ダイ君のご飯事情 02 四枚重ねのパンケーキ🥞 お腹がきゅるきゅる鳴りだした。
それを聞こえないふりをして、ダイはこれまでの戦闘を思い出しながら右へ左へと飛び跳ね、手にしているパプニカのナイフを振り下ろす。
イメージトレーニングが大切なのだと、ダイはマトリフから教わった。今日はずっとこうして修行している。昨日より少しでも強くなるために。
再びお腹がきゅるきゅる鳴りだした。先ほどよりも大きな音で空腹を主張してくる。
腹が減っては戦はできぬ、という言葉があるらしい。ダイはパプニカのナイフを鞘に収めると、動き回って乱れた息を深呼吸することで宥め、頭の上に広がる青い空を見上げた。太陽は少々西へ傾き始めているが、まだまだ夕食の時間には程遠い。
「お昼ごはん、あんなに食べたのになぁ」
朝から修行を始め、昼食後もひと休憩後には修行を再開した。朝も昼もしっかり食べたとはいえ、一日中動き回っているせいですぐにお腹が減るのだ。ポップに言わせると「どんだけ燃費が悪ぃンだ」とのことだが。
お腹に両手を当てがったまま、ダイは城の中庭を後にした。厨房に顔を出して、コック長に頼んでパンでも分けてもらおうと考えたのだ。
「お、ダイ!」
「あ、ポップ!」
きゅるきゅる、きゅるきゅる、と大合唱を始めた腹の虫を抱えながら厨房へと続く長い廊下を歩いていると、角を曲がったところでポップと鉢合わせた。
「ポップ、お昼ごはんの時には顔を見せなかったよね。今までどこにいたんだ? マトリフさんのところ?」
「あぁ。瞑想と魔法力を上げる特訓に付き合ってもらっててさ」
なんとなく並んで歩き出したふたりだが、互いに告げることなく足が向かう方向が一緒になる。厨房の扉の前でふたり同時に足を止めたところで、ダイとポップは顔を見合わせた。
「…………おまえもか」
「……………………ポップこそ」
苦笑しながら頰をかくと、ふたりは目の前の扉へと手を伸ばした。
夕食の仕込みが始まっていた厨房は、もはや小さな戦場だった。多くのコックたちが動き回り、黙々とコック長の指示に従って食材の下処理を行っている。
「昼飯食べそこねたから、何か適当に見繕ってもらおうと思ってたんだけど、こりゃ言い出しづらいな……」
「おれもパンをわけてもらえたら……って思ってたんだけど」
王女であるレオナを筆頭に、ダイたち客人から城に仕える者たちの分まで、メニューは違えど食事を用意する必要があるのだから、厨房のコックたちが忙しいのは当たり前だった。
パンは夕食用のものを仕込み始めたところなのだろう。パン棚にはひとつも乗っていない。
残念だが出直した方が良さそうだとダイは考えて、ポップの服をそっと掴んで引いた。
「ふぅむ……」
だがポップはそんなダイの無言の合図に軽く視線を向けただけで、すぐに厨房全体を見渡した。顎に手を当てながら息を吐く。
「なるほど、夕食に使う食材は、厨房中央の置き場に置かれてるんだな。基本的にはそこから取ってきて使用している。…………ってことは、だ」
———食材棚のもんは使っても今夜のメニューには影響ないってことだ。
ポップはうんうんと独りごちると、棚の扉を開け始めた。薄力粉と砂糖、それからベーキングパウダーを取り出す。それを器用に片手で纏めて持つと、冷蔵庫からはたまごとミルクとバターを拝借し始める。
その他にもあれこれと集めてくるポップを、ダイは目を瞬かせて見つめた。
「……ポップ、そんなにいっぱい持ってきてどうするんだ?」
「んー? 仕事の邪魔しちゃ悪いだろ? 自分で作ろうと思ってさ」
「作るって、何を?」
「まぁ楽しみにしとけって。……コック長ー! 今おれが手にしてるやつ、いただいていいっすかー?!」
コック長はポップが食材を集めていることに気づいていたらしく、片腕を上げて手を振ってくれた。それから彼は近場にあったボウルを手に取り、ポップへ向けて放り投げる。
