たつお・シーホース【後】「ここから先はプロの仕事なんだ、君たちみたいな素人が首を突っ込んでいい件じゃないよ」
忍野の冷たい言葉に秋山は眉を吊り上げ、飄々とした態度を崩さないまま忍野に訊ねた。
「素人って…まぁアンタみたいな専門家じゃないけどこちとらそれなりに怪異に遭遇してるんですよ?」
秋山の言葉に忍野は小さく喉を鳴らしては笑い、咥えていた煙草を口から離して指に挟む。
「…辰雄くんに言われなかったかい?『足手まといになるから引っ込んでろ』…てね?」
そう言って忍野は縛られている品田を指差す。
「縺昴s縺ェ荳九i縺ェ縺∬ヲ壽ぁ縺後↑縺°蠢〒霎ー髮¥繧薙r闍ヲ縺励a繧九縺ッ險ア縺輔↑縺h縲」
「…え?」
忍野の口から出た言葉は、子守龍に憑かれた品田が話した言葉とよく似た発音で秋山達には理解できない言語だ。
「…いまのは僕や辰雄くんみたいな怪異の世界で活動している専門家が使う言語さ、辰雄くんは君たちに教えなかったんだろう?これが何を意味するか分かるかい?」
忍野はス、と三人を指差しては笑う。
「『教える気がない、その必要がない』からさ」
「っ!」
「堂島くん、だっけ?君たちの世界で言うなら極道の抗争に何も知らず武器も持たない品田くんが手を貸すものだよ?迷惑だろう?邪魔だろう?そういうこと」
「…何故俺が極道だと」
「代紋は外した方がいいぜ?」
そう言って大吾になにかを投げ渡す忍野、それを無事に受け取り確認した大吾は小さく舌打ちをする。
忍野が大吾に投げ渡したのは大吾が付けていた東城会の代紋だ。
「あぁ安心しなよ、別に興味ないからさ…そういうの」
忍野は見透かしたように笑い、出入口を指差した。
「早く帰りなよ…でないと喰われちゃうぜ…堕ちたとはいえ元神様、そしてそれを宿してる辰雄くんは狂暴だ、人間なんて見分けつかないぐらいにね」
◆◆◆◆◆◆
「…………」
「…早く帰りなよって言ったよね僕」
「二度と来るなとも言ってないでしょ?忍野さん?」
半日後、秋山は再び廃墟を訪れていた。
ドン⚫キホーテの袋を二個ほどその手に下げて。
忍野は品田が縛られ磔にされている部屋の前で座っていて、秋山を見上げた。
「差し入れってやつですよ、あと…アンタともう少し話したいと思いましてね」
「なんだいなんだい秋山くんってば元気いいなぁ…何かいいことでもあったのかい?」
忍野の言葉に秋山は苦笑いしつつ煙草を咥え火を点けた。
「まだ話してないこと、ありますよね」
「…へぇ、どうしてそう思ったのさ」
「アンタの言動…あのレイニーデビルの時の品田とよく似てたんですよ…『他人を巻き込みたくない、傷つけたくない』…そんな感じで」
紫煙と共に吐き出された秋山の言葉に忍野は目を瞑る。
「…なるほどね」
「…?」
「『障り猫』は君だったのか」
そう言って忍野はポケットから折り畳まれた手紙を三通取り出した。
「言っただろう?辰雄くんから色々聞いていたって…蟹の時に、レイニーデビルの時に…そして猫の時にね」
忍野は片目を瞑ったまま口角を吊り上げて秋山を見つめた。
「君の言う通り、辰雄くんからの最後の手紙の最後にこう書かれていたのさ
『子守龍の件には俺の友人達を巻き込みたくない、彼らを傷つけたくない
どうか どうか お願いします』
ってね」
秋山の脳裏に、あの太陽の笑顔をする品田が浮かぶ。
「親友にそこまで言われちゃ、断れないからね」
「…親友?」
「ん?あぁ…13年ぐらい前から付き合いがあってね、まぁその話はまたいつか別の機会にでもね」
忍野は火を点けなかった煙草を仕舞い、ゆっくりと立ち上がっては秋山が持ってきたドン◎キホーテの袋からジュースを一本取り出し、秋山に振り返る。
「差し入れしてもらったし…邪魔をしないってんなら僕の話でも聞きながら見ていけばいいよ」
そう言って忍野は品田がいる部屋の扉を開けてくれた。
部屋の中は重し蟹の時のようにあちこちに注連縄を張り巡らせ、壁は勿論床にすら札が貼られていた。
「子守龍を封印するには怪異を与えずタマゴ…子守龍をギリギリまで弱らせて孵化を阻止しなきゃいけないんだ…でないと辰雄くんが殺されちゃう」
「…祓うにはリスクがあるって言ってましたけど、どんなリスクがあるんです?」
秋山の問いに忍野は磔にされている品田を見上げながら答えた。
