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    azusa_n

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    azusa_n

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    モクルク。課題曲「やっぱり、やめとこっか」だったはずがあんまり関係なくなっちゃった。大きなプリン作ったりする話。
    チェ→ル要素(大きめ)、ア→ル要素(少し)もあるので注意。

    #モクルク

    1日の終わりにベッドに入って、その日の事を思い返して、唐突に自分の感情を自覚した。

    きっと、それは気付く前からだったんだろう。
    だって、ずっと前から正解が口から零れていた。

    最初に思い出したのは、モクマさんと二人で買い出しに行った日。



    大量の食材を抱えて冷蔵庫に詰めようとして、卵パックが入ったままのビニール袋を落とした。
    袋を覗けば鮮やかな黄色の模様が広がっていていたたまれない。

    「……あー…全滅です。すみません…」
    「あちゃあ。やっちゃったねぇ」
    「片付けの準備してきますね…。」
    「ちょいまち」
    「モクマさん?」
    「別に袋の中で綺麗だろうし、今日使っちまえば問題ない」
    「まあ、そうですけど。 ……なにに使います?10個分ですよ」
    「この前言ってたじゃない。 『プリン、お腹いっぱい食べたい』って」
    「あ…!!」
    「この際どーんとでかいの作ってみよっか」
    「是非! 一度やってみたかったんです」



    「えーと、プリンの簡単なレシピは、と。
     ……なるほど、卵と牛乳と砂糖だけあればいけるんだね」
    「牛乳はさっき買ったところですし」
    「砂糖は買い置きがあるし」
    「いけそうですね」
    タブレットでレシピを検索して、調理方法を決める。簡単なプリンのレシピを見つけた。

    「卵10個分だから、レシピの5倍になるので、牛乳が…」
    「計量カップあったよ」
    「ありがとうございます。後は砂糖が250グラム、と。」
    「あー、はかり、向こうの棚だったね。あんま使わないからしまっちまったっけ」
    モクマさんが調理器具を出している間に砂糖のストックを取り出す。500グラムの袋が出てきた。
    「……別に、これをそのまま入れれば丁度いいのでは? こういうレシピって甘さ控えめのことが多いですから」
    ひとりで食べるときならもっと入れるし、問題ないと思うのだけど。
    「ああ…、ルークだもんねぇ。まあ倍入ってても……、……いや、いいのか?」
    モクマさんがひどく真剣な表情で考えてる。
    「ルーク、それはやっぱりやめとこ。……おじさん、菓子作りはきっちりはからないと失敗するって聞いたことあるし今日のところはレシピ通りにやろっか」
    「モクマさんもプリンに本気……なんですね。たしかに、ケーキとか分量を間違えると膨らまなくなるって聞いたことあります。はかり取ってきますね」
    背後で細く溜め息をつかれたことなどつゆ知らず、砂糖の袋を調理台へと運んだ。


    材料の計量を終え、モクマさんがカラメルを作っている。なんとも心躍る香りだ。
    その横で細かい殻混じりの卵をザルを通して殻を取り除く。
    目の細かいザルを数回程通せば殻は見あたらなくなった。

    卵を混ぜて、砂糖を入れて混ぜて、牛乳を入れて更に混ぜる。そこはかとなく甘い香りが漂う。
    「なんか、もう既においしい気がします」
    「なんかこんな飲み物あった気がするね。ミルクセーキ……だっけ?」
    「それです! ちょっと飲んでみます?」
    「それもいいけど、せっかくのおっきなプリンが小さくなっちゃうよ」
    「たしかに…。それはもったいないですね」

    結局味見はせずにカラメルを入れたボウルに卵液を入れた。
    それを水を入れた深鍋に入れて火をつける。
    ふたりで沸騰するまで見守って鍋に蓋をした。このまま火が通るまで蒸すので暫く放置。

    待ち時間にこびりついたカラメルの掃除も兼ねてカラメルホットミルクをつくって、洗い物を終えた。
    モクマさんはコーヒーにカラメルホットミルクを混ぜてカフェオレにして、僕はそのまま砂糖を入れて。
    ふたりで蒸し器の湯気を見ながら立ち飲みしている。
    甘くて暖かくて、なんだか落ち着く。

