酔いどれメール(仮)二日目&三日目翌日。
柏木は歯磨きをする前に携帯電話を見た。一日経ったが真島からの返信はない。昼間に謝罪のメールがあるか、と気にしていたが、それもなく、昨日と同じ時刻になったが、あれの続きのメールもなかった。
(やはり間違いだったのだろう。)
酔っ払いが、寄越したメール。朝になって、真島も愕然としたに違いない。今日返事がないのが何よりの証拠だ。だからこそ、寝る前にあんな調子にのったメールを送ってしまったことを悔やんだ。昨日のことは見てみぬふりをして、互いに忘れるのが最善なのだろう。
(なんで、一夜の過ちみたいになってんだ。)
そう苦笑して、携帯電話を充電器に刺し、明日の着替えを準備した。
同じ頃、真島は自室で時計を睨み上げた。一時半。昨日のメールの始まりは、このくらいの時刻だった。
(酔ってたとはいえ、酷いもんやったな…。)
夜九時ごろより組員と飲み、零時すぎに家に帰って、自宅で一時間ほど飲んで、間違いがおこった。
(まさか、の、まさかの柏木さんやもんなぁ。)
よりにもよって、と思うのと同時に、神様の悪戯グッジョブ!と褒めたい気持ちにかられる。素面では絶対にメールなど遅れない。仮にも親父同士が腹に一物抱えながら接する組の若頭である。
(しかも、ごっつ年上やもんなぁ。)
自分がまだまだ若かった頃、あの人は鬼柏といってこの町で恐れられていた。オニガシワ、という語感から、すぐに柏木の名前は浮かばなかった。柏木修だからそう綽名されるようになった、と気づいたのは、だいぶと後。自分が再びこの街に戻ってきて嶋野組に再編成されてからのことだった。
(めっちゃくちゃ強かったもんな。)
神室キャッスルの上で喧嘩した時は、自分の周辺があまりに切羽詰まっていて、昔のことを回顧する余裕がなかったから