きみに捧ぐ杯 ビャルネ・ヨーランソンはパイロットだった。それは彼がまだ生身の体を有していて、上官を殴り飛ばす前で、相棒たるタイタンがいたころの話だ。
惑星モルモーに存在するIMCの調査研究施設、その防衛部門タイタン部隊にはとある一体のリージョンが所属している。コールサインを〈スコール〉という。スコールは問題を抱えていた。タイタン自身にというよりも、そのパイロットに。
《パイロット、起きてください》
コクピットのシートにどうにかずり落ちない姿勢で座り、口を開けて眠るパイロット。その様子を内部カメラで観察しつつ、スコールは目覚ましのアラームを鳴らし続けていた。これで五回目のスヌーズになる。整備担当のロボット〈MRVN〉に何度かつついたり肩をゆすったりさせてみたものの、やはり効果はなかった。
当然ながら軍規にある通り、許可された区画の外でのアルコール摂取はもちろん、泥酔状態でいることは禁じられている。良くて注意喚起、悪ければ何らかの謹慎処分を言い渡されかねない。特にビャルネ・ヨーランソン中尉の場合は後者だ。何せこうして、酔っぱらったままドックにやってきては誰彼構わず――と言っても相手は機械ばかりなのだが――絡んだ挙げ句に寝落ちしてしまうのは、珍しいことではなかったからだ。それも大抵はカード賭博の負債を伴って。これまで処罰を免れているのは、直属の上官が大目に見ていることと、彼が工兵でもあるからだ。工兵ならば、勤務時間外にドックにいても『仕事熱心だ』と真逆の評価を得るだけに終わる。実際、彼は工兵としてもパイロットとしても優秀な成績を修めていた。
今回の飲酒の理由は賭博の憂さ晴らしではなく祝杯であるから、理由としてはまだ良い方だともとれる。少なくとも給料が赤字になる心配はない。
スヌーズの音量が最大に達したが、やはり起きる気配はない。そこでスコールは次の段階に移ることにした。
不意にベルの音が途切れると、今度はけたたましいアラート音が鳴り出した。ミサイル接近を知らせる緊急アラートと同じ音だ。
これにはさすがのパイロットも飛び起きた。周囲を見回し、間もなくしてアラートは音だけで、戦闘中でも何でもないと気づく。そしてうずくまるように頭を抱えた。二日酔いからくる頭痛のせいだ。
もうわかった、と言いたげにパイロットが内壁を叩いたので、スコールはアラートを停止させた。
《おはようございます、パイロット》
「おまえ……」
ビャルネは悪態をつこうとして、せり上がってきた胃の内容物に口を塞いだ。開いたままのハッチからタイタンの巨大な手がパイロットを掴み出し、コクピットの外へ嘔吐させる。運悪く目の前のタラップに上がっていたマーヴィンが甲高いビープ音をたてながら飛び退いた。胸部モニターにバイオハザードマークを表示しながら僚機へ清掃の指示を伝達する。
ビャルネが落ち着いたところで、スコールは再び彼をシートへと座らせた。
《おはようございます、パイロット。現時刻は1047コア標準時。施設周辺の天候は曇り。連絡事項:ストウ少佐より着信あり。血中アルコール濃度が既定値を超過。H2ブロッカー及び鎮痛薬を投与。水分補給を推奨します》
シートのメディキットが作動し、ビャルネへ薬を投与する。少しして、彼はのっそりと顔を上げた。
「……何だって?」
《水分補給を推奨します》
「その前だ。少佐から着信?」
《はい。最新は約十前。その前は約三十分前です》
「今何時だって?」
《1048コア標準時になりました》
