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    NARUHA

    推し関係でいろいろ
    ビリーワイズ(フェイビリ、グレビリ、他)
    新兎千里(獅子新)

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    NARUHA

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    いつものように朝帰りしたフェイスは、突然特別任務の招集を受ける。特別任務の詳細は、とある子どもの護衛をするというもので……。
    書きかけだったベスティメインの事件ものですが、展開や設定をハニーキャンディ・ペパーミント味の方で使うことにしたので、こちらは未完&ボツです。でも結構な熱量で書いていたのでこちらに上げときます。

    #ベスティ
    besty
    ##ベスティ

    海の瞳、記憶の水底忘れられない顔がある。
    記憶の中に広がる景色がある。
    ずっと残る傷痕みたいに、良いことも悪いことも深く脳髄に刻み込まれて蓄積していく。
    頭の中を埋め尽くす膨大な記憶たちに埋もれていると、ある瞬間には途方もない虚しさの中に身体を放り出されたみたいな気がして、それはそれは寂しい心地がしたものだ。

    教えられたことや見たものは全て全て覚えていた。
    初めこそ、周りのみんなはそんな僕を神童だ、天才だと褒めそやした。
    けれど時間が経つにつれ、どこか気味の悪い目で僕を見るようになった。
    たぶん、本当は知られてはいけなかったんだろう。
    なにも、口にしてはいけなかったのだろう。
    ――リセットしよう。プツンと繋がっていた糸を切るみたいにして、記憶の箱を海の底に沈めたのはいつだったか。なぜなの、だったか。

    ◇◇

    「護衛?」
    「そー、護衛っつってもガキのお守りな。どっかの偉いさんの息子らしい」
    「なんで俺?」
    「メンターリーダーのお達しだよ」

    いつも通りの朝帰り。トレーニングまでにはまだ少し時間があると、フェイスが一度部屋へと戻った時のことだ。
    珍しくきちんと起きていたキースはこれまた珍しく、至って真面目に仕事の話をフェイスへと持ちかけた。
    内容は話の通りどこぞの子息の護衛である。

    「ええ、面倒くさ……何で俺?キースが行けばいいじゃない」
    「アホか。オレにそんなもん務まるとでも思うか?」
    「威張って言うこと?否定はしないけど。あれ、じゃあおチビちゃんは?子どものお守りなら、歳の近いおチビちゃんの方が向いてるんじゃない?」
    「さぁな、その辺はオレもよくわかんねーわ。何せメンターリーダー様の決定だからな」

    詳しくはブラッドにでも聞いてくれ、と言わんばかりに、キースは手をヒラヒラさせる。フェイスとしては全くもって気が進まない。ブラッドについても、護衛に関しても、何故という疑問しか湧いてこない。

    「ああそうだ」
    「なに?まだ何かあるの?」
    「護衛チームはお前だけじゃないらしいから安心しろよ。各セクターから、ひとりないしふたり選ばれるらしい」
    「……そんなに人員割いて大丈夫なの?」

    フェイスのおっかなびっくりといった表情に、キースも思わず吹き出してしまう。確かに子どもひとりの護衛にヒーローを十人近く配置するなんて、想像もしないだろう。
    それほど大物だということだろうか、件の子どもの親というのは。

    「まぁ俺も詳しいことは聞いてないんだが、そもそもそのガキが何やらやべぇんだと。あとは自分で聞け、これから会議があるらしいから、第三会議室に集合だとよ」
    「はぁ……」
    「よかったじゃねーか。パトロールサボれるぞ」
    「ーーああ、そういうことか」

    キースの言葉に「なるほどね」と合点がいく。
    仕事の後はともかく、パトロール中ですらフェイスはヒーローらしからぬ行動を取ることが多い。それは勿論、声をかけてくる女の子たちによるところが多いけれど、あまりにも目に余った、とかそんな所だろうか。
    確かに特別任務に引きずり出せば目の届く範囲で指導ができる。

    「そういうとこ、ほんと嫌なんだよね」

    自由な時間とも暫くお別れか、とため息が漏れた。どんな内容かは知らないが、早く任務が完了することを祈るばかりである。

    ◇◇

    会議室に向かう前に、自販機でコーヒーを買うことにする。何せフェイスは朝帰り。いくら若いとは言え、眠くないわけはない。これから任務だというのだから、少しくらいは目を覚ましておいた方がいいだろう。
    不真面目そうに見えてその実、案外真面目な性質の男だ。説明くらいはきちんと聞いておかねば、あとで困るのが自分だということくらい判断がつく。
    自販機の中で紙コップにコーヒーが注がれていくのを見つめていれば、視界の端でふと見知った色が揺れた。見た目に違わず本人自身もうるさいオレンジ色が、ガラス戸に背を預けながら何事かを喋っている。
    その片手には彼のハニー、もといスマートフォン。仕事の電話だろうか。

    「任せてヨ!うん、じゃあまた連絡するネ!」

    電話が終わったのとコーヒーが出来るのは同時だった。フェイスは熱いコーヒーを取り出すと、カップの縁(ふち)を持ったままゆったりとビリーの方へ近付いていく。
    「仕事?」と声を掛ければ本気で気がついていなかったらしく「ヒェッ」とビリーから妙な声が漏れた。近付くフェイスに気づいていなかったのだとしたら、珍しいこともあるものだ。

    「ビックリした~!もうDJ驚かさないでヨ!」
    「ごめんごめん。まさかこんなにびっくりするとは思わなくて」
    「オイラのハートは繊細なんだヨ」
    「ビリーで繊細ならグレイなんて消えちゃうんじゃない?」

    軽口を叩きながら、買ったばかりのコーヒーに口をつけた。喉通りの悪いブラックが兄を思わせて思わず口を歪めてしまう。

    「それで、朝から情報屋の仕事?」
    「イエース!ああそうだDJ、これから特別任務でしょ?」

    言い当てられて「なぜそれを」などとは思わない。ビリー相手なら知られていても何ら不思議ではないのだ。この様子なら彼もそうなのだろう。

    「あたり……って言っても、詳しいことは直接聞いてこいって丸投げされたんだけどね」

    「何か知ってる?」と問えば「そうだネー」と軽い調子で返ってくる。金を要求されるかと思ったが、案外簡単に教えてくれた。どうせこれから共有される情報だからだろう。
    つまり、ビリーはこれ以上の情報を既に多く持っているということだ。

    「まず、護衛対象の名前はジョン・アスター。11歳の男の子だネ。メディア界、政財界と各方面に顔が効くアスター家の嫡男なんだけど、まぁちょっと不味い情報を見ちゃったらしくて」
    「不味い情報?」
    「うーん、テロの計画書?的な?」
    「ええ、どこでどうしたらそんなもの見るの。普通に生きてたら見ないでしょ」
    「ところが普通じゃないんだよネ!」

