獏「KKってさ、もしかして…獏だったりする?」
『……はぁ??』
寝る前に突然何を言い出すかと思ったが、暁人は真剣なようだ。
『なんでそう思ったんだよ』
「最近、夢を見なくなったんだよね」
『よく眠れてるってことだろ、いいことじゃねぇか』
「そうなんだけどさ…思い返してみれば、KKが帰ってきたころからなんだよね。それまでは良い夢よりも怖い夢ばっかり見ていたのに今ではパッタリ見なくなったんだ」
不思議だろ?と暁人が笑うと、KKもつられて笑う。
『獏か…ま、妖怪に例えられるってのは悪い気はしないねぇ』
「ははっ、妖怪なら何でもいいの?」
『バカ言え、どうせなら強くてカッコイイのがいいよ』
KKと会話していると、段々と眠くなってきて暁人の返答が曖昧になる。そろそろ寝た方がいいぞ、とKKが促すと暁人は眠気に抗うことなくそのままスヤスヤと寝始める。
しばらくして、KKがふよふよと霊体の姿で暁人の体から抜け出す。じっ…と静かに見下ろすと、次第に暁人の表情が苦しげなものになる。
ああ、また干渉してきやがったな、とKKは顔を顰めた。再び暁人の身体に戻り、今度は夢の中に入り込む。
夢の中ではマレビトたちが暁人を追いかけていた。
「ったく、好き勝手しやがって…」
夢の中というのはとても都合がよくて、KKがイメージすればその通りになる。だからここでは思う存分生前のように戦える。KKが右手を構え、風のエーテルを指に宿すと暁人に襲いかかろうとするマレビトを一撃で仕留める。
「オレの相棒に手を出すんじゃねぇよ」
次々に現れるマレビトたちをKKは一掃していく。最後のマレビトを仕留めると、KKは夢の中の暁人に近づいていく。
「KK……助けてくれてありがとう……」
「なぁに、このくらいは余裕だよ」
KKが暁人の頭を軽く撫でながら「ほら、いいから寝とけ」と言えば、夢の中の暁人は安心して眠りにつく。悪夢を見る度、KKはこうして暁人を守っていた。
再び暁人の体から抜け出し寝顔を見ると、それは穏やかなものに変わっていた。暁人のその穏やかな寝顔を確認して、KKは普段通り暁人の身体の中へと戻る。暁人は獏と言っていたが、似たようなものだろうとKKは思った。暁人が悪夢にうなされればKKはすぐさまその原因を叩く。暁人の安眠のためもあるが、夢の中にでも干渉してこようとするマレビトたちをKKは許容できなかった。
現実では戦えなくとも夢の中でなら暁人を守れる。それはあの事件に巻き込んでしまった、自身の力を与えてしまったせめてもの罪滅ぼしのつもりでもあった。
不思議と、暁人は夢を見た事さえも忘れてしまうようでそこはKKにとっても好都合だった。夢の中でこんなことをしているとわかれば、暁人の性格上申し訳ないと思うだろう、そこまで気を遣わせるつもりも感謝の言葉が欲しい訳でも無かった。
翌朝、いつも通り金縛りで暁人を起こす。もうすっかり起こされるのに慣れたのか、最近では文句も言わずすんなり起きるようになった。
「おはよう、KK」
『おう、おはよう』
暁人がふふっと笑いながら「今日は久しぶりに良い夢を見たんだ」と言った。
『ほぉー、どんな夢だ?』
「KKが僕を助けてくれる夢」
もう何度も悪夢から救ってはいるが、朝になってまで覚えていたのはこれが初めてだった。
「やっぱり、KKは獏だったね。怖い夢を食べてくれたんだろ?」
『さぁ、どうだかなぁ。オレじゃないかもしれないぜ?』
「僕がKKを見間違えるとでも思う?」
ありがとうKK、と暁人が小さく呟いて
「これからも怖い夢から守ってくれる?」
暁人が素直にお願いするものだから、感化されてKKもつい『当たり前だろ』と素直に答えてしまった。
気にかける必要はなかったな、とKKが少し安堵すれば暁人が得意げに笑う。
「KKのことだから、巻き込んだ責任だとか力を与えた罪滅ぼしとか考えてたんだろうけど、そんなこと気にするなよ」
舐めないでよね?と暁人が言うと、KKは
『随分と頼もしくなったなぁ、暁人』と少し嬉しそうな声色で返した。
それから吹っ切れたのか、良い夢にもちょくちょく現れるようになったKKは、敢えて朝まで記憶に残るようなことまでするようになり、それはそれで暁人を悩ませることになるのはまた別の話。