toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「幸福」お借りしました
朝靄に微睡む 自分のことを、不幸だとか、寂しい人間だと思ったことはない。ただ、来た道を振り返ってみたとき、決して平坦な道ではなかったとは思う。
たらればの話をしても仕方がないが、もしもう一度、任意の場所をスタート地点として生き直せたとしたらどうなるだろう。
薄い闇の中、まだ目覚めるには早く、眠り直すには物足りない時間に、君の顔を眺めている。当然、君はまだ眠っている。当たり前に、同じ布団で眠っている。
出会ったばかりの頃は、同じホテルの部屋で、別々のベッドに横になっていても、俺たちは互いの呼吸音に耳を澄ませていた。俺は君を最初からけっこう気に入っていたが、同時に、君のことをただの出会ったばかりの人間としても認識していたから、気を抜くことはなかった。君も、何かあればすぐに動けるように警戒していたんだろう。俺は次の日も仕事だったから早々に君との我慢比べをやめてしまったが、君はあの夜、いつまで起きていたんだろうな。そんな君が、俺と一緒のベッドに寝そべって、いま静かに寝息を立てている。
920たらればの話をしても仕方がないが、もしもう一度、任意の場所をスタート地点として生き直せたとしたらどうなるだろう。
薄い闇の中、まだ目覚めるには早く、眠り直すには物足りない時間に、君の顔を眺めている。当然、君はまだ眠っている。当たり前に、同じ布団で眠っている。
出会ったばかりの頃は、同じホテルの部屋で、別々のベッドに横になっていても、俺たちは互いの呼吸音に耳を澄ませていた。俺は君を最初からけっこう気に入っていたが、同時に、君のことをただの出会ったばかりの人間としても認識していたから、気を抜くことはなかった。君も、何かあればすぐに動けるように警戒していたんだろう。俺は次の日も仕事だったから早々に君との我慢比べをやめてしまったが、君はあの夜、いつまで起きていたんだろうな。そんな君が、俺と一緒のベッドに寝そべって、いま静かに寝息を立てている。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「傘」「契約」お借りしました
一枚絵の中の花々 朝見た彼が、傘を持っていなかったような気がした。そして自分も、彼と同じビルの中で仕事の予定があった。そのうえたまたま、仕事が終わる時間までだいたい同じであった。だから、特にこの行為に何か深い意味があるわけではない。
けれども、たとえば彼が天気予報を見ていなかったとして。急に今になって雨が降ってきて困っていたとして、そこに自分が現れて傘を差し出したら彼は多少なりとも恩義を感じてくれるだろう。そんな予想をする自分が嫌だった。しかし、いつものことでもあった。もう慣れていた。相手の一歩、二歩先の出方を考えてから動くのは、斑にとって生きていく上で当然に必要なことだったのだ。
ロビーのソファに腰掛けて、出入り口の傘立てに視線をやると、まだそこには斑の持ってきた傘が残っていた。もしこれで誰かに持って行かれでもしていたら、最初から何もなかったのだとそのまま次の仕事場に向かうつもりだった。しかしそこに傘があったので、斑は静かにここでこはくを待つことにした。
2043けれども、たとえば彼が天気予報を見ていなかったとして。急に今になって雨が降ってきて困っていたとして、そこに自分が現れて傘を差し出したら彼は多少なりとも恩義を感じてくれるだろう。そんな予想をする自分が嫌だった。しかし、いつものことでもあった。もう慣れていた。相手の一歩、二歩先の出方を考えてから動くのは、斑にとって生きていく上で当然に必要なことだったのだ。
ロビーのソファに腰掛けて、出入り口の傘立てに視線をやると、まだそこには斑の持ってきた傘が残っていた。もしこれで誰かに持って行かれでもしていたら、最初から何もなかったのだとそのまま次の仕事場に向かうつもりだった。しかしそこに傘があったので、斑は静かにここでこはくを待つことにした。
toaru_otaku_
DONE⚠️直接的な表現はありませんが事後描写ありますこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!
