無力さを呪ったよ…知っていたのに、辰雄は怪異に狙われているのを」
    「呪った、ねぇ」
    「ガキの頃に見つけたこいつを思い出して…それで…つい…」
    「…『品田を俺の手で怪異から守りたい』と願っちまったのか」
    「堂島くんが俺が怪異にとって極上の餌だということに気づいたのは、重し蟹の件の少し前なんですからねぇ」
    「なに?」
    桐生の言葉に大吾は小さく頷き、遥は首をかしげた。
    「でも…なんで品田さんを襲うことに?」
    「猿の手って持ち主の願いを意に添わない形で叶えるってやつらしいから…品田を殺せば怪異から永久に守れるって形になっちゃったんじゃない?」
    秋山の言葉に桐生と遥は納得したような表情をして大吾も小さく頷いた。
    対して品田の表情は変わらず、林檎を食べながら黙って左手を見つめていた。
    「この通り、今は俺の思い通りに動くんだが」
    わきわきと左手を動かし、桐生達に見せる。
    「だが…思い通りに動かなくなる時が…いや、思いに反して動くようになる、てとこだな」
    「…」
    品田はまた新しい林檎を口に含む。
    「つまり…辰雄を襲ったのは確かに俺だが…その時の記憶が俺にはほとんどない」
    大吾の左手が拳をつくる
    「記憶がない?」
    「夢うつつというか…全く覚えていないわけじゃないんだが…まるでTVの映像を見てるような感じでな」
    「トランス状態…?」
    「…大吾はその猿の手にとり憑かれて操られてるってことか」
    「…辰雄、この猿の手をどうすればいいか…知らないか?」
    「品田、蟹の時みてぇに儀式でもすればいいのか?」
    全員の視線が集まり、品田は食べていた林檎を飲み込んでようやく口を開いた。