    「そろそろですかね」
    「この大きさからなぁ。もうちょい待つかな?」
    「後5分したら開けてみましょうか」
    「待ち遠しいねぇ」
    「本当に。」
    なにをするでもない他愛ない時間が、懐かしいような、暖かいような、でもなぜか胸が詰まるような気がして。
    このままプリンが出来なければいいのに、なんて少し思った。

    火を止めて、蓋を開ければボウルの中身はしっかり固まっていて、大きいけれどしっかりプリンだった。表面に触れても崩れなくてしっかりしている。

    「…すごい…、本当に大きいプリンが出来てますよ…!」
    「普通の何個分だろうね」
    「10個は越えているはずです。 ……今すぐ食べたいところですが、これは冷やしてデザートですよね。夕食の量調整しないと」
    「もうこれが夕食ってレベルじゃない?」
    「そうかもしれませんね」

    「こんなん普段作る機会ないし、卵割ったのも悪いことばかりじゃないね」
    「モクマさん、優しいですよね。 モクマさんのそういうところ、大好きです。」
    「いやぁ、褒めてもプリンしか出てこないけど」
    「こんな大きなプリン出てきたら大喜びですよ」



    少し控えめにした夕食後、冷蔵庫から取り出したプリンのボウルに大皿を乗せ、逆さまにする。
    つるんと大きなプリンが綺麗に出てくるはずが、見事に潰れて割れて、ぐちゃっとした黄色と茶色が混ざった『プリンだったもの』と言うべき無残な姿になってしまった。
    大皿から零れなかったのは不幸中の幸いなんだろうけど、想像と現実の差に打ちひしがれてそれどころじゃない。

    「ん? …え、……ああああっ!」
    「あっちゃあ…」

    「ぷっ…、ダッッッッセ」
    「…これは…また…」
    呆然とする僕と頭を抱えるモクマさん。
    そこに隣に座るアーロンの爆笑と、眼前のチェズレイのかみ殺した笑いがダイニングに響く。

    しおれた僕に配慮したんだと思う。軽く頭をかいたモクマさんが声を上げた。
    「…あー、お二人さん、笑いのツボ一緒だね」
    スゥ、と温度が下がった気がするが、一気に静かになった。

    気を取り直してプリンを取り分けることにした。

    「モクマさんどれくらい食べますか?」
    「今お玉に乗ってる分くらいでお腹いっぱいかな」
    「了解です。モクマさん、どうぞ」

    大きなお玉だから普通のプリン1カップ分くらいはあるのに、比較対象が大きいと随分少なく見えるから不思議だ。
    モクマさんに渡すと、すぐに一口食べた。
    「うん、昔気質の喫茶店って感じでよくできてる。美味しいよ。崩れちゃっても味は変わらないし、分量はレシピ通りだしね」
    なんとなく、毒味という言葉が頭を過った。どうして。

    「アーロン、チェズレイ、2人は食べる?」
    「……そんなにはいらねぇ」
    これは、少しなら食べるという意味だろう。
    「じゃあこれくらいだな。はい、アーロン」
    「…おう」
    モクマさんに渡したのより少し多めに盛り付けたプリンを渡す。

    「チェズレイは?」
    「ボスとモクマさんのお心遣いですからねェ…。少しだけ頂きましょうか」
    「君も食べてくれるのか。嬉しいな」
    4人揃ってデザートを食べるのは稀で、やはり嬉しい。
    モクマさんの分の半分くらいを盛って渡した。
    それだけやってもまだ半分以上は残っている。
    自分の分をお玉に山盛り2杯掬った。

    「ほら、懐かしい素朴なプリンの味も、柔らかく口でとろける食感も。甘いだけじゃなくてカラメルのほろ苦さで奥行きが出てて、」
    いつもの言葉を続ける前にアーロンが口を開いたのでそのまま言葉をプリンと一緒に飲み込んだ。

    「……まあ、悪くはねぇよ」
    「アーロン!」
    「なにニヤついてんだよ」
    「君にスイーツを褒めてもらえるなんて滅多にないじゃないか!」
    「別に褒めてねぇよ」
    「ああ、そうだな。ふふ」
    アーロンの舌打ちを聞いても照れ隠しだと思えばどうということはなくて、ただ嬉しくなってしまう。

    おかわりのプリンを盛っていると今度はチェズレイに声をかけられた。

    「ボス、この大きさではプリンの自重で潰れるのは当然です。……もしこのサイズで作りたいのなら少し食感は変わりますがゼラチンで固めた方が安定するかと」
    「なるほど。チェズレイは流石だな。次はそうするよ」
    「問題なく作れるレシピを用意しましょう」
    「ありがとう! とても助かるよ!」

