【たつお・シーホース】[前]「そういえば、品田が怪異に関わるようになったきっかけってなに?」
障り猫の騒動が一段落した後、秋山の奢りでニューセレナで飲んでいた時にそう問われ品田は目を細めた。
「もう13年ぐらい前ですからねぇ…球界を永久追放されて、マスコミから逃げてあちこち放浪してた頃に遭ったんですよ」
そう言ってグラスを傾ける品田に秋山は勿論桐生達も興味深そうに視線をむけた。
「死にかけの『タツノオトシゴ』にね」
「タツノオトシゴ??タツノオトシゴってあの海にいる?」
「んー……まぁ正式名はぼかさせてください、あんまりアレなんで」
酔っているのかどこかぽやぽやしながら話す品田。
「死にかけのタツノオトシゴに襲われて『卵』産み付けられて…それだけですよ」
「え、なに、すごく気になるんだけど」
「んー」
「待って待って寝ないで品田!気になるんだけど!!」
数日後、あの場にいた人間は皆、あのとき品田をたたき起こしてでも聞き出せばよかったと後悔することになる。
「おかしいなぁ…品田ってばどこに行ったんだろ…」
秋山は夜の神室町にて品田を探して歩いていた。
「携帯も繋がらないし…どっかの風俗にでも行ったのか…?」
そう呟いて一旦自宅へと戻ろうと考え、近道として人気のない路地裏へ足を踏み入れた。
「あ、そうだ…折角だし品田の好きな酒でも買ってやるか」
ふとそう思い付いた秋山は踵を返して近くのポッポにでも行こうと大通りに出ようとした。
「ねぇ」
「…ん?」
人気のない路地裏の暗闇から、誰かが秋山に声を掛けた。
「品田って言わなかった?今」
「……なに、おたく」
様々な人間が行き交う神室町でも中々見ない、奇妙なアロハ服を着た金髪の男が立っていた。
金色の目で秋山を見つめ、火が付いていない煙草を咥えた男は厚底下駄を鳴らしで秋山に近づく。
「…辰雄くんの友人さ、この町にいるって連絡をもらってね…」
「…」
秋山は男を訝しげに見て、一歩後ろへ下がる。
『胡散臭い』
その一言に尽きる風貌の男が今一つ信用できないのだ。
「悪いけど、アンタに話す気ないよ」
秋山はそう言って全速力でその場から去る。
男は咄嗟に引き止めようとしたが俊足と呼ばれた秋山を止められず、ただその場に一人残された。
「…」
「はぁっ……ふぅ~…煙草やめようかな…」
「どうしたんだ秋山、そんなに息を荒げて」
ニューセレナに駆け込んだ秋山にそう声をかけたのは桐生と伊達。
二人で飲んでいたらしい。
「いやね、品田を探しながら家に帰ろうとしたら…変なヤツに声かけられまして」
「変なヤツ?」
「金髪でアロハ服を着た胡散臭い男です」
秋山の言葉に桐生は眉を吊り上げた。
「…お前も会ったのか」
「え?桐生さんも?」
「あぁ…品田を知ってるか?ってな」
桐生の言葉に伊達と秋山は顔をしかめた。
秋山は桐生の隣に座り、酒を注文しながら二人に訊ねた。
「どう答えました?」
「知らねぇって答えたぜ」
「あまりにも胡散臭くてな」
「ですよね…そうだ、品田に気を付けるよう言っとかないと」
そう言って秋山は携帯を取り出して品田に電話をかける、が数回のコール後に無機質な案内音声が流れるだけだった。
「…だめだ、やっぱり出ない」
「また風俗でも行ってんじゃねえか?」
「だといいんですけど…まぁメール送っておきますか」
簡潔な内容のメールを送り、出されたグラスを傾ける秋山。
そのまましばらく桐生達と談笑していたら携帯がメールの受信を知らせる。
「ん?あ、品田からだ」
「結局風俗行ってたのか?」
「さぁ…えーと………『しばらくかえらないからよろしくね』……は?」
「…それだけか?」
