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    その6。真島が乙女すぎて真島じゃない気がする…けれども、とりあえず、とりあえずは最後まで完成させます。あと二回。

    #柏真
    kashiwajin

    さなぎのつづき6風間組事務所。昨夜は夜中遅くまで走りまわっていたのと、衝撃的な事実に向き合うあまり、よく眠れなかった。重い頭を抱えて昼食をとる。いつも通り贔屓の焼き肉屋から出前をとった冷麺をすする。テレビでは、真夜中の首都高で銃撃戦があった、という情報が報道されていた。高速道路に設置されたカメラ、緑がかった白黒映像でカーチェイスの様子を伝えている。横浜方面からの車両を、中国マフィアが銃撃した、とおよそ日本ではないような派手な映像が流れている。逃走する車は警視庁の車両ナンバーのようですが、盗難の恐れもあり、誰が乗っているか不明、とのこと。ただ、捜査関係者の情報からは、捜索願がだされている女の子を誘拐した犯人が乗っている可能性もある、と言われている。まだ会見は開かれていないので、マフィアの抗争かどうか詳細は不明です、と現場レポーターは言う。

    『トレーラーに描かれているのは、蛇華、という中華マフィアのものですね。』
    『十二年前、警察の掃討作戦が実行され、日本国内からは姿を消したということでしたが、この規模の組員がまだいるということですか。』
    『残念ながらそのようですね。港の近い、横浜を拠点にしている、というのも物流を管轄している組織が支援している可能性はあります。』
    『主な構成員は中国本土からの密航者と言われていますが。』
    『ええ。彼らの主な資金源は偽造パスポートの製造・販売でした…。』

    等など、昼のコメンテーターが適当なことをいっている。十二年前、蛇華を壊滅に追いやったのは風間組、ひいいては風間新太郎だった。横浜まで桐生をシノギの商談にやらせ、蛇華に捕まってしまったのだ。それが風間の逆鱗に触れた。往年のヒットマンの出で立ちで彼はアジトに乗り込んだ。一人で蛇華の構成員を全滅に近い形にまで追いやったのだった。
    捜索願がだされている女の子、とは、という司会の質問に、現場レポーターは、プライバシーがあり名前等は明かされていない、と濁していた。

    (箝口令が敷かれているのに、漏れたような口ぶりだな…。)

    もし、桐生と一緒にいる子供に捜索願がだされていて、その犯人が桐生だと目星がつけられているのなら、また厄介だな、と思った。
    箸を持ったまま、チャンネルをかえる。横浜中華街で銃撃戦、観光客に賑わう有名飲食店、そこに突如ヤクザ者が闖入した。その飲食店にいた客が、まるで映画の世界かなにかですよ!灰色のスーツのいかにもって人が入ってきて、シャンデリアが落ちてきたと思ったら銃撃戦!と興奮気味にインタビューにこたえている。映し出されたそこは、やはり以前堂島組と付き合いのあった中国マフィア、蛇華のアジトだった。

    「これはもう東城会の内紛ってだけの話じゃねぇな。」

    呟いた言葉に、横にいた子分が、そうですね、桐生のことも心配です、と相槌を打った。あれから本部からの連絡はぴたっと止まってしまっている。遥という少女が何者なのかはわからないが、ただその場に居合わせてヤクザの抗争に巻き込まれた少女、というのだけでは説明がつかない問題があるようだ。

    (美月の娘、だといわれていたが、もしこれが遥のことだとすると、その捜索願がどこから出されているか、だ。)

    美月が殺される前に捜索願を出した可能性はあるが、日数を考えると、行方をくらましている由美の影がそこにはある気がする。

    (もしくは、遥の父親…か。)

    ペンダントは何かはわからないが、夫婦の符牒のようなものだとしたら、それが世に出ることを不都合に思う人間もいてもおかしくない。遥は政府要人の子供という可能性もある。

    (ヤクザと関係のあった女と政府筋の男なら、どこかで齟齬があってもおかしくない。)

    もし政府筋と交渉するのならば、百億などという端金とはくだらないものを、由美は男に突き付けている可能性がある。

    (姪っ子を人質のようにして、だが…。)

    男女の機微はわからない。昔から、そういった惚れた腫れたの込み入った感情の動きを考えるのが苦手だった。事実を事象として見てしか考えられないのか、と風間にも言われたことがあるが、それが昔から自分のスタンスである。感情を考慮に入れると判断を間違う。情緒豊かな風間にすれば、呆れた言い分なのかもしれないが、人間の頭の限界というものは否応なしにあるのだ。

    昼食を食べ終え、箸を置く。花屋からの連絡を待とうにも、あのシステムが落ちていては、なかなか情報が入ってこないだろう。こちらとしては、急所を狙われたようなものだ。賽の河原をピンポイントで狙われたのは、ギャングではなく、東城会のどこかの組か、それこそ政府筋の人間の工作かもしれない、とも思う。

    (背に腹はかえられねぇな。)