ビャルネは足元に転がっていたヘルメットをひっつかむと、コクピットから飛び出した。モップを携えたマーヴィンとぶつかりそうになり、「悪い!」と声をかけつつタラップを駆け下りる。通路を走り抜けるパイロットに、ヘルメットを通じてスコールは忠告した。
《ビャルネ、少佐の執務室へ向かう前に身なりを整えてください。着衣に食物及び吐瀉物の飛沫、グリースの付着を確認。着替え及び身体の洗浄を推奨》
「そんな暇あるか!」
《少佐へは1100時の到着を取り付けてあります。残り約九分》
ビャルネは曲がり角の壁を掴み、急ブレーキをかけた。
「九分?」
《替えの制服はロッカールームに手配済み。髭も剃ってください。レアが好まないのはご存知でしょう》
「おまえはおれのオカンか!」
《いいえ。わたしはあなたの――》
「『搭乗機体です』、はいはいよく存じておりますよ!」
ビャルネはすでに通り過ぎていたシャワールームへと引き返し、言われたとおりに体を洗い、髭を剃り、用意されていたIMCの標準野戦服に着替えた。十五秒を残して上官の部屋の前へと滑り込み、ノックをして名乗る。ドアはすぐに開いた。
マリア・ストウ少佐はビャルネへ一瞬だけ咎めるような視線を向け、デスクのモニターに注意を戻した。
「じゃあ、ちゃんと届いたのね」
「ああ、一昨日な」とモニター越しに男の声が返る。「危うく見つかるところだったよ。でも間に合ってよかった」
「ママ、ありがとう!」
少女の嬉しそうな高い声に、マリアは「よく似合ってるわ」と笑顔を浮かべた。
デスクへ歩み寄るビャルネに、少佐は机上の小物入れから絆創膏を取って差し出した。デフォルメされたネッシーが描かれている。彼女が自分の顎を指差したのを見て、ビャルネは思い出した。髭を剃る際に誤って小さな切り傷を負ってしまったのだ。
絆創膏をはると、ようやくマリアからお許しが出た。彼女はキャスターを転がして横へ移動した。
「レア、ビャルネも〝お仕事〟が終わったみたいよ。ほら」
マリアの嘘に感謝と苦笑を浮かべつつ、ビャルネはモニターの前に身を乗り出した。画面には黄色の真新しいワンピースを着た少女と、小さなパーティー帽を頭に乗せた男性が映し出されている。
「お誕生日おめでとう、レア」
「ビャルネおじさんおそーい! ケーキ食べちゃったからね、おじさんのは無し! ハァイ、スコール」とレアはビャルネが持つヘルメットへ手を振った。
《こんにちは、レア。お誕生日おめでとうございます》
「ありがと!」
「遅刻してほんとにごめんな。ケーキはうまかったか?」
「うん! えっとね、バナナとチョコと、あとねぇ、よくわかんない。たぶんリンゴ。あ、おじさんのプレゼントも開けたの。ちょっと待ってて!」
ころころと表情を変える少女に、ビャルネも思わず頬をほころばせた。
ビャルネとマリアは副官と小隊長という間柄ではあるが、ビャルネが実の家族とは疎遠ということもあって、ストウ一家とは懇意にしている。レアはマリアの娘で、今日で五歳になる。彼女がまだ物心つく前からの仲で、ビャルネにとっては年の離れた妹のような存在だ。そしてパーティー帽の男、ロイ・ストウ大尉はマリアの夫でありレアの父親だ。彼はビャルネの顎の絆創膏と充血した目を見て取ると、こっそりと肩をすくめた。
「ヨーランソン、前夜祭も結構だが、程々にしろよ」
「心よりお詫び申し上げます、大尉」とビャルネは敬礼。
「罰として来週もレアとの通信を命ずる」とロイもわざとらしいしかめっ面で返した。そして穏やかな表情に戻り、「プレゼントをありがとう。大喜びしてたぞ」