ポップはおっとっと、と口にしながらそのボウルを受け取った。壁にかかったフライパンを指差したあと、コック長は仕事へと戻っていく。どうやらポップが何を作るつもりなのかも彼はお見通しらしい。
「あ、ダイ、おまえはあのフライパンを持ってきてくれ」
「えぇっ? えっと、これ……?」
「おうよ」
ダイがフライパンを手にポップの元に戻ると、ポップはにかっと顔いっぱいに笑った。ポップの笑顔にダイも心の奥がわくわくして浮き立ってくるのを感じる。ポップはいつもダイの知らない料理を見せてくれる。きっと今回もそうなのだろう。
食材を手に厨房を背にするポップのあとを、ダイはしっかりとフライパンの持ち手を両手で握り締めて追いかけた。
ふたりはそのまま中庭へとやって来た。ガゼボ前の開けた場所を陣取ると、そこから拝借してきた椅子の上に食材を置く。
「ポップ、何を作るんだ?」
「ふっふっふ……ポップ様特製のパンケーキだ!」
「パン…ケーキ……?」
得意気に胸を張るポップを見やりながら、ダイは小さく首を傾げた。パンはもちろん知っている。ケーキもレオナにお茶の時間に紅茶のお供として供されて食べたことがある。けれど、パンケーキは初めて聞いた。
それはパンなのだろうか、それともケーキなのだろうか。もしかするとパンとケーキのハーフなのだろうか。だとしたら竜の騎士と人間の合いの子であるおれと一緒だな、と独りごちる。
「ほら、頭ン中ぐるぐる回してないで、おまえも手伝えよダイ」
ぽいっとボウルを放られて、ダイは慌ててそれを受け止めた。フライパンを椅子の上の食材の脇に立てて置き、ポップに指示された通りにしっかりとボウルを持つ。
台がないので、ダイが両手でボウルをしっかり持つ保持するしかないのだ。うっかり落としたりなんかしたら大惨事になる。これは責任重大だとダイはごくりと息を呑んだ。
そんなダイの様子をポップは内心微笑ましく思いながら、放すものかとばかりに力のこもった小さな手が持つボウルの中に、たまごと牛乳、それから隠し種のヨーグルトを入れると手早くかき混ぜた。よくよく混ざったところで、薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖を追加で放り込み、今度はざっくりと混ぜ合わせる。
「ポップ、まだ粉が混ざらずに残ってるよ?」
「あぁ、構わねぇんだ。熱が入れば溶けるからよ」
「そうなんだ……?」
「そうなの。よぉしっ、ダイ、しっかりボウル持ってろよ」
「う、うん!」
意気込みたっぷりのダイの返事に満足すると、ポップは椅子に立て置かれたフライパンを手にとった。フライパンの底からメラの炎で熱を入れていく。
「こっからがおれの腕の見せどころだな……」
「パンケーキ作りの?」
わくわく浮き立つ心が隠せないとばかりに笑顔で問うダイにポップは内心苦笑した。
「うんまぁ……それもあるけどよ」
あまり火が強すぎるとパンケーキは熱が中まで入る前に焦げてしまう。適度な弱火を同じ火力で持続させる。魔法力を扱うための集中力とコントロールが必要になってくるのだ。
とはいえ、ポップはダイにそれを説明する気にはなれなかった。年相応の子どもらしい好奇心たっぷりの笑顔でフライパンとメラの炎を見つめるダイを、今はただただ見守ってやりたい。
ポップはおたまでボウルから生地を掬い上げた。フライパンの熱の入り具合も問題なさそうだ。それを確認し、生地を少し高めの位置からフライパンへと落としていく。
「わぁあぁ〜〜!」
ダイは目を輝かせてフライパンの上で丸くなっていく生地を見つめた。随分と高いところから落としたので、ぐちゃぐちゃになるのではないかと心配したが、ちゃんと丸くなって広がっていくことに感動すら覚える。さすがはポップだと、ダイはにやりと笑う兄弟子を尊敬の眼差しで見上げた。