    「ねぇ堂島くん、どうして君はソレが猿の手だって思い込んじゃったの?」

    「は…?」
    いつの間にか手に取っていた例の手帳を開きながら品田は続ける。
    「猿の手はね、右手なんすよ…その左手は違う」

    「『レイニー・デビル』だ」

    「レイニーデビル?デビルって…悪魔の手ってこと?そんな馬鹿な…」
    「猿の手って色々派生しちゃいましてね、何が本当かなんて分からないけど少なくとも俺は『猿の手が持ち主と一体化する』なんて話、聞いたことありませんよ」
    そう言って品田は開いた手帳のページを皆に見えるように置いた。
    品田の字と別の誰かの字があちこちに書かれているその手帳には磔にされた何かがまるで雨合羽のように描かれていた。
    「ねぇ堂島くん、桐箱に猿の手と書かれていたわけじゃないでしょ?」
    「まぁ、そうだが…」
    「猿の手のせい、てことにしておいた方が都合がいい…いや気持ちがよかった、かな?」
    品田は顔に貼られていたガーゼを剥がし、指で軽く撫でた。
    傷は綺麗に治っていた。
    「『猿の手は持ち主の願いを叶える、ただし持ち主の意に添わぬ形で』だっけ?」
    す、と品田の目が細められた。
    「まぁ解決する方法は二つありますよ」
    「!本当か!」
    「一つ目は怪異と同化しちゃったその手をスパッと!」
    いつも通りの笑顔をしながらまたピースを作る品田。
    「いやちょっと!猿…じゃなくて悪魔の部分だけ切り落とすって…できるの?」
    「あとから大吾さんの元の左手が生えてくる、とか?」
    秋山と遥の言葉に品田は首をふる。
    「いやいや、トカゲの尻尾じゃないんだから…そんな都合のいいことないですよ」
    品田の言葉に大吾は困った表情になり桐生は詰め寄る。
    「さ、さすがにソレは…困るな」
    「遥の時みてぇに出来ねぇのか?」
    「…あまり言いたくないんですけどね桐生さん、堂島くん。ヒト一人殺そうとしてるんですよ?それくらい当然の代償じゃないすかねぇ」
    「いやそれは…それは大吾が望んだわけじゃねぇだろ?大吾はただお前を守りたくて…!」
    桐生の言葉に品田はゆるりと口角を吊り上げた。
    「じゃあ堂島くん、左手はなんで最初は秋山さんを狙ったのかな?」
    「ッ…!」
    品田の言葉に大吾は息を飲み、秋山は目を見開いた。
    あの時、品田は秋山を突き飛ばしていた。
    品田が突き飛ばさなかったら……?
    「おかしな話だよね?堂島くんは「俺を自分の手で怪異から守りたい」って願った筈なのに…怪異じゃない、ただの人間の秋山さんを狙ったのはどうして?」
    「それ、は」
    「ねぇ堂島くん、君が願ったのは本当に「品田辰雄を自分の手で怪異から守りたい」なの?」
    「…」
    うつむき、左手を握る大吾
    桐生は品田を睨み付けて
    「…大吾が嘘を吐いているっていいてぇのか」
    「おじさん…」
    遥が桐生をいさめるように腕を叩き、秋山は品田と大吾の顔を交互に見る。
    「…俺は、本当は……」
    「…嫉妬したんですね、大吾さん」
    秋山の言葉に大吾が顔をあげる。
    「アンタと俺は同じ……ここ最近、ずっと品田の横にいる俺にアンタは嫉妬したんでしょう…きっと本当の願いは「品田の隣にいたい」とかそういう…」
    「…」
    秋山と大吾の言葉に品田は目を伏せた。
    「それで、襲ったってわけか…」
    「いやでも品田、堂島さんはお前の隣にいたいだけで…」
    「じゃあなんでその後は俺を襲ったんでしょうね」
    「…!」
    品田の言葉に桐生の怒りは爆発したのか品田の胸元を掴みベッドから引きずり出した。
    「品田!いい加減にしろ!!」
    「おじさん止めて!」
    「桐生さん落ち着いて!」
    「おじさん!品田さんの傷開いちゃうよぉ!!」
    「っ…」
    遥と秋山の言葉に冷静さを取り戻したのかすぐに桐生は手を離し、品田は軽く咳き込みながらもへらりと笑った。
    「はは、すいません、ちょっと言い方悪かったですね」
    「いや…俺こそ悪かった」
    秋山に手を貸してもらいながらベッドに戻る品田、そしてそれを見ていた大吾の左手が僅かに動いた。
    「…猿の手って持ち主の意に添わぬ形で叶えるからじゃ…」
    「願いを叶えるタイプのアイテムは願いと引き換えに不幸になる…でも、この場合不幸になったのは襲われた俺と秋山さん、堂島くんは不幸になってない」
    「いや…自分のせいでお前が死にかけちまったし、それで十分じゃ…」
    桐生の言葉に品田はゆるりと口角を吊り上げて目を細めた。
    「心を痛める理由になる?ねぇ桐生さん、普通に考えてみてくださいよ。」
    シャリ、と新しい林檎を食べる。
    「同級生で、15年前の件や高校の時、名古屋組の件で助けた筈の自分じゃなくてまだ会って日が浅い男の隣にいるようになってしまった…ソイツが死にかけたり、隣にいた男が怪我したら」

    「そこは ザマァミロ、すっきりした と思うのが人間じゃないのかな?」

    「…俺はっ……」
    「大吾?おい大吾!?」
    「勿論堂島くんは無意識でしょう、表じゃ俺の隣にいたいって願っていてくれたと思います。でも裏は違う
    秋山さんが邪魔、自分を頼りにしない俺が憎いから無意識に願ってしまったんですね…左手はそれを見抜いて、叶えようとした」
    手帳のページを捲る
    「『魂と引き換えに3つの願いを叶えてやろう』…悪魔らしいですね、左手は堂島くんにとり憑いて肉を得て、願いごとを叶えて『その分だけ魂を喰らって腕が伸びる』…まぁ幸いにもその願いはまだ叶ってないから魂は喰われてないけど」
    ぱたり、と手帳を閉じて品田は包帯を外し始めた。
    「待ちなよ品田、それじゃ、その言い分だと…」
    「散々助け、権力も力もあり秘密を前から知っていた自分の隣じゃなくてただ町金の男の隣にいることが多い俺。
    怒りと悲しみがごっちゃごちゃになっちゃって『隣にいてくれないならいっそ』って悪魔に願うぐらい人間からおかしい話じゃないですよ」

