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    #りおわた

    りおわたSS「的場」
     不意に、名前を呼ばれた気がして顔を上げた。そうしたら、台所で洗い物をしていた桔梗がじっと僕を見ていた。あっ、気のせいじゃないんだ、と思った僕はそのままの姿勢でまばたきして
    「なに」
     と、短く答えた。
    「ちょっと、こっちに来てくれないか」
    「え?」
     なんで? と思っている間にも、桔梗は淡々とお皿を処理していく。数秒間、蛇口から流れる水がばたばたとシンクに叩きつけられる音と、陶器同士がかち合う音だけがこの空間に響き渡った。
     ……手伝えってことかな。
     確かに、家事が当番制とはいえ、任せっきりは負担が大きいよね。配慮が足りなかったかも。後で謝ろうと思いながら、本に栞を挟んでテーブルに置いた。
     いざ台所に立ち入ってみると、意外にも……というか、冷静に桔梗凛生という男のスペックを考えると当然とも言えるんだけど、片付けはほとんど終わっているみたいだった。水濡れたお皿は一糸乱れずという風に水切りラックに収められ、シンク自体も心なしかいつもよりぴかぴかと輝いて清潔感が増している。……ような気がする。
    「ねえ。僕、やることなくない?」
     僕は少し、むっとして文句を言ってやった。
     ン? と僕の態度なんて意に介さず横目を向ける桔梗。その何気ない態度すらなんだか様になっているのがいけすかない。
    「……ああ、片付けは構わない。ほとんど終わっているから」
    「あ、そう。じゃあ、何?」
    「そうだな。もう少し、こっちに来てくれないか」
     やっぱり何かやって欲しいことがあるのか? と不審に思いながら、とりあえず手をまっすぐ伸ばせば腕に指が触れるくらいの距離まで近寄った。
    「何?」
    「もう一声」
    「はぁ? なんなの……」
     言いたいことがあるなら言葉で伝えればいいと思うんだけど、桔梗のことだし何かそれなりの考えがあるんだろうと思って、素直に従ってみる。
     大きく一歩踏み出すと、ふわっと、嗅ぎ慣れた桔梗のにおいがした。石鹸ぽい、食器用洗剤とは少し異なるニュアンスの清潔感だ。どことなく懐かしさすら感じる、ような。
     最終的には内緒話ができるくらいの距離まで僕は近づいたわけだけど、心なしか桔梗の体温が伝わってくる気がして、トクトクと心臓が早鐘を打ちはじめた。別になんてことないやり取りのはずだったのに、なんだか無駄に特別感が生まれてきたので、早く終わって欲しい。
    「で、何」
     ……声、ちょっとふにゃっとしてたかも。
     気がつかれていませんように、そうしたら死んでしまう。と、思いながら桔梗を見上げた。桔梗は「待ってくれ」と短く言ったのち、最後の一枚を水切りラックに並べてキュッと蛇口を捻った。
     ぱた、と最後のひとしずくがシンクめがけて落下する。
     桔梗は掛けてあったタオルで手を拭くと、おもむろに僕に向き直って、抱き寄せた。桔梗の腕力に引き寄せられて、まさかの実力行使に出られるとは思わず油断していた僕はいとも簡単に桔梗の腕に収まってしまう。細身に見える桔梗の身体は日々のトレーニングを欠かしていないお陰か引き締まっていて、硬くて熱い。僕はしばらくポカンと口を半開きにしていたけれど、背中に回った丈夫そうな腕の存在をやっと認識して、自分が置かれた状況を飲み込んだ。
    「ちょっと、いきなり何」
     桔梗は僕を抱きしめて、堪能するように大きく息を吸う。行き場をなくした僕の両手は特に意味もなく空をつかみ、握り込んだ。勢い余って、指が手のひらに食い込んだ。
    「言っただろ。こっちに来いと」
    「何のために、かは聞いてないんだけど」
    「すぐにお前を抱きしめたかった」
    「は、はぁ」
     脳がじわっと熱くなった。くらっと視界が滲み、揺らぐ。
    「正直に言ったら、的場は簡単には来てくれないだろう」
    「そんなことないよ……」
    「そうか?」
    「普通に、誰も見てないし? 心の準備さえさせてくれたら……」
    「相変わらず慎重派だな。そういうところも可愛らしいとは思うが」
    「かわいい、って」
     かわいいのは桔梗の方じゃん。
     背中に手を回したらイコール負けを認めてしまうような気がして、桔梗のトップスの生地を指でつまむ。
     桔梗はいつも涼しい顔をしてるくせに、急に甘えてくるから心臓に悪い。今だって、なんの前触れもなく鷲掴まれてしまったから、ばくばくと全身を揺らすように鳴り響いている。
    「ただいまあ」
     ………………。
     その瞬間、ふわふわしていた気持ちがすっと冷めた。ガタンと玄関の鍵が開く音と、ユウの呑気な声を認めて、僕はドンと桔梗の胸を押した。その瞬間に視界に入った桔梗は少し驚いた顔をしていたけれど、素直に離れてくれた。
    「あ、えっと……プリン、食べるから」
     気まずくて、別に桔梗だってわかってるはずなのに、それらしい理由をつける。そそくさと冷蔵庫の扉に手をかけると、桔梗は「残念だな」と眉尻を下げて笑っていたから、僕はぎゅっと下唇を噛んだ。触らなくても顔が熱いのがわかって、悔しい。
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