ポップはそんなダイの眼差しをウインクして受け止めると、パンケーキをひっくり返した。ふつふつと穴もできて来ていて、ちょうど頃合いだったのだ。
「よっ……と!」
「おおーっ!」
皿の上に焼きたてのパンケーキを移す。フライパンから皿へ、パンケーキに縫い止められていたダイの視線が一緒に動いていくのがポップには可笑しくてたまらなかった。一周まわって、そんな弟弟子の小さな子どもみたいな仕草が、可愛くて仕方がない。
皿の上のパンケーキにバターを置いて溶かし、その上から蜂蜜をたっぷりとかける。ケーキシロップも自作したいところだが、あいにくと鍋までは拝借してこなかった。正式な作法に則った場ではなく、あくまでダイの腹を満たせればいいのだからと、ポップは細かく考えないことにする。
「ほれ、できたぞ、ダイ」
「わぁっ! すごく美味しそう! それにとても……いい匂いがする……」
ふっくら膨らんだ柔らかそうな生地の、薄い茶色の丸い食べ物がパンケーキだった。ダイの知るどのパンともケーキとも見た目が違う。
ほかほかの焼きたてを目の前に差し出されて、ダイはごくりと喉を鳴らした。蜂蜜とミルクの甘い匂いと、バターの芳ばしい香りが鼻腔をくすぐる。ついでにダイの食欲にもずっしりと刺さった。忘れていた腹の虫が盛大にきゅるきゅると合唱を再開し始める。
「ありがとう、ポップ! 半分こしようよ!」
「いいって。先に食えよ」
「でも……!」
「いいから。まずはその腹の虫をなんとかしろって」
ダイの手からボウルを奪いとると、ポップはパンケーキの乗った皿を代わりに持たせた。行儀は悪いが野外であることに目を瞑って、フォークを皿の端に乗せておく。ボウルはそのまま椅子の上へと置いた。食材を使った分だけ置き場所ができていることに、今更ながら気づいたのだ。
「ほら、食ってみろって!」
「う……うん…………」
作ってもらった身で、ひとりだけ先に食べることに抵抗があるのか、ダイの眉尻が下がる。そんなダイの肩を押して地面に座らせ、ポップはさぁさぁとばかりに促した。
ダイは行儀良くぺたんと正座して草の上に座り込んだ。片手で支えつつ腿の上に置いた皿のパンケーキへフォークを入れる。
じゅわりと生地に染み込んだ蜂蜜が音を立てた。蜂蜜が生地を滑り落ちて皿の上を広がっていく。一口大に切り分けた生地をそっとフォークに突き刺して、ダイは折れそうなほど柔らかなそれを口へと運んだ。
「……っ! …おい……し…い!」
蜂蜜とバターの濃厚で芳醇な風味が口いっぱいに広がっていく。主張の激しいはずのそれらは、ミルクの優しい甘味に包まれるせいか舌の上で暴れることはなかった。じゅわりと生地に染み込んでいた蜂蜜とバターが、口の中で混ざり合ってふわりとした柔らかな食感となり喉の奥へと流れていくのを、ダイはうっとりと夢心地で享受する。
「……ふわふわしてて、……じゅわってして、甘くて、バターと蜂蜜のの匂いで口の中がいっぱいになって、すっごく美味しいよ、ポップ!」
「そっか、そっか! どんどん焼いていくからな、たっぷり食えよ!」
「うん!」
すっかりパンケーキに心奪われたらしいダイは、ふっくらと頬を膨らませ、きらきらと目を輝かせながら、どんどん食べ進めていく。
まるでリスかハムスターみてぇだな、と脳裏を横切った小動物を軽く頭を振って払い除け、ポップは二枚目に取りかかった。ふと思い至って、二枚目は一枚目よりも一回り小さなものにする。小さくなった分だけ、二枚同時に焼けるようになった。
ダイが夢中で食べている間に二枚焼き上がり、ポップはさらに同じ手順で焼いていく。ダイが最初のパンケーキを食べ終わる頃には、ポップの手元には都合四枚のパンケーキが出来上がっていた。
「たくさん焼けたね!」