「えぇ……」
簡潔で変換もされていないメールの内容に三人は顔を見合わせて首を傾げた。
「…これ、品田が打ったのか?」
「…品田らしくないですよね」
「ああ…らしくねぇな」
「…」
三人の脳裏にはあの胡散臭いアロハ服の男がよぎり、秋山は酒の代金を置いて立ち上がる。
「どこ行くんだ秋山」
「品田を捜してきます…嫌な予感がするんで」
「心当たりあんのか?」
「無いわけではないんですが…知り合いに声かけながら捜そうかなと」
「なら俺達も…」
立ち上がる桐生と伊達に秋山は待ったをかける。
「品田がニューセレナに来る可能性もありますし…」
「なら俺が店で待っててやる」
「伊達さん…頼んだぜ」
「何かあったら連絡ください」
そう言って伊達は椅子に座り直し、桐生は秋山と共に店が入っているビルを出た。
「取り敢えず二手に別れましょう」
「分かった、俺は中道通り周辺を捜す」
「俺はホテル街で知り合いに声を掛けながら捜します」
二人はそう言って二手に別れて品田を捜しにいく。
その様子を、ビルの屋上から見つめている人物がいたのにも気づかず…
「だめだ…いない…どこに行ったんだ品田のやつ…!」
人気のない路地裏で息を整えながらそう呟く秋山。
再び携帯を開くが着信もメールもなく舌打ちをし、桐生に連絡をしようとした時にふと空き地の存在と妙な音に気づく。
グチャ グチャ グチュ ゴリッ グチュ
「…?」
まるで生肉か何かを食べているような不愉快な音に眉を潜め、無意識に足音を立てないように空き地へ近づく。
「……は…?」
空き地の真ん中で見慣れたジャケットを羽織ったガタイのいい男が、野犬のように何かを貪っている。
「…品田?」
「…」
秋山の声を無視し、一心不乱に何かを貪っている品田に秋山は眉を吊り上げて駆け寄った。
「おい品田!!」
肩を掴んで無理やりこちらを向かせる。
「電話ぐらいとれ………は?」
「…」
顔半分に浮き出た鱗に真っ黒に塗りつぶされたかのような目に金色の瞳孔、なにより目をひくのは口周りの血液。
「し、なだ…」
「ぅ、あ、ア…」
品田は秋山の手を振り払い、さっきまで食っていた何かに向き直りまた食い始めた。
よく見れば品田が食っているのは人間ではない…異形の姿をした何かだ。
「品田、お前、まさか怪異を…?」
「ヴ、うぅ、あ」
「一体どうしたんだ品田!取り敢えず食うのをやめ…」
怪異を食うのを止めさせようと無理やり引き離す、すると品田は目を吊り上げては秋山を押し倒した。
「ヴ、ウゥゥ、ア、…」
グルグルと喉を鳴らして鋭くなった歯を見せ、秋山を睨み付ける品田。
「品田、ちょっと…しっかりしてよ…ねぇ」
「ア、ぁ…」
秋山の声に品田は僅かに反応し、黒い目に涙を浮かべた。
「ア、ぅ…た…」
「…?」
「だ…た…す…け…て、おしの」
品田の口から聞いたことがない人物の名前が出て、秋山は目を見開いた。
「おしの?」
一体誰のことだと問おうとした瞬間、秋山の上から品田が消えた。
消えたというより誰かに吹き飛ばされたのか、壁に叩きつけられている。
「品田…!?」
「、ぁ、あ、アぁァ…!!」
まるで封印されるかのように札らしきものが貼られ、品田が呻く。
秋山が身体を起こせば、まるで秋山を守るかのように品田の前に立つのは…
「はっはー、元気いいなぁ、何かいいことでもあったのかい?」
例の胡散臭いアロハ服を着た金髪の男だった。
「は?誰…アンタ…」
「話は後にしようよ、まずは辰雄くんを大人しくさせないとね」
アロハ服の男はそう言って壁に叩きつけられて蹲る品田に近づく。
「辰雄くん、大丈夫かい?」
「オ、し、ノ…」