    その少女が何者なのか、桐生ならば知っているだろう。遥に付き添う桐生しか知りえない情報が必ずある。きっと何か一つ、こちらの知りえない重要な何かが抜けていることで、ここまで先の読めない混迷した事態になっているような気がした。
    自分のデスクに戻り、手帳を片手に、事務所の電話の受話器をあげた。携帯電話からの受信なら警戒して取らないかもしれないが、この事務所の番号は十年前より変わっていない。風堂会館のこの番号を桐生が覚えていれば、出るはずだ、と。真島から教えてもらった電話番号にかけるというのが皮肉だ、と思いつつプッシュ音を聞く。

    「…………。」

    何度かのコールでつながる。

    「もしもし、桐生か? 柏木だ、わかるか?」
    『…柏木さん?』

    桐生かと思った、その声が違った。

    「っ?!」
    『切らんとってくれ!』

    受話器の向こうには真島。それは大声だった。

    「………。」

    息を殺し、向こうの音に耳をそばだてる。きしむ鉄扉がバタンっと閉められ、とんとんと鉄の階段を下りる音がする。ビルの外階段なのかもしれない。街のざわめきが聞こえる。

    『柏木さん…?』
    「なんだ。」

    よかった、とほっとしたような声が聞こえた。

    『いろいろ言いたいことあるのわかるが、聞いて。』
    「…なんだ。」
    『どうしても話したいことがある。時間を作ってほしい。』
    「どうしても、か。」
    『ああ、今やないと、もう…間に合わんとおもう。』
    「わかった。どこだ。」
    『西新宿の…あのホテルや。』

    あの日の、ホテル。その声は、電話の向こうに、あの青年がいるようだった。

    『桐生チャンの番号、ほんまのやつ、言うわ。事務所にあるから…ちょっとまってな。あと、メールはそれ、ほんまのやつやから、そっちは繋がるで。』
    「いや、いらねぇ。」
    『どうしてや。』
    「知ってるやつがもう連絡がつく状態にある。ただ、こちらも急ぎでな。この番号にかけたってだけだ。」
    『そうなんか…。』

    少し落胆した風な様子がある。真島は、嶋野組の若頭なのだ。この状況でこちらに有利な情報を流したとなれば、真島の進退にかかわる。桐生の番号は後で花屋にでも聞けばいい。

    『ほんまは、もうちょっとゆっくりした時に話したかったけどな…。』

    しゃーないわ、と寂しそうな笑い方が心にくる。こんな感情にとらわれている場合ではないというのに、十数年前の彼の姿がまざまざと心によみがえった。

    『部屋番号、とれたら伝える。』

    下のポストに、番号書いたの入れさせるわ、と言われ、ああ、と頷く。

    「わかった。今からか?」
    『今、病院でな。暫くはちょっと動けん。夜九時、でどうや?』
    「病院?」
    『まぁいろいろあってな…。』

    そうだ、真島も事件の渦中で忙しいのだろう。

    「今夜、九時だな。」
    『ああ。』
    「待ってるよ。」

    そう答えていた。それに、ああ!と真島は嬉しそうに頷いて電話を切った。

    「…………。」

    固定電話のディスプレイ、その通話記録の再表示ボタンを押す。しばらく画面を見つめる。嘘のようだが、これが真島の電話番号か、と。手帳のメモの番号と違わない、かけ間違えたわけではないのだろう。

    (たしか…。)

    ふと思い出したように、デスクの一番下の引き出しを開けた。そこには年季の入った大き目のノートが、いくつか入っている。年代ごとに様々な連絡先を書いたものだ。昔のメモも貼ってあり、色の変わった名刺などでパンパンになっているそれ。~91年3月、と書かれたノート。かなり昔の記憶を頼りに、日付をたどってゆく。1988年12月、そこに張り付けてあったメモに目を丸くした。

    (残してあった…か。)

    借用金額とポケベルの電話番号が書きつけてある。あの日、真島がメモ用紙に書いた番号と筆跡は同じものだった。当時のポケベルの、020から始まる十桁の番号。その2の斜めになった様子など、そっくりだった。

    (やはり、あの男だ。)

    姿は変わっていても、中身は変わってやしなかった。考えないようにしていた。あの一夜で、心底惚れてしまっただなんてことは、自分でも目をむけてはいけない事実だった。

    「…変わってねぇな。」

    自分も、いかにもな外見では仕事に差しさわりがあるので、時代にあった髪型にしたけれど、装うことはできても、中身は何も変わっていない。人の根底は、どう装うが変わるわけがなかった。真島もそうだ。いくら狂犬だと言われ、それに見合った格好をしていても、今でも心の底にはあの純真で傷だらけの青年がいる。香水をかけらた、あの癇癪も、彼の心の叫びなのかもしれなかった。ここにいる、気づいて、というような。

    (ここにいる、と…ずっとずっとあの目は言っていたのかもしれない。)

    あの窓辺で待つのではなく、迎えにいってやったほうが良かったのだろうか。あの青年は、自分が手をのばすのを待っていたのかもしれない。

    (だが、今更気づいたところで、二人して…どうすればいい?)