「へっへっへ、見てろよォ……」
ポップは一枚一枚バターを塗り、軽く蜂蜜をかけていく。それらを縦に重ねて四枚積み上げ、仕上げにバターの塊を一番上のパンケーキに乗せ置き、たっぷりの蜂蜜を回しかけた。
「じゃじゃーん! 四枚重ねのパンケーキの出来上がり!」
「おぉーっ! すごいや! これすっごいね、ポップ!」
「なかなかに壮観だな……! ほれ、ダイ、食えよ!」
「いいのっ?! …………でも……」
ちらりとダイはボウルの中へと目をやった。生地はさすがに残り少ない。きっと一枚しか焼けないに違いない。
生地を作るのも、こうして焼くのも、全てポップがやってくれた。そのポップが一枚しか食べられないのは、なんだか申し訳ないではないか。こんなにも美味しい食べ物だというのに。
「へーきへーき、気にすんなって! おまえが頬張ってるのを見てると、なんかおれの腹も膨れてきてさ」
「見てるだけでお腹が膨れるわけないだろ……」
「実を言うとなダイ。この甘い匂いを嗅ぎ続けたせいか、少々胸焼けが…………」
「ええーーー?!」
ポップは特別甘いものが好きというわけではなかった。焼いている間に周囲に醸されたパンケーキの濃厚な蜂蜜とバターの香りは、ポップの空腹感をかなり埋めてくれたようだった。
「せっかく作ったんだ。残さず食ってくれよ、ダイ」
「……うん! ありがとう、ポップ!」
ポップの言葉に盛大に頷くと、ダイはさっそくフォークを一番上のパンケーキに当てがった。つん、と突いてみると、ふわふわもちもちした感触がフォーク越しに伝わってくる。四枚重ねのパンケーキは重たそうに小さく揺れ、天辺に乗ったバターがその動きに合わせて表面を滑った。
一番上のパンケーキを捲り上げて取ろうとしたダイは、ノンノン、と立てた人差し指を左右に揺らしながらお茶目に笑うポップに止められた。
「そのまま、上から下までフォークを入れるんだ。ナイフがありゃもっと切りやすかったんだが」
「こ……こう?」
「そうそう………上手いじゃねぇか、ダイ」
ポップの声援を受けて、恐る恐る慎重にフォークを下へと降ろしていく。ふわふわもちもちのパンケーキはダイの想像以上に抵抗があり、一番下のパンケーキまでフォークを入れ終える頃には緊張で一仕事終えたような気分になってしまった。
ダイは別の場所からもフォークを入れて、パンケーキを切り分ける。確信をもってちらりとポップを見やれば、頼りになる兄弟子は力強くそれを肯定してくれた。
「よ、よぉしっ…!」
ダイは気合いを入れると、フォークを上から下まで貫き通す。確かな重量を感じながら持ち上げたフォークを、ダイは口を限界まで大きく開けて迎えた。一息に重ねた四枚全てを口の中に入れて咀嚼する。
「〜〜〜っ!!」
口の中が生地でいっぱいになる。舌の上も喉の奥も小麦とバターと蜂蜜の風味でいっぱいいっぱいになった。脳天に突き刺さる美味しさだ。
「おい、し……んぐっ…………もぐ…………」
「飲み込んでから話せよ」
呆れたような口調でポップは言う。けれど言葉に反してポップは満面笑顔でダイの頭部を胸元に引き寄せ、大袈裟な動きでその癖の強い髪を掻き回していた。
ダイもポップの胸に頭を預けて、もっととねだるようにぐりぐりと擦り付ける。応えるようにポップの掻き回す手の動きが荒くなった。
どんどん食べるようにダイに言い置いて、ポップは残りの生地を焼き始めた。さすがのダイも四枚重ねのパンケーキを食べれば腹も膨れるだろう。既に一枚完食もしている。
むしろこんなに食べさせてしまって、もしも夕食を残させてしまえば、後でコック長に叱られることもあり得そうだ。彼はダイにバランスよく栄養を摂らせたがっている節がある。小さな勇者の縁の下の支援者なのだ。
「あら、随分いい匂いね」
