Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    sueki11_pxv

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 22

    sueki11_pxv

    ☆quiet follow

    京にきてからの鴨五。五視点。維!のド核心のネタバレ有(むしろその話)なのでご注意ください。

    #鴨五
    duck5

    十夜孟冬、市場に殻付きの銀杏の実が売り出される頃。開け放した障子戸から、念仏の声が聞こえる。京の各寺院では、この時期に、十夜法要が開催される。念仏を十日十日唱える、という法要だ。実際には十日も唱えていないのかもしれないが、寺院が多いこの界隈は、この寺が唱え終わるとこの寺、というように、ひっきりなしに様々な音律の念仏が聞こえる。この時期は、お十夜、と京洛では呼ばれていた。

    今日はまだ少し日中は暖かく、褞袍を羽織らなくても、袷(あわせ)の着物一枚だけで心地よい。縁側に紙を敷き、そのうえで銀杏の殻を割る。木槌を使って、一つ一つ殻に割れ目を入れるのだ。面倒だが、これをしないと火鉢の上で爆発する。銀杏の白い殻を持ち、コンと木槌を落として割っていく。コン、ぱり、コン、ぱり、という小気味よい音と、遠くから聞こえてくる念仏の声。穏やかな午後だ。一週間前に、あの凄惨な事件があったことなど、嘘のように。胸に芽生えた苛立ちに、木槌を落とす手元が狂った。コンッ、と高い音がしたと思ったら、指から外れた硬い殻が濡れ縁を転がっていく。

    「気をつけろよ、指。」

    芹沢の声が部屋から聞こえる。

    「おぅ。」

    振り返ると、芹沢はこちらに視線はよこさず、鏡を見て作業にいそしんでいた。彼は、剣の達人である。稽古でも、足音一つでこちらがどの動作をしたかを言いあてる人なのである。こちらがどんな失敗をしたかも、些細な音で分かるのだ。

    「………。」

    芹沢は、銀の鑷子を使い、傷に貼ってあった綿紗を取り換えていた。顔に深い傷。もうだいぶと塞がった、というが、その傷痕は薄桃色で、まだところどろこ黄汁がでる。それを清潔な綿紗で拭き、薬を塗り、包帯を巻く、という行為を毎日繰り返している。

    (きっと、傷痕残ってまう…。)

    芹沢の体には古い刀創はいくつかあるが、それでも、外から見える部分に傷はなかった。真新しい傷を見せてもらった時には、まだ中の肉が見えるほどで、こちらが泣きそうだった。そんな顔するな、と窘められたけれど、本当に口惜しくて仕方なかったのだ。
    厳しい指導、怖いくらい的確な注意、しかしこちらがめげずに頑張ると、そこから穏やかな笑顔に変わる。薄っすら唇をあげて微笑む、その顔が好きだった。笑うとほうれい線が深くなる、その笑顔が大好きだった。
    今は、話すと、傷のせいで頬が引き攣る。そんな表情を見たくはなかった。あまりに悔しくて腹が立って悲しくてならなかった。

    『俺の顔を見るたびに、泣かれたら、それこそ悲しいぞ。』
    『わかっとる…けど…っ。』
    『目だったら、お前とおそろいになっていたかもな。』

    そんな笑えない冗談を言いながら、こちらの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。こちらは泣き笑いしかできなかった。

    そんな先日の事件から、一週間。今は晴れて、あの曇天など嘘のように、秋らしい青く高い空が広がっている。皆何事もなかったように、日常をこなす。そんな穏やかな午後が不思議になる。

    「手が止まっているぞ。」

    木槌を片手に、芹沢のほうを見つめていた。おぅ、と頷き、また銀杏を割る作業を再開する。


    出来たで、と言うと、芹沢が火鉢を濡れ縁までもってきた。銅鍋に殻を割った銀杏を入れる。屑を懐紙に包んで捨てる。時々火箸でかき混ぜると、コロコロと実が躍った。暫く炒っていると、ぱちん、ぱちん、と二三個爆ぜる。殻の一部が黒くなってきて、中の実が緑色になったらできあがりだ。新しい懐紙をとりだし、その上に取り出した。大きく殻が開いたそれを、芹沢は摘み上げる。