お題「こども」お借りしました
なにさまおこさま「なぁ、あれ言うて」
明け方の気怠い空気のなか、こはくがそんなことを言うので、斑は沈みかけていた意識をもう一度眠りの縁から引っ張り出してこなくてはならなかった。
あれ、とは。正直、口を開くのも億劫だったので目線だけで問うと、こはくはいたずらっぽく笑って「マセガキ」とだけ囁いた。
「はあ?」
「やってみろよ、マセガキ、っちやつ」
なぜいま。再度になるが、斑はもう半分眠りの中にいたのだ。彼の発言の理由を考えることにより得られるメリットと、このまま眠りについたときのそれとを天秤にかけ、さっさと布団を頭まで引き上げた。
「なぁ、なぁ」
「……本日の営業は終了いたしました」
「まだ四時やで」
ぐい、と布団を引っ張られて呻いた。誰のせいでこんな時間になったというのか。半分ほどは散々煽った自分のせいなのだけれど、とりあえずそれは棚に上げておくとして、斑は地を這うような声を出した。
1229明け方の気怠い空気のなか、こはくがそんなことを言うので、斑は沈みかけていた意識をもう一度眠りの縁から引っ張り出してこなくてはならなかった。
あれ、とは。正直、口を開くのも億劫だったので目線だけで問うと、こはくはいたずらっぽく笑って「マセガキ」とだけ囁いた。
「はあ?」
「やってみろよ、マセガキ、っちやつ」
なぜいま。再度になるが、斑はもう半分眠りの中にいたのだ。彼の発言の理由を考えることにより得られるメリットと、このまま眠りについたときのそれとを天秤にかけ、さっさと布団を頭まで引き上げた。
「なぁ、なぁ」
「……本日の営業は終了いたしました」
「まだ四時やで」
ぐい、と布団を引っ張られて呻いた。誰のせいでこんな時間になったというのか。半分ほどは散々煽った自分のせいなのだけれど、とりあえずそれは棚に上げておくとして、斑は地を這うような声を出した。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「変身」「猫」お借りしました。
あい あの瞳は案外雄弁なのだということを、こはくは知っている。翡翠の深い輝きを湛えた彼の瞳は、その奥に様々なものを孕んでいて、こはくは何度その目の奥に答えを求めたか知れない。
出会ったばかりの頃、彼と視線を合わせることがこはくは少しばかり苦手であった。斑がこちらをじっと見つめてくるときは、こはくとの間に明確な線を引きたいということを意味していた。
威嚇、あるいは威圧。もしくはその両方でもって、斑はこはくを遠ざけようとした。彼自身の事情に踏み入ることのないように、緑眼は鋭くこちらを射抜いてきたものだった。
おそらく、こはくだけに対してそうしてきたわけではあるまい。その方法が効果的だと知っているからこそ、斑は視線を上手に使ったのだ。こはくは、それが面白くなかった。
1544出会ったばかりの頃、彼と視線を合わせることがこはくは少しばかり苦手であった。斑がこちらをじっと見つめてくるときは、こはくとの間に明確な線を引きたいということを意味していた。
威嚇、あるいは威圧。もしくはその両方でもって、斑はこはくを遠ざけようとした。彼自身の事情に踏み入ることのないように、緑眼は鋭くこちらを射抜いてきたものだった。
おそらく、こはくだけに対してそうしてきたわけではあるまい。その方法が効果的だと知っているからこそ、斑は視線を上手に使ったのだ。こはくは、それが面白くなかった。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「お風呂」お借りしました
バスボムより効果あり「飲みすぎました!」
「……」
「明日もお仕事です! が、お風呂に一人で入れる気がしません!」