    この街と、親と、組織の繋がり…互いに様々なものに囚われ生きているのだ。あの頃の真島は自分に助けを求めていた。もし、今もそのような状況であったら。

    (真島を助けてやる、ということは、今までの恩を裏切ることだ。)

    きっと自分の歩んできた道、それを外れる、いや、超越したところに行かなければならない。自分の人生で何が大事か、決断を迫られる、ということなのだろう。

    (重要な話。)

    嫌な予感がした。十年以上なにもなかったのに。香水が微かに薫る、その手帳を胸に抱くようにポケットにしまった。





       ***





    昨日退院し、今日はガーゼだけ替えてもらうつもりで病院をおとずれたが、腹の傷のほうは、だいぶと状態が良いようだった。三日もまるまる休んでいたのだ。傷はまだ時々痛むが、この程度の傷、どうってことなかった。磨かれた刃だったのか、傷口が化膿していないのが、不幸中の幸いだった。
    あれから、街を歩いていても、絡まれるのは嶋野組に類するヤクザばかりだった。やれ、子供を横取りした、だの、あんなに目をかけてもらっていたのに、この期に及んで親に立てついて何をする気だ、など正誤ある文句をつけられた。言い訳する気もなく、叩きのめした。もはや誰が敵であってもどうでもよかった。
    しかし病院にいる間は、嶋野組の奴らも騒がしにこないようで、込み合う待合室でテレビを見ては、ぼうっと昨夜のことを考えたりしていた。戦争が始まる、自分もそこに行かねばならない。けれど、神室町のニュースが連日やっているのに自分の名前どころか嶋野組の名前すらなく、まるで他人事のようで、不思議な気分でいた。
    受付の番号が呼ばれるが、自分の番号はまだまだ先らしかった。タバコを吸いたくなって席を立つ。最近はどこも分煙でいけない。二階の喫茶スペースの横に、喫煙ルームはあった。自分が入ると、中にいたスタッフらしき男が慌てて出ていった。話に興じていただろう老人が二人、黙ってこちらを睨むように見た。

    「………。」

    新品のハイライトを開けて、一本とりだす。なんだが居心地の悪い気分で、それに火をつけた。窓の外を見る。空は明るい。連日、雨が降ったりぐずぐずしていた天気が嘘のようだ。ふっと煙を吐く。暫くすると、先ほどの老人たちがとても大きな声で話だした。どこが悪いここが悪いと不健康自慢をしている。手術の回数を自慢しあう昼下がり、まったく平和なものだ。
    タバコに二度ほど口をつけた時、ジャケットのなかでバイブレーションが震えた。組からの連絡か、とディプレイを見ると、そこには03から始まる見知らぬ固定電話の番号が表示されていた。

    (親父か…いや、待てよ…。)

    どこかで見た、既視感がある羅列。何か虫の予感めいたものを感じ、意を決して通話を押す。

    『もしもし、桐生か? 柏木だ、わかるか?』

    予想外、ではなかった、その声。

    「…柏木さん?」

    そっと確かめるように声を出す。受話器の向こうで、ぐっと息を飲む音が聞こえた。

    「切らんとってくれ!」

    自分の思わぬ大声に、喫煙所が静まり返る。思わず喫煙ルームから走り出ていた。階段を降り、病院の外に出る。

    『柏木さん…?』
    「なんだ。」

    電話は切れていなかった。よかった、と思わず言ってしまった。

    「いろいろ言いたいことあるのわかるが、聞いて。」
    『…なんだ。』
    「どうしても話したいことがある。時間を作ってほしい。」
    『どうしても、か。』

    はやる気持ちを落ち着けて、できるだけゆっくりと話す。

    「ああ、今やないと、もう…間に合わんとおもう。」
    『わかった。どこだ。』
    「西新宿の…あのホテルや。」

    あの日の、ホテル。返事はないが、柏木は分かったようだった。

    「桐生チャンの番号、ほんまのやつ、言うわ。事務所にあるから…ちょっとまってな。あと、メールはそれ、ほんまのやつやから、そっちは繋がるで。」
    『いや、いらねぇ。』
    「どうしてや。」
    『知ってるやつがもう連絡がつく状態にある。ただ、こちらも急ぎでな。この番号にかけたってだけだ。』
    「そうなんか…。」

    まさに連日の事件の渦中で、柏木も忙しい時だ。余計な手間をかけさせてしまった、と反省する。

    (でもこんな機会でもないと、あの人には近づけなかった。)

    電話は事務所からかけているのだろう。子分が周りにいるだろうから、余計なことは喋られないだろう。

    「ほんまは、もうちょっとゆっくりした時に話したかったけどな…。」

    しゃーないわ、と自分に言い聞かせるように呟く。

    「部屋番号、とれたら伝える。」

    下のポストに、番号書いたの入れさせるわ、と言うと、柏木は、ああ、と頷いた。

    『わかった。今からか?』
    「今、病院でな。暫くはちょっと動けん。夜九時、でどうや?」
    『病院?』
    「まぁいろいろあってな…。」

    大丈夫か、と聞いてくれた、あの日の柏木がいるようだ。くすぐったくなって、少し微笑んでしまう。

    『今夜、九時だな。』
    「ああ。」
    『待ってるよ。』
    「…ああ!」

    まっている、思わぬ返答に、ぎゅっと心が掴まれた。切られた電話を胸に、俯く。

    (昨日のあの人の顔は、思い違いやないんやな…。)