「何よりです。ところでそちらはどうです? アクテーの付近はテラフォーミングが不安定だと聞きまして」
「ああ、あれは中止になる可能性が高いだろうな。次の候補地はうまくいくといいんだが……それよりもミリシアの新型タイタンのほうが気になる」
「新型? ミリシアが?」
「試作機かもしれん。まだうちの隊にはろくに情報が来ていないから詳しくは――」
「ほら見て! こんなおっきいの!」
レアの声とともに画面が黄緑一色になる。それが近づいたり離れたりして、レアが抱えるネッシーの大きなぬいぐるみの全体像が映し出された。
「あらレア、かわいいわね!」
マリアが歓声を上げ、夫と部下には『娘が主役の日に仕事の話なんて』と言外に語る視線を送る。二人はすぐさま声色を変え、「すごいなレア、一人で持てるのか」だの「喜んでもらえて嬉しいよ!」だのそれぞれにまくし立てた。
ヘルメットを通して、スコールはその光景をじっと観察していた。遂行効率評価は五十五%と奮わないが、本日の第一タスクを達成した。このあとビャルネには水分と昼食を摂らせ、午後のシムトレーニングを実行させ、明日の実地訓練に備えて素面を保ちアルコールを抜かねばならない。その後の整備作業では食事すら忘れて没頭してしまうことが目に見えているので、今のうちにランチセットの配達予約を入れておく。
なぜなら、問題を抱えてはいても、ビャルネ・ヨーランソンはスコールのパイロットだからだ。
《パイロット、起きてください》
ビャルネは目を覚ました。頭痛にめまい、体中の痛みを伴って。二日酔いなんて比べ物にならない。
ヘルメット内に各種のアラートが鳴り続けている。HUDには相棒の機体損傷率、施設の火災、身体状況のライブレポート、その他諸々が赤い警告色で表示されている。
《パイロット、起きてください。ここからでは届きません》
再び、スコールの声。銃声と爆発音が続く。暗い視界に青白い光が鮮やかに映る。
《パイロット、起きているなら移動を。こちらです、明かりの見える方へ》
無茶を言う、とビャルネは思った。重体だ。ニューラルリンクで十分すぎるほどわかるはずだ。この体は〝もたない〟。
右腕は折れている。血と砂塵で口の中が不快極まりないのだが、唾液もろくに出なかった。咳き込むと、横っ腹のあたりに激痛が走った。撃たれた記憶があるのはそのあたりだけだが、実際にはそれだけではないのだろう。
それでも、彼は半身を起こした。やらねばならないことがあるからだ。任務が。
足を動かそうとして、またも激痛に襲われた。左脚が動かない。見れば、太いパイプに挟まれていた。無事な左手で持ち上げようとしたが、びくともしない。彼は周囲を見回して、少し離れたところにライフルが落ちているのを見つけた。
《ビャルネ》
「聞こえてる。待て」
ビャルネは痛む体に鞭打ってスリングへ手を伸ばした。ライフルを手繰り寄せ、それを支えにてこの原理で瓦礫を持ち上げた。そしてどうにかやっと足を引き抜いた。代わりにライフルは挟まったまま取れなくなってしまったが、もはや撃てるかわからない。持っていても意味がないだろう。
息切れを整えながら、ビャルネは震える左手で胸元に触れた。ベルトに納まったデータナイフの存在を確かめ、ほっと胸をなでおろす。
ミリシアの攻撃は唐突だった。もともと小規模構成の防衛部隊では戦力に劣り、救援を求めるまもなく通信設備は破壊されてしまった。ビャルネは少佐の命に従ってサーバールームへ向かった。そこへ収められているのは、フロンティアの星海に浮かぶ膨大な数の惑星の環境データだ。これを失えば、今後数十年に渡る入植候補地を失うも同然だ。敵方に奪われれば、新たな入植地が戦争の火種へと成り代わってしまう。