大口を開けて笑う男を見て、こはくは本日三度目の大きなため息をついた。一度目のため息は彼からの帰宅時間の連絡があった際に済ませ、二度目は帰ってきたと思ったら玄関先で倒れ込んでいるのを見たときにこぼれた。
人脈とはどの業界でも大切なものである。特に斑のように、一人でアイドルとして活動する人間においてはなおさら。であるから、こはくも、彼が多少無茶をして横のつながりを作っていくことについて、責めるつもりは毛頭ない。しかし、限度というものはあろう。
「……」
「頼りになる相棒に頼みがあります! なあ、いいだろう、こはくさん。門限はぎりぎり守ったんだから」
1347「……」
「明日もお仕事です! が、お風呂に一人で入れる気がしません!」
大口を開けて笑う男を見て、こはくは本日三度目の大きなため息をついた。一度目のため息は彼からの帰宅時間の連絡があった際に済ませ、二度目は帰ってきたと思ったら玄関先で倒れ込んでいるのを見たときにこぼれた。
人脈とはどの業界でも大切なものである。特に斑のように、一人でアイドルとして活動する人間においてはなおさら。であるから、こはくも、彼が多少無茶をして横のつながりを作っていくことについて、責めるつもりは毛頭ない。しかし、限度というものはあろう。
「……」
「頼りになる相棒に頼みがあります! なあ、いいだろう、こはくさん。門限はぎりぎり守ったんだから」
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「ソフトクリーム」お借りしました🍦
ある夏の日『帰りにソフトクリームを買ったんだ』
『ええやん、何味?』
『バニラと抹茶』
『ほーん』
『悪いがドアを開けてくれると助かる』
ホールハンズに届いたメッセージを見て顔を上げる。ベッドから降りて数歩、寮の自室で涼んでいたこはくは慌てて閉め切っていたドアへ駆け寄ると勢い良く開け放った。
鼻の頭にまで汗をかいて、向日葵の笑顔を浮かべた青年が両手にソフトクリームを持って立っている。すう、と彼が大きく息を吸ったので身構えた。
「た、ただいまあ」
「なんや、いつもみたくデカい声で来るかと思ったんに」
「さすがに、この暑さの中を全力疾走したらなあ、俺だって……あっ駄目だ溶ける。こっちこはくさんの」
「お、おん。おおきに」
ずいっと差し出されたバニラと抹茶のソフトクリームは、もう表面がとろりと溶け始めていた。急いでてっぺんにかぶりつくと、口の中をじゅわりと甘味が満たし、バニラの濃厚な香りと抹茶のこうばしさが混ざり合って鼻腔を抜けていく。
1807『ええやん、何味?』
『バニラと抹茶』
『ほーん』
『悪いがドアを開けてくれると助かる』
ホールハンズに届いたメッセージを見て顔を上げる。ベッドから降りて数歩、寮の自室で涼んでいたこはくは慌てて閉め切っていたドアへ駆け寄ると勢い良く開け放った。
鼻の頭にまで汗をかいて、向日葵の笑顔を浮かべた青年が両手にソフトクリームを持って立っている。すう、と彼が大きく息を吸ったので身構えた。
「た、ただいまあ」
「なんや、いつもみたくデカい声で来るかと思ったんに」
「さすがに、この暑さの中を全力疾走したらなあ、俺だって……あっ駄目だ溶ける。こっちこはくさんの」
「お、おん。おおきに」
ずいっと差し出されたバニラと抹茶のソフトクリームは、もう表面がとろりと溶け始めていた。急いでてっぺんにかぶりつくと、口の中をじゅわりと甘味が満たし、バニラの濃厚な香りと抹茶のこうばしさが混ざり合って鼻腔を抜けていく。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!大遅刻ですがお題「傘」お借りしました!