「遅れてごめんね、後は任せて」
そう言われ、品田は安心した表情を見せては気を失う。
アロハ服の男は気絶した品田に札を数枚貼っては肩に軽々と担いでは秋山に顔を向けた。
「それじゃ、自己紹介といこうか」
「今この状態で!?」
思わずそうツッコんでしまった秋山にアロハ服の男は軽快に笑うだけだった。
◆◆◆◆◆◆
「『妖怪怪異の専門家 忍野メメ』…?」
「えぇ、今は例の廃墟で品田といますが…話を聞くかぎり、品田が言っていた偽物のレイニーデビルの腕の件で連絡していた知り合いは彼…忍野さんで間違いなさそうです」
あの後、互いに軽い自己紹介を済ませた秋山は桐生とニューセレナで合流した。
因みに忍野は品田を連れて「廃墟に行く」とだけ言って早々に去ってしまったのでここにはいない。
「品田の知り合いとは言ったが…信用できるのか?」
「…少なくとも、品田は彼を信用しているみたいです」
「そうか……で、どうする?俺達も廃墟に行った方がいいか?」
「そうですね…品田の状態も気になりますし、現状を把握するには忍野さんに会うしかありません…ただ」
「ただ…?」
「忍野さんは品田をどうするつもりなのか、それが気がかりでして」
秋山は顔をしかめては小さくため息を吐いた。
「品田にとって忍野さんは信頼できる人物なんでしょうが…俺達にとって忍野さんは全く信頼できる人ではないでしょう?品田はああですし、騙されてる可能性だってあります」
桐生は秋山の言葉に考えるようなしぐさをし、小さく唸る。
「だがなぁ…」
「とにかく、一度例の廃墟に行って現状を把握しないと…」
「…そうだな、一応大吾にも連絡しておくか」
「…そう、ですね」
◆◆◆◆◆◆
薄暗い廃墟、気配を消しながら品田達を探すのは秋山、大吾、桐生の三人。
真島と冴島は万が一のことを考えて廃墟の外で待機をしている。
「……なんか、前来た時より空気重くないか?」
「確かに…それに荒れてますね」
散らばったガラス片や瓦礫に気をつけながら進む三人、月明かりと懐中電灯で道を照らしながら二人を探しつつ、数日の間に荒れている廃墟を見渡す。
「…まさか、忍野とやらに連れてこられた品田が抵抗したとかじゃねぇだろうな」
「分かりません…可能性としてはあり得ますが…」
「…二人とも、シッ!」
秋山の声に大吾と桐生は口を閉じて足を止めた。
扉が開かれた部屋を無言で指差す秋山に従い、気配を殺しながら部屋を覗く。
「「…!?」」
部屋の中は重し蟹の時のように注連縄が張り巡られ、壁には札、床には達筆な陣が描かれている。
そして陣の中心にはまるでキリスト像のように磔にされ、身体中に札や以前品田が使った文字が書かれた包帯のようなもので縛られている品田がいた。
「っ辰雄!!」
「やっぱりあのアロハ信頼しちゃ駄目な奴だ!!」
大吾と秋山が品田を助ける為に部屋の中へ駆け込んだ。
その拍子で張り巡られた注連縄や札を壊してしまったことに気づかずに。
パンッ
「…?」
何かが弾けるような音が廃墟に響き渡る、が大吾と秋山は気にも止めずに品田を助けようと札や包帯を外し、足元の陣を踏み消していく。
「品田!大丈夫!?」
「しっかりしろ辰雄!!」
二人の声に反応した品田はゆっくりと目を開き黒目で金色の瞳孔で二人を見た。
「………」
鱗模様が広がり、爪も黒く鋭利なソレへと変わっていく。
「…閻ケ縺梧ク帙▲縺溘↑」
「…は?」
品田が口角を吊り上げ、大吾めがけて手を振り上げた。
「なっ」
「品田っ!?」
「大吾!!」
桐生は駆け出したがどう見ても間に合わず、品田の爪が大吾の首へ突き立てられようとした瞬間…
「辰雄くん、だめだよ」
「っ!!」
