残り火の膚に 自分は、いつも判断を違えてきた。
側胸部の傷を押さえる手の下から、湧き水のように血が流れ続けている。指の間をすり抜けてゆく熱を感じながら、彼は思った。あの時もそうだ。慢心せず、部下の忠告を聞き入れて撤退していたなら。そうすれば部隊の壊滅を未然に防ぎ、作戦も失敗に終わることはなかったかもしれない、と。
今回も、きっとどこかで別の選択肢があったのだろう。チームメイトも死なず、自分も死なずにいられた選択肢が。
しかしながら、この結末に対して心は穏やかだった。殿軍部隊としての役割をこなし、主力部隊の撤退を完了させることができたからだ。もっとも、任務完遂のためには、施設の自爆装置を作動させなければならない。しかし、こうなってはもう無理だろう。ミリシア軍もまた、大打撃を被った。この施設を占領できるほどの戦力も、それに釣り合う価値があるのかも疑問だ。
それに殿軍部隊の誰が残ろうと、そして残らなかろうと、気にするものはいない。バンファイア部隊のパイロットは、任務中に過失を犯した者、軍規違反者、単に性格に難のある者、そうした爪弾きばかりだ。彼自身を含め、使い捨ての部隊に過ぎない。
相棒は、と彼は頭を重々しくもたげた。霞む視界に揺らぐ炎、瓦礫と無数の死体、タイタンたちの残骸。それらを踏み越えて、巨大な影が近づいてくる。コアのライトブルーが幾重にも歪んで見えた。
《パイロット、立ってください。任務はまだ達成されていません》
悪態をついたつもりだが、声になったかどうかすらわからなかった。喉が泡立つ音を立てる。眠くもないのに、意識が後頭部から抜け出ていきそうだ。
《エンバー》
TACネームを呼ばれ、エンバーはいつの間にか目を閉じていたことに気がついた。やっとの思いでまぶたを持ち上げ、視界に相棒の姿を捉える。
真っ赤な塗装のスコーチ。燃え盛る炎に照らされた巨人は、爛々と光る複眼でこちらを見下ろしている。地獄に獄吏がいるとしたら、こんな姿かもしれない。
罪悪感も、責任感も、あるいはパイロットとしてのなけなしのプライドも、全てなげうって相棒と向き合っていたら。他のパイロットたちのように、愛機との絆を深める努力をしていたら。
そうしていたら、自分はここまで戦えなかっただろう。皆に蔑まれようと、仲間内にすら嗤われようと、身を粉にして殿など勤めようと思わなかっただろう。自分可愛さ故に、己の弱さに負けていただろう。
これで贖罪になるとは思っていない。例え死した部下たちが許そうと、たった一人、永遠に許しを与えない者がいる限り。
タイタンの巨大な手が伸び、パイロットを持ち上げた。体中の傷口から体液があふれ出し、機械の指を伝って地面へ滴る。エンバーは咳込み、喉にたまった血を吐き出した。残る力を振り絞って、肺に空気を取り込む。
「ニトロ」
《はい、パイロット》
相棒の名はエンバーが決めた。事務的につけたもので、けして情や縁を込めたものではなかった。けれど、いつしか相棒を指す言葉になっていた。
《パイロット、意識を保ってください。私はプロトコル・2に則り、あなたに任務を完遂させなければなりません》
〝嘘も突き通せばいつか真実になる〟、ありふれた常套句だ。だがエンバーは信じていなかった。自分に嘘をつき続けてきたが、終ぞ真にはならなかった。それでも、嘘を必要としていた。パイロットであるということ以外、残されたものはなかったから。後悔があるとすれば、相棒をこんな底意地に付き合わせたことだろうか。彼は気にしないだろうが。
《エンバー?》
自分は判断を違えてきた。今更もう一つ間違いを増やしたところで、どうということもないだろう。それに、これが最後だ。
「ニトロ、すまない」
どこからか飛んできた火の粉が、手のひらに落ちる。エンバーは握りしめた。
もう熱さは感じない。