相合傘 ビルの窓から見える外界は土砂降りの大雨だった。これはニキの傘でも無断借用しなくては無事に帰れまいと一人頷いて傘立てに足を向けた燐音は、ふと視線を向けた先、軒下で浮かない顔をしている青年を見つけた。この湿気で、どことなく彼の髪もいつもよりボリュームを増している気がする。なかなかまとまらなくて大変だろう。身に覚えがあるので勝手に同情しておくこととする。
青年は手に閉じた傘を二本持っていた。中に入らずに待っているということは、そろそろ待ち人も現れる頃合いなのだろう。その人物には心当たりがあった。今の今まで同じ現場で仕事をしていたのだから当然だけれども。
(こはくちゃんが出ていく時間をずらそうとしてたのはこういうことだったんだなァ)
1363青年は手に閉じた傘を二本持っていた。中に入らずに待っているということは、そろそろ待ち人も現れる頃合いなのだろう。その人物には心当たりがあった。今の今まで同じ現場で仕事をしていたのだから当然だけれども。
(こはくちゃんが出ていく時間をずらそうとしてたのはこういうことだったんだなァ)
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「こども」お借りしました
いつか僕らは屋根より高く 青空を、気持ちが良さそうに鯉のぼりが泳いでいる。布が空気をはらんで、風に翻ると音をたてて、勢い良くその尾が青を往く。
雲一つない快晴である。遮るもののない青空はさぞ泳ぎやすかろう。平屋の民家、その庭先に鯉のぼりはあった。風にはためくのぼりに、視線は吸い寄せられた。
行事としては知っているが、こはくにとっては見慣れない風景である。男児が健康に生きながらえていることを隠さねばならなかった家だ。縁遠いものであった。
ロケバスの中から見えたその光景は、夜になってもどういうわけか頭から消えなかった。スマホの検索画面に「鯉のぼり」と入力して、その由来などを調べてみてもピンと来なかった。
(真鯉、緋鯉、青鯉……揃って家族を表す……)
1575雲一つない快晴である。遮るもののない青空はさぞ泳ぎやすかろう。平屋の民家、その庭先に鯉のぼりはあった。風にはためくのぼりに、視線は吸い寄せられた。
行事としては知っているが、こはくにとっては見慣れない風景である。男児が健康に生きながらえていることを隠さねばならなかった家だ。縁遠いものであった。
ロケバスの中から見えたその光景は、夜になってもどういうわけか頭から消えなかった。スマホの検索画面に「鯉のぼり」と入力して、その由来などを調べてみてもピンと来なかった。
(真鯉、緋鯉、青鯉……揃って家族を表す……)
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「桜」お借りしました
かおる桜で、素敵なティータイムを らしくないなあ、と思った。
とあるカフェの、春の新作発表のCMをたまたま寮の共有ルームで見たとき、斑はそう思った。桜をモチーフにした甘いドリンクは確かに彼によく似合ったけれども、当の本人が桜に対して良い思いを持っていないことを斑は知っている。だからそのCMを見たとき、持てる武器は何でも使って勝負をするのだなと感心した一方で、言いようのない胸のざわつきを覚えた。
かおる桜で、素敵なティータイムを。君と一緒に。
それを見てから数日後、今度は街の中でこれまた偶然こはくを見つけた。
声をかけようとして、慌てて口を閉じた。こはくの隣には藍良がいた。別に遠慮なく絡みに行ってもいいのだけれど、他の人間がいるのならあまり締まりのない顔をするわけにはいかない。
1351とあるカフェの、春の新作発表のCMをたまたま寮の共有ルームで見たとき、斑はそう思った。桜をモチーフにした甘いドリンクは確かに彼によく似合ったけれども、当の本人が桜に対して良い思いを持っていないことを斑は知っている。だからそのCMを見たとき、持てる武器は何でも使って勝負をするのだなと感心した一方で、言いようのない胸のざわつきを覚えた。
かおる桜で、素敵なティータイムを。君と一緒に。
それを見てから数日後、今度は街の中でこれまた偶然こはくを見つけた。
声をかけようとして、慌てて口を閉じた。こはくの隣には藍良がいた。別に遠慮なく絡みに行ってもいいのだけれど、他の人間がいるのならあまり締まりのない顔をするわけにはいかない。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、開催ありがとうございます!お題「リボン」お借りしました!
