シリィ・カーニバル第2話02「着いたー!」
元気よく宣言したランに、カイは真顔になった。
小高い丘を登り切った先に、透明な水の滴る石畳が広がっていた。ちゃんぷちゃぷと靴を濡らす浅瀬の先に、内から水の滲み出る塔が生えている。
見上げれば雲に隠れて頂きは見えない。高く積み上げたというよりは石畳から自然と生えたかのような……あるいは空から降ってきたような、そんな建造物だった。
当然のように水の上を歩くランが、水飛沫を上げながら跳ね回る。飛び散る水がその袖も肌も髪も濡らさないのはともかくとして、レクトは疑問を浮かべた。
「ラン、ここに人がいるの?」
「いっぱいいる!」
「いない」
溌剌としたランの言葉を、カイが否定する。
歳月を経ても朽ちる気配を見せない光景に、独りごちるような解説が湧いてくる。
「ここは、龍王国の遺跡だ。おそらく愛雨王の時代に作られた砦だな。周囲に街の痕跡はない……用途は龍穴の捜索か? いや、危険地帯に接する防衛線だった可能性も……」
「あの、カイ? もしもし?」
レクトに袖を引っ張られて、カイは我に返り真顔で頷いた。
「ああ、よくやった。ラン」
カイの感謝に、ランが「ほめられたー!」と万歳をする。
嫌な予感にレクトは小声になった。
「えーーっと、カイ、街に行くのは……」
「後回しだ。野営の準備をしろ」
「うわぁあんやっぱりィィィィ!!」
街での食事が遠のいて落胆するレクトを放って、カイは砦に近づいた。
裏手なのか、偽装されてるのか、窓どころか入口も見当たらない。愛雨王は千里眼と空間跳躍を得意とした王だ。内部に入るには出入り口を繋ぐ術式を解読しないといけないかもしれない。
滝のように水を流す砦に触れた途端、石壁の水面に映るカイの虚像がぐにゃりと歪んだ。
「カイっ!」
「来るな!!」
展開した障壁が飛びかかってきた虚像を阻んだが、足元の石畳もまた溶けて黒い沼地に変わっていった。
ヘドロのような腐臭が空気を蝕み、沼地から呻き声を上げる泥の塊がいくつも迫り上がる。いつの間にか宙に浮いていたランが隣に浮かぶのを、カイは半眼で問い詰めた。
「ラン。ここに、死んだ人間はどれだけいる?」
「いっぱいいる!」
「ぎゃああああカイ助けてぇええっ」
死者と生者の区別も付かないのかと怒鳴りたかったが、そんな余裕はなかった。レクトの足元が渦のようになり、暗闇に引きずり込まれる。
カイとしてはかなり放っておきたかったが……
「遺跡調査の前に、まず安全確保が必要、か」
舌打ちして、カイはレクトを追って嫌々暗闇へと飛び込んだ。