    こちらを見て、なんとも言い難い表情をしていた柏木。あの夜を忘れたわけではない、という証拠だ。



    まだ日の落ちない夕方、風堂会館のポストに、部屋番号を書いたものを投函した。昔、このポストに20万円返した。そのときの気持ちを思い出す。

    (返さへんかったら、何か言うてくるかな、とか…色々思っとったな。)

    ここで終わりにするのは、あまりにも勿体ないと思ったから。けれど、あの当時の柏木に20万という金は返してもらってももらわなくてもいい金額で。こちらがそのままにしても何も言わないだろう、と思ったから、金を返した。それが筋、というものだから。トイチの分の利子をつけた。多すぎる、と言ってくれないか、と少し期待していた。

    (けれど、そのままになってもうたんや…。)

    風堂会館を見上げる。夕日に窓ガラスがオレンジに反射している。目を細める。

    「………。」

    初めて、ちゃんと、あの窓を見たかもしれない。

    (あの人が、そこにいるのは分かっていたけれど。)

    物語のように、その名前を捨てるよう願って、あの窓から顔を出す人はいない。羽が生えたとしても、首輪をした自分は、そこまでは届かない。ガラス一枚隔てた向こうの世界は、覗きもできなかった。



    夜。一旦自宅に戻り、準備する。病院からもらってきた薬を飲んだ。この薄ピンクの痛み止めは飲みすぎてもう効いているのかどうかわからない。さすがにこの最中(さなか)“真島”の格好では会えない、とスーツに着替えた。鞄の中には衣装を準備してホテルに向かった。

    西新宿にあるホテルは、17年経ち改装がされ、昔より落ち着いた色のロビーになっていた。シャンデリアなどはそのままだが、大きな生け花などはなく、ホテルマンもドアに立っていなかった。ロビーではフロントの女性が一人いた。コンピューターの受付になっていた。キャリーケースを引きずっているが、他のホテルマンはおらず、お持ちしましょうか?の声もない。あの当時の喧騒が嘘のように不景気なんだな、と思う。それとも、こちらの姿を警戒して声をかけられないだけか。

    (それも大いにあるかな。)

    と苦笑し、エレベーターに乗りこんだ。予約時に使用したクレジットカードも偽名のものだ。ヤクザは本名では、カードも作れないホテルにも泊まれない。金融関係のもの一切、己の名前が使用できないというのだから、このなんでもWEB予約させるご時世、不便なものてある。

    部屋に入る。あの日と同じ、デラックスツインの部屋をとれた。荷物を開け、着替える。鏡台に座り、メイクをする。眉を書き、アイラインを引き、マスカラをつける。

    「………。」

    化粧をすると違う人間になれる気がする。真島吾朗ではないこの姿なら、少しばかりの本音を言ってしまっても、冗談にしてくれる気がした。

    (来るか、来ないか。)

    赤いルージュののったリップを噛んだ。鏡のなかで、不安そうな女がいる。笑顔でいなければ。





       ***





    真島との約束の時間が近づいている。一旦家に帰り、服を着替えた。脱衣所に薫る香水の匂い。むせ返りそうだったそれは、いまは微かにその存在を主張するだけのものになっていた。完全に消えてしまうのが、寂しいと思う自分がいた。

    (会って、どうする?)

    鏡のなかの顔を見て問う。あの頃の若かった自分はもういない。

    (真島は、あの日の続きなど望んでいないかもしれない。)

    大事な話、と言っただろうか、言わなかっただろうか。話したいこと、とだけ言っただろうか。少し前の会話がはっきり思い出せないのだ。

    (それなのに、17年前のやりとりなどはっきり覚えている訳がない、か…。)

    印象的なシーンは脳裏に思い浮かぶ。泣き笑いの顔で、こちらの首に縋ってきた、それをひどく可愛いと思っていた。真っ白い肌に刻まれた傷、鮮やかな入れ墨の柄。寝乱れたシーツ。そんな湿気たシーンばかり思い出す。

    (それ以外にも、大事なことはあったはずなのにな…。)

    耳障りよかった語り口、その冗談めかした言葉のなかに、真島の伝えたいことがあったはずだ。何故、自らあの青年を葬らなければならなかったのか。その理由を聞いてやっただろうか。

    (それすら覚えていないのに…今になってどうこうしてやろう、などと思うのは烏滸がましいかもしれない。)

    だが、では何故、香水をかけるなどという強烈にセクシャルな真似をしてきたのか。昨日の夜、偶然会った時に見せた、あの揺らいだ目が幻ではないのなら。

    (真島が話そうとしていることは、人生に関わることだ。)

    あの夜の会話、こちらに向かう感情すら取り間違っている可能性もある。自分が記憶を封じてきた間に、その色を勝手に変えてしまった可能性がある。だとしても。

    (今になって、俺に話したいこと…。)

    その内容を何度も考える。真島が何を話すか、何度も頭でシミュレーションしてみたが、その答えに詰まる。
    人の感情は複雑で、理詰めでは解決ができないものばかりで、苦手だった。一対一ならば、なんとかなる。だが、真島以外がそこにいた場合。

    (真島が建前を話した場合…本音を気付いてやることができるだろうか。)