「まず子守龍のタマゴは、辰雄くんの魂に憑いているんだよ…魂の深いところに、尾を絡ませるようにね」
そう言って忍野は品田に貼っていた札を新しいものに取り替える。
「下手に祓おうとすれば、子守龍は暴れて辰雄くんの魂を引きずり出して、辰雄くんは魂のない空っぽな器…生きた人形みたいにされてしまう」
無反応の品田の心音を聞きつつ、古い札を回収する。
「何十年もかけて、タマゴの子守龍が本当に弱った時にようやく祓えるんだ」
「何十年も…」
「神様に気に入られるってそういうことだよ」
そう言って忍野は秋山と共に部屋を出てはまた厳重に鍵をかけて扉に札を貼る。
「それに…子守龍の厄介なとこは他にもあるんだ。力を得る為に宿主を使って怪異を呼び寄せるんだ」
「…品田が自分のことを『怪異にとって極上の餌』だっていっていたのはそういうことですか」
「そうそう、しかも宿主が死なないよう再生能力を底上げするんだ…本当に厄介な神様…いや元神様だよ本当に…何かいいことでもあるのかねぇ」
忍野はそう呟きながら先ほど座っていた場所にまた座り、秋山が差し入れたジュースを開けた。
秋山も煙草の火を靴で踏み消し、袋から適当にコーヒーを取り出しては口をつける。
「三日間はああして拘束して、弱ったらちゃんとした封印をかける…それが辰雄くんの負担が一番低い方法だよ」
「…妬けますね」
「ん?」
飲み干した缶コーヒーを置き、秋山はガシガシと頭を掻いてため息を吐いた。
「助けたいのに何も出来ない…しかも品田の昔のことは知らない…怪異に関して無力…だけどアンタは品田を助けられるし怪異の専門家…」
「…」
「品田はきっと、心の底からアンタを信頼してる…堂島さんよりもね…その手帳を大事にしてる品田を見れば分かりますよ」
忍野が持っている手帳を指差し、またため息を吐いて俯いた。
「俺が怪異を…子守龍を祓えたらなぁ…」
「んー……出来るよ、君たちでも」
間
「…は?アンタ出来ないって」
「それは退治の話だよ。祓えるというか…封印だね」
小馬鹿にするように小さく首を傾げて笑う忍野に、秋山は間抜けな表情で固まる。
「まぁ勿論君一人では無理だけど…そうだな…さっきの堂島くんて人と一緒ならいいんじゃない?」
「堂島さんと…」
桐生や真島、冴島ならともかく恋敵である堂島と…、秋山は顔をしかめた。
「やり方は単純さ、君たちが『子守龍』を倒してしまえばいい」
単純、確かに単純ではある方法を忍野は語る。
「といっても…子守龍は元神様、しかも龍でもある…辰雄くんの身体能力も合わせれば怪異の王『吸血鬼』…あの『怪異殺し』を相手にできるくらいの力を持っている」
「『怪異殺し』…?」
「あぁいやこっちの話さ…まぁ倒すって言っても弱らせればいい、そうすれば僕が子守龍が絡み付いている辰雄くんの魂…辰雄くんの意識を完全に引っ張り出せる。幸いにもこの13年で弱体化してるからね」
忍野の言葉に反応するかのように、扉の向こうから唸り声が聞こえる。
「実際のところ、辰雄くんの魂が子守龍を封印してるようなものだしね。まぁ弱らせる必要があるけど…結局辰雄くんが一人で助かるだけだよ」
秋山を指差し、ニヤリと笑う忍野。
「どうする?専門家の僕に依頼しちゃう?」
「…いいんですか?」
「僕は今は辰雄くんの『親友』としてここにいるんだ、けれど怪異に関しての『依頼』を受ければそっちを優勢するよ…専門家としてね」
「…助けてくれるんですか?」
「助けない、力は貸すけどね」
「…忍野さん、依頼を引き受けてもらえますか」
「いいよ」
◆◆◆◆◆◆
「…怒ってるかい?」
「…」
「そうだね、確かに危険だ…君の負担が大きすぎるし、命の危険がある」
「…」
「だけどね、君を守りたいって思っている人がいるんだ…それを知ってほしい」
「…」
「大丈夫、約束したもんね」
◆◆◆◆◆◆
深夜、品田がいる扉の前で呼吸を整える二人の男。
秋山と大吾は忍野に依頼し、自分達が子守龍を弱らせた後に封印してもらうことにした。
「この方法なら確かに手っ取り早いけどね…本当に危険だと僕が判断したら止めさせてもらうよ」
忍野は火の点いていない煙草を咥え、扉の鍵を開けながら二人に話す。
「もう一度言っておくけど、弱っているとはいえ子守龍は本当に狂暴な怪異だ。町のチンピラなんかと一緒にしちゃだめだよ」
