悪魔は意外にも過保護なのか 放課後、俺はウキウキしながら新聞部へと向かった。
今日は制服を着崩さずにきちんと着ている。きちんとした服装をすると、心なしか背筋もしゃきっと伸びるような気持ちがする。普段は面倒な制服のネクタイもキレイに締めている。
コンコンコン
ノックを三回。中からメフィストの返事が聞こえる。俺はうやうやしくドアを開けて部室に入った。
「どうしたんだ? 今日はやけに礼儀正しいな」
礼儀正しいことは良いことのはずだが、普段と様子の違う俺にメフィストは身構えた。
「いやだなぁ、そんな顔で見ないでよ。何も企んでないからさ」
俺は苦笑いを浮かべる。そして、奥のデスクでパソコンに向かうメフィストのそばに颯爽と近づき、胸を張って自分のネクタイを指差した。
「ほら、見て!」
ネクタイの結び目の少し下にブローチがある。ゴールドで楕円形をしたフレームの真ん中にペリドットのようなライトグリーンの宝石がキラキラと輝いている。
「RADの近くに来てた露店で買ったんだけど、なかなかいいでしょ? メフィストともお揃いみたいなイメージで」
最後の方は少し照れ臭くて早口になってしまった。
露店に並ぶアクセサリーのなかで、ひと目見た時から、これだと思った。直感だけでもカッコイイなと思ったのだが、よくよく考えると、形はメフィストがいつも着けているブローチと少し似ていたし、宝石の色はメフィストの瞳の色だった。
館に帰り、きっちりと締めたネクタイの上にブローチを留めると、なんだかそこだけぽうっと温かく熱を持ったようで、得意げな気持ちになった。
概念。レヴィならきっとそう言うだろうな。
「町の露店だと……?」
メフィストはゆらりと椅子から立ち上がる。俺に促されるままにチラリとネクタイを見た途端、顔色が変わったのが分かった。スッとすまして余裕ぶったいつもの表情は一瞬で掻き消え、瞳孔の開いた瞳でこちらを睨みつけた。その瞳には光はなく、深淵のような闇しか見えない。迸る魔力がピリピリと空気を震わせて、俺はその圧力に押されて思わず一歩後ずさる。
メフィストがこちらに一歩近づき手を振り上げた。次の瞬間、ブローチはもぎ取られるように弾け飛ぶと、メフィストの握り拳の中で黒い炎となって無に消えた。
(えっ……嘘だろ)
黒い炎は呪いの象徴である。
「危ないだろう」
メフィストが俺を見る。顔も態度もいつものメフィストに戻っていた。
「ここは魔界だぞ。人間風情が気軽に買い物など楽しめると思うな。特に、アクセサリーなどは元々は呪具の一種だ。町の怪しい露天商から買うなんて、お前呪われたいのか」
「ご、ごめん。呪いの力が微弱過ぎて俺には気づけなかったみたい。……ありがとう」
ブローチを着けた時に胸がぽうっと熱くなったのは推しの概念ではなく呪いの力だったのだろうか。今のところ、心身ともに何の異常もないので、すでに呪いの期限が切れ効力を失った物なのかもしれない。しかし、微弱な力とはいえ、何も気づかずにウキウキと舞い上がっていた自分が恥ずかしい。
「魔術師の弟子だか執行部見習いだか何だか知らんが、こんな呪いの気配も見破れすによくこれまで無事に生きてこれたな」
眉を顰めたメフィストがため息をついて心底俺を見下した目線をくれる。俺は小さく縮こまる。
「……だが、センスは悪くないな」
縮こまっている俺の正面に立ち、両肩をポンポンと叩きながらメフィストが言った。そして、背筋をまっすぐ伸ばすように促すと、自分の着けていたブローチをはずして俺のネクタイに着けた。
「これが気に入っていたんだろう」
「えっ……」
メフィストは満遍の笑顔を見せた。
「さっきのブローチは残念だったな。悪いことはしていないが、悪いことをした。代わりにそれを着けておけ」
いや、そういう意味ではなかったんだけど。
「これ、もらっていいの」
「くれてやるとは言ってない。新しいものを買うまでの間は着けておけ、ということだ。週末の予定は空いているか? 私が魔界での買い物はどういうものか教えてやろう」
「っ……いいよ、空いてるよ」
俺は嬉しさを奥歯ですり潰しながら、なるべくぶっきらぼうにそう答えた。