早くしろ(キスを)「我が王が愛しくて仕方ないんだ」
と言う、先に王の従者となったフィンの言葉に、同じフィンであり別のフィンでもある分霊の彼はイラ…と眉間に皺を寄せた。
何度も世界を廻る王に分霊の彼もフィンと同じく仕えるべき王の器を感じ、モトアサクサの丘で対峙したのだが先にフィンが従者となっていたため「そいつのことをよろしくお願いします」と告げ身を引こうとしたのだが、去り際に王に手を取られ
「お前も一緒に行こう」
と、何とフィンと分霊フィンの幻魔フィン・マックール二人を従者にする事に決めたのだ。最初こそ戸惑っていた分霊だが王が求めるならそれもいいかと、その提案に動揺していたフィンと違い楽観的に捉えその手を握り返したのはもう世界を二つ巡る前の事である。
旅の中で王とフィンが恋仲であることを知り、そういう主従関係もあるのか、とこれまた関心しながら共に旅を続けていたが、見るにフィンは奥手だった。
それこそ分霊であるフィンが苛々としてしまう程。
「惚気ける暇があるなら口付けの一つでも交わしてこい」
「で、できるわけ無いだろう…!俺が触れたら穢れてしまうかもしれない…!!」
「…はぁ」
コイツは本当に自分なのだろうか?と尻込みする姿が不甲斐なさ過ぎて尻を蹴り飛ばしたくなる。想い合っているならそのくらいの事、寛大なあの王は赦してくれるだろうに。
「あの麗しい唇を眺めているだけでも幸せなんだ…桜色で艷やかに熟れて…」
と、また惚気が始まってしまいそうだったので彼は「そうかい」とだけ返して王の元へ向かった。
分霊であるため見た目も声色も全く一緒だが性格は多少異なっている。王はそれをしっかり理解していて、分霊の彼が近付くと恋仲のフィンとは違う反応を見せる。こちらは互いに恋愛感情はない。どちらかといえば友人関係というものだった。
「我が王ながら、お前さんは罪なやつだなあ」
「ん?」
あそこまでフィンを夢中にさせる事ができるのだから。
「フィンがどうかしたのか?」
呆れたように言い放たれた言葉が示すのは恋仲のフィンの事であると察した王が訊き返せば、彼は肩を竦めた。惚気と奥手が同居しているフィンと比べて少年という年端の王の方が肝が据わっているようにも見える。
「我が王はアイツと口付けをしたくはないのか?」
直球な質問に、王は長い睫毛を蓄えた瞼を瞬かせると困り顔を浮かべた。
「キス…うーん。…お前にだけ教えるな…内緒だぞ?」
そう言うと爪先立ちになって彼の耳元に唇を寄せる。
「実は、フィンが寝てる間にこっそりしてるんだ…」
やはり王の方が上手である。しかしわざわざ寝ている隙を覗わずとも堂々とすればいいだろう。その疑問をぶつける。
「寝てる間に?起きている内にしないのか?」
「いや、その、フィンは俺を美化しすぎてるから面と向かってキスしよう…て言い辛くて」
卒倒しそうじゃない?と言われ確かに、と思い直す。あまりにも王の事が好きすぎるだろうと。そして美化…というより最早神格化している。
「俺はしたいんだよね。フィンの唇、ぷるぷるしてて柔らかいんだよ。近寄ると良い匂いもするし、それにね…」
「…」
うっとりとしてフィンの唇の感触を話し始めた王に彼はやってしまった、と思った。
この主従は恋仲にあり、こうやって自然に互いの惚気話を始めてしまうくらいには互いを愛し想い合っているのは十二分に理解していた。はずなのに。
「ああもうまどろっこしいな!そこまで想い合っているのなら早く面と向かって口付けしろ!」
彼は主従の惚気話を聞かされて、もう何度目か分からない絶叫を上げた。