    傍に助けを求める人がいれば助ける。それは自分が極道になった時から、心に決めていることだ。己が日常行っていることに対する罪悪感の、せめてもの罪滅ぼしなのかもしれない。人の感情の裏はわからない。だが、切羽詰まっている腕がすがろうとするものが自分であれば、それは助けてやりたいと思う。だが、助けてやった人間が自分にどういう感情を持つかはわからない。

    (いや、分からないふりをしていた。)

    恩に対する義理を通せ、ということを言ってしまいそうだから。様々な理由があり、人はこの街に流れ着く。まっとうな人間はここには寄り付かない。だから助けを待つ者に施しても、何も返ってこないことは儘ある。それを前提として、鈍くならないと日常を全うできないことは多々あった。

    (真島は、そのなかでも、義理堅いほうだ。)

    つまらない考え、愚かしい考え、希望的観測、その三つを何度も思考がループした。そろそろ家を出る時間だ、という時、充電していた携帯を手にとった。なんの拍子か、それは消音にしていてしまっていた。何件も事務所から、部下から、携帯に電話がかかっていた。しまった、と思いつつ、着信履歴を確認してから、風堂会館へのリダイヤルを押す。

    『カシラ! 田中の叔父貴から連絡が!』
    「シンジから! 要件は?」
    『風間の親父は無事です、ということと…っ、あとっ、銃撃を受けたという話で…!』
    「なんだと!!」

    一気に血なまぐさい現実が迫りくる。向き合わなければならない哲学的な思考は、そこからの怒涛の日常会話によってパラパラと散っていった。


    タクシーを捕まえ、急ぎ事務所に戻る。子分たちが、待ち構えていた、というように、戸口に集まっていた。

    「錦山組とトラブルがあったのかもしれません。」
    「道路にも血痕がありました。」
    「シンジさん、どうも女を連れて逃げているみたいで…。」

    口々に報告されるのに、頷く。

    「女というのは、由美か?」
    「いえ、わかりません。ただ目撃者の話だと、もう少し年増の…。」
    「セレナのママやってた女じゃないか、って話もあって。ただ、その人もかなりの出血だったということで…。」
    「錦山の叔父貴に逆らったてこともあるんじゃないかって噂で。」

    はっと息を吐く。シンジがスパイとして錦山組として潜入していると知っている子分は、自分の供回り含めて少ない。今はそいつらが出払っていて事務所に不在だった。眉間に皺が寄る。

    「風間の親父の容態は? どこにいるか、ってのは?」
    「いいえ。とにかく無事、とだけしかおっしゃっていませんでした。」

    シンジも相当追い詰められているようだ。そうこう話しているにも事務所の電話がひっ切りなしに鳴っている。受話器をあげた子分が、こちらに手をあげた。その受話器をうけとる。こちらの供回りをしている子分が、低い声で、受話器口にでた。

    『カシラ、よくない話です。街で荒瀬を…あの錦山組の荒瀬を見たという話が…。』
    「荒瀬か…!」
    『ええ。なんでも、天下一通りでも銃声を聞いたという話もあり、調べているところです。』
    「わかった、お前も気をつけろ。」

    荒瀬、あらせってあの…と事務所に残る子分も騒めいた。

    (荒瀬和人…。)

    こんな時に、と思うが、こんな時だからこそ、人前に現れたのかもしれない。
    荒瀬は極道のなかでも、殺人を主に請け負う異端者だ。真島が偽の狂気とするならば、彼は本物だった。銃マニア、というだけならばいい。彼は本当に人を躊躇なく的にする、自らの銃弾で相手の脳漿が弾け飛んでも笑っていられる類の狂気。堂島組、そして風間の下にいた男だが、錦山が組を割ったときに荒瀬は錦山についていった。錦山が彼を味方につけた時、あいつも本物の極道になったもんだ、と皮肉にも風間が初めて錦山のことを認めたように笑ったのだ。風間は荒瀬のことにも一目置いていた。ヒットマンにするには、気配が強すぎるがな、と評価を下していた。だが、その狙撃の腕は一流だった。この平成の世にあっても、荒瀬という男は、他の組織からも、依頼があれば出向く、というヒットマン家業を生業とする変わり種の極道だった。

    「荒瀬が、この街に帰ってきたか…。」

    数年前ヤクザ同士の抗争で起こった殺人事件でホシになってから、この街から姿を眩ませていたのだが、錦山がここぞとばかりに呼び戻したのかもしれなかった。カシラ、どうします、と聞かれるのに、一度奥歯を噛んでから指示をだす。

    「とりあえず、シンジの行方を捜せ。お前は賽の河原にいって、花屋に連絡がつくか聞いてきてくれ。あと、セレナだ。桐生がいれば、シンジのことを伝えてやってくれ。一番可愛がっていたんだ、このことで筋がどうのとはいってられねぇ。」

    もしかしたら、桐生には先に話がいっているかもしれないが、どうこう言ってはられなかった。桐生の一番の子分が、シンジであったことに変わりはないのだから。はっと頭をさげてでてゆく男たち。それを見送って、胸ポケットの携帯を掴んだ。