そのうち特に有用とされているデータをナイフにダウンロードし、施設の時限式の自爆装置を作動させた。それをマリアへ報告しようとした、そのときだった。大きな爆発音があちこちから轟き、ビャルネも急な衝撃に吹き飛ばされて意識を失った。おそらく、ミリシアの攻撃で自爆装置の一部が作動してしまったのだろう。
《ビャルネ、起きてください》
その声にビャルネは気を取り戻し、ナイフの柄を握り直した。鞘から引き抜くと、渾身の力を振り絞って腕を伸ばし瓦礫へ突き立てる。そうして少し、また少しと揺らぐ光に向かって進む。
溶けるような視界に、やがて、相棒の姿が見えた。片手で瓦礫の縁を持ち上げながら、もう片方の腕はプレデターキャノンを構えている。ビャルネが目指していた青白い光は、その機体の損傷部位から吹き出す炎だった。
ビャルネがどうにか瓦礫の穴から這い出ると、スコールは瓦礫を持ち上げていた手を離した。あっという間にビャルネが這ってきた隙間は埋まり、さらにその上に崩れた壁や天井が積み重なる。
もうもうと立ち込める土煙の中、スコールはそっと抱きかかえるようにビャルネを持ち上げた。ハッチを開き、慎重にシートへ座らせる。すぐにメディキットを作動させ、エピネフリンとオピオイドを投与する。事態の解決にはならなずとも、痛みを和らげることはできる。
パイロットの状態から、スコールは彼に操縦は無理だと判断した。可能な限りコクピットを揺らさぬよう立ち上がり、移動を開始する。そのことに気づいたビャルネが朦朧としながらも問うた。
「どこへ行く?」
スコールは答えなかった。答えると、任務の執行に悪影響が出る可能性が高い。
「スコール、答えろ。どこへ行くつもりだ? うちの隊はどうなってる?」
《生死不明。アルファ区画からの通信が最後です》
「ならそこへ――」
《実行不可。アルファ区画は自爆装置により崩壊》
ビャルネは息をのんだ。「……生き残りは?」
《タイタン部隊の残機は当機のみ。地上歩兵部隊が第一発着場で非戦闘員の避難誘導を続けています》
「そこまで行けるか?」
《ルートの確保が困難》
「クソ……なあ、どこに行くつもりだ?」
《……》
「もういい。パイロットへ操縦権を移行しろ」
《移行拒否。身体機能の低下を確認。この場合は例外が認められています》
ビャルネは操縦桿を握ろうとした。だがやっとアームレストへ乗せた腕が、機体の揺れによって滑り落ちた。スコールのプレデターキャノンが火を噴き、弾幕で敵タイタンを牽制している。スラスターで緊急回避を行わないのは残り少ないバッテリーを温存するためか、パイロットをかばってのことなのか。畜生、おれはただ座っていることしかできない。
「スコール、どうするつもりか知らねえが、おれが邪魔だろう。降ろしていい」
《実行不可。プロトコル・ワンに反します。あなたはまだ生きています》
それもそうだ、とビャルネは小さく笑った。痛みはあまり感じなくなっていたが、傷を抑えている指の間を生暖かいものが伝うのがわかる。
「なら任務を執行しろ。データを持ってさっさと脱出するんだ。これは命令だ」
《それはわたしの任務ではありません、パイロット。あなたの任務です》
「何?」
急に、ビャルネは強い眠気を覚えた。どうにか意識を保とうと傷をぎゅっと握ってみたが、握れているかすらわからない。麻酔のせいか?
