#死ネタ

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fumifude

作業進捗ルクフロよく晴れた午後だった。
 小春日和の陽気は、冬場の冷えた体を柔らかく包み込んで温めた。
 フロイド・リーチとルーク・ハントは、ポムフィオーレ寮内のルークの自室で、穏やかな時間を過ごしていた。
 趣向を凝らした白磁のティーカップに注がれた紅茶は、香り高く美しい琥珀色をしている。フロイドがその紅茶を一口飲んだ時、向かいに座るルークは顔を綻ばせて尋ねた。

「いかがかな?」

「うん。美味しいよ」

「それは良かった」

 フロイドの言葉に嬉々とするルークも、自身が淹れた紅茶を一口飲んで納得するように頷いた。そうしてほっと溜息を吐いた二人は、心地よい沈黙の中でゆったりと思い思いの時を過ごした。
 ふとすれば微睡んでしまうような時の中で、ルークがそっと口を開いた。

「ムシュー・愉快犯」

「ん?」

「キミ達人魚は、どれくらい生きるんだい?」

そう尋ねる声音は、寝物語をしているようだった。

「うーん……逆に人間ってどれくらい生きるの?」

 それに合わせるように、フロイドの声音も幼く無垢になった。

「ねぇ、どれくらい?」

「うーん、男性ならおよそ八十年だね」

「ふーん」

 フロイドは頬杖をついて外を眺めた。
 それに合わせてルークも外に目をやれば、窓のすぐ側に有る木に鳥が留まっていた。

「三回分」

「ん?」

「オレらの寿命。ウミネコくんの人生の三回分くらいかなぁ」

「マーヴェラス!とても長生きなんだね!」

「うん。だからさ、ウミネコくんとの時間なんて、あっという間だよ」

 木に留まっていた鳥が羽搏いていった。
 ルークがその瞬間を目にした時、フロイドの言葉を深く理解した。
 その瞬間、胸の奥底から湧き上がる熱い思いを言葉にするため、恭しくフロイドの手を取り跪いた。

「フロイドくん」

「なぁにぃ?」

「私とキミの時は、キミからすればあの鳥の羽搏きのように一瞬かもしれない。だが、私にとってはとても長く愛しい時間だ。どうか、私の命が尽きるまで共に歩んでおくれ。モンシェリ」

 愛の言葉を送ったルークは、祈るような思いで恋人を見上げた。
 フロイドは言葉を受けて一瞬きょとんとしていたが、ゆっくり嬉しそうに顔を綻ばせると、小首を傾げて言葉を返した。

「それじゃ、足りないなぁ」

「ならば、何度でも生まれ変わってキミに逢いに行くと誓うよ。だからどうか……お願いだ」

 願う言葉とともに、翠の双眸が切なく揺れた。それはフロイドの胸の奥を締め付け、甘い痛みを生んだ。その痛みを慰めるように胸の中心を撫でてから、恋人を見下ろした。
 フロイドを見つめる双眸は、答えが出るのを今か今かと待っている。それをしっかり認めてから、フロイドは言葉を返した。

「いいよぉ。絶対逢いに来てね。約束だよ」

「キミに誓うよ」

 ルークはフロイドの指先に、そっと口づけをした。
 それは姫が王子にするそれそのもののようで面映さを感じたが、フロイドはそれを受け止めて微笑んだ。
 こうして永遠の愛を誓った二人は、ナイトレイブンカレッジを卒業した後、海が見える小高い丘の上に居を構えた。
 ログハウスの家は、木の温もりはもちろん、森の中に居るような空気を感じられる居心地の良い空間だった。そしてこの家を特に気に入ったのはルークだった。
 ルークは家の綻びを見つけては修理し、家の中で改善点を見つければ、すぐにそれを実行する。という甲斐甲斐しい一面を見せた。
 そうしてルークが手を加えて作り上げた家は、最初の頃よりも格段に住みやすく居心地の良い空間となっていた。

「なんかこの家、陽当たり良いしあったかくなったね〜」

「ウィ。天窓を作ったんだ」

「天窓?」

「この家は少し北側にあるから、太陽が一番当たる場所に窓を作ったんだ。ちょうどキミが座ってる場所だよ」

「ふーん」

「他にも色々あるんだよ。分かるかい?」

「えーなんだろう?」

 うーん。とフロイドが唸りながら、揺り椅子に背を預けた。そうして椅子が揺れる様子にルークは眦を下げた。
 フロイドが今座っている椅子は、「椅子が低い」というフロイドの言葉を丁寧に拾い上げたルークが、フロイドの背丈や手足の長さに合わせて誂えた物だったからだ。
 椅子を置いた当初こそあまり座っていなかったが、いつの頃からか椅子を愛用するフロイドを目にする機会が増え、今ではフロイドの定位置となって馴染んだ椅子に、人知れずほくそ笑んでいた。

「さぁ、なんだろうね? それよりも昼食にしよう。いい鹿肉が手に入ったんだ」

「ほんと?! 早く食べよ〜」

「では、一緒に下拵えをしてくれるかな?」

「いいよ〜」

 フロイドは揺り椅子から立ち上がり、ルークとともにキッチンスペースへ向かった。
 普段は広く空けられている場所には、皮を剥いで間もなくであろう骨つきの鹿肉と、香草と野菜が置かれていた。