    つまり話によれば、このジョン・アスターという人物は、非常にやんちゃなお子様らしい。
    悪戯が大好きなジョンは、愛犬と共に庭を駆け回り、家の中では使用人相手に隠れんぼを繰り広げ、辿り着いた暗い一室で偶然それを目にしてしまったのだという。

    「待って、家にテロの計画書が?それってその子どもだけじゃなくてアスター家ごと不味いんじゃ……」
    「ううーん、それがネ、ジョンの父親である当主は知らぬ存ぜぬの一点張りみたい!むしろこんなことを考える輩が屋敷の中にいるなんてけしからーん!って怒ってるらしいよ。確かに書類から指紋は出なかったし、警察がある程度事情を洗ったけど、当主が関わってる証拠も何も出なかったっていう感じ。テロ計画があるなら組織を刺激するのも不味いからって、箝口令敷いてマスコミはノータッチ。今回の任務は、そのお子様のボディーガードとテロ組織の捕縛がメインかナ?」
    「なるほどね。だからこんなにヒーローを集めたのか」

    子どもの護衛だけに五人も六人も配置するなんておかしいと思ったのだ。それが、テロ組織の捕縛も視野に入れているとなればむしろ少人数すぎるくらいである。警察はもちろん テロの詳細が出れば軍にも出動命令は出るだろうが。

    「まぁ詳しいことはお兄ちゃんに聞きなヨ!おっとそろそろ行かないと。ほらDJ早くぅ!」
    「はいはい」

    特別任務と言っても、緊張することもなければ気合いが入るわけでもない。いつもの日常がほんの少し変わる程度である。
    目の前をオレンジ色が跳ねては沈む。急ぐビリーとゆっくり歩くフェイスの歩幅は合わない。次第に開き始めた距離にも構わず、ほんの少し遠くなった背中をぼんやりと眺めていた。

    ◇◇

    結局特別任務として集められた会議で説明されたのは、ビリーの情報をもう少しばかり詳しくしただけの内容だった。なるほど予習というのは大事だなと心にもないことを思う。確かに予習がないのとあるのとでは理解度が格段に違うけれど、だからといってこれからも予習をしようという気にはならないものだ。
    それにしても、とフェイスは会議室に集まった面々を見渡す。おそらく今回の事件を取り仕切っているであろうブラッドや、下手をすればエリオスの情報員よりもディープな情報を持っているビリーはいても何の不思議もない。けれど。

    「何か変なメンバーだな」
    「ちょっとDJ、口に出ちゃってるヨ」
    「あれ、ホント?」

    説明が終わって、誰もがひと息ついたところだった。フェイスのそんなひと言に「確かにな」と反応したのはノースのガストである。

    「いや、ビリーは分かるんだよ。情報持ってるだろうしな。でも、ちょっとルーキーが多くないか?」

    そうなのだ。今回召集されたメンバーは全部で七人。ブラッド、ビリー、フェイスの他に、サウスからはアキラが、ノースからはガストとヴィクターが。そしてイーストからはグレイが呼ばれたのである。
    確かに、要人の息子の護衛とテロ組織の捕縛を同時進行するという重大任務の割には、ルーキーが多い。
    とはいえ、ブラッドもヴィクターどちらもメジャーヒーローである。ルーキーたちだってプロとしての意識はあるはずだ。

    「何か問題が?」
    「いや、問題っていうか……そもそもなんで俺が呼ばれたのかも不思議というか」

    チラ、とガストの視線がアキラへと注がれる。自分もそうだが、アキラがいるということも不思議なのだろう。どんな子どもなのかは知らないが、金持ちの子ども相手だというのであれば、直情的なアキラよりも、穏やかで世話焼きのウィルの方が余程向いているように思えて仕方ないのだ。
    その視線を正しく汲み取ったらしいブラッドは「なるほど」と軽く頷いてみせる。

    「確かに選出理由を話しておいた方が、自分のやるべき事を明確にしやすい」

    約束の時間にはまだ少し時間がある、と前置いて、ブラッドは「まず、」とビリーに視線を向けた。

    「ガストも言ったように、ビリーは初めから参加させる予定だった。理由は勿論、独自の情報網を展開している点が大きい。それに、捕縛の際にはビリーの能力はかなり有用だ。外す理由がない」
    「ありがとうございマ~ス!」
    「次にグレイ。グレイはなるべくジョン・アスターの傍に付いていてもらう予定だ。グレイの能力はもしもの時には姿を隠すのに使ってもらう」
    「お子様に人気なスーパーヒーロージェイでも良かったんだけど、オイラとジェイが抜けたらアッシュパイセンとグレイが残っちゃうから、それは不味いなってなったんだよネ」

    なるほど、と思わず頷いてからガストはハッとグレイを向いた。

    「あっいや別に深い意味があって頷いた訳じゃないからな!?」
    「いえ、むしろ安心しました……」

    ほっと胸を撫で下ろしたグレイに気まずい視線を向けながらも、ガストは「それで」とブラッドに先を促した。
    ビリーの注釈は間違ってはいないものの、話が脱線してしまう恐れがある。なるべく黙っているようにと注意すべきか悩むが「言葉が足りない」とよく言われるブラッドにとっては、少々おしゃべり過ぎるビリーの注釈があって丁度いいくらいかもしれない。

    「ヴィクターは科学班と連携しつつ医療要員として同行してもらう。テロの計画書には爆弾の資料もあったそうだから、何かと役に立ってもらうことも多いだろう。それからアキラだが、連れて行けとうるさいのでな」
    「えっそんな理由!?」
    「おい!どういうことだよブラッド!!」

    そのあんまりな理由に、かつての不良コンビが同時に立ち上がった。片方は驚きで。そしてもう片方は憤りのあまりに、だ。

    「いやいや、ちゃんと理由あるでしょ」

    そんな中、ビリーが楽しげに言葉を発する。それには流石のブラッドも感心してしまう。
    相変わらずどれだけ細かいことまで情報を持っているのか。

    「今回船の上でパーティが開かれる。ウィルは水が苦手だったな?」
    「ああ、そういう……」
    「そしてこのパーティには、ガストとフェイス、お前たちにも参加してもらう」

    ここでようやく、ガストもフェイスも自分が呼ばれたことに納得がいったらしい。どこぞの金持ち主催の船上パーティなどあまり気は進まないが、慣れない人間が参加したところで上手く立ち回れるとも思えない。
    因みにそういう意味合いではアッシュを呼んでも良かったのだが、彼の団体行動に向かない性格は今回の任務には不向きとブラッドは判断した。

    「パーティは二日後、それまでは入れ替わりでジョン・アスターを護衛してもらう。ローテーションは決めておいたから各自確認をしておくように」

    配られた資料の最後、ローテーションの内容をそれぞれが確認している。アルバイトのシフト表を貰ったような心地がして変な気分だ。
    フェイスの近くに座っていたビリーが「あっ」と楽しそうな声を上げる。
    ーー分かってるよビリー、どうせ最後のローテーションを見たんでしょ。なんて、面倒臭い思いが積もりすぎて心の中で呟くに止めた。
    その、パーティ終了後の最後のローテーション。
    何事もなく、捕縛も無事終えられればビリーとふたりペアで子どものお守りが待っている。
    ラストになんて大仕事!と嘆きたい気持ちも飲み込んで、静かに資料を閉じた。
    今もまだ、コーヒーの苦い味が口の中に残っている。



