love carried「だから。子ども達が憧れる乗り物のかなり上位に入っていると、思うのだけれど。本当はかなり乗ったらいけない部類の車だと、思うのよ」
何故か神妙に眉を寄せてもっともらしく、腕を組みつつそう言っているのは、宮野志保だ。
目の前にあって示されているのは、ズラッと並んだ白地に黒色の入った車。パトカーである。
本日も捜査協力をお願いし、出向いてもらった警察庁から、事がようやく一段落して出てきたところだ。空はもうすっかり明度を落として夜闇を醸し出している。
捜査に尽力してもらったお礼を兼ね、現実問題エネルギー補給のために遅い夕食に誘い外に出たが。庁舎を出たところでわざわざ立ち止まって、そんなことを言い出す彼女は。やっぱり激務で疲れているのだろう。
降谷は頭に手をやりつつ、その他愛もない話に付き合うことにした。だいたい彼女が子ども達、と口にする時は、彼女が幼児化していたころ……彼女にとって二度目の少女時代のことを指すことが多い。それはとても愛おしく、大切なものとして語られていて、降谷にとっても慈しんでできるだけ共有したい、ものだった。
それは、きっと並大抵ではなかった本来の宮野志保の少女時代に対してもそうで。いつかそこにも寄り添える自分になれたら、と降谷はひそかに思っている。
「…乗ったらいけない、って?」
「だって、警察車両よ。それに一般人が乗る場合って、どんな時だと思う?」
「そりゃ、だいたい連行される時だな。後はまあ、事情聴取とか」
「ね。どちらにしろ、乗らないに越したことはないわ」
…保護される為に乗る場合もあるが、それもその時点で事件に巻き込まれている可能性が高い。
確かに志保が言う通りだな、と納得しつつも、彼女はよく事件に巻き込まれていた哀の時、乗ったことはあるのではないか、なんて思う。でも降谷は、別の角度から返した。
「救急車は? 救急車もできれば、乗りたくないだろう」
「それは、そうだけど。でも救急車は病気や怪我の時、助けてくれるのよ。その時は、救世主だわ」
「……パトカーだって、救助に来ている面もある」
思わず仏頂面で返してしまった降谷に。志保は思わずという様子で笑い出した。歩も軽やかに進め出す。今日は徒歩で行ける食事処に行く予定だ。
「フフ。分かってるわ。それこそ哀のころ、救急車もパトカーもどれだけ呼んだことか。来てくれた時は、本当にホッとしたわ」
……それはやっぱり、どれだけ事件に巻き込まれていたのか、ということになるが。眉を寄せながら降谷は、この流れで口にした。
「…汽車の方が。乗れなくなったり、したんじゃないか。トラウマになって」
志保の澄んだ瞳が細まり、流し目を向けられる。ドキッ、と降谷の胸が不意に鳴った。
「…ああ、あなたとニアミスした列車ね。そうね。でも、死んでもおかしくなかった場面で無事だったから。別に列車が、トラウマになったりはしていないわ」
列車は、ね…
降谷は苦笑する。あの時。爆破する貨物車に取り憑かれたのは、自分の方だったのかもしれない。
志保は軽やかに話題を続けた。
「それにそんなに乗り物でトラウマになったら、何も乗れなくなるわ。列車といえばリニアには乗らなかったけど、相当な危機に直面したし。ジェットコースターに乗ったことで爆発の危機に晒されたことだってあるし。あなただって、そうじゃない」
……トラックで空中を飛んだこと、落ち行くヘリコプターで戦闘したこと。
頭の中に蘇る場面に、降谷は何故かいたく感心した。
僕らもしかしたら乗り物とは。切っても切れない縁なのかもしれない。
その思いが。ふと口に上る。
「いつか。バスで一緒になったことがあったね。哀ちゃんだった君は、物静かに隠れていたけれど」
彼女が生きていることも知らず。縁を紡げず図らずも追いかけっこ状態だった、あの頃。
志保はバス、という単語に別のことを思い浮かべたような様子を見せたが。フッ、と表情を和らげた。
「こっちは本当に怖かったのよ。見つかったら大変だと、思っていた。そんなニアミス。考えて見れば乗り物がほんと絡んでいたわね。いつかは、冷蔵車から助け出されたし」
…冷蔵車。それこそ縁の糸口さえ、見出だせていなかった頃だ。
彼女が口にするニアミス、という言葉が何だか嬉しくて。こうして今一緒にいることが、奇跡のように幸せなことだと、感じる。
今度は。楽しい思い出を一緒に作ろう、なんて。乗り物のチョイスを始めた時、志保から発せられたのは全く別の、不思議だった。
「…警察署に堂々と入って。パトカーの前を悠々と横切るなんて、信じられない」
降谷は瞬間動きを止める。志保の眼差しは変わらず澄んでいたが、静かな揺らぎがあった。
その瞳が。真っすぐ降谷を見つめる。
「そうでしょう。私は本当ならこの車に乗って、連行されて当然の身。宮野志保は、この車両が見えたら逃げ去るような組織に身を置いていた。なのに平然とこの場所にいるなんて。滑稽だわ。それに」
言葉に。力が籠る。
「…あなたの近くにこうしているなんて。本当はあってはならないことなのよ」
不安や恐怖を巧妙に隠し。澄み渡る瞳でそんなことを言い切る、彼女。
降谷は静かに見つめ返した後。表情を柔らかく綻ばせた。
「…そうかな」
「え?」
「そんなこと。人と人との付き合いには、何も関係ないんじゃないかな。ただの君、と。ただの、僕」
…え? と、再度戸惑っている志保に、重ねて言った。
「どんな関係を築いても。例えば慕情を寄せるとしても。何の妨げにも、ならない」
は……? と、今度は呆気に取られている志保に。降谷は屈託のない笑みを見せた。
幾度のニアミスも。ある意味、運命。
逃げ行くそう、例えばカボチャの馬車を。手繰り寄せこうして一緒にいられるのも、もしかしたら運命。
今度こそ。共に同じ未来に向かう乗り物に。乗れますように。