ひめはじめ一年が過ぎて年が明ける。
殆どの寮生は冬休み中、クリスマス頃には実家に帰って年末年始を過ごしているが、今年は寮の自室でフィンと共に過ごしていた。
小さな部屋で各地の神社や寺院を映し除夜の鐘を打つ音の響くテレビを観ながら蕎麦を食べる。
厨房で準備した年越し蕎麦は茹で麺を温め、同じく温め直した汁に入れておあげを乗せただけの素朴なものだったが彼は気に入ったようだ。
「お前さんの国はこういう風習があるんだな」
装備を外しチュニックだけになったフィンが一緒にこたつに入り、少年の隣で器用に箸を使い蕎麦を摘み上げる。元より器用な彼は軽く教えて見せるだけで簡単に使い方を会得した。
「蕎麦も願掛けの一種だね」
つるつると麺を啜り少年が言った。
「成る程、趣深い」
そうして二人でのんびりと過ごす。テレビの左上に表示された素朴な時計が0時00分を指した。アナウンサーが笑顔を浮かべ新年の挨拶を告げている。
「あっ年明けた。あけましておめでとう、フィン。今年もよろしくね」
「おめでとう。こちらこそよろしく頼む」
二人揃って新年の挨拶を交わした。
「もう一つ有名な事もあってね」
おあげを食むフィンを見ながら続ける。机の端には一人暮らし用の小さな炊飯器があり、そこから花のような艶と穀物の芳ばしい香りがする。お茶碗も2つ。
フィンが汁まで啜り綺麗に空になった椀を引き上げる。
「あ、まだ食べれそう?」
「大丈夫だ」
その返事を聞いて、少年は炊飯器の蓋を開ける。中には真珠のように艶めく、炊きあがったばかりの白米があった。茶碗を手にするとしゃもじで掬いよそっていく。
「ひめはじめ、ていってね。今年初めてご飯を食べることを言うんだけど」
「こめ…」
白米に馴染みのないフィンは小さな白い粒を不思議そうに眺めていたが、少年の手から山盛りの白米がよそわれた茶碗を受け取る頃には鼻を擽る美味しい匂いに喉が鳴っていた。
「美味しいご飯を買ってきたからフィンと食べたくてさ」
自分の分もよそうとレジ袋から漬物を取り出してパックを開ける。先程蕎麦を食べたばかりだというのに、塩気のある匂いも混ざり更に食欲を唆られる。
「さ、どうぞ」
「こめ、も初めて食べるな…戴きます」
少年に教わった食事前の作法を終えてフィンは炊きたての白米を箸で摘み口に運んだ。
口の中に香りが広がる。噛み締めばもっちりと程よい歯応えと、芳ばしさの次に甘みがやってくる。ぱ、と明るくなる表情を見て、少年も白米を口に含んだ。寮で出される白米よりも甘みが強く香りも良く、これだけでも食べられそうな美味しさだ。
「美味いな、これがこめか」
「そう、日本人の主食だよ。苦手って人もいるらしいけどフィンは平気そうで良かった」
これも美味しかったのかもくもくと食べる姿が微笑ましい。
「これと一緒に食べるとまた違った美味しさがあるよ」
パックの上に綺麗に並べられている沢庵と胡瓜の浅漬を示す。鮮やかな黄色みに惹かれたのか、フィンは沢庵を一枚摘むと口に運んだ。パリ、という耳触りの良い音と、白米を食べたくなる甘みと塩気が舌を楽しませる。初めての味に夢中になり、多めに盛られた白米は瞬く間に無くなってしまう程だった。
「今年初めて食べるお米をひめはじめって言うんだ。折角だしこれも味わってほしくて。まさかそんなに喜んで貰えるとは」
「お前さんの国は色んな風習や美味いものが沢山あるな」
「そっちもね。悪霊祓いと五穀豊穣の儀式とはいえ、まさか大晦日にパンを壁に投げるとは思わなかった」
そうやって美味しいものを食べ談笑しているうちに、各地の風景を映していた番組はもう終わり芸能人が生放送で騒ぎ回るバラエティに変わっていた。
空になったお椀と箸を置き、二人でご馳走さま、と言い、温かいお茶でひと休憩。
そして少年はフィンに向き合い、丁寧にお辞儀をした。
「今年も二人で沢山色んなことを体験しようね。改めましてよろしく、フィン。大好きだよ」
「俺もお前さんが大好きだ。二人で沢山思い出を作っていこうな。今年もよろしく」
フィンもお辞儀を返す。
二人は微笑み合って手を取ると、新年初の口付けを交わした。