「オラァッ!!」
どこからか声が聞こえ、品田の動きが止まる。
その隙を見逃さず、桐生の拳が品田の横腹に決まり品田は大吾達から離れ壁際まで引き下がる。
「蠢埼㍽縺上s縲√←縺@縺ヲ豁「繧√k縺ョ」
桐生達には理解できない言葉で話す品田と桐生達を庇うように間に降り立つのはアロハ服…怪異の専門家を名乗る忍野メメ。
「忍野さん、品田は…一体何が」
「…」
忍野はちらりと秋山達を見てはすぐに品田に視線を戻す。
「出来ればあまり関わってほしくなかったんだけどねぇ」
そう言って忍野は札を数枚取り出したかと思えば品田に投げつけた。
「………」
恨めしげに忍野を睨みながら品田はその場に踞り、忍野は品田を縛っていた例の包帯と同じものを取り出してはまた品田を縛り上げていく。
「折角封印してたのに、またやり直しだよ全く…」
そう呟く忍野は火が点いていない煙草を咥え、秋山達を見てはため息を吐いた。
「取り敢えず説明しようか…でないと納得して帰ってくれなさそうだしね」
◆◆◆◆◆◆
「子守龍、元はどこかの神社の神様だったんだろうけど…神社が廃れちゃって怪異になってしまった存在だよ」
忍野はそう言って品田が持っていた手帳を開き、龍のような魚のような絵が描かれたページを開いて見せる。
「龍の化身とすら云われてるタツノオトシゴが元で安産祈願の神様だったんだけど…何年も前に名古屋で祓おうとしたんだけど、ちょっとしたトラブルがあってね」
「それ…品田が前に言っていた『タツノオトシゴにタマゴを産み付けられた』って…」
「ああ、聞いたんだ?」
秋山の言葉に忍野の口元はゆるりと弧を描く。
「子守龍はね、気に入った人間に自分の全てを詰め込んだタマゴを産み付けるんだ…そしてその人間に自分を喰わせ、その人間を『怪異喰い』にするんだ」
怪異喰い、と言われ秋山の脳裏に怪異を貪り喰っていた品田がよぎる。
「そして『怪異喰い』になった人間が怪異を喰いタマゴに力を与える…やがてタマゴが孵り人間の腹を喰い破って、子守龍が生まれるんだ…そして生まれた子守龍はその人間の肉体と魂を喰い、その命尽きるまで怪異を喰らいまた気に入った人間に…って繰り返しさ」
大吾は忍野に対して眉をひそめつつ、縛られている品田をちらりと見ては忍野に詰め寄った。
「どうすればその子守龍を退治出来るんだ?方法があるんだろう?」
「ないよ」
笑ってそう言う忍野に大吾は忍野に掴みかかろうとするが桐生に押さえられる。
「落ち着け大吾!!」
「離してください桐生さん!!」
「落ち着けっつってんだろ!!」
暴れる大吾を尻目に今度は秋山が忍野に訊ねた。
「…13年前の時はどうしたんです?退治したんじゃないんですか?」
「だから退治は出来ないんだって、重し蟹みたいなどこにでもいる神様じゃなくて元とはいえ神社に奉られ崇められた立派な神様なんだ、生半可な手段と知識で挑めば喰われて終わりだよ」
忍野はそう言って椅子にしていたカウンターテーブルらしきものから降りて、桐生、大吾、秋山を見る。
「13年前の時はね、辰雄くんが一度も怪異を喰ってなかったからタマゴが育つ前に封印したんだよ…タマゴを取り出すにはリスクがありすぎたからね」
「リスクだと?」
「タマゴが辰雄くんの魂に憑いているような状態なんだよ…下手に取り出せば死ぬ可能性が高い」
ちらりと縛られている品田を見てはガシガシと頭を掻き、まるで人を見透かすかのような目で三人を見る忍野。
「ここから先はプロの仕事なんだ、君たちみたいな素人が首を突っ込んでいい件じゃないよ」
これ以上怪異に関わるな、遠回しにそう言っている忍野に三人は何も言えなかった。
続く