    「カシラも気を付けてください、荒瀬の的が、次はもしかしたらということも…!」

    事務方の男が、そう泣きそうな声で言った。シンジも錦山も、若い時にこの事務所に遊びにきたときには、どちらにも小遣いを渡して可愛がっていた年配の男である。

    「ああ、そうだな…わかっている。」

    時計を見る。九時前だ。真島と会う約束の時間。だが、今夜だけは会いにいけなかった。

    (ここから電話をかけるわけにもいかない…。)

    事務所の中もぴりぴりした空気がある。皆がこちらの采配に注視している。今、席を外すわけにはいかなかった。




       ***





    九時をまわった。20分経っても、30分経っても、40分経っても、柏木は現れなかった。ホテルの時計が壊れているのかと携帯電話を見ても、時計は22時前。

    「やっぱり…そうやな…。」

    柏木は、今こちらとは会えない、ということだ。

    (そりゃそうよな…今は桐生が大変な時期やしな…。)

    桐生、という名前に強烈に胸が痛くなった。柏木と自分を繋いでいた、細い縁。糸のようなものは、あの男だったのかもしれない。

    (いつも共通の話題は桐生しかなかった。)

    以前、この部屋に呼ばれた時も、まずはそのことを聞かれた覚えがある。弟分のように可愛がっている男が窮地なのだ、柏木もここにはこれまい。

    「はは…わかっとったのに…!」

    故意に約束を破る人ではないと思う。だからこそ、涙がでて、仕方なかった。

    (俺は天秤にかけられて、振るい落とされた。)

    化粧がぐしゃぐしゃになる。鏡のなかで、化け物が泣いている。

    (結局は、俺は誰の一番にもなれん!)

    結局は真島吾朗として死ぬしかないのだ、そう思うと泣けてきてしかたなかった。



       ***



    西公園前のビルから発砲音があり、警察が来ている、と報告があった。おそらくだが現場には荒瀬がいて、シンジがそこで殺された、とも聞いたが、警察が規制線をはっていて近づけなかった。桐生がほかのビルからでていった様子もあったようだが、現場が混乱していて連絡はつかなかった。現場から運び出された遺体はシンジらしき男の遺体のほかに、女性の遺体もあったようだ、と子分から聞いた。事務方の男が、それを聞いて泣いていた。シンジさんが殺されるなんて、信じられねぇ、錦山も何考えてんだ、なんかの間違いじゃないか、と若衆たちも口々に言う。

    「まだ、遺体がそうだと決まったわけじゃない。」

    そう言ったが、半ば確信めいたものがあった。錦山が荒瀬にゴーサインをだしたのだろう。事務所に重い空気が漂う。

    「ご苦労だったな、お前ら一旦休め。夜は、三人で回せ。俺もここにいる。」

    明日も、何がおこるかわからねぇからな、ちゃんと飯食っとけよ、と事務所に詰めていた子分たちの何人かを家に帰した。偵察にいかせていた男たちを仮眠させ、電話番の男に夜食を買いにいかせる。泣いている年配の男の背をさすりながら、若い子分がでてゆく。それを見送って、誰もいない組長室のドアを開けた。念のためを警戒し、電気をつけず、中に入る。窓際には近づかず、携帯をとりだす。昼間、真島につながった携帯電話番号にコールする。

    (でねぇか…。)

    こちらが約束をすっぽかした状態だった。ブラインド奥のネオン輝く街を見つめる。ホテルまでは数百メートルと離れていないのに、その距離が遠い。もう一度、電話をかける。だが、コールは何度か鳴ったあとに、この電話は今電波の届かないところにあるか電話に出られない状態です、おかけ直しください、となり、留守電にもつながらなった。

    「…っ…。」

    いてもたってもいられず、風堂会館の下に降りた。ガラス戸を開ける。警官の無線の音が聞こえる。客引きも不安そうな顔で、パトカーのサイレンが鳴る方向を見ていた。

    (真島…。)

    あの窓からずっと下を見ていた。彼が通りかからないか、と。いつも気にしていた。幾度かこの通りを歩く姿を見た。その時に、声をかければよかった。携帯電話を握りしめる。今、ホテルにいけば、まだ会えるかもしれない。

    (だが、相手も、忙しい時間を縫ってそこにいたはずだ。)

    午後11時をまわっている。真島も今夜一晩そこにいるとは限らない。発砲事件があったというのに、行きかう人の量も変わってはいない。人の気配と、ビルからの狙撃の可能性などを警戒しながら、外に出る。セレナの前に人だかり。規制線が引かれたそこ、警官がアスファルトに白線を書いている。目をこらす、道路に大量の血痕があった。





       ***





    泣きながら眠ってしまった。午前零時前。重い瞼をこすりながら、身を起こす。白いシーツについたファンデーションを手でおざなりに払ってから立ち上がった。鏡台に置きっぱなしになっていた携帯を見る。

    「………。」

    着信ランプが光っている。携帯を開くと、登録のない携帯番号から二回、着信があった。

    (柏木さん…いや、嶋野組の誰かか…?)