    「『守りたい』?『隣にいたい』?堂島くんの意思が噛んでないなんて、とんでもないよ…全ては堂島くんの意思。
    左手に意思なんてあるもんか」
    「…」
    ギリ、と左手から奇妙な音がした
    「この状況を解決するためのもう一つ方法は…」
    包帯を全て外し終わり、治った身体を見せる品田。
    「俺が堂島くんに殺されること、ですかね」

    ヒュッ、と誰かが息を飲んだ。

    「まぁそれが本物だったらって話ですけどね!」
    「…は?」
    品田の明るい声に誰かから気の抜けた声が出た。
    「ほ、本物だったらって…え?」
    「だってそのレイニーデビル、偽物ですもん」



    「「「はぁ!?!」」」
    「え、え?偽物なんですか?」
    遥の言葉に品田は頷き、大吾の左手に触れた。
    「うん、さっきは悪魔だって言ったけどこれは猿の手のミイラを見よう見まねで加工したものだよ。まぁ確かに力はあるけど本物のレイニーデビルには比べ物にならない程に弱い」
    ふにふにと品田に手を揉まれ、大吾は少しだけ頬を染めた。
    「た、辰雄…」
    「ちょっと力業になっちゃうけど左手を切り落とすことも俺を殺すこともなく、レイニーデビルもどきを祓うんですよ」
    「出来るのか?そんなこと…」
    「そもそもレイニーデビルは悪魔の中でも低級で序列にも入らないような下品な奴でしてね、それを見よう見まねで作ったところでたかが知れてる…出来ますよ」
    そう言って品田はベッドから降りて病室の窓を開いた。
    「今日の日没、例の廃墟に集合ってことで」
    にぱっと効果音がつきそうな笑顔でそう言われ、一同は頷くことしかできなかった。

    ◆◆◆◆◆◆ 

    蟹を祓った例の廃墟の屋上、無理やり退院した品田は動きやすい格好に着替えて煙草を吸っていた。
    「…で、祓うってどうやるわけ?儀式でもするの?」
    「ん?しませんよ?言ったでしょ?力業になるって」
    秋山も煙草を吸いながら品田の足元にある、なにかが書かれた包帯らしきものを巻いた棒をチラ見した。
    「…まさか、戦う気?」
    「ええ!」
    「…お前は全く…」
    はぁー、と大きくため息を吐き、項垂れた。
    「幸いにも札はあと三枚ありますからね」
    「…札?」
    「…知り合いに作ってもらいましてね、堂島くんに襲われた時に一枚使っちゃいましたが残ってますので」
    ポケットからすこしシワがついた札を取り出して秋山に見せる品田。
    なんて書いてあるか秋山には全く分からないが、怪異に効くのだろう。
    「あ、そうだ…秋山さんにも言っておきますね」
    「ん?」
    「このあと、俺と堂島くんは戦わなくちゃいけませんけど…絶対に手を出さないでくださいね?」
    「…なんで?」
    夕陽に照らされつつ煙草を吸っていた品田はゆるりと口角を吊り上げ、笑った。
    「偽物とはいえ狂暴ですから…危ないんですよ」
    「…それはお前にも言えるじゃないか」
    「…言い方変えますね、足手まといになるから引っ込んでろよ」
    「……」
    ちくり、とまた秋山の胸が痛んだ。
    「…わかったよ」
    「頼みますね!んじゃ…」
    短くなった煙草を足元に吐き捨てて靴で踏み消し、棒を手に持って室内に戻っていく品田。
    秋山はその後ろ姿を見送り、見えなくなった途端に項垂れた。
    「はぁ~……今度怪異絡みの本でも買いにいこ…」
    そう呟いた秋山を、尻尾のない銀色の猫が見つめていた。