    「あつっ。」

    芹沢はそう小さく言って、摘まんだひとつを放り投げた。ははっと笑う。

    「もう少し待ちや。」

    大丈夫だ、と言ってまた摘まむ。それは熱さは大丈夫だったのか、手に取って殻を割り薄皮を剥いで、出てきた翡翠色の実を旨そうに食べた。水戸にいた頃より、芹沢は炒った銀杏をつまみに酒を飲むのが好きだった。

    「昔、お前たちが拾ってきたのを、そのまま火にくべたのを思い出すな。」

    台所が銀杏の匂いに侵食されたばかりか、竈の中で殻が爆ぜ灰が舞い散った大惨事を思い出し、こちらも笑う。

    「こんな面倒くさいことするておもわんかったからな。」

    銀杏の実は、外の果肉は食べられない。それは知っていたが、種の中身を食べるまで、こんな面倒な作業が必要とは思っていなかった。
    重助と銀杏を拾ってきた。芹沢が帰るまでに美味しい焼き銀杏を、と思っていたのに、調理法がわからず、とりあえず生の実から煮てしまった為、酷いことになった。二人でとんでもない鍋の中身になったのに呆然としつつ、そうや中の種食べるねんや、集めて火にかけたら焼き芋みたいになるんちゃうか、と気をとりなおして二人して火にくべた。殻付きの実は漏れなく爆発した。その後はもうどうにもならなかった。出仕から帰った芹沢が台所で唖然としたあと、とにかく片付けようと、三人がかりで夜中までかかって片づけた。本当に家が燃えなくてよかったが、お前たち…と滾々と説教されたのを思い出す。
    そんな幼い頃を思い出し、苦笑いしながら、こちらも一つ摘み、殻を割る。中からでてきた緑色の実、それを前歯でとりだして食べた。ほくほくと旨い。紙の上の銀杏を一度転がして冷ましてから、芹沢はまた殻を割る。こちらが遠慮して手をだせずにいると、

    「もういくつでも食べていいぞ。」

    と笑って手渡され、それを受けとった。

    「ほんまや、これ全部食べてもええねやな。」

    幼い頃に、もっと食べたいとごねたことを思い出す。お相伴にあずかるように、芹沢の横で銀杏をもらって食べていた。銀杏は歳の数まで、と昔から言われている。美味しいからといって、子供がいっぺんに食べると、腹を下す。ひどいと中毒で死ぬこともあるそうだ。きっと取り分がなくなるから大人はそう言うのだ、と幼い頃思っていたが、もう一つもう一つと強請りだいぶと貰ったあと、夜中に腹が痛くなったので、それ以降は自重した。銀杏が欲しかった、というより、芹沢に相手してもらっていたその時間が欲しかった、というのはあとで分かったことだ。
    ぱちり、と殻を割り、食べる。暫く縁側に、その音が繰り返された。念仏の声が聞こえている。先ほどとは読経の音律が変わった気がする。庭に紅葉がはらはらと落ちた。

    「こうしていると、色々と思い出すな。」

    芹沢が静かな声で言った。顔をあげて師のほうを見る。ずっと憧れ続けた横顔。独り占めしたかった視線。それがこちらを見る。

    「思い出がなくなるわけじゃない、お前がなくなるわけじゃない。」

    砕けた口調と共に、つっと瞳を射られて、銀杏を割る手が止まる。

    「そう…やけどもな。」

    呻くような言葉にしかならないのが、悔しかった。
    あの雨の日で、自分の周りに流れていた“一つの時の流れ”はぶった切られてしまった気がするのだ。こうしようと思っていた、こうなると思っていた、そんな漠然とした未来が閉ざされてしまった気がするのだ。

    「浪士と切りあいになることもある。これから、お前も…。」
    「そうやけど。」

    芹沢の言葉を遮るように、強い語気を込めて反駁した。それでも、許せない。師が庇ってくれたから、この命があるとも言えるけれど、そもそも発端は向こうだ。向こうが悪いのだ。この組織にいられなくなってもかまわない。師匠と重助、三人そろっているならば、きっとどこに行っても生きていける。そう今でも思っている。
    だが、それを口に出すことをこの師は許さず、未だ遣りどころのない怒りだけがこの胸に去来する。師の顔についた傷を見るたびに、その遣る瀬無さが今後も鬱屈となって積もる気がするのだ。それがなにより嫌だった。