    ひとまず顔合わせをせねばならない。
    ジョン・アスターとその父親であるジェームズ・アスターに挨拶をと、七人は同伴する数人の警察と共に屋敷を訪れた。
    現在は広い応接室に通されて、ジョンとジェームズを待っているところである。
    今回、常にジョンの身辺を警護するのは警察五名とローテーションを組んだヒーロー二名ずつである。主にヴィクターとグレイのペアが多いが、ブラッドの説明の通り彼らの能力のためだろう。
    霧で姿を隠すことのできるグレイと、ある程度柔軟に対応することのできる能力を持つヴィクター。それに、ジョンが怪我をした際には他の誰よりも早い応急処置ができるだろう。
    ヒーローより広い範囲で警備をする警察の顔も覚えてもらわねばならないからと大人数で屋敷に訪れたがしかし、たかだか十歳そこらの子どもが十人以上の顔を一度に覚えるのは無理がある。ガストがそんな疑問を零せば、す、と振り返ったビリーが「それがビックリ!ジョン少年には出来ちゃうんだよネ」と簡潔に答える。理由を聞けば「ギブミーマネー!」と金を請求されるものだから、ガストは苦笑しながら金額を訊ねた。流石はガスト・アドラー。太っ腹である。

    「瞬間記憶能力って知ってる?」
    「ああ、一度見たら覚えちまうっていう」
    「そう。まぁその能力が今回仇になったってところもあるんだけど、ジョン・アスターにはその能力があるみたいだネ!だからテロの計画書も一度見たら嫌でも覚えちゃうし、オイラたちの顔も完璧に記憶しちゃうと思うヨ!」
    「なるほど。たしかにそれはテロ組織にとっちゃ厄介だな」

    ふたりの会話を聞いていたブラッドがビリーの話に「因みに」と続ける。

    「その情報については現在調査中であり、口外は禁止としている。どこからの伝手で情報を得たかは知らないが、あまり口を軽くするなよ、ビリー。お前たちも」
    「はーい、分かってマース」
    「はは、勿論わかってるよ。リーダー」

    これも仕事の内なのだ。ビリーだって話していい相手かどうかくらいの判断は出来る。今は共有すべき情報だからと口を出したに過ぎない。
    情報はいつだって疑問から生まれるものだ。疑問があるからこそ、情報は高値で売れる。テロリストの誰かが「計画書を見られた」ことに対して子どもに脅威と「本当に脅威になり得るのか」という疑問を抱かない限り、ビリーの情報を得ようと接触はしてこないだろう。
    だがしかし、こうして実際に複数のヒーローが子どもの護衛としてやってきたのはいかがなものかと思わなくもない。たしかに、金持ちの子どもともなれば多くの護衛を付けて然るべきではある。それでも、普通のテロ組織がたかが子どもに計画書を見られたくらいでところで警戒するとは思えない。
    疑問を呈したのはヴィクターだ。テロ組織に知られていないのであれば、護衛は却って危ないのではないか。護衛することによって、子どもに何かあるということを示唆してしまわないのか、と。

    「その意見も一理ある。俺も初めはそう思ったんだが、ジェームズ・アスター殿のたっての希望でもある。何せ、テロの計画書はこの屋敷で見つかったんだ。テロリストの数人は屋敷の使用人として忍び込んでいたのは間違いないし、ジョン・アスターが計画書を発見したのは屋敷中に知れ渡っている。誰がテロリストかも判断できない中、跡取り息子を護衛もつけずに置いておくことは出来ないだろう」
    「それもそうですね」
    「そういえばその見つかった計画書ってどうしたんだ?」
    「アキラにしてはいい質問だな。俺が持っているが、見つかった以上計画に多少の変更はされているだろうが、大まかな流れは先程の会議で説明した通りだ」

    褒められたのかどうなのか微妙な言い回しに、複雑な顔をするアキラは「ふーん」と考えるようなポーズをとる。恐らく、あまりきちんと聞いていなかったせいで大まかな流れとやらを思い出せないのだろう。それにブラッドはため息を吐いた。

    「計画書によれば、実行は二日後の船上パーティでだ。今からの二日間でおそらく向こうはそれを修正してくる。その修正された情報を掴むのは難しいが、今更全てを変更することは出来ないだろう」
    「たとえば?」
    「たとえば……そうだな。テロリストの顔ぶれ、なんかは一日二日では変更できないはずだ。あと余程の伝手がないかぎり、爆弾の数もそうそう変えられるとは思えない」
    「ふーん」
    「相手は裏をかいて計画書通りに実行してくるかもしれない。まぁそんなバカはいないと思うがな」

    そう付け加えれば、アキラは「はーー!?」と叫んで頭をガシガシと掻きむしった。

    「ややこしいな!つまり計画書を信じたらダメってことでいいんだよな!?」
    「んんー、そうとも言えるしそうとも言えないカモ」
    「ビリー!お前情報屋だろ!何か知ってんじゃねーのかよ!」
    「ソーリー!俺っちもこれ以上詳しいことはよく分かんないんだよネ」

    アキラに肩を揺さぶられながらHAHAHAと笑えば「使えねー!」と吐き捨てられる。その様子に、ヴィクターはくすくすと笑いを漏らした。

    「また裏でコソコソしているんですか?」
    「ええー!何それヴィクターパイセンひどい!俺っちコソコソした記憶なんてないヨー」
    「よく言うよ」
    「DJまで!」

    ふぇーんと泣き真似をするビリーを、グレイだけが心配している。そんな様子に、緊張感のない事だ、とブラッドは口を挟んだ。

    「ビリーには変更されるであろう計画の情報入手も頼んでいる。まだ何も情報がなくても仕方ない」
    「そういうコト~」
    「随分信用してるんだな、このゴーグル野郎のこと」

    憮然としてそう言うアキラは、まるで兄弟で比較されてむくれる弟そのものだ。
    「お前も頼りにしている」という一言があれば良かったのだろうけれど、生憎ブラッドにはその一言が伝えるべき言葉として出てこない。周りから見れば一目瞭然だというのに、それが伝わらないのは本人たちばかりである。
    「そういうところだよ、」と言うこともできずに、フェイスはそっとふたりから視線を外した。自然その目はビリーを向いて、パチリとしっかり目が合う。
    弧を描く口元はいつも通りだ。けれど。
    光の反射でゴーグルの奥はあまりよく見えないが、何となくその目が笑っていないような気がして胸の内が小さくざわめいた。
    ーー情報以外に、何か隠し事をしているのではないだろうか。
    そう思えてならない。
    何を言うべきかも定まらないまま、フェイスはビリーに声をかけようとする。だがそれも、無遠慮に扉を開く音でかき消されてしまった。