「任務は……少佐が、おれに託したんだ。データを死守し、撤退しろと」
《わたしの任務はストウ少佐により変更されました。わたしはマリア・ストウの家族を守らねばなりません》
「……なんだそれ。おれは、聞いてない」
《あなたが気を失っている最中のことです。あなたが保持するデータには、ロイ・ストウ及びレア・ストウが入植予定としている惑星が含まれています。わたしはこれらを守らねばなりません。
いずれにせよ、当機の脱出は不可能です。残っているドロップシップにはタイタンが収納可能なスペースがありません。わたしはここに残り、あなたの脱出を援護します》
ビャルネは反論すらできなくなっていた。途切れがちな意識の中、やがて物音が遠くなり、スコールの手が自分を掴むのを感じた。そして何か寝台のようなものに寝かされた。見慣れたオレンジの塗装に銃とレンチのノーズアート、明るい緑に光る複眼がこちらを見下ろしている。
「スコール」
《パイロット、任務の執行を。再起動まで三時間》
ビャルネは最後の力を振り絞って手を伸ばした。だがいつの間にか自身を覆っていたガラスカバーにぶつかった。指先が赤い線を引く。
《ビャルネ、次からは自分でアラームのセットを》
バーの壁面モニターに、追悼式のライブ映像が流れている。ステージの上でとある将校がスピーチを行っている最中だった。
『……モルモー研究所の被害は、判明しているだけで死者八十八名、重軽傷者二百十五名に及んでいます。その大半が研究者たち、つまりは非戦闘員でした。わが軍の勇敢なる現地部隊員が避難誘導を行う間も、ミリシアは彼らの背に向けて引き金を引いたのです』
画面が参加者たちの映像に切り替わる。大勢の人々が顔をこわばらせたり、ハンカチを涙で濡らしたりしている。
「あんたも、あそこにいるべきなんじゃないのかね?」
カウンターの奥からマスターが問うた。客は一人、ビャルネだけだ。彼は首を振った。
「謹慎中なもんで。仕事も外出も禁止だそうだ」
「そりゃまた。ならここにいてもいけないんじゃないか?」
「おれはここにいない」
ビャルネは小さく笑い、手の中のウイスキーの入ったグラスを揺らした。その手は機械部品とケブラー繊維で構成されている。手だけではない。彼の体は全身義体化されていた。
スコールは彼の任務を全うした。瀕死のビャルネをシミュラクラム装置にかけたのち、再起動を待つ義体とデータナイフをドロップシップに乗せた。そして自身は発着エリアを守るために残ったのだ。
こうして、ビャルネとスコールはお互いの任務を全うした。だが問題も残った。ビャルネのシミュラクラムは不完全なものだった。彼の意識、ニューラルマップには、スコールとのニューラルリンク情報が分離できないほどに結びついてしまっていたのだ。設備の不具合か、身体の状態が影響したのか、他に原因があるのか、その道のプロたちにもわからないと言う。
そのためビャルネはもう新しいタイタンとリンクできない。前タイタンとのニューラルリンクを削除しなければ、別のタイタンとリンクを構築できないからだ。しかしその事実を告げられたとき、ビャルネは思わず笑ってしまった。あいつはまだおれにお節介を焼きたくてたまらないらしい、と。
機械の体にはまだ慣れない。けれど、そのつながりばかりが懐かしいまでに馴染んでいる。
『……施設は破壊されましたが、ミリシアには何一つ手に入れることはできませんでした。我々は勝利したのです。モルモーの犠牲者に哀悼の意を。彼らの功績は、人類の未来へと繋がっています』
「何をしでかした?」とマスター。
「あそこにおわすお方をぶん殴り差し上げたのさ」
ビャルネは顎でモニターを指し示した。スピーチを続ける将校の頬は、化粧で隠そうにも隠しきれなかったあざが薄っすらと見て取れた。
式典の前、ビャルネは彼から直々に賞賛を受ける機会に与った。「よくぞデータを持ち帰ってくれた」とかなんとか言いつつ肩を掴む将校に、ビャルネは思い切りの右ストレートを食らわせた。当然の報いだ。施設襲撃に際し、いの一番に逃げ出した将校からの賞賛など侮辱と言わずして何とするのか。
ビャルネの頭部の光る緑の四ツ目が、含み笑いに震えるように瞬く。マスターは無言で肩をすくめ、グラスを磨く作業に戻った。
モニターに礼服姿のライフル兵が映し出された。儀仗兵の合図を受けて礼砲を発射する。そして画面は惑星モルモーを宇宙から捉えた映像に切り替わった。赤褐色と緑が斑を描く惑星。ここからでは遠すぎて炎の灯りは見えない。
ビャルネは一滴も減っていないグラスを掲げた。
「乾杯」
もう何杯飲もうとも、ミサイル接近警報を目覚まし代わりに起こされることはない。髭剃りに失敗することもない。食事や睡眠も必要もない。『パイロット』とたしなめる声も、酒に酔うことも、二度と。
それでも、ビャルネ・ヨーランソンはパイロットだ。そして二度と、タイタンには乗らない。