    090ではじまる見たことのない番号だ。それ以外に組からの連絡などはなかった。遠くでパトカーのサイレンが鳴っている気がする。高層階でも聞こえるそれが気になって窓に近づいた。ライトブラウンの遮光カーテンを開け、階下を見る。昭和通りを何台も、神室町目指してパトカーらしき緊急車両が走っている。赤色灯が道路に沿っていくつも止まっているのが見えた。

    (また街で何かあったんか…。)

    ぼうっと街の光を見ていたが、赤いランプが滲んで、ハッと気づく。

    (まさか…あの人になんかあったんちゃうか…!?)

    泣いて機嫌を損ねて不貞寝している場合ではない。柏木になにかあった、ということなら、今からでも街に駆け付けなければならない。

    「…!」

    あわてて携帯を手にとり、先ほどの番号にかけなおした。もし嶋野組の誰かであっても、風間組がどうなっているか、なにか情報が知られるだろう、と受話器に耳を押し当てる。スリーコールで受話器はとられた。

    「もしもし…俺や、わかるか?」
    『…ああ。』

    掠れた声。おそらく柏木の声だ。街の喧騒が聞こえる。パトカーのサイレンらしき音も入っている。

    「柏木さん?」
    『あぁ。』

    柏木が頷いたと同時に、すぐさま、誰だ、と厳めしい男の声がした。サイレンと無線の音がする。刑事につかまっているのかもしれない。

    「あんた、大丈夫なんか?」

    声をひそめてそう聞くと、誰だ、ともう一度、外野の声が聞こえた。柏木が、俺の女だよ、とその声に返した。

    「…!」

    すぐ切りますよ、と外の声に柏木は返事した。

    『約束すっぽかしちまってすまねぇな、それと、今…。』

    声が潜められた。ジジッと電波にノイズが入る。警察無線の、どうぞ、という音が聞こえる。先ほどの男ではない何人か、他の人間の話し声がする。複数の人の気配。桐生、あの桐生、という声がノイズに交じって聞こえた。柏木が、あぁ、という頷きを、受話器を離したところで返した。再び柏木の気配が受話器口に戻る。

    『もしもし? 今、ちょっとな…。』
    「わかった、ええんや!」
    『そうか。また、かける。』

    焦ったように電話は切れた。柏木は今回の事件の渦中にいて手が離せないのだ。それがわかっただけでもいい。

    (もし、あの日の俺のような状況に、あの人がおかれてるとしたら…。)

    先ほどの携帯電話の番号を連絡先に登録し、鏡台にそれを置いた。鏡をのぞく。意思はきまった。

    (助けて、なんて言わん。俺が助ける。)

    桐生が窮地なのかもしれない。ならば、嶋野を裏切ることになろうとも、桐生を助ける。柏木に堂々と会うなら、それしかない。

    (あの人と、ちゃんと話したい。)

    ゴロ美の衣装を脱ぎ捨てた。今は殻に閉じこもっている場合じゃない。今は生きるか死ぬかの非常事態。誰が誰をとるかとらないか、は後で考える。やることが決まれば、早かった。



       ***



    あまりに不穏な気配に事務所に戻ったが、すぐに子分に呼び出された。階下に刑事がきている、と。風堂会館の下に降りて対応した。写真を見せられ、シンジのことについて聞かれた。そこに写っているのは、血まみれの死体だった。

    「風間組さんところに、いた男ですね。」
    「前までな。錦山が独立した時に、そちらについていってから、うちではあずかり知らねぇな。」

    このあいだの世良の葬式では会ったが、というと、それをメモして刑事は言った。

    「では、同じ組内の抗争ということで?」
    「シンジを殺したやつの目星はついてんのか。錦山組のやつなのか?」

    こちらの質問に質問で返す言い方に、若い刑事はむっと口を閉ざした。

    「まぁ、これだけ派手に血がついてんだ、防犯カメラにも堂々と映っているだろうからな、あんた方にとっちゃ、ホシあげるのも簡単だろう。」

    そう言って、規制線のはられた道路に目をやった。血が点々と道路に散っている。警官が野次馬をどけている。その道のむこうにまで、血痕は続いているらしい。年配の刑事が現場検証ついでにこちらにやってきた。警官は、メモをその男に見せた。名前は知らないが、見覚えある刑事は、おぅ柏木さん、と愛想してから、聞いた。

    「錦山がいま、どこにいるか心当たりはないのかね?」
    「それは俺も知りたいね。これだけ他人様の組のシマで騒動起こしておいて、ただで済むとあいつも思っていないだろう。」

    そう吐き捨てるように言ってやった。昔からの神室署の刑事は、まぁそうだろうな、と少し同情したように頷いた。

    「で、刑事さんよ。連日の発砲事件って言っていたが、ここのスターダストに、昨日、ヤクザじゃねぇやつらが来てたようだが、あんたのとこの刑事か? そっちも発砲があったようだが。威嚇射撃…にしては、物騒なことになっていたようだが。」

    年配の警官がはっとしたような顔をする。若い警官が、ヤクザ風情が…!と身をのりだすのを、今までだまっていた横の警官が止めた。

    「まぁ通報はあったようですが…風間組さんでわからないものであれば、ウチらに分かるわけないですよ。」

    縦割り社会なもんで、とそうおべっかをつかいながら、話をはぐらかした。道路についた血痕を、鑑札が調べおわったようだ。何か耳打ちをする。

    「ホテル街との筋向い、西公園の前の廃ビル。前の堂島組の持ち物だったところですね。」
    「そうだが、長い間買い手がつかず、放置されていたな。今はカタギの企業がもってるんじゃないか?」
    「錦山組がつい先日、買っていたようで。」
    「ほぅ…。」