    「ヒーローの皆さん、ようこそおいでくださいました」

    部屋に入ってきたのは、厳格そうな男とつり目がちな少年。それから秘書らしきインテリジェンスな眼鏡の男に、サングラスを掛けたいかにもボディーガードらしい男だ。
    恐らくはこの厳格そうな男がジェームズだろう。
    彼はブラッドに視線をやると、奥のソファへと席を勧めた。二人がけのソファへブラッドとヴィクターが腰を下ろせば、残りは皆彼らの後ろへと立つこととなる。
    二人が座ったのを確認して、ジェームズは彼らの向かいへと腰を下ろすとジョンを手前の一人がけのソファへと座らせた。

    「この子が私の息子、ジョン・アスターです」
    「ブラッド・ビームスです。よろしくお願いします」
    「……」
    「……?」

    ジェームズはそれ以上を語ろうとはしない。
    なぜ護衛を依頼したのか、息子について何か言うことはないのか。問おうにもどこまで踏み込んでいいかわからずに会話が止まる。
    するとそのタイミングを見計らってか、突然ジョンが立ち上がりヒーローたちに向かって吐き捨てるように言葉を投げつけた。

    「ジェイいないじゃん!なぁ父様、こんな奴らで本当に大丈夫なのかよ」
    「はぁ!?今何つったこの……」
    「ジョン……」
    「アキラ!」

    はぁ、とジェームズの呆れたようなため息と、ガストのアキラを諌める声が重なる。なるほどこれは前途多難そうだ、とブラッドは気持ちを入れ替えるように、ゆっくりとひとつ瞬きをした。背後では「やっぱりジェイの人気はスゴいネ!」とビリーが口笛を吹いている。

    「こういう子なんだ……どこで育て方を間違えたのか。すまない、悪い子ではないんだ」
    「いえ、ご子息はまだまだ遊びたい時期でしょう。礼儀や作法はこれから学んでいくべきことですので」
    「そう言って貰えると助かる」

    どうやら随分と苦労しているらしい。とにかくジェームズの方はこのあと会議があるらしく、早々に応接室を後にした。アッシュのような金持ちらしいーーこう言っては語弊があるだろうが、威張り散らした様子はなくその辺の親子と何ら変わりない至って普通の男に見えた。
    とは言え、アッシュだって金を目当てに媚びを売ってくる輩が嫌いなだけだ。そういう面々を追い払うためのパフォーマンスと思えば、寧ろジェームズは大丈夫なのかと心配してしまうほどに普通である。たしかに見た目は立派で厳しそうではあったけれど、ジョンの生意気加減を思えばそれなりに甘やかし可愛がっているだろうことが窺えた。

    「さてジョン。テロ組織からキミを守るためにいくつか質問に答えてもらいたい」
    「……」
    「ジョン?」
    「……ジェイは」

    とにかく情報を、と話しかけてみるが、ジョンはブラッドの質問には答えずに違う質問を投げかけてくる。よほどジェイがいないことが不服なのだろう。ヒーローが護衛に来ると聞いて、ジェイと信じて疑わなかった顔だ。正直すぎるほどに、落胆の色が見える。
    というか、落胆ならまだ可愛いものだった。

    「申し訳ないがジェイ・キッドマンは今回は不在だ」
    「なんで」
    「今回はこのメンバーが適任だと判断した」
    「ジェームズ・アスターの息子の僕が危ないっていうのに?」
    「だからこそ、ヒーローを七人もキミの護衛につけた。不服か?」
    「だってお前らジェイじゃないじゃん!」

    これは何を言ってもダメそうだ、と背後でガストが肩をすくめる。隣に立つビリーが「ごめんネジョン少年!」と軽い口調で謝ってみせる。するとジョンはキッとビリーを睨みつけ「お前だよ!」と指差し声を上げた。

    「話してる時お前らのこと観察してたけど、お前がいちばん信用ならない」
    「え、なんで!?」
    「目を隠してるやつはきっと何か隠してるに違いない!」
    「アハ、意外と鋭いんじゃない?」
    「ええー!DJほんと今日酷いネ!でもでも確かに……」

    言いながら、ビリーは空中から魔法みたいにキャンディやガムを取り出してみせる。
    それをひとつ口に放り込んで「隠してないとは言わないヨ」と楽しそうに答えた。凄い凄いとガストやグレイが笑う中、ジョンだけがイライラとその様子を見つめている。キャンディがひとつふたつと出てきたところまでは、ジョンも呆気にとられたものだ。けれど、みっつめが出てきた途端、はぐらかされたことに気がついて思わず舌を打つ。やはり胡散臭くて怪しい男だ。一芸で注意を逸らし話題を変えるなど何がやましい事があるに違いない。そう思わざるを得ない行動。

    「おい!こんな奴信用できるのか!?」

    この中では一番偉いのだろうブラッドへと申し立てるが、それに対する答えは「問題ない」とそれだけだった。
    絶対に騙されている。ジョンは何の根拠もなしにそう確信する。メンバーの入れ替えが出来ないのであれば、自分で暴くだけだ。そう判断しジョンは不服ながらも彼らの護衛を受け入れることにしたのだった。

    明日は学校だが、今日は何も無い。
    ーーそうだ、護衛をうんと困らせてやろう。
    そう決めたジョンは早速ヒーローたちに笑顔を向ける。先程とは一変したその表情に、誰もが訝しげな視線を向けた。

    「折角だから、屋敷を案内してやるよ」

    ◇◇

    カツカツと靴底が音を立てる。
    一階にある応接室を出て右に折れれば、庭に出るための通路まで、大理石で出来た廊下が続いている。
    ジョンの後ろを行くのはアキラだ。大きな屋敷にワクワクしているらしい。物珍しそうにあちこちに視線をめぐらせては「うおお!」とか「なんだアレ」などと騒ぎ立てている。その様子を、アキラのすぐ後ろからガストが微笑ましそうに見ている。時にはジョンと一緒に説明をしたり、フェイスたちに話を振るなどして、和の中心を取り持っていた。
    そしてその後ろに並ぶのはグレイ、ビリー、フェイスの三人だ。子どもには好かれやすい方だと言うのになぜこれほど警戒されているのか。ビリーは「むむぅ」と唸りながら原因を考える。

    「そもそもあんまり人を信用してないのかもね」
    「DJ?」
    「あれ、違った?あの子との接し方で悩んでるのかなって思ったんだけど」
    「Hmm……DJは名探偵だネ」

    言うなり、ビリーはフェイスの意見を復唱して頷いた。
    確かにそうかも、というような顔だ。瞬間記憶能力などという能力があるならば、これまで奇異の目に晒されてきたかもしれないし、良くない輩に絡まれたりすることがあったかもしれない。
    今だって、屋敷を案内してくれるというジョンの後に付いているけれど、会話なんてほとんどないし能力の話だってひとことも出てこない。
    このくらいの子どもならば、簡単に話してくるのではとフェイス自信は思っていたけれど、そう単純なことではなさそうだった。
    思っているより根深い問題なのかもしれない。
    瞬間記憶能力を持つという特殊さは。

