徒花に恋う 歯牙にかけるどころか、路傍の石ほどにも意識はなかったのだ。
なのに。
「──────、ッ」
宙を游ぐ、白い手足。靡く黒髪。
空高く溶け込む歌声の響きに合わせて拡がる柔らかな呪力に、知らず、息を呑む。
…………綺麗だと、女に見惚れたのは、それが初めてのことだった。
お疲れ様でしたと、どことなく平坦に間延びした同期の声が聞こえる。
「センパイの術式、初めて見ました。あんな感じなんですねえ。ていうか歌、めっちゃ上手くないです?」
今度カラオケ行きましょうよ、と誘う硝子に彼女は少し複雑そうな顔をして、「ごめんね」と断った。
「普段は歌わないようにしてるの」
「あー……縛りですか」
「うん。ちょっとでも効力上げたくて────おい、そこの馬鹿共。何よその顔は」
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