そろそろパンケーキが焼きあがるかなという頃合いになって、レオナが中庭へと降りてきた。執務室から気分転換に出てきたらしい。背後には三賢者のひとりであるアポロがお目付役とばかりに控えている。
レオナは王女らしくなくすんすんと匂いを嗅いで、にっこりと微笑みながらこちらへやって来た。
「すごいわね、ダイ君。四枚重ねのパンケーキなんて、なかなか食べる機会のあるものじゃないわ」
「えっ、そうなんだ?」
「そうよぉ。お店だと二枚重ねくらいが普通かしら」
レオナはにやっと揶揄うような笑みをポップに向ける。可愛い弟弟子を喜ばせることに全力を注ぐ兄弟子の甲斐甲斐しさはたいしたものだ。レオナの視線を受けて、ポップは鼻を鳴らしてそっぽ剥いた。頬が微妙に染まっていることは、レオナも気づかないふりをしておくことにする。
「厨房のコックさんにお願いしたことはないのかい?」
「四枚重ねなんて作るように命じたところで、『ところで姫さま、バターと蜂蜜を塗ったパンケーキ四枚分のカロリーはご存知ですか?』って真顔で言われるのが関の山ね」
「かろりー?」
「…………ダイ君とは無縁なものよ」
ふぅ、とレオナはため息を吐く。乙女の天敵なのだ、カロリーは。
「じゃあ少しくらいなら気にしなくてもいいんじゃねぇか、姫さん」
ポップは焼き上がったパンケーキをレオナの前へと差し出す。バターと蜂蜜をたっぷり塗ったそれは、レオナの目には黄金に輝いて見えた。
「う……美味しそう……で、でも…………」
「おれと半分に分けようぜ?」
「…………わ、わかったわ。……半分なら」
ポップに手渡されたフォークで切り分けたパンケーキを口に運ぶ。生地は適度に空気を含んで柔らかく、重た目の歯応えがあった。蜂蜜とバターを吸った生地が喉を落ちていくのが、最高に堪らない気分にさせてくれる。
「美味しいわね……お店のパンケーキみたいだわ」
こくんと飲み込んで、レオナが何故か悔しそうにフォークを握り込む。ダイはレオナがポップの作ったパンケーキを美味しいと認めてくれたことが嬉しくて、思わずポップとハイタッチを決めてしまった。
「美味しいよね、レオナ。ポップのパンケーキ!」
「ええ。単純に薄力粉とバター、たまごだけじゃないわね、この味は」
「ふっふっふ。隠し味と食感用にヨーグルトとみりんを少々、な」
「……凝ってるわね、魔法使いのくせに」
「先生直伝の味と技ってな! ……っておい! 半分じゃなかったのかよ!?」
次々に食べ進めていくレオナに慌ててポップは皿を奪おうとした。レオナはそんなポップの動きを読んでいたかのように、目の前の皿をさっと自分の胸元へ引き寄せる。
「ちょっ、おい?!」
伸びてくるポップの手を器用に避けながら皿の上のパンケーキを完食すると、レオナは口元に手を当てて悪戯げにほほほ、と笑った。
「さてと! 美味しいパンケーキを食べて気力を取り返したところで執務に戻るわね。ポップ君、ご馳走様!」
「…………いえいえ、お構いもなく」
「レオナ、お仕事頑張りすぎないでね」
手にしていた空の皿をポップに渡すと、レオナは上機嫌で中庭を去って行く。目をまん丸にさせたダイが小さく手を振ると、レオナはそれに応えて手を振り返してくれたが、少々の嫌味と苦情を込めたポップの言葉は、美味しいものを食べて幸せになったレオナの背には届かなかった。
アポロを伴ってどんどん小さくなっていく背中を見送ると、ダイは恨めしそうに空になった皿を凝視するポップに引き攣った笑顔を向けた。
「…………ポップ、その……食べる?」
ダイに四枚重ねのパンケーキが刺さったフォークを口元に差し出されて、ポップは無言でそれに噛みついた。
「パンケーキって、結局パンなのか? それともケーキ?」
「パンケーキの『パン』は浅い鍋って意味らしいぞ。食べ物のパンとは関係ないな」
「えっ、そうなんだ……?! おれてっきりパンとケーキの合いの子だと思ってたよ」