    「んで?今からどこ行くんだよ」

    ひとしきり騒いだアキラがジョンへと問いかける。庭に通じる通路の手前まで来たジョンは「ここ」と目の前の階段を指さした。
    掃除はされているが、どうやらあまり使われていないらしい。立派でありながらどこか古ぼけていて、まだ昼間だと言うのに全体的に薄暗い印象がある。階段としての存在感もそれほどないそこは、光の強い庭のすぐ側にあるせいかうっかり見落としてしまいそうだ。

    「ここを上がってすぐの部屋に、僕がテロの計画書を見つけた部屋がある」
    「お、おお……?」
    「お父さんが、お前らが着いたら案内しろって言ってた。だから連れてきた。それだけ」

    アキラたちはお互い顔を見合わせる。それだけ、ということはないだろう。結局何をしろと言われているのか、なんて分かりきっている。けれど言葉が足りてなさすぎるし明らかに不用心だ。本当はもう少し、何かあったのだろうけれど。

    「つまり、好きに調べていいってコト?」
    「……」
    「沈黙は肯定、だよネ!」

    情報収集が趣味のようなビリーである。あれやこれやと注文をつけられないのなら、これほどやりやすいことはない。むすっとした態度のままにジョンが階段に足を掛ける。辿り着いた階上の目の前の扉を開けば、そこにあったのは大量の本といくつかの椅子が置いてあるだけの小さな図書室だった。
    そこでジョンはルーキーたちを振り返る。面倒そうに伏せていた視線を上げて、彼らを鋭く見据え、言った。

    「お前らがヒーローとして相応しいか、僕がチェックしてやる」

    窓から射し込む光の筋の中を、キラキラとほこりが舞い遊ぶ。掃除はされている。けれどどこか埃っぽい。
    チェック、なんて大袈裟だ。詳細は相変わらず言わないが、どうせここで他の情報を探せ、とか何とか言うのだろう。
    楽しそうなビリーの隣で、フェイスは面倒臭そうにため息を吐いた。
    ーーそれにしても、情報を漁って追加の情報が得られなければ、もしやヒーローと認められないのだろうか。

    「ん~?チェックだとか相応しいとかわかんねーけど、とにかく情報を探せばいいんだろ!?じっとしてても仕方ねぇ!やるぞ!」
    「だな。アキラのそういうところ、いいと思うぜ」
    「単純だよね、ほんと」
    「喧嘩売ってんのか!?」
    「褒めてるんだよ」

    とにかくやるしかないと、アキラを筆頭にそれぞれが図書室の中に散っていく。テロの計画書はともかくとして、ビリーは図書室や本が嫌いではない。ネットには虚偽の情報も多いけれど、本は再編集が容易でない分、真実が覆されない限り確実な情報であるものが多い。
    情報の宝庫である本は片っ端から読んでも足りないほどの知識をビリーに与えてくれる。

    「The best place to hide a leaf is in a forestってやつだよネ」

    テロの計画書は紙で、どこかの本に挟まっていたのだろう。それほど大きな図書室ではないとはいえ、この中からピンポイントに計画書を発見するなど大した運というか、必然の偶然というか。
    他の様子はと言えば、片っ端から本を開いていくアキラに、何か考えでもあるのかランダムに本を手に取り確かめるガスト。グレイはウロウロと面白そうな本を探しているような顔をしているし、それからフェイスはーー。
    そう視線を巡らせようとして、いつの間にか隣に来ていたらしいフェイスに気付き、ビリーは少し驚いた。
    「DJ」と呼んでみれば、フェイスは「わかってるんでしょ」と視線も合わさず零す。目の前の本に指を差し込んで、引き抜いた。掃除しきれていない僅かなほこりが舞う中で、読む気もないのにページを開く。

    「どうせ警察が入って全部調べてる」
    「だろうネ」
    「今更探したって、何かが見つかるわけがない」
    「そうだネ」
    「……時間の無駄じゃない?」
    「んー、そうだネ。いや、そうでもないヨ」

    言って、ビリーはフェイスと同じように目の前の本を手に取った。その視線はゴーグルに隠れて分からない。けれど本を見ていないことは確実だ。

    「チェックされてるんだから、少なくともジョン少年にとっては無駄じゃないデショ」
    「チェックね」
    「今は少年がオイラたちを審査中~アキラっちのことはそれなりに信用してそうだよネ。裏表がなくて信用できるって思ってそう」
    「ガストは?」
    「アキラっちよりも落ち着いてるし、頼れそうとかカナ?」
    「それで、キミは要注意人物」
    「そんな俺っちと仲良くしてるDJも要注意人物だよネ!」

    ヘラリと笑って、ビリーは本を棚へと戻した。万一ここで追加の情報を手に入れたとしても、それを出せばむしろ疑いの目がかけられる。我武者羅で真っ直ぐなアキラや彼と親しいガストが見つけなけれな意味の無いことだ。ここでビリーやフェイスの出来ることと言えば、精々大人しく本を読んでいることくらいだろう。

    「ああ、ちなみにグレイは?」
    「え?グレイ?そうだナ~……よくわかんないやつって感じじゃない?」

    何せまだマトモに喋っている姿を見ていない上に、他のヒーローと会話をしている場面もほとんどない。
    そんな中で背中に感じるジョンからの視線の圧が、ビリーの疑問を確信へと変えていく。
    疑われているーーそれはつまり、テロリストが確実にどこかでジョンを見ているということ。
    まさか派遣されてきたヒーローまで疑うなんて、

    「少年の闇は深そうだなぁ」
    「ビリー?」
    「ンフフ、何でもない」

    タイミングよくポケットの中のスマートフォンが振動する。着信画面を見て、ふとビリーは口角を上げた。

    「お仕事の時間だからちょっと行ってくるヨ」
    「え?仕事って……」
    「パイセンたちからは許可いただいてマース!言ってたデショ。オイラ情報収集要員だから、個人行動許可されてるの」

    「それじゃまたネ、ベスティ」とキスを投げて寄こしてくるビリーを半ば呆然と見送った。確かにそういえばと、護衛のローテーションのシフトを思い出す。ビリーの名前はパーティ後のフェイスとのペア以外にはなかったかもしれない。
    ジョンに視線を向ければ、案の定不審そうに眉を顰めてビリーの後ろ姿を見ている。
    フェイスはやれやれと手にしていた本を空いた隙間に押し込めた。そこでふとあることに気が付く。