For You 二十歳の誕生日、その次の日になる深夜一時のことである。散々飲まされて、歌って踊って笑ってどついて、ユニットの仲間やスタッフたちと羽目をはずしたこはくは、この時間になってやっと自宅に帰ってきた。
ESの管理する寮を出たのは二年ほど前のことだった。最後までどうにも他人の多い空間には慣れなかったが、あの場所にも、去るには惜しいと思える程度には愛着も湧いていた。それでも寮を出たのは、自立した一人での生活を経験してみたかったから、そしてとある男の安心できる居場所を一つでも多く増やしておきたかったからだった。
斑は現在、海外に拠点を置き、主にそちらで活動している。数ヶ月に一度帰国してESに顔を見せるが、すぐにまた海の向こうへ旅立っていく。海外に置かれたESの拠点となる場所を中心に活躍の場を広げているらしい。色々と葛藤や悩みもあるそうだが、帰ってくるたびにこはくにそんなことをこぼせるようになったのは、大きな成長とも言えよう。
2258ESの管理する寮を出たのは二年ほど前のことだった。最後までどうにも他人の多い空間には慣れなかったが、あの場所にも、去るには惜しいと思える程度には愛着も湧いていた。それでも寮を出たのは、自立した一人での生活を経験してみたかったから、そしてとある男の安心できる居場所を一つでも多く増やしておきたかったからだった。
斑は現在、海外に拠点を置き、主にそちらで活動している。数ヶ月に一度帰国してESに顔を見せるが、すぐにまた海の向こうへ旅立っていく。海外に置かれたESの拠点となる場所を中心に活躍の場を広げているらしい。色々と葛藤や悩みもあるそうだが、帰ってくるたびにこはくにそんなことをこぼせるようになったのは、大きな成長とも言えよう。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、開催ありがとうございます!お題「ありがとう」「蕾」お借りしました
帰るべき場所にてほころぶ花の香 一人で立つことには慣れている。ステージの上でも、日常生活においても、身軽で気軽に動けるおひとりさまという生き方を気に入ってもいる。無理に誰かに合わせることも、逆に誰かに気を遣わせてしまうこともない。力加減を間違えて周囲を傷つけてしまったり、距離感を間違えてこちらの事情に罪のない人を巻き込んでしまったり。そういったことも、もう御免だ。
黒いバックパック一つを背負って、斑は星空を見上げながらのんびりと歩いている。
数ヶ月に渡る海外でのライブツアーが無事に終了した。初めて渡航する国であったけれども、手応えは上々。ESが近頃目をつけている地域なだけあって、アイドル文化はよく浸透し、誰もが異国からやってきた新しい風を歓迎してくれた。一身に浴びた歓声と拍手とを思い出すと、寒さからではない震えが今も湧き上がってくる。
2183黒いバックパック一つを背負って、斑は星空を見上げながらのんびりと歩いている。
数ヶ月に渡る海外でのライブツアーが無事に終了した。初めて渡航する国であったけれども、手応えは上々。ESが近頃目をつけている地域なだけあって、アイドル文化はよく浸透し、誰もが異国からやってきた新しい風を歓迎してくれた。一身に浴びた歓声と拍手とを思い出すと、寒さからではない震えが今も湧き上がってくる。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます…!お題「スパダリ」「ハグ」ふたつお借りしました!
運営お疲れ様でした。本当にありがとうございました。すごく毎週楽しかったです!
そして新たな運営さん、今後ともよろしくお願いします…!
ほころびなぞりて、日々「こはくくんってさ、絶対スパダリだよ! 彼氏にしたらすごく大切にしてくれそうじゃない?」
そんな会話を、自分より二組ほど前に並んでいる女子高生たちが繰り広げている。こはくは目深にかぶった帽子の下で静かに息を潜めている。何気なくしていれば、案外気が付かれないものなのだ。
「えーっ、そうかなぁ? なんか結構厳しそうじゃない? 落ち込んでるときとかガツンと正論言ってきそう」
「そんなことしないよ! こはくくんはね、全部優しく包み込んで『そやね、そらつらかったなぁ』って慰めてくれるんだって!」
「あんたこはくくんの何を知ってるのよ」
その先の会話を聞くことはなく、こはくは手元のスマホに素早く『スパダリ』と入力した。検索結果が示す内容を読み込んでいくと、段々と黒いマスクの下は苦笑の形に変わっていく。