    「この京に来ることになってから、こうなることも織り込み済みだ。」

    まるで、覚悟が足りない、と叱るような口調に、そうやけど…とまたもか弱い反駁をした。水戸で居る時も、自分が帰ってこない時はこうするのだ、二人で生きていくのだとずっと言われ続けていた。最初は、師の遠出の日に、この背中を送り出すのが怖くてならなかった。

    (でも、絶対にこの人は帰ってきたから…。)

    その見送りも、いつしか日常になっていて、その先で命のやり取りがなされていることなど、想像はできても実感としては伴えていなかった。

    (本当の覚悟なんて出来ていなかった。)

    この人が、自分たちの知らないところで、一人先に逝ってしまうことを考えると、自分が人に刀を向けられている時とはまた全く違った恐怖がある。

    「…………。」

    庭に視線を落とす。ぱちり、と芹沢が銀杏の殻を割った。紅葉は色づき、庭には茶の実が膨らむ。日差しも黄金色に輝く、穏やかな午後。念仏の声はまだ聞こえている。この庭に臥した遺体は荼毘に付した。墓には、自分たちの名前が刻まれるらしい。

    「ほら。」

    芹沢がこちらの手をとって、その掌の上に銀杏の実を寄越した。この実をつまみに酒を飲む、その後ろ姿に、『それ、美味いん?』と声をかけられずにいたあの頃。おいで、と言われてなされた、あの夜と、同じ所作だった。



    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏😭💘❤🙏❤🙏🙏🙏😭😭❤😭❤😭😭❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    sueki11_pxv

    MOURNING京にきてからの鴨五。五視点。維!のド核心のネタバレ有(むしろその話)なのでご注意ください。
    十夜孟冬、市場に殻付きの銀杏の実が売り出される頃。開け放した障子戸から、念仏の声が聞こえる。京の各寺院では、この時期に、十夜法要が開催される。念仏を十日十日唱える、という法要だ。実際には十日も唱えていないのかもしれないが、寺院が多いこの界隈は、この寺が唱え終わるとこの寺、というように、ひっきりなしに様々な音律の念仏が聞こえる。この時期は、お十夜、と京洛では呼ばれていた。

    今日はまだ少し日中は暖かく、褞袍を羽織らなくても、袷(あわせ)の着物一枚だけで心地よい。縁側に紙を敷き、そのうえで銀杏の殻を割る。木槌を使って、一つ一つ殻に割れ目を入れるのだ。面倒だが、これをしないと火鉢の上で爆発する。銀杏の白い殻を持ち、コンと木槌を落として割っていく。コン、ぱり、コン、ぱり、という小気味よい音と、遠くから聞こえてくる念仏の声。穏やかな午後だ。一週間前に、あの凄惨な事件があったことなど、嘘のように。胸に芽生えた苛立ちに、木槌を落とす手元が狂った。コンッ、と高い音がしたと思ったら、指から外れた硬い殻が濡れ縁を転がっていく。
    3741

    related works

    sueki11_pxv

    MOURNING京にきてからの鴨五。五視点。維!のド核心のネタバレ有(むしろその話)なのでご注意ください。
    十夜孟冬、市場に殻付きの銀杏の実が売り出される頃。開け放した障子戸から、念仏の声が聞こえる。京の各寺院では、この時期に、十夜法要が開催される。念仏を十日十日唱える、という法要だ。実際には十日も唱えていないのかもしれないが、寺院が多いこの界隈は、この寺が唱え終わるとこの寺、というように、ひっきりなしに様々な音律の念仏が聞こえる。この時期は、お十夜、と京洛では呼ばれていた。

    今日はまだ少し日中は暖かく、褞袍を羽織らなくても、袷(あわせ)の着物一枚だけで心地よい。縁側に紙を敷き、そのうえで銀杏の殻を割る。木槌を使って、一つ一つ殻に割れ目を入れるのだ。面倒だが、これをしないと火鉢の上で爆発する。銀杏の白い殻を持ち、コンと木槌を落として割っていく。コン、ぱり、コン、ぱり、という小気味よい音と、遠くから聞こえてくる念仏の声。穏やかな午後だ。一週間前に、あの凄惨な事件があったことなど、嘘のように。胸に芽生えた苛立ちに、木槌を落とす手元が狂った。コンッ、と高い音がしたと思ったら、指から外れた硬い殻が濡れ縁を転がっていく。
    3741

    recommended works