「わかっている」
「問題ないですよ、忍野さん」
二人の言葉に忍野はゆるりと口角を吊り上げた。
「そう、頑張ってね」
開かれた扉を潜り、ボロボロになった札や注連縄を踏まないように気をつけて部屋の奥…品田が座り込んでいる場所まで進む。
「…品田」
「…」
秋山が声をかければ品田…子守龍が金色の瞳で秋山と大吾を睨み付けた。
「縺ゥ縺@縺ヲ譚・縺溘溷菅縺溘■繧貞す縺、縺代◆縺上↑縺縺ォ√←縺@縺ヲ∝クー繧鯉シ∝クー繧悟クー繧悟クー繧悟クー繧悟クー繧悟クー繧鯉シ」
「辰雄…すまねぇ、俺達には何て言ってるか分からねぇ」
あらかじめ忍野が術を施したのか両手は包帯でまとめられており、子守龍は歯ぎしりをした。
「……帰れ」
「…?」
「手前のくだらぬ自慰に己を利用するな、不遜である、去ね」
首をゴキゴキと鳴らしながらそう話すのは、品田であって品田ではない。
子守龍が、ようやく口を開いた。
「へぇ…喋れるんだ、キミ…タマゴなのに」
「卵?ハッ…そうかそうか、あの坊主はそう言ったか…くだらぬくだらぬ…」
何がおかしいのか、子守龍は鋭い歯を見せながらゲラゲラ笑った。
「あやつと決着をつけたいと思っておったが…貴様らのような『ただの怪異に憑かれただけの人間』を向けてくるあたり人が悪い、興が削がれた、不愉快極まりないわ」
品田がしない表情をして寝転がる子守龍に大吾は舌打ちをしては詰め寄る。
「くだらない事を聞いている暇はない、俺達はお前を封印する為にここにいるんだ!」
「煩い、偽猿の右手が…興が削がれたと言ったであろう?」
鱗が出ている品田の顔でめんどくさそうに大吾を睨み付ける子守龍。
((顔と声が品田な分、結構傷つくなぁ…))
「あやつの術のせいで気力も精気も削がれたわ、伝えておけ『今回は眠ってやる』とな」
そう言って子守龍は包帯を…術が施されている包帯を焼き斬って両手を解放する。
「次は貴様らに会わぬようにしようぞ」
小さくそう呟き、子守龍は瞬時に二人の背後に移動しては軽く頚椎を叩いた。
「くだらぬ感情で『我々』に関わるでない、愚か者が」
子守龍のその言葉を最後に、二人は気を失った。
◆◆◆◆◆◆
大吾と秋山が目を覚ましたのは、半日後だった。
あのあと、元に戻った品田と忍野で二人をニューセレナに運んだらしい。
「いや~…ご迷惑かけちゃいました!」
目を覚ましていきなり、鱗もなくなりいつも通りの笑顔の品田にそう謝れ二人は何と言えばいいか分からなくなった。
「…品田!?」
「辰雄…!大丈夫なのか!?」
「うん!もうすっかり元気!ありがとうね二人とも!」
いつも通り、品田辰雄らしい品田を見てようやく秋山は肩の力を抜いた。
「もぅ…マジで焦ったんだよ」
「ははは…メ…忍野くんから色々聞きましたよ、本当にすいません…」
「そうか…そういえば辰雄、忍野は…」
大吾が忍野の名を口にした瞬間、品田の動きが止まり空気が冷たくなる。
「………」
「辰雄?」
笑顔のまま固まる品田に大吾は眉をひそめ、もう一度名前を呼んだ。
「…忍野くんなら例の廃墟にいますが…明日、明後日にでもまた別の町に行くでしょうね」
そう言って品田はゆるりと立ち上がり、ニューセレナを出ていこうとする。
「?品田?どこに行くの?」
「『後始末』ですよ『後始末』!二人はゆっくり休んでてください!」
廃墟
「…戻ったかい、辰雄くん」
「メメくん、世話かけたね」
廃墟の屋上にて、町を見下ろしていた忍野の隣に品田が立つ。
「構わないよ、君は僕の恩人でもあるしね」
足元に置かれた桐箱…品田と忍野によって厳重に封印された「偽物」のレイニーデビルの手をチラリと見て、忍野はようやく煙草…煙草に見せ掛けたそれに火を点けた。
「今回は上手くやる気を削げれたけど、次は決着つけなくちゃだね」
「…あの人達には嘘を教えたんでしょ?封印出来たと思ってるみたいだったよ」
「まぁね、どんなに頑張っても彼らは『部外者』であり『当事者』にはなれない」
忍野が吐き出した煙が空へ消える。
「『子守龍』に関わるのは俺とメメくんで充分、でしょ」
「うん」
そう言って二人は廃墟内に戻り、息を吐いた。
怪異を引き寄せる『子守龍』の力により、この廃墟に群がった低級怪異を「始末」する為に。
たつお・シーホース 幕間