2850そんな会話を、自分より二組ほど前に並んでいる女子高生たちが繰り広げている。こはくは目深にかぶった帽子の下で静かに息を潜めている。何気なくしていれば、案外気が付かれないものなのだ。
「えーっ、そうかなぁ? なんか結構厳しそうじゃない? 落ち込んでるときとかガツンと正論言ってきそう」
「そんなことしないよ! こはくくんはね、全部優しく包み込んで『そやね、そらつらかったなぁ』って慰めてくれるんだって!」
「あんたこはくくんの何を知ってるのよ」
その先の会話を聞くことはなく、こはくは手元のスマホに素早く『スパダリ』と入力した。検索結果が示す内容を読み込んでいくと、段々と黒いマスクの下は苦笑の形に変わっていく。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、今週も開催ありがとうございます!お題「逆バニーの日」お借りしました。
酒と嫉妬と兎と君と 斑は酒に強い。まだあまり飲酒経験は多くないが、成人してからこのかた酒の席での失敗というものをしたことはないし、同年代のアイドルたちと飲んでいても、最後には酔い潰れた彼らを運ぶ力仕事さえこなせた程度には強かった。自分の限界を見誤らない自信があったとも言う。しかし、今朝の部屋の惨状を見る限り、どうも昨夜、自分ははじめてあまりよろしくない酔い方をしたらしかった。
共に酒を煽っていたのは天城燐音である。彼と酒を飲むのは初めてだった。
良い店を知っていると言われ、連れて行かれたのは彼がいつもパフォーマンスを披露している居酒屋だった。あまりにも楽しそうに彼が酒を煽りつつ歌ったり踊ったりするものだから、つられて斑もついつい羽目をはずしたのだ。「ここならESの目もそう届かねェぞ、好きにやれ」と囁かれて、どこから持ち出したのか渡されたギターをかき鳴らし、やがて小さなステージの上で持ち歌まで披露してすっかり良い気分になってしまった。
3374共に酒を煽っていたのは天城燐音である。彼と酒を飲むのは初めてだった。
良い店を知っていると言われ、連れて行かれたのは彼がいつもパフォーマンスを披露している居酒屋だった。あまりにも楽しそうに彼が酒を煽りつつ歌ったり踊ったりするものだから、つられて斑もついつい羽目をはずしたのだ。「ここならESの目もそう届かねェぞ、好きにやれ」と囁かれて、どこから持ち出したのか渡されたギターをかき鳴らし、やがて小さなステージの上で持ち歌まで披露してすっかり良い気分になってしまった。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ今週も開催ありがとうございます!
お題「求婚の日」お借りしました。
⚠️年齢操作あり⚠️
二人ともおじいちゃんになってます
エンドロールに君の名を こはくが三十五になった年の春、法律が変わった。日本でも同性婚が認められることになった。
周囲はにわかに騒がしくなった。ある一組が結婚を発表すると、何組も駆け込むようにそれに続いた。
SNSでは終日、誰と誰が親しげであったからもうすぐ結婚するのではないかとか、仲の良い同性アイドルグループは世間に誤解を与えないように互いにもう少し距離を取るべきではないかとか、様々な意見が飛び交った。インターネットに慣れ親しんでいたこはくは、そのときはじめて自分からインターネットと距離を置いた。
こはくの周囲でも結婚報告はちらほらあった。どのカップルもこはくは笑顔で祝福した。良かったな、お幸せに、仲ええもんなぁ。そんなことを言ったような気がする。
2422周囲はにわかに騒がしくなった。ある一組が結婚を発表すると、何組も駆け込むようにそれに続いた。
SNSでは終日、誰と誰が親しげであったからもうすぐ結婚するのではないかとか、仲の良い同性アイドルグループは世間に誤解を与えないように互いにもう少し距離を取るべきではないかとか、様々な意見が飛び交った。インターネットに慣れ親しんでいたこはくは、そのときはじめて自分からインターネットと距離を置いた。
こはくの周囲でも結婚報告はちらほらあった。どのカップルもこはくは笑顔で祝福した。良かったな、お幸せに、仲ええもんなぁ。そんなことを言ったような気がする。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライいつも開催ありがとうございます!
