いつかの夏 鳴り続けていた蝉の音も蛙の合唱もぴたりと止み、晴れ渡った空には黒々とした船が浮かんでいた。ニュースなんかで見たことのある、いわゆる戦艦ってやつだと思う。
こんなド田舎の、農地しかないような星に何の用だろう。そう思っていると、じいちゃんがもの凄い形相で駆け寄ってきた。
「じいちゃん、あの船何しに来たの?」
「いいから、ばあちゃん呼んで来い!」
「え、なんで?」
「話はあとだ、早く行け!」
じいちゃんの剣幕に押されて、おれはすぐさま駆けだした。後ろからスピーカーか何かで『この開拓地はインターステラー・マニファクチュアリング・コーポレーションの管轄地となる。管理担当者の指示に従うのであれば……』とかナントカ言っているが、よくわからない。
あぜ道を走っていると、重い足音と駆動音が追ってきた。振り返ると、うちで使ってる農作業用のタイタン〈コーテツ〉の姿があった。バカでかい手がおれを拾い上げ、胸元に抱える。
「コーテツ、じいちゃんがばあちゃん呼んで来いって。何なの?」
《大丈夫です。あなたは地下倉庫へ退避を》
地下倉庫の堆肥? そんなのあったかな。それを聞き返す間もなく家に到着し、おれは地面に降ろされた。縁側から家の中に駆け込んで、ばあちゃんを探す。
「ばあちゃん、どこ?」
「こっちだよ!」
声がしたのは裏手の土間の方からだ。そちらへ行くと、ばあちゃんが漬物樽をどかして床下から大きな箱を引っ張り出していた。傷だらけで古いことはわかるけど、埃一つ被っていない。ばあちゃんが蓋のキーパッドに数字を打ち込むと、ピッと音がして箱の留め具が外れた。中に入っていたのは、短い筒みたいな機械がついたベルトと、大きな銃と小さい銃、変な形のナイフ、布とか、色々。
「……ばあちゃん、じいちゃんが呼んでる」
「わかってるよ。大丈夫」
「それ、なあに?」
「これかい? まあ、保険かねえ……」
ばあちゃんは長い溜息をついてから、中身を取り出して身に着け始めた。小さいポーチがたくさんついたベストを着て、プロテクターを胸や手足に、ベルトを腰に、ナイフと小さい銃を胸元にしまって、最後に大きな銃を手に取る。レバーを引いて、上にくっついてるレンズみたいなところをのぞき込む。それはいつもやってる出荷用の野菜の下処理みたいに手馴れてて、でも見たことのないばあちゃんの眼差しに、おれはちょっと怖くなった。
ばあちゃんはおれの顔を見て、にっこりと笑った。
「大丈夫だよ、ダイチ。さあ、行こうか」
ばあちゃんはでかい銃を背負うと、おれの手を引いて外へ連れ出した。
焼けるような日差しが照り付ける中、庭にはコーテツが立っていて、納屋からはじいちゃんが荷車を引いて出て来るところだった。荷台に乗っているのは、防水シートがかけられた農耕機械。じいちゃんがときどきいじっていたのを知っているけど、壊れて動かないんだって聞いていた。
じいちゃんはばあちゃんと目を合わせるなり、そっと視線を落とした。
「すまんな」
「謝ることじゃないだろ。こういうときのために残しておいたんだから」
じいちゃんは小さくうなずいて、腰に下げていた丸いものをばあちゃんに差し出した。たぶんヘルメットだ。ばあちゃんは両手でそれを受け取って、細かな傷を辿るように撫でた。顔に浮かぶ笑みはどこか苦しそうだ。
おれはばあちゃんの袖を引っ張った。「ばあちゃん、怖いよ」
「大丈夫、何もこわいことなんてないさ。ちょっと騒がしくなるかもしれないけど、台風よりマシさね」
グローブに包まれた手がおれの頭を撫でる。それからコーテツを振り返って、力強くうなずいた。コーテツは膝をついて手を差し出し、ハッチを開いた。
「もうあんたの手は、泥でしか汚さないつもりだったのに」
《任務は現在も継続中です。わたしはこの土地を守ります》
「そうだね、コーテツ。心強いよ」
ばあちゃんはコーテツの手に脚をかけると、弾むような足取りでコクピットへと乗り込んだ。コーテツが立ちあがり、荷台から農耕機械――改めて見ると、バカでっかい銃以外の何ものでもない――を持ち上げる。落ちたシートがつむじ風に吹き飛んでいった。
「じゃあ、ダイチを頼んだよ」
「了解。グッドラック」
じいちゃんが親指を立てる。よくわからないけど、おれもいつもやるみたいに親指を立てた。ばあちゃんも親指を立てて返し、ヘルメットをかぶった。ハッチが閉まる瞬間、コーテツが言った。
《おかえりなさい、パイロット》