    「あれ」

    思わず声に出たその音は小さく、誰にも気付かれてはいないようだ。違和感は、僅かな暗闇。西側に付けられている高窓からは、時間帯もあってか強い光が落ちてきている。本が焼けるほどではないし、それほど問題があるわけではないけれど、どうしてか全くその光が届かない場所があることに気がついてしまった。
    数歩右にズレれば、先程までビリーが立っていた場所になる。そこがやけに暗く見えて、フェイスは訝しげに歩を進めた。
    立ってみたそこは、ズン、と闇が落ちるような暗さがあった。上を見ればちょうど窓の光がかき消されるような壁棚があって、ある区画を意図的に影にしているのだと分かる。

    何か意味でもあるのだろうか。
    フェイスは先程までビリーが見ていた本をまず手に取った。パラパラと捲るが至って普通の、何の変哲もない本である。
    考えすぎか、と本を閉じて少し思考する。
    こう暗くては、本を読むにも移動せねばならない。普通であれば、明るい場所まで移動するだろう。窓は西側。朝から夜までここに光が当たることはまずない。つまりあれは、意図的に取り付けられた棚に違いない。
    フェイスは考える。すでに警察が調べていると考えるなら、全ての本はもちろん、本棚も、床や壁、天井だって確認済みだろう。
    あと確かめていないもの。ビリーが呟いたのを覚えている。木の葉を隠すなら森の中。深い闇に隠すなら、それは。
    指を滑らせたのは本棚奥の壁。不自然ながたつきに、スマートフォンの光を当てた。そこには一冊の本の名前が乱雑に削り記されている。

    「ーービリーがさっきまで持ってた本か……」

    フェイスは再びその本を開くけれど、何かそれらしい情報があるとは思えない。暗号化でもされているのかと、逆さにしたり後ろから読んだりしたけれど、特に何かが見つかるわけでもなかった。
    ほんの少し、本当に少しだけワクワクしていた気持ちを自覚する。何か見つかれば面白いのに、と期待していた分、落胆が闇と一緒にフェイスの影を飲み込んだ。それと同時に、そう簡単にはいかないかと納得する自分もいる。
    「あーあ」と自嘲気味に笑って本を棚へと戻した。こういうのは自分の領分ではない。大人しく音楽でも聞いていようかと壁際にある囁かな読書机へと向かった。途中、一番奥で本を見ていたグレイが蹲っているのに気が付く。無視したって別になんの問題もないのだけれど、ほんの数秒立ち止まってから、彼の元へと方向を変えた。
    どうかしたのかと訊ねれば、少し目眩がするのだという。

    「立てる?」
    「う、うん。ありがとうフェイスくん……」
    「いいから。少し外に出よう」

    高い位置まで聳え立つような本の山。上を向いたり下を向いたりキョロキョロと視線を動かしていれば、目眩に襲われるなんてこともあるだろう。
    ワイワイと楽しそうに、けれども全力で本を調べるアキラの側を通り抜ける。途中ガストに「グレイが目眩がするらしいから」と断りを入れて、図書室を出た。ジョンの隣を通り抜ける時に「三人失格」と囁かれたのは気の所為ではないだろう。
    フェイスはやれやれと笑いを漏らす。失格、と言われても、任務を撤回というわけにもいくまい。ジョンにどれほどの権限があるかは知らないが、大したミスもしていないのに護衛を外されるなんてまず有り得ない。まぁ、フェイスとしては自由が戻ってくるので万々歳ではあるのだけれど。



    「それで、何か見付かったの?」

    ヴィクターにグレイを任せ、フェイスは悠々と応接室で音楽を楽しむ。程なくして帰ってきたガストとアキラに訊ねれば、フェイスの予想通り何も見付からなかったと不服そうに漏らした。
    ジョンはといえば、彼らの間に挟まれて「ヒーローってのも大したことないな」と憎まれ口を叩いている。そもそもこういう事はヒーローの仕事ではなく警察の仕事なので、無能さを語るのならば完全に筋違いなのだが。

    「あのゴーグルは?」

    ジョンが例の要注意人物がいないことに気がついたらしい。フェイスは肩を竦めて「お仕事」とだけ返してみせた。するとジョンではなくアキラがやけに大袈裟に反応する。

    「仕事ってなんだよ、任務中だぞ!」
    「まぁ、ビリーだし」
    「理由になってねーだろ!さてはサボりだな!?」
    「……そう言われてみれば、ビリーがサボってるのアカデミー時代にしか見たことないかも」

    授業を一緒にサボることは確かにあった。けれどそれ以外でのビリーは、常に忙しく動いていた印象がある。今もそうだ。もはや趣味と呼べる情報収集癖のせいで休憩時間でさえ情報屋の仕事をしている。勤勉、とは少し違うけれど、あれで与えられた仕事はきちんとこなす男だ。お金が出る限り。

    「まぁ心配しなくてもちゃんと仕事はする子だから。いちいち気にしてたらイライラして損するよ」
    「うぐぐ……」
    「はは、アキラの良い所も悪い所も真っ直ぐすぎるところだな」

    ガストの軽快な笑いが心地よく響く。
    それにしたってビリーは一体どこへ仕事に向かったというのか。今回の件で、外部から仕入れられる情報があるとは思えない。どんな伝手があって、どういう情報を動かしているのか。
    相変わらずビリーに関する全てが不明だけれど、それでも大丈夫だと思ってしまうのはアカデミー時代からの知人である名残なのか、それとも。

    「単に、信用したいだけなのかも」

    ぽつりと呟いた言葉がすっと胸の内に馴染む。その感覚に戸惑って、フェイスはほんの少しだけ眉を顰めた。

    「新しい情報が入った」

    突然開かれた扉にピクリとフェイスの肩が跳ねる。アキラやガスト、それにジョンも突然の来訪者に視線が扉の方へと向いた。
    そんな彼らに構うことなく、来訪者ーーブラッドは後方にビリーを伴って資料をテーブルへと並べる。
    どこに行ってたんだよ、と言わんばかりの視線がビリーへと向けられる。視線の主はもちろんジョンだ。
    そんな視線にも構うことなく、ビリーはいつも通り飄々とルーキーたちの輪に戻った。応接のソファに座ったままのフェイスの隣に腰を下ろして「あれ、グレイは?」と誰ともなしに問いかける。

    「目眩がするからって少し休んでるよ」
    「ふーん、そっか」
    「呼んでくる?」

    フェイスのその問いに答えたのは、ビリーではなくブラッドだった。

    「いや、いい。ビリー、またあとで説明してやってくれ」
    「Gotcha!」
    「何かビリー、秘書みたい」
    「秘書って!」

    何故かツボに入ったらしいビリーが、大口を開けて笑い始める。実際、オスカーが近くにいない今、確かにブラッドとしては助かってはいるだろう。だが、それにしても秘書とはよく言ったものだ。オスカーが聞けば悔しがるに違いない。

    「そんな大したもんじゃないヨ~」

    ようやく笑いの収まったらしいビリーが、ペラ、と資料を捲る。そろそろ始めようという合図だ。ブラッドもそれに頷いて資料の説明を始める。そこに並べられた情報の数々に、誰もが驚き目を瞠った。
    「これ……」と呟いたのは誰だったか。分かりやすく目に付いた資料には、九人の顔写真が載っている。