お題「夜更かし」お借りしました
いただきます 嫌な仕事だった。仕事だから嫌でもやった。
朝から雨が降っていた。静かに腹の探り合いをしたミーティング、癖のある煙草の匂い。媚びへつらうような笑い声と、こちらを品定めする蛇のような瞳が、すべてが片付いた深夜になっても頭から離れなかった。
一人、悪人が消えた。それだけの夜だった。
言葉少なに手配したビジネスホテルにチェックインすると、斑はこはくを置いて近くのコンビニに足を運び、適当に食糧を買い込んだ。カップ麺を二つ、おにぎりを四つ、ガムを一包み、ミントタブレットを一つ、水と緑茶を一本ずつ。
部屋に戻ると、想像より大荷物で現れたのだろう斑にこはくは目を丸くしたが、黙って備え付けのケトルでお湯を沸かし始めた。
1324朝から雨が降っていた。静かに腹の探り合いをしたミーティング、癖のある煙草の匂い。媚びへつらうような笑い声と、こちらを品定めする蛇のような瞳が、すべてが片付いた深夜になっても頭から離れなかった。
一人、悪人が消えた。それだけの夜だった。
言葉少なに手配したビジネスホテルにチェックインすると、斑はこはくを置いて近くのコンビニに足を運び、適当に食糧を買い込んだ。カップ麺を二つ、おにぎりを四つ、ガムを一包み、ミントタブレットを一つ、水と緑茶を一本ずつ。
部屋に戻ると、想像より大荷物で現れたのだろう斑にこはくは目を丸くしたが、黙って備え付けのケトルでお湯を沸かし始めた。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、いつも開催ありがとうございます!お題「まくらの日」お借りしました
お気に入りまくら こはくさんは俺のお尻が好きである。
このことに気がついたのは、出会ってから一年と少しが過ぎた頃だった。
俺たちは同じユニットの仲間として短くも濃い青春を過ごし、やがてその形を失いながらも、互いの手を離すことができずに距離感を探り探り共に過ごしていた。
寮の俺の部屋は同居人が三人もいてなかなかこはくさんを招くことはできなかったが、逆にこはくさんの部屋は簡単に二人の時間を作ることができる。もちろんジュンさんを交えてのんびり過ごすのも悪くないが、俺はこはくさんが「今日一人なんやけど」なんてメッセージをくれるのが楽しみで仕方がなかった。
この子の前では無理をしてテンションを上げる必要もないし、かまってほしいときはちょっかいをかければ、嫌そうな顔をしつつも応じてくれる。肩の力を抜いて、表情を取り繕わずにそばにいることのできる関係というのはありがたいものだ。
2858このことに気がついたのは、出会ってから一年と少しが過ぎた頃だった。
俺たちは同じユニットの仲間として短くも濃い青春を過ごし、やがてその形を失いながらも、互いの手を離すことができずに距離感を探り探り共に過ごしていた。
寮の俺の部屋は同居人が三人もいてなかなかこはくさんを招くことはできなかったが、逆にこはくさんの部屋は簡単に二人の時間を作ることができる。もちろんジュンさんを交えてのんびり過ごすのも悪くないが、俺はこはくさんが「今日一人なんやけど」なんてメッセージをくれるのが楽しみで仕方がなかった。
この子の前では無理をしてテンションを上げる必要もないし、かまってほしいときはちょっかいをかければ、嫌そうな顔をしつつも応じてくれる。肩の力を抜いて、表情を取り繕わずにそばにいることのできる関係というのはありがたいものだ。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、今週も開催ありがとうございます!遅刻してしまいましたが、お題「駆け落ちの日」お借りしました。
初キスの話です。
その先を「駆け落ちの日」
「らしいで、今日」
「へえ。ちなみにこはくさん、意味はわかるかあ?」
「馬鹿にすんなや。今グーグル先生に聞いとる」
くすくすと肩を揺らして笑う斑は、ソファに深く身を沈めてテレビを見ていた。斑がどんなものを見るか、はじめこそ興味があったがこの男の見るものには一貫性がなかった。演劇を見ているときもあれば、ニュースを聞き流していることも、かと思えば動画投稿サイトに上げられたゲームの実況動画を見ていることもあった。
今日の気分は洋楽らしい。作り込まれたMVをただぼんやりと瞳に反射させながら、斑はこはくの言葉を待っている。