「ウミネコくん、これどうすんの?」

「今日はこれをステーキにする予定だ。野菜はグリルにして添えるよ」

「そうなんだ」

「ウィ。じゃあ私は肉の下拵えをするから、フロイド君は野菜をお願いできるかな?」

「わかった」

「メルシー」

 フロイドは木製のまな板を水に晒すと、水洗いした野菜達を手慣れた様子で切っていった。だがその中で何かを思いつくと、手を止めてルークを呼んだ。

「ウミネコくん」

「なんだい?」

「この芋さぁ、せっかくならマッシュポテトにしない? そっちのが美味しいと思うよ」

「うん!実にいいね。そうしよう」

「じゃあ決まりねぇ」

 フロイドははにかむように笑うと、鼻歌混じりにジャガイモを鍋で茹でると、その間ににんじんを食べやすい大きさに切り分けてジャガイモ同様に鍋で茹でて、玉ねぎを摩り下ろした。
 そうしてフロイドの方の下拵えが終わった頃、ルークの下拵えも終わった。
 肉叩きによって凹凸がついた肉には、下味である塩胡椒と香草が丹念に擦り込まれていた。

「なんか肉小さくなった?」

「骨を外したからそう見えるのかもね。じゃあこれから焼き始めるとしよう」

「うん!」

 ルークがコンロの前に立つと、年季の入った鉄製のフライパンを火にかけ、ことんとバターを落とした。それが少し溶けた頃にフライパン全体にバターを馴染ませ、フライパンの上に肉を置いた。
 じゅわっと音を立てて焼ける肉のニオイと音は、食欲を刺激し口の中を唾液で潤わせた。二人はごくりと唾液を飲み下すと、鳴りそうになる腹の虫をあやしつつ料理を続けた。
 そして、肉を焼き上げたルークが同じフライパンでソース作りをしている頃、フロイドのマッシュポテトが出来上がった。
 ペースト状に近いマッシュポテトは、口に入れた時にクリーミーな食感が広がり、芋の甘みと程よい塩気を感じる物となっていた。
 それを味見と称して一口二口と摘んでいると、後ろから声が掛かった。

「つまみ食いをするなんて悪い子だ」

「味見だよ。あ、じ、み!」

「ふむ。なら、そういうことにしておこう。さぁ、あとはここにマッシュポテトを盛りつければ完成だよ」

「オッケー」

 二枚の皿に盛られた鹿肉のステーキは、二人の好みであるレアな焼き加減で、赤みを帯びた肉の表面には、赤ワインと玉ねぎをベースにしたソースが美しくかけられ、皿の端には色鮮やかな橙色をしたにんじんが添えられていた。
 フロイドはそのにんじんのすぐ側に空けられた場所にマッシュポテトをこんもりと盛ると、仕上げにとパセリを振った。
 そうして出来上がった鹿肉のステーキは、二人の食欲を存分に刺激した。再びごくりと唾液を飲み下した二人は、完成の喜びもそこそこに食卓へ向かうと、神への祈りもおざなりに食事を始めた。
 フロイドが大きく口を開けてステーキを頬張ると、レア特有の食感と風味が口に広がった。それを味わうように噛み締めた時、ソースの甘みと肉の甘みが絶妙に混ざり合った味が舌を楽しませた。

「美味しいかい?」

「うんっ、おいひい」

「それは良かった。鹿肉はまだあるから、明日また何か作ろうか」

「んー……っはぁ、なに作るの?」

「そうだなぁ。シチューなんてどうかな? 明日から冷えると聞いたよ」

「……あぁ、もうそんな時期なんだね」

「そうさ。時間なんてあっという間さ」

「……そうだね」

 フロイドは一瞬物憂げな面持ちとなるも、すぐにいつもの面持ちとなり食事を再開した。
 ルークもそれに倣って食事を再開するが、その胸中には、言葉に言い表せないもどかしい感情がひしめいていた。


……


「ほーんとにあっという間だったね」

 ベッドの傍らであっけらかんと言うフロイドは、ベッドで横たわる人物に目を向けた。
枕に広がる髪はかつて金色だった面影はなく、瑞々しかった肌も瑞々しさを失い乾いていた。そんな乾いた肌を慈しむように撫で、細くなった手をそっと取った。

「ウミネコくん、死んじゃうの?」

「寂しいけれど、そうだね」

 嗄れた声がフロイドの問い掛けに答えた。
 フロイドは一瞬目を伏せてから、皺の寄った翠の双眸を見つめた。

「そっか……ねぇ、約束覚えてる?」

「あぁ、もちろんさ。生まれ変わってキミに逢いに行くよ。……だからどうか、待っていておくれ」

「待っててあげる。飽きるまでね」

「メルシー」

 そう言って微笑むと、双眸はゆっくりと閉じられ、フロイドの手の中にある手は脱力していった。
 フロイドはそれが死であると悟ると、年老いた恋人の指先にそっと口づけをした。


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