遅効性の毒 押し入った小部屋は埃っぽかった。たぶん、碌に換気もしていないのだろう。
噎せ返るような黴臭さに、キィニチは思わず顔を手で覆ったが、連れられた旅人にはそれが間に合わなかった。息も絶え絶えな様子で汚れた空気を吸えばどうなるかは想像に容易く、扉の陰に押しやられると同時に肺が吃驚して震える、その生理的な動きを可哀想に思いながらも、彼の口をもう一方の手で塞いだ。掌が生温かくなっていく。無慈悲な対応に耐えきれなくなった分がぽろぽろとまなじりから零れていった。キィニチは己の対応の乱暴さを謝りたかったが、壁一枚隔てた向こう側が矢庭に騒がしくなったので、それも叶わない。床が抜けてしまうのではないかと思うほどに粗暴な足音が幾つも連なり、暫く、嵐の只中だった。四方を敵意と恐怖に囲まれ、冷えた手で心臓を掴まれるような、生きた心地のしない時間をやり過ごす間、キィニチは旅人をずっと抱きしめていた。背中をさすっていた。その薄い凹凸には、まるで旗を立てるように、矢が一本生えていた。
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