「えー……駆け落ち。とは。メリットとデメリットを調べてみました」
「ングッ、ふふっ、」
1387「らしいで、今日」
「へえ。ちなみにこはくさん、意味はわかるかあ?」
「馬鹿にすんなや。今グーグル先生に聞いとる」
くすくすと肩を揺らして笑う斑は、ソファに深く身を沈めてテレビを見ていた。斑がどんなものを見るか、はじめこそ興味があったがこの男の見るものには一貫性がなかった。演劇を見ているときもあれば、ニュースを聞き流していることも、かと思えば動画投稿サイトに上げられたゲームの実況動画を見ていることもあった。
今日の気分は洋楽らしい。作り込まれたMVをただぼんやりと瞳に反射させながら、斑はこはくの言葉を待っている。
「えー……駆け落ち。とは。メリットとデメリットを調べてみました」
「ングッ、ふふっ、」
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ、今週も開催ありがとうございます!お題「クリスマス」お借りしました
幸福な不在証明 サンタクロースがよいこのもとへプレゼントを届けにやってくる。幼い斑は早々に、それを嘘だと見抜くことができた。
自分のところへプレゼントが届かないのは道理である。出来の悪い三毛縞の長男坊だ。サンタクロースなる人物だって、きっと自分にわざわざ贈り物など届けには来ないだろう。
しかし、奏汰のところへ来ないとはどういう了見だ。彼は確かに未熟であるし、できないことも多いけれど『よいこ』であるはずだ。
二人でこっそり読んだ絵本の中、クレヨンのようにぼんやりとしたタッチで描かれた白ひげの、恰幅の良い老人は奏汰のところへもやって来なかった。であるならば、これはただの嘘っぱち。伝説か、体のいいおとぎ話なのだ。
12月26日、11時24分。斑が目を覚ましたのはもう昼近く、日も高く上った時分であった。
2970自分のところへプレゼントが届かないのは道理である。出来の悪い三毛縞の長男坊だ。サンタクロースなる人物だって、きっと自分にわざわざ贈り物など届けには来ないだろう。
しかし、奏汰のところへ来ないとはどういう了見だ。彼は確かに未熟であるし、できないことも多いけれど『よいこ』であるはずだ。
二人でこっそり読んだ絵本の中、クレヨンのようにぼんやりとしたタッチで描かれた白ひげの、恰幅の良い老人は奏汰のところへもやって来なかった。であるならば、これはただの嘘っぱち。伝説か、体のいいおとぎ話なのだ。
12月26日、11時24分。斑が目を覚ましたのはもう昼近く、日も高く上った時分であった。
toaru_otaku_
DONEこは斑ワンドロワンライ今週も開催ありがとうございます〜!お題「こたつ」お借りしました!
ぬくまる 秋も深まりだした頃、こはくとジュンの寮室にこたつが設置された。
「まだ早いだろう」とか「いいなぁこたつ、うちの部屋も買わない?」だとか、様々な会話がちらほらと寮内でも成されたので斑も彼らの部屋のこたつの存在は早い段階で知ることになった。
やがて二人と親交のある面々が部屋を訪ねるようになった。遠目に、藍良や真、茨などの背中が彼らの部屋に消えていくのを見たことがある。藍良はアイドルグッズを、真はゲーム機器を、茨は仕事用だろうか、書類の束とPCを手に扉の向こうに消えていった。
そんな彼らの後ろ姿を見送りながら、斑は悶々とした日々を過ごすこととなった。
斑はこはくと恋人関係にある。ユニット解散後、二人で居心地の良い距離を探っていたらいつの間にかこうなっていた。
2255「まだ早いだろう」とか「いいなぁこたつ、うちの部屋も買わない?」だとか、様々な会話がちらほらと寮内でも成されたので斑も彼らの部屋のこたつの存在は早い段階で知ることになった。
やがて二人と親交のある面々が部屋を訪ねるようになった。遠目に、藍良や真、茨などの背中が彼らの部屋に消えていくのを見たことがある。藍良はアイドルグッズを、真はゲーム機器を、茨は仕事用だろうか、書類の束とPCを手に扉の向こうに消えていった。
そんな彼らの後ろ姿を見送りながら、斑は悶々とした日々を過ごすこととなった。
斑はこはくと恋人関係にある。ユニット解散後、二人で居心地の良い距離を探っていたらいつの間にかこうなっていた。