③「誕生日に贈るもの、というのはどういうものが良いのでしょうか」
ふわりと香るいれたての珈琲の香りに、踪玄の仕事が一段落ついた事を知る。口元からコップが離れたのとほぼ同時に放たれた言葉に耳を疑った。
「…考えてなかったんですか?」
有給の申請をして、もう2週間以上。てっきり旅行にでも行くのかと思っていた。
「有給取ってたし、何処かに出かけるのかと思ってました」
思ったままを口にした。
「はじめはそのつもりだったのですが、どうやら前の日に仕事が終わるのが遅いようで。家で過ごす事になったのです」
こんな事なら休みをあわせておけば良かったのです。などと、小さな声で残念そうに呟いている。デスクの上で光るスマホの画面には、贈り物を探しているのだろう『恋人に喜ばれるプレゼント!』なんて文字が踊っていた。
「好きなものとか、……あれほしいなぁ〜とか言ったりしないんですか?」
その言葉に、彼の顔は一層険しくなった。ぐいと珈琲を飲み、未だ力の篭った眉間を指先で解す。
「それが……そういう事を何も言わない人なのです。…物欲もなく、小生が買いますよと言って断ってしまうので…。本当は旅行先ではめを外して頂こうかと…お酒が美味しい所を探して居たのですが…」
はぁ、と落胆する声に。仕事より悩んでいるなぁと、大変そうだなぁと思わず苦笑いが漏れた。
「こんな事、相談してしまい申し訳ないのです。…贈り物など、今まであまりした事がなく…」
時間が経って、灯りの消えたスマホに再び長い指を添える。ツィっとスクロールしてもなかなか彼のお眼鏡に叶うものは無いようで、何度めか分からないため息は、コップに揺蕩う珈琲を揺らした。
「…なんでも、嬉しいと思いますよ。こんなに考えてくれてるんだし。ケーキとお酒があれば誕生日らしくていいじゃないですか」
はははと声を上げて笑うと、ふわりと笑顔が戻る。
「それもそうですね」
ツィっと、再びその指がスマホに触れる。同時に其処を眺めていた瞳が一瞬で真剣なものへと変わったのがわかった。
「とても、いいアイデアなのです。ありがとうございます」
そう言うと、彼はスマホを定位置に戻し、コップに残った残りの珈琲を飲み干して。いつもの蛇みたいな眼差しで、パソコンへと向かった。