白い恋 最後、あの馬鹿が、私に触れたのはいつだったか。
「……。歌姫」
「見てない」
「……」
「何も、見てない。あんたのことなんて知らない。……だから、もうちょっと、このままでいさせてよ」
「…………」
ごつごつと角の立つ骨と見かけによらず分厚い筋肉の感触に、胸に抱き込んだ白い頭の髪の硬さ、強く抱き込むあまりにずれたサングラスがかちゃりと音を立てて綺麗な鼻筋に食い込んで、痛い、と薄っぺらな低音でぼやきながらも痛いくらいに抱き返されたこと、全部、はっきり覚えている。
あれからもう、十年は、疾うに過ぎた。
──────昨日のことのように全てが鮮明に思い出せるのは、きっと、今のあいつがどんな姿形でいるのかを何一つ知らないままでいるからだ。
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