    「テロリストの手配写真だ」

    予想はしていたものの、一体どうやってそんなものをと室内が俄に騒がしくなる。写されている写真は、どれも比較的近い距離から撮影されたものだ。画質もそれほど悪くない。
    いくらエリオスの情報班ーー司令部が優秀であったとしても、こんなものをそう簡単に手に入れられるはずが無い。ならば答えはひとつしかない。

    「ビリー、これどうやって手に入れたの?」
    「さあ、流石の僕ちんにもわかんないんだよネ」
    「ふーん、そう」

    そうは言うけれど、こんなギリギリの情報を掴んでくるなんてビリー以外に有り得ない。
    それにしたってこんな情報を開示させるとは、ブラッドは一体どれほどの金を積んだのか。はたまたビリーの欲しがる情報を提供したのか。
    テロリストの顔写真をジョンが訝しげに覗き込んでいる。文句のひとつでも言おうとしているのかもしれない。粗探しをするようにじぃと真剣な目で眺め続けている。

    「とにかく、テロリストはこの九人だよ。何となくでいいから覚えてネ!」

    なかなか無茶なことを言うビリーに文句を言おうとして、フェイスははたと気が付く。ガストも同じことを思ったらしい。ビリーの言わんとしていることに気がついて、同時にビリーへと視線を向けた。そこでお互いばっちり目が合って、そのまま揃ってジョンへと顔を向ける。
    ーー瞬間記憶能力。
    なるほど、彼が覚えているならば心強い。
    ローテーションを組んだように、護衛というからには結局誰かしらは彼の傍にいることになるのだ。ならばこの九人のテロリストの内、誰か一人でも見つけられればきっと彼が反応するだろう。
    その考えは正解らしい。アキラは未だ唸りながらジョンと一緒に顔写真と睨めっこをしているが、その説明は後回しにすることにする。

    「こちらが今後の詳しい内容だ。明日はローテーション通り、午前中はガストとアキラで護衛を担当。午後からはグレイとフェイス、それからガストは引き続き護衛を頼む」
    「了解」
    「りょーかい」
    「あれ、オレは午後から何をしたらいいんだ?」

    確かに、ガストはそのまま護衛任務続行となるが、アキラは一旦解放となる。ブラッドは「ああ」と頷いて言った。

    「屋敷の掃除をする」
    「は?」
    「オイラも一緒にするヨ~」

    ビリーの陽気な声が場違いな空間に響く。屋敷の掃除、とはこれまたどうして。ヒーローの仕事ではないだろう。アキラの納得いかないという表情にも、ブラッドが何かを言うことはない。ひとまずこの話は終わりだと、次の資料へと手を伸ばすが、アキラはここで黙る男ではない。事実、フェイスやガストも「なぜ掃除を」という視線でブラッドやビリーを見ている。
    それでもブラッドは一切を無視して次の資料へと話題を移らせた。

    「今回のテロリストたちの動機だが……」
    「おい待てよなんで掃除なんだよ!」
    「どうやらイクリプス派、というものがあるらしい。その団体の過激派が出てきたようだ」
    「おいコラ無視すんな!」
    「イクリプス派?なにそれ」
    「単純に、アンチヒーローと言った方がわかりやすいかもしれんな」
    「聞けよ!!」

    バァンと机を両手で思い切り叩く。その大きな音に、嫌そうな顔で耳を塞いだのはビームス兄弟だ。普段他人行儀なくせに、こういう時はやたらと行動が似ている。

    「アキラっちアキラっち」
    「なんだよ!」
    「明日の掃除はね、多分アキラっちも楽しいと思うんだよネ~」

    どういうことだ?と訝しげなアキラに、ビリーは意味ありげに笑う。それを見たフェイスが「うわ」と嫌そうな声を発して、けれどそれ以上は何も言わなかった。きっとその掃除とやらは、ろくでもない内容に違いない。掃除担当でなかったとしみじみ思う。
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    related works

    れんこん

    DONEビリーが居なくなってしまった話。
    未来ごりごり捏造しています。
    すっかり慣れ親しんでしまったタワー。
    最早実家よりも馴染んでしまうくらいになったそこでの生活。
    パトロールが終わって、後は眠るだけの時間。
    ……今日は夜から出掛けるのはやめよう。

    昔程は毎日のように夜遊びという無茶はしない。
    まぁ頻度がほんの少し減っただけ。特に大きくも変わらない。相変わらず女の子からの連絡は沢山くるしね、むしろ昔よりさらに増えたくらい。
    理由と言えば、少しだけ明日のヒーロー活動のために睡眠を取らなきゃいけないかな、なんて思った時だけ眠るようにしている。
    今日の理由はほんのちょっと、違うけれど。


    最早見慣れてしまった街でパトロールをしていた。
    ただいつもと変わらないその日常で、今日は背景のひとつだったキャンディショップが目に入った。綺麗にまるで花束みたいにラッピングされたロリポップが明るいオレンジ色のリボンで纏められて。恐らく誰かへのプレゼント用か、ただのディスプレイなのか。わからないけど。
    あの時渡したそれにすごく似ていたな、なんて思ったらぽっかり空いていた穴みたいなものに久しぶりに引き摺り込まれてしまったような感覚に陥った。ずっと、その気持ちにわざと知らぬフリ 4821

    れんこん

    DONE第二回ベスティ♡ワンライ
    カプ無しベスティ小話
    お題「同級生」
    「はぁ……。」
    「んんん? DJどうしたの?なんだかお疲れじゃない?」

    いつもの談話室でいつも以上に気怠そうにしている色男と出会う。その装いは私服で、この深夜帯……多分つい先ほどまで遊び歩いていたんだろう。その点を揶揄うように指摘すると、自分も同じようなもんでしょ、とため息をつかれて、さすがベスティ!とお決まりのような合言葉を返す。
    今日は情報収集は少し早めに切り上げて帰ってきたつもりが、日付の変わる頃になってしまった。
    別に目の前のベスティと同じ時間帯に鉢合わせるように狙ったつもりは特に無かったけれど、こういう風にタイミングがかち合うのは実は結構昔からのこと。

    「うわ、なんだかお酒くさい?」
    「……やっぱり解る?目の前で女の子達が喧嘩しちゃって……。」
    「それでお酒ひっかけられちゃったの?災難だったネ〜。」

    本当に。迷惑だよね、なんて心底面倒そうに言う男は、実は自分がそのもっともな元凶になる行動や発言をしてしまっているというのに気づいてるのかいないのか。気怠げな風でいて、いつ見ても端正なその容姿と思わせぶりな態度はいつだって人を惹きつけてしまう。
    どうも、愚痴のようにこぼされる 2767