    これはレシピをもらったらきっちりリベンジしないと。
    今度こそ完璧な巨大プリンを作ろうと決めてモクマさんの方を見ると、少しぼうっとしているようで。
    「……。」
    「モクマさん、次は形も完璧なやつ、作りましょうね」
    「ん、ああ、また作ろうね」



    ……なんてことがあった。
    そういえばレシピのことはチェズレイも忘れちゃったかな。まあ、最近忙しいし菓子作りをする余裕もなかったけど。

    一つ思い返すと連鎖的に色々と思い出す。


    例えば、ニンジャジャンの公演を見た時も。

    「今日の公演も最高でした。
     ニンジャジャンしてるモクマさん、すっごく格好良くて、僕大好きです」
    「ありがと。ニンジャジャンが格好良いからねぇ。ルークの夢が壊れてないなら、それだけでショーマン冥利につきるってもんだ」



    捜査がうまく行かなくて悩んでいたときも。

    「ちっと休憩しよっか。煮詰まってると良い案出てこないでしょ」
    「……そうですね」
    「ほい、これあげる」
    貰ったのはチューブが二つくっついてるコーヒー味のアイスの片割れ。モクマさんは既に封のところを開けて口をつけていた。
    「ありがとうございます。このアイス懐かしいです」
    「リカルドでも売ってたんだね。誰と一緒に食べてたの」
    「父と、たまに。 一緒に食べれるのが嬉しくて、大好きだったな」
    「…そっか、思い出の味だったか。今日はおじさんで悪いね」
    「え、モクマさんと一緒なんて、とっても嬉しいですよ?」




    リビングのソファーでうたた寝しちゃって、部屋に運んでもらったときも。

    ふわふわした意識の中で、暖かくて、落ち着く香りがして。
    「………。……だいすき…」
    あの時はベッドに寝かしつけられて、頭を撫でてもらった、ような記憶がうっすらと。…でもこれは都合のいい夢だったかもしれない。翌日、自分の部屋で起きたのは確かだけど。




    そんなこんなで、思い返すと、そこそこ言っていた。「好き」と。多分他にも言ったと思う。

    ただ、ニュアンスの差こそあれ返事はなくて。
    まずいことを言っていたのではないだろうかと冷や汗をかいているところだ。
    いや、寝言はともかく他は普通の会話と言って差し支えないと思うけど、好きって思われることすら迷惑だったりするんだろうか。

    「どんな顔して会えばいいんだろ……」
    ビーストくんのぬいぐるみをむぎゅっと潰してみたものの、いかつい目の形は変わらない。

    「………まあ、そうだよな。隠そうって言ったって、僕に上手な演技なんて出来る訳ないし。」

    別にモクマさんを好きだからどうだと言うつもりもないんだから。いつも通りにしていればいいんだ。

    ビーストくんをぽんぽんとはたいて形を整えて布団を被った。



    翌日。

    洗面所に行くと、モクマさんが先にいた。朝一番から会えるなんてラッキーだ。
    「おはようございます、モクマさん」
    声が上擦ったりせずちゃんと普通に挨拶できて良かった。
    ほっとしていると顔を洗ってたモクマさんがこっちを向いた。
    水も滴るいい男、とか言うんだっけ。いつもより格好良く見えるのは水のせいなのか意識してるせいなのか、どっちなんだろう。
    「おはよ、ルーク。 …どうしたの、そんな見つめちゃって」
    「あ、いえ。モクマさんは男前だなぁって」
    「フッ……。 ようやく気付いちまったか、俺の魅力に」
    まだ濡れた髪をかきあげて、格好良いポーズをサービスしてくれた。
    「モクマさんはいつも素敵ですけどね。前髪上げるのも似合ってますよ」
    「やだ、口説かれちゃってる…?!」
    格好良い表情から一気に目を大きく見せる可愛い仕草に変わる。どんな表情をしていても好きだなと思ってしまうのだから、これが大好きって自覚の力なんだろう。
    「そう、なるんでしょうか。事実を言ってるつもりなんですけど」
    「……さてはルーク、まだ寝ぼけとるな。おじさんは済んだからここ使いな」
    「……あ、はい…」
    首にかけた手拭いでまだ顔や髪から滴る雫を処理しながら去ってしまった。もう少し話したかったけど、元々自分も顔を洗いに来たのだから呼び止めるのも変だろう。自分のと違う整髪料の香りに少し浮き足立つ気持ちのまま顔を洗った。



