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高専に顔を出した午後、馴染みの先輩から
「おやつ食べよ〜」
と拉致され連れ出されて、屋外、強風に吹かれている。
「さっすがに、寒いね〜」
と能天気に、根明に、ケラケラ笑う彼も白いふわふわの髪を風に好き放題かき混ぜられて、いつもより割り増しでくちゃくちゃだ。
久しぶりなのだ。四年に上がった先輩、五条さんはもうほとんど学校に姿を見せない。ひっきりなしに任務が舞い込んで、日本全国を飛び回っているらしい。先日顔見知りの補助監督にそれとなく様子を聞いてみたら、移動中の車内でしか睡眠を摂る時間もないようなスケジュールを組まされているそうだ。それなのに飄々と、他の誰しもが手こずるような案件でも平気な顔でやりこなすから、「さすが五条悟」と感嘆されていた。
まだ十代なのに、学生なのに、一つしか違わないのに、もうとっくに呪術界を背負って立っているのだ。
私はといえばここから逃げることを決めて、一般企業に就職するための準備を着々と進めているところだ。
春なのにこんな強風で寒いのは、五条さんが連れてきたのが電波塔のてっぺんだからだ。いきなり拉致られて空に引っ張り出されて瞬間移動を繰り返して、普通の人ならば足がすくんで動けなくなるような高所、人が立つことなんて想定していない鉄の骨組みの上で並んで座るなんて狂気の沙汰だけれども、私はもうこの人のせいで慣れてしまっている。
「じゃーん」
五条さんが見せびらかすのはドーナツの箱だ。チョコレートやシュガーのかかったものと、惣菜系が、ちょうど半分ずつ入っている。
「おやつはいいんですが、寒いですよ」
一つ頂戴しながら文句を垂れたら、五条さんがぶつかる勢いで擦り寄ってきた。少しバランスを崩して、立て直して、すると必要以上に肩や腕が密着するほどぎゅうぎゅうとくっついてこられて、
「こうしてたらあったかいよ」
と、ほんとに無邪気な子供のように楽しげだ。
「今は空気も遮断しておくからさ」
五条さんに直接触れていれば、無下限の内側に入ることができる。全身を吹きさらしていた暴風はぴたりと止んだように、体に直接吹きこまなくなる。
「普通こういう場面で言う意味とは少し違いますがね」
私は食べながら、そう大して面白くもない返事をする。肩や腕があたたかくて、ふかふかのデニッシュ生地の香ばしさや挟まれたハムのジューシーさも、二人分の体の周りだけ止まった空気の生ぬるさにドキドキしてしまう意識を散らしてはくれない。
屋外、見渡す限りの関東平野に建ち並ぶビル群、制服で二人並んでいるのに、まるで布団にくるまった中にいるようにあたたかくて、好きな人の吐く息に包まれて、気持ちよくなってしまう。
「七海、久しぶり」
口の周りをチョコレートで汚しながら、歳上のこいびとは、私の肩に頭を乗せる。ほおにふわりと髪がかすめて、五条さんの香りが鼻をくすぐる。
「あー、癒される〜。七海チャージ〜」
制服の生地に額をこすりつけてこられる。ざりざりと音を立てながら、揺すられて、もうパンの味などわからない。
もたれられ、腕に絡まれながら、チョコレートもイチゴも生クリームも、次々噛んで飲み込み胃に収めていく。咀嚼の振動も、嚥下の音も、肩に直接響く。手についたクリームを舐めとって、おいしいとご機嫌に満面の笑顔を見せてくる。
「あれ? 七海、食欲ない?」
「……昼を食べ過ぎてしまったようで」
ぎこちなくだけれども、満面ではないけれど、笑って返す。
「五条さんが癒されているなら何よりですよ」
ふーん、と気のない、いや不審げな返事だ。嘘など言っていないのだけれども、状況からして信憑性が欠けているのは客観的に見れば仕方がない。
五条さんが食べ終わったら、キスをしよう。そう決めて、抱きついてくる腕の中から腕を抜いて、肩を抱いた。五条さんは、カスタードクリームでいっぱいの口で笑う。