    れんこん

    DONE第13回ベスティワンドロ用
    お題「祈り」「未来」
    未来捏造のベスティ(notカプ)のお話。
     まるで絵の具をこぼしたみたいな真っ青に塗り込められた雲ひとつない空に、正反対のオレンジ色が映える。
     そこそこ強い風にその髪の毛が煽られて、太陽の光を受けてきらりきらりと光った。


    「……いいの?」

     その相変わらず若干細っこい背中に声をかける。
     すると、その肩が少しだけぴくりと動いて、でもこちらを振り返らずに、ただ青い空を見つめたままだった。

    「いいの。」

     ふ、と一息ついたかと思うと、ビリーの手からぽんぽんといつもみたいに花が溢れ出る。赤、青、黄、白、紫、橙……色とりどりの花には共通点もなんにもなくて、ただ持っていた全ての花をそのまますべて出したというのが正しいのかもしれない。
     その花は強い風に吹かれて花弁になって散っていく。その様は、きれいで、そして寂しい。

     彼と出会って何年経ったろう。
    アカデミーの頃まで含めると、多分最早腐れ縁だねと言えてしまうくらいの年月。
     それなのに噂だけでしか知らなかった彼の父親の葬儀に呼ばれたのは少し意外だった。
     元々重病だったのに、余命宣告よりもずっとずっと長生きしてくれたんだヨ、とぽつりぽつりと聞いたことないトーンでビリーが喋 3822

    れんこん

    DONEアカデミー時代ベスティ
    出会い捏造のお話です。
    『こんなことも出来ないのか?お兄さんのブラッドはー…』

    『フェイスくん、カッコいい、全部好き!』

    『…ー兄弟なら、お前も優秀なはずじゃねーの?』

    『ねぇ、私と付き合ってよ、』



    頭の中に交互に響くのは自分への否定と肯定の言葉。いろんなものがごちゃ混ぜになった地面のない世界のど真ん中に放り出されたみたいな心地がして、びくりと体を震わせて目が覚める。
    ……うたた寝ってろくな夢を見ない。
    なんとなく蒸し暑くなってきたから、校舎の隅の木陰で横になっていたけれど、失敗した。
    陰で水分を含んだ芝が制服を湿っぽくして、まるで今の俺の状態を仲間と認めて誘ってくるような。……やだな。
    でもそれでもサボっていた授業に戻ろうなんて気も起きなくて。かといって自分と違ってやる気のあるヒーロー志望の子と同室の寮に戻る気だって起きない。
    好きと嫌いの感情のマーブルチョコは今は受け付けられなくて、女の子に会って気晴らしをしようという気にもならない。
    この無駄にただイライラと……いや、しゅんと落ち込んでいくような気持ちを抱いている時間が無駄だというのはわかっている。

    ……こういう時には音楽を聴くのが良い。
    4895

    れんこん

    DONE第7回ベスティワンドロ用
    バレンタインイベ、カドスト等を踏まえたお話。
    not カプ
    ハッピーバースデー&バレンタイン

     ここ数日で山のように贈られたその言葉と気持ちに、珍しくちょっと流されてうわついて。

    「……。」

     なんとなく目が覚めてふわふわと浮くような腹のあたりを触る。
    むず痒いような、でも嫌じゃない感覚に、なんとなく高揚させられているのも混じっている。
     ……いろんなことがあったから、かな。

     まだ、日付の変わる手前の時間。
    LOMからの外出続き、祝われ倒しのパーティ続きでさすがに疲れ果てて、帰り着いた途端眠っていたらしい。同室のおチビちゃんはもうおねむの時間だから、隣からすやすやと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

     ……いつもガミガミと口うるさいのは変わらないのに、なんだかんだパーティでは生演奏を披露してくれた。パーティのための準備もみんなで考え尽くしたらしい。その時のことを思い出すとまた胃のあたりがふわりとして、ふふ、と口元につい笑みが浮かぶ。……こんな感覚は初めてかも。らしくないけど、たまにはいいよね。
     自分が上機嫌なのを客観的に感じて面白くなっていく。

     ……でも、なんとなく何か変な感じがする。
    ふわふわの中にお腹が空いたような変な感 5277

    れんこん

    DONE第16回ベスティ♡ワンドロ用
    お題「部屋」
    グレイから見たベスティのお話
    ※ビリー出てきません
     ちいさく、キラキラ光るガラス瓶。
    複雑な形にカットされたそれは、ハートの形状を形作っていて、その表面は光が反射しやすくなるようにさらに細工が入っている。
    蓋は黒くシンプルで、根本には濃いピンク色のリボンが巻かれていた。
     中に入っている液体は何色なんだろう。ガラス瓶の色なのか中身の色なのか、隣のスペースからは判別できない。

     わりとナチュラルなテイストで纏められたビリーくんの部屋には少しだけ不釣り合いに思えるような……というか、まるで女の子の持ち物のようなそれが、つい目に入ってくる。
     きっちりと本が並べられたデスクの上にちょん、と置いてあるそれの隣にはなにか小さな音楽プレーヤーみたいなもの。これも、濃いピンク色。ハッキリと存在を主張するそれになんだか動揺して、見なければいいのに目がチラチラとデスクの方に向く。……ううん、友達って……、難しい。


    「ビリー、いる?」
    「ヒィッ!?」
    「……っ!?」

     突然ぱしゅんと音がして部屋の扉が開いて、突然の訪問者にびくっと背中を震わせてしまった。
     なんとなく気になって仕事で留守にしているビリーくんの部屋を勝手に覗いていたから、そのやまし 4368

    れんこん

    DONE第14回ベスティ♡ワンドロ用
    お題「契約」
    フェイビリ風味です
    こ難しく短い眉を寄せたり、緩く特徴的なカーブを描く唇に当てられた手袋越しの指がトントンとそこを叩いて、何かに悩むような考えてるような素振り。スマホを何度かスクロールして、なにかを見つけたのか、寄せられていた眉が緩んで、口角も緩んだ。
    同じような光景は今まで視界の隅で何度も見てきたような気がするけれど、改めてその様子をまじまじと見つめると、なるほど、ゴーグルをして謎めいてわからない印象を抱いていたけれど、案外その表情も、醸し出す空気すら、わりと豊か。

    「ふ〜……、って、なぁにDJ〜〜!?こないだからオイラの顔見過ぎじゃな〜い?……さては〜、今更俺っちに惚れちゃった!?」
    「まさか。……アハ、もしそうだったらどうするの。」
    「エ〜!?絶世のイケメンに言われちゃ考えちゃうナ〜♡」
    「はいはいっと。せめてゴーグル外してから言ったら?」
    「ンッフッフ、ゴーグルの下はベスティ♡にはトクベツ価格でご案内シマース♡」
    「……アハ。」

    ビリーは、変わった。
    今見ていたのもただただ金を巻き上げるためだけの情報でなく、誰かを喜ばせる為の下調べ。おおよそ……、前話していたジェイの子供のことだろうか。謎の胡 3408