月見で一服予想通り長引いた幹部会が終わり、疲れた身体に鞭打って漸く事務所に戻る。
机に残っている書類から目を背け、少し一息つこうと屋上に出てみると既に来ていた先客が丁度煙草に火をつけたところだった。
「お。お疲れさん」
「あぁ……お前も来てたのか」
「西田から逃げてきたわ。休憩や」
久しぶりに顔を見た先客は鮮やかな真紅のシャツと黒のスーツを纏い、普段の派手さはなりを潜めている。
商談帰りだろうその見慣れぬ格好に視線が奪われそうになるが、素知らぬ風を装い隣に並ぶ。律儀にこちらが咥えた煙草へ火をつけようとするのを目線で制した。
「気ぃ回すな。俺も休憩だ」
「そっちは相変わらずみたいやなぁ、眉間に皺寄ってんで」
「まぁな……面倒臭いことしか起こりゃしねぇ」
「そりゃあ悪かったのぉ」
先の騒動で真島組が東城会を抜けてまだ日が浅く、「面倒臭いこと」には無論その後始末も含まれている。こいつが抜けたことは間違いなく大きな痛手ではある。
だが反面、改革を謳うばかりで雁字搦めになった組織はこいつの肌に合わないだろうな、と納得する自分もいた。
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肺に溜め込んだ息を大きく吐く。
ラムの香りと共に吐き出した煙と指先から漂った紫煙はビル風に乗り瞬く間に消えた。ふと、ネオン以外の光で伸びた足元の影に気付く。目線を上げると丁度今夜は満月だったらしい。
「ここからだと近く見えるな」
「んぁ? なんや、似合わんこというのぉ」
「うるせぇ、疲れてるってことにしとけ」
「ひひ、そういうことにしといたる」
「この街には似合わねぇが……綺麗なもんだな」
短くなった煙草吸いながら文豪の口説き文句が頭をよぎる。下手を打った、と肝を冷やしたが血生臭い自分達に風流もなにもないだろう。図らずもはらんだ遠回し過ぎる真意なんてものは悟られまいとたかを括る。
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滅多にない会合に後ろ髪を引かれつつ「そろそろ戻る」と伝えようとした。が、一緒早く口を開いたのは真島だった。
「奇遇やなぁ柏木さん」
「……あ?」
「俺も綺麗やなぁ、て思うてたで」
月を称賛するはずの言葉なのに、視線はこちらを見据えたまま外れようとしない。
まさか、そんな。
「お前、それ」
「ん?」
「いや……」
なんてことない調子でさらりと言ってのけた真島の顔から表情は読み取れない。その一方で黒々とした髪の隙間から見える耳が赤く染まっているのが目に入る。
そして生憎今夜は言い訳になるほど寒くもない。
柄にもなく早くなった鼓動から目を逸らし、とっくに燃え尽きた煙草を携帯灰皿に押し込む。
「腹、減ってないか」
「……へ?」
「飯行くぞ。付き合え」
「! 行く!」
図らずも口説いた結果が勝手な勘違いでないことを祈りつつ、溜まった書類仕事は明日の自分に任せることにした。
了