    支度をしてリビングへ来ると、先にリビングにいたチェズレイが話しかけてきた。
    「おはよう、チェズレイ」
    「おはようございます。 ボス、こちらをどうぞ」
    「手紙? ……今開けてもいいか?」
    「御随意に」
    受け取ったのは封筒。
    整った字で記載されているのは食材名と分量に、分かりやすい手順。
    「全卵、卵黄、牛乳、砂糖、ゼラチン…ってこれ、例のレシピか。
     助かるよ、ありがとう。チェズレイ!」
    「フフ、どういたしまして」

    前に一緒に作った時、とても幸せだったから。
    今作れたら、更に完璧なものが出来たらもっと幸せに決まってる。
    「それにしても、朝からご機嫌ですね、ボス」
    「顔に出てたか?」
    「ええ、とても。まるで昨日とは別の世界にでも来たような晴れ晴れしい表情をしていますよ」
    「そうかな。 ……はは、ある意味そうかもしれない。」
    「おや。本当に何かあったようだ」
    驚いた、と言うように目を見開いてみられたけど、きっと考えた通りのことなんだろう。
    「どうせ君に隠し事は出来ないのは分かってるよ」
    もしかしたら僕より先に気付いていたのかもしれない。チェズレイは鋭いから。
    このまま人生相談でも始めようかと思ったところに、ドアの開いた音がして振り返った。

    「ん、今二人か。」
    すっかり外出準備を整えたモクマさんだ。
    思わず手紙を持ったままドアの方へと駆け寄っていた。
    「モクマさん、チェズレイにレシピ貰ったんです。大きなプリン、リベンジしてみませんか」
    「そうだね、失敗したままだとなんとなく……、…いや、やっぱりやめとくよ。レシピくれたチェズレイと作りな」
    「……今日は都合が悪いなら、明日以降でも構いませんよ」
    「またショーに出てくれって頼まれててさ。あんまり余裕なさそうかなって」
    「そうですか…。無理をするような事じゃないですからね。」
    「ん、ごめんな。 じゃ、今日は打ち合わせ行ってくるから手数には入れんといて」
    「分かりました。いってらっしゃい」

    モクマさんはひらひらと手を振って出て行った。
    BONDとしての活動のため、各自の予定は共有してある。今朝の時点では、まだ予定はなかったはず。
    ……避けられたんだと、初めて自覚した。

    チェズレイはしっかり会話を聞いていたようだ。
    ソファーに戻り、横に座って溜め息を吐けば、気遣わしげに声をかけられた。
    「ボス…。……どうやら私では代わりにならないようですねェ」
    「元々、君は代わりとかじゃないけどさ。……このプリンはモクマさんと作りたいなって思ったんだけど」
    「ええ、そうだと思って失敗しにくいレシピを用意しましたから」
    チェズレイが作るのだったら、難易度が高くとももっと美味しいレシピもあるのかもしれない。だけど、蒸し上がりを待つ間のなんでもない一時が心地良くて、それを一緒にしたいのはモクマさんだから。
    「僕の気持ちは迷惑だったかなぁ……」
    「そんなことはないはずなんですがねェ」
    「……でも、想うだけなら、自由だよな」
    「もしお辛いなら、忘れさせてあげましょうか」
    「催眠で記憶を消すってこと? それは遠慮しておくよ」
    「そう仰ると思いました。 …では、気分転換に外出は如何でしょうか」
    「それはありがたいな」


    ちょっとした外出のつもりがチェズレイに流されるまま、明らかに高級店でフォーマルのスーツをアクセサリー含め一揃え用意された。……いや、正確には用意されていた、だな。僕の身体に合わせたオーダーメイドらしく、返品しても無駄になるだけだからこのまま受け取れと言われてその通りになった。

    服装に合わせてメイクやスタイリングも施され、そのまま最高級ホテルのレストランの個室でランチをしている。費用はいつの間にやら同じ生地のスーツに着替えたチェズレイが全部払ってくれたものの、小市民としては落ち着かない。