    ぴぴぴ、と電話が鳴る。真島、とディスプレイにあって、おもわず警官に画面を見られる前に通話ボタンを押した。

    『もしもし…俺や、わかるか?』
    「…ああ。」

    真島の声。周りは静かなようだ。まだホテルにいるのかもしれない。

    「柏木さん?」
    『あぁ。』

    喧噪で向こうの声が遠い。こちらが受話器に耳をおしつけると、誰だ、と警官が聞いた。あんた、大丈夫なんか?と真島の心配そうな声が聞こえる。こちらの喧騒がむこうにも伝わっているのかもしれない。

    「電話、誰だ?」

    食い下がってくる警官に、

    「俺の女だよ。」

    と返す。ああ、と刑事は頷く。それに、すぐ切りますよ、と返してから受話器にむかった。

    「約束すっぽかしちまってすまねぇな、それと、今…。」

    話し始めたところで、道路の向こうがにわかにざわついた。警官の無線機が一斉に鳴る。それをとって、警官は嫌な顔をした。刑事が、何かを聞いたように、こちらに聞く。

    「殺害現場であるセレナで、桐生の姿を見かけたと目撃証言があるそうだ。」
    「桐生ってあの桐生…。」
    「柏木さん、あんた、あいつが出所してたこと知っていたか?」

    と聞かれ、ああ、と答える。真島は、電話口で息を殺すようにいた。言い訳も様々な話もしたいが、その猶予すらなかった。

    「もしもし? 今、ちょっとな…。」
    『わかった、ええんや!』
    「そうか。また、かける。」

    こちらを心配させまいと、せいいっぱいの元気な声で真島はそう言って電話を切った。思わず微笑んでしまいそうになる、その口元を抑えて刑事たちに向き直る。

    「この大事に、女との約束とは、ね。」

    意味深に投げかけられ刑事の視線に、ふっと笑い返す。

    「いい女でしてね。」

    刑事が肩をすくめながら、で…話の続きだが、とこちらに向き直る。

    (俺の女…か。)

    咄嗟に出た言葉。本当に、そうであればよかった。






    つづく
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    sueki11_pxv

    MOURNING京にきてからの鴨五。五視点。維!のド核心のネタバレ有(むしろその話)なのでご注意ください。
    十夜孟冬、市場に殻付きの銀杏の実が売り出される頃。開け放した障子戸から、念仏の声が聞こえる。京の各寺院では、この時期に、十夜法要が開催される。念仏を十日十日唱える、という法要だ。実際には十日も唱えていないのかもしれないが、寺院が多いこの界隈は、この寺が唱え終わるとこの寺、というように、ひっきりなしに様々な音律の念仏が聞こえる。この時期は、お十夜、と京洛では呼ばれていた。

    今日はまだ少し日中は暖かく、褞袍を羽織らなくても、袷(あわせ)の着物一枚だけで心地よい。縁側に紙を敷き、そのうえで銀杏の殻を割る。木槌を使って、一つ一つ殻に割れ目を入れるのだ。面倒だが、これをしないと火鉢の上で爆発する。銀杏の白い殻を持ち、コンと木槌を落として割っていく。コン、ぱり、コン、ぱり、という小気味よい音と、遠くから聞こえてくる念仏の声。穏やかな午後だ。一週間前に、あの凄惨な事件があったことなど、嘘のように。胸に芽生えた苛立ちに、木槌を落とす手元が狂った。コンッ、と高い音がしたと思ったら、指から外れた硬い殻が濡れ縁を転がっていく。
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    sueki11_pxv

    MAIKINGさなぎの続き。時系列は極。ソシャゲのシナリオネタも入っています。柏木視点、真島視点と続きます。
    さなぎのつづき22005年12月4日。東城会三代目であった世良が何者かに狙撃され殺害された。その葬儀の翌日、前夜に出所してきたという桐生を街で探したが、見つからなかった。桐生は風間が狙撃されたその場にいた。自分か駆け付けた時にはもうその姿はなかったが、シンジ曰く、風間が呼んだらしかった。相変わらず自分が知らないところで風間は動いているな、と苦虫を噛んだが、親の思考が読めないのは別に今に限ったことではない。とかく桐生と連絡をとることが先だと、シンジに聞くと、昔からの桐生たちのたまり場であったセレナというバーが連絡拠点になっているという。そちらに電話をかけたが、あいにく不通だった。社外秘ならぬ、組外秘のことだが、桐生には、風間の容態は伝えた方がいい気がした。きっと心配しているだろう。風間は搬送先で一度意識は回復したものの、手術の影響からか再び眠りについた。心臓付近を撃ち抜かれ、予断は許さない。だが、とにもかくにも一命はとりとめたことを教えてやらねばならない。会場では、桐生が風間を襲撃したという噂がまことしやかに流れていた。
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