    ◆◆◆◆◆◆

    廃墟の中の、一番広い部屋。
    雨合羽を着た大吾はそこで品田を見つけた。
    「ヴヴヴヴヴ…フーッフーッフーッ…」
    「…やっと来たね、堂島くん」
    棒を肩に担ぎ、にやりと笑った品田に対し大吾は左手を揺らしながら殺意を露にする。
    「人間1体分の重りをぶら下げた低級悪魔もどきが…」
    品田の言葉に左手がぴくりと反応する。
    「容赦しないよ、俺」

    【暗転】

    ◆◆◆◆◆◆

    三時間後、秋山は桐生と合流して廃墟の中で品田と大吾を探して歩き回る。
    「時間も時間だからな…遥はニューセレナで待たせてる」
    「それがいいでしょう、ここは遥ちゃんにとってあまりいい思い出の場所ではないですし」
    蟹の時より荒れ果てた廃墟の中、一番広く、瓦礫が増えた場所へと出た二人は青臭い匂いが鼻につき、足を止めた。
    「…まさか!?」
    「品田!!!」
    俊足と言われた秋山が真っ先に走りだし、瓦礫を乗り越える。
    「品田!品田!!」
    嫌な想像が秋山の脳を埋め尽くす。

    「どうしました、秋山さん」
    「しな……!?」
    服がびりびりに破かれ、股から白濁液を垂らして座り込んでいる血塗れの品田と気絶しているのか倒れている大吾がいた。
    「…祓ったのか」
    「ええ、無事に」
    追い付いた桐生が二人の様子を見て訊ね、品田は笑顔で答えた。
    「途中、札を外しちゃって押し倒されて犯されましたけどね」
    「…!!」
    品田の言葉に秋山は唇を噛んだ。
    「まぁそのお蔭で隙を見せてくれたんで良かったです」
    「良くない、良くないよ品田…!」
    「…秋山さん、怪異に犯されるなんて俺にとってはよくあることなんですよ」
    桐生に大吾を任せ、秋山は品田にジャケットを投げ渡した。
    「言ったでしょ?俺は怪異にとって極上の餌なんだって」
    そう言ってミイラの…偽物のレイニーデビルの左手を風呂敷に包む品田。
    秋山はそんな品田を見つめながら己の無力さに怒りすら覚えた。

    堂島大吾の左手は無事に元に戻ったが、不思議なことに大吾は祓われた時の記憶はなかった。
    「覚えてねぇが、すまねぇた辰雄」
    「気にしないでよ堂島くん!」
    入院は嫌だと品田の激しい抵抗と秋山の説得により、秋山の自宅で療養することになった品田に大吾は頭を下げた。
    「そういえばあの左手はどうすんだ?言われた通りに箱は持ってきたが…」
    「知り合いに連絡がとれたから引き取ってもらうよ、偽物とはいえ俺じゃ処分できないから」
    「そうか…ところで辰雄」
    「ん?」
    見舞い品のゼリーを頬張る品田に大吾は訊ねた。
    「結局、お前秋山とデキてるのか?」
    「いや?付き合ってないよ?」
    「…じゃあ俺にもまだチャンスはあるか」
    「へ?」
    大吾は品田の頬を左手で撫でた。
    「お前が名古屋に帰るまでに口説き落とすからな」
    「え、え?え!?」
    「覚悟しとけよ、辰雄」
    「え、えぇ~…」

    「秋山、何してんだ?」
    「あぁ桐生さん……車に轢かれた猫がいましてね…埋めてたんですよ」
    「そうか…」
    「珍しい猫だったから、飼い猫だったかもしれませんね…」
    「どんな猫だったんだ?」
    「尻尾のない、銀色の猫でした」
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