    「…気分転換って、もっと軽い意味だった気がするんだけどな」
    「程よい緊張で他のことを考えずに済むでしょう?」
    「……程よいの定義が僕と違う気がする」
    「個室ですからマナーにそぐわなくても笑う人はいません。私が覚えているだけですから大丈夫ですよ」
    「いや、それ既にすごいプレッシャーなんだけど」

    サーブされたのはとても美味しいスープのはずなのに、味が全然分からない。

    「ボスが自信を持てないようですので、形から入っていただこうかと。服装も、所作もあなたを彩る武器になる」
    「……なるほど…」
    たしかにチェズレイはスープを飲むだけでも絵画みたいで様になってる。
    これだけ優雅に振る舞えれば自信も湧いてくるのは頷ける。

    「まァ、このようなことをする間でもなくボスはとても魅力的ですよ。この私が保証します」
    「君に言われると調子に乗ってしまいそうだな」
    「あなたと触れ合って焦がれない人なんているはずがないのですから、どうぞお好きなだけ」
    「そんな気がしてくるから困るよ」
    「ええ、あなたは私が認める唯一のボスですから」
    モクマさんのことを相談して、励ましてもらって。
    チェズレイは終始優しくて、暖かいのに少し胸が苦しくなった。




    「やっぱりこの格好落ち着かないんだけど」
    「でしょうね。ですが、今日は私がいいと言うまでこの服を着ていてください。メイクの落とし方についても後程お伝えしますから」
    「なんか汚しそうなんだよなぁ」
    「服装に相応しい所作をしていれば、そう汚れるものではありませんよ」

    そんなこんなで帰ってもマナーレッスンが続いている。


    「しっかり背筋を伸ばして。慣れれば疲れなくなりますよ」
    「ああ」
    「次にボス、紅茶を飲むときは…」

    カチャ、と扉が開く音がしてついそっちを振り向いた。
    「ただいまーっと」
    「おかえ」
    立ち上がろうとして椅子からガガ、と音が鳴ったところで両肩に手を置いて止められた。
    「ストップ。……ボス、立ち上がる動作が美しくありません。やり直しです」
    「えっと……、なにしてんの?」
    モクマさんの質問に答えようとしたところを制された。
    「私のボスに相応しい気品を身に付けていただこうと思いまして。服装から全て用意致しました」
    立ち上がるよう促されて、チェズレイが椅子を引くのに合わせて左側へ立つ。

    「私の、ね……」

    「朝とは見違えたでしょう? さァ、成長したボスへのご感想をどうぞ」
    「あー…、ルーク、似合ってるよ。ぴしっと決まってて格好良い」
    「えへへ、ありがとうございます」
    「それだけですか? 他にも言うべきことはいくらでもあるでしょうに」

    モクマさんの視線がこっちに向く。
    「朝より背筋が伸びてるね…?」
    「他には」
    「その髪型も似合ってる」
    「他には」

    モクマさんが一つ答えてはチェズレイが短く言い捨てる。そんなやりとりがしばらく続いた。
    褒められるのは嬉しいんだけど、無理やり褒めさせているようで、なんだか居心地が悪い。僕が口を開こうとするとその都度チェズレイに止められるし。

    「もう、思うところはありませんか」
    モクマさんがはぁ、と大きく溜め息をついた。
    「……ペアルックが気に食わないとか言えって話?」
    「おや、分かっているじゃありませんかァ。まァ、存在もしない用事でボスを遠ざけようとするモクマさんに言う資格はありませんが」
    からかうような言葉は僕との会話ではなかなか出てこない。からかっていると言うよりは、チェズレイ、苛立っているような気がする。

    「……だから思ってても言わなかったんだっての」
    モクマさんの口が動いたけど、なんて言ったのかは分からなかった。

    モクマさんがチェズレイの言葉を否定しなかったと言うことは、正しいのだろう。やっぱりショーが云々は嘘だったか。別にプリンをつくるのなんて、やりたくないならそう言ってくれて構わないのに。……断ることすらめんどくさいほど迷惑なんだろうと思い至ってしまって心が重くなる。

    「ほら、このようにボスを落ち込ませて。」
    「えっ、今のはチェズレイがわざわざ言うからだよね?」
    「いいえ、モクマさんの行いが元凶です。お分かりでしょうに」
    モクマさんの舌打ちが聞こえた。
    チェズレイとモクマさん、二人の時ってこんななの? 二人は仲良いと思ってたのに。
    助けてアーロン。いやそれはもっと惨事になる気がするな。ここは僕がなんとかしないと。 でも僕の事について喧嘩してるんだよな。 ……こう言うときに何とかする台詞は、前に漫画で読んだ『私のために喧嘩はやめて』とか?いや、とても言える雰囲気じゃないぞ。

    頭の中がぐるぐるしているとチェズレイから声がかかった。
    「ボス。心配なさらなくとも今はこれ以上はしませんとも。
    スーツの保管方法もお教えしなくてはなりませんからあなたのお部屋にお邪魔しても?」
    「え、あ……うん。」
    当然のように心を読まれつつエスコートされて、ドア付近でモクマさんの横を通る。

    「ちょいまち。 ルークに話があるから」
    左手首を掴まれた。
    「おや、ようやく向き合う覚悟はお決まりで?」
    「…………ああ、おかげさまで」

    残っていいのかどうなのか、二人をきょろきょろ見渡す。
    どうやら折れたのはチェズレイだったようで。
    微笑を浮かべて僕の手を離して、額にキスされた。
    一瞬、触れるだけのそれは優しくて、なんだか切ない気持ちになる。
    「私の愛しいボス。お困りでしたらいつでもお呼びください。」
    「…ありがとう、チェズレイ。……ごめんな」
    「いいえ、どうぞボスの思うままに」
    同じだけの気持ちを返せないのは苦しいけど。
    せめて玉砕するまでは僕も諦めきれないから。




    チェズレイが退室して、ひとまずダイニングで向かいに座った。

    「ごめんな、ルーク。避けてたのは本当だ」
    「いいえ、なにか僕が気に障るようなことをしてしまったんでしょうから」
    「そうじゃないよ。ただ、こっちの問題だから」
    頭を下げたモクマさんに、首を横に振って答える。
    避けさせるような勝手な想いを抱いたのはこっちだ。
    それなのにまだモクマさんは僕に優しい。

    「あんまり面白い話にゃならなそうなんだけど」
    そう前置きしてモクマさんは話し始めた。



    ……俺さ、出来るだけ物にも人にもなるべく執着しないように生きててさ。
    大事なものって、重いじゃない。
    いざって時、重りになるから持たないようにしなきゃってずっと思ってて。
    まあ、その生き方にも今は思うところはあるけど、そう簡単には変えられんのよ、この歳になるとね。

    自意識過剰かもしれんが、もしかしたらルークは俺のこと好きかなー、なんて思うことは何度かあった。その度にもうちょい距離置こうかとは思った。…でも、ルークといると温泉にでも浸かってるみたいで心地よくてさ。離れるのずるずる後回しにしてて。
    ルーク本人だって気付いてないんだから大丈夫だって、自分に言い聞かせて、ここまできた。
    もしルークが俺の気持ちもルーク自身の気持ちにも気付かないで、そのまま他の奴とくっついてくれたらずっと今のまんまでいられると思って、たまに聞こえる言葉がどれだけ嬉しかろうが聞こえないふりしてさ。

    でも、さ。今朝顔見てまずいなって思った。
    視線で火傷しそうで、離れなきゃって。大事なもの、手に入れたらきっと離してやれなくなっちまうから。

    でもとっくに手遅れだった。
    その格好、よく似合ってて、……正直イライラした。

    だって、お似合いに見えたんだ。そうでなくともあいつはお前さんを特別に扱っているし、お前さんにとってのあいつもそうだ。
    それまでずっと誰かとくっつけばいいって思ってたのに、だ。
    そりゃ、変な相手だったら止めるかもしれないけど、あの完璧超人で駄目なら誰なら許せるんだって話だろ。ルーク相手なら毒気も抜かれてるしさ。

    つまるところ、誰にも譲れないくらい大事になっちまってたってこと。
    いい歳してなにやってんだっちゅう話だね、全く。




    「………つまり、迷惑だった訳じゃないんですね?」
    「え、いの一番につっこむところ、そこ?」
    「だって、モクマさんを困らせてたと思ってて」
    「んなことないよ」
    「……良かった……」

    一気に緊張が解けて、それまでぴしっと背筋を伸ばしていたけどずるりとテーブルに突っ伏した。
    少しだけ休憩して、ぬるくなった紅茶を飲んだ。
    カップをソーサーに戻した所でずっとこっちを見ていたモクマさんが声をかけてきた。

    「なあ、ルーク。……お前さん、それだけでいいの?」
    「僕はモクマさんが迷惑に思わないならそれで、良い……はず、ですけど……。 ……ん?」
    それだけ、の先にはなにがあるんだっけ。昨日からその先の回路を繋げないようにしていたのに、繋がってしまいそうだ。
    モクマさんが苦笑いを浮かべている。
    「……俺、愛の告白したつもりだったんだけど?」
    「あの。 や、僕、振られることしか考えてなかったので。ずっと、モクマさんのこと好きでいさせてくれればそれで良かったのに。……、本当に僕でいいんでしょうか。」
    一気に顔が熱くなった。どうしよう、多分ものすごく顔が赤い。
    「ルーク、俺はお前さんがいいって言ってるんだよ。」
    「嬉しいです。とっても」
    「もう逃がしてあげらんないから、覚悟してて」
    「はい!」




    後日。

    カラメルとゼラチンを混ぜて作ったプリン液をボウルに入れて、冷蔵庫へ入れた。
    流石はチェズレイのレシピ。間違えそうな部分がしっかりカバーされていたので迷うことなく出来た。

    「……このレシピだと、蒸さないんですね」
    「ゼラチンって加熱しすぎると固まらないんじゃなかったっけ?」
    「……そうですよね。残念です。 一緒に蒸してるの見てる時間、好きだったのに」
    「……また今度、前のレシピで、今度はマグカップたくさん並べて作ろっか」
    「はい! …今度は砂糖増やしていいですか?」
    「え……、まあ、お手柔らかに」



    冷蔵庫でしっかり冷やした後、皿に落とす。
    このレシピだと綺麗につるりと大きなプリンがそのままの形で出てくる上に味も格別で。
    ナイフでケーキみたいに切り分けても自立している。
    「やっぱり、好きな人と一緒に食べるのが一番美味しいです」
    「そうだね。ほらルーク、あーん」
    隣の席のモクマさんから差し出されたスプーンのプリンを食べる。
    「んん、あまりにもうまーい!」

    テーブルの前の席からこれ見よがしな溜め息が聞こえた。
    「……オアツイのはわかったから座席順に気を使えや」
    アーロンがテーブルを膝で軽く蹴ったようで大皿のプリンが揺れた。なんともムービージェニックだ。

    「怪盗殿、馬に蹴られるご趣味が?」
    「テメエもなんでわざわざ塩贈ってんだ。ほっときゃチャンスもあっただろうに」
    「ボスが一番幸せになるよう努めるのは当然です。それに、私が誰よりボスを愛しているのは間違いありませんから」
    「ちょっと、それは聞き捨てならないんだけど」
    「ボスを泣かせるようならモクマさんと言えどもただではおきませんので」
    「そんときは俺も気が済むまで手合わせ付き合ってもらうかな」
    「……お手柔らかにね? まあベッド以外で泣かせる気はないけど」
    「0点」
    「うっわ…」

    なぜかモクマさんに耳を塞がれたまま、会話に花咲く三人をみる。
    よくわからないけど、皆楽しそうだからまあいいか。
    プリンの大皿を自分の方へ引き寄せた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
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    PROGRESS第9回お題「野菜」お借りしました。
    #チェズルク版ワンドロワンライ
     分厚い紙の束を取り出すと、つやつやとした様々な色合いが目に飛び込んでくる。
     グリーン、ホワイト、パープル、レッド、イエロー……派手な色が多い割に、目に優しいと思えるのは、きっとそれらが自然と調和していた色だから、なんだろうな。
     大ぶりの葉野菜に手をのばして、またよくわからない植物が入っているな、と首を傾げる。
     世界中をひっちゃかめっちゃかにかき回し続けている「ピアノの先生」から送られてくる荷物は、半分が彼の綴るうつくしい筆致の手紙で、もう半分は野菜で埋め尽くされていることがほとんどだ。時折、隙間には僕の仕事に役立ちそうなので、等と書いたメモや資料が入っていることもある。惜しげもなく呈されたそれらに目を通すと、何故か自分が追っている真っ最中、外部に漏らしているはずのない隠匿された事件にかかわりのある証拠や証言が記載されていたりする。助かる……と手放しで喜べるような状況じゃないよな、と思いながらも、見なかったフリをするには整いすぎたそれらの内容を無視するわけにもいかず、結局善意の第三者からの情報提供として処理をすることにしている。とてもありがたい反面、ちょっと困るんだよなあ。
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