七海の元彼女のお話 今お付き合いしている彼のことなんですが、見た目は完璧。デートのときも完璧にエスコートしてくれて友達にも羨ましいって言われています。でも私の話は聞いてくれるんですが、彼自身の話はあまりしてくれないんですよね。この間ベッドの後で何故か遠い目をしている彼を見てしまい、そういえば彼の心からの笑顔を私は…
その後、違和感を抱えながらも彼女はお付き合いを続ける。時々問い正しても「そんなことはないですよ」と静かな笑顔で躱される。彼女が疲れているとき彼は甘いものを買ってきてくれる。高級なものが多いが何故かコンビニスイーツなども買ってくる。彼女は実は甘いものはそう得意ではない。何回目かにそれを伝えたとき、彼は一瞬黙った後ひどく狼狽してしまった。
「そうでしたか…」
口元を覆って背けた顔は何故か赤くなっている。彼女は焦って「そんな気にしなくていいのよ。嫌いってわけじゃないんだし」と言いながら、今まで見たことがなかった彼の表情に目を奪われる。何故かわからないが胸の奥がツキンとする。
「女の子は甘いものが好きな子多いものね」そう言うと、
「そうですね…女性は…そうですね」と言ったきりまたあの遠い目だ。
「いえ、スミマセンでした。無理をしないでください」とこちらを向いた彼の顔はもういつものそれだった。
それから何日か後、誕生日を控えた彼女は「ねえ、お花を買ってよ。誕生日に大きなブーケをもらうの、私、夢だったんだ」と丁度通りかかった花屋に「下見、下見」と彼と入る。色とりどりの花を見ながらはしゃいで彼を振り返ると、彼は白い薔薇の前から動けなくなっていた。静謐な花弁を今にも触りそうに、しかし何かを耐えているようにじっと見ている。近くにある作業台には花に似合いそうなブルーのリボン。彼はそれには触れて、「建人?」声をかけた彼女にハッとしたように向き直る。
「出ましょうか」
それからすぐ、彼女は彼に振られてしまった。
「誕生日に貴女に花束を贈ることは出来ません」
スミマセンと頭を下げる姿に
「いいの。何となくね…そうかなって、思ってたから」
翠の瞳と金の髪のこの男を手放すのは惜しい。ほんと惜しい。だから、いるんでしょ?心の奥に誰かが、とは言ってやらない。
その人に花束を渡してその人の笑顔を見たとき、私の知らない笑顔をあなたはするんでしょ。
早くそうなればいいわねとも、幸せを祈ってるとも言ってやらない。その笑顔を私が見られなければもう私には関係ないことだから。
冷蔵庫に残っていた彼からもらったコンビニスイーツを捨てた。少しだけ泣いた。
あー、ほんとにいい男だったわ。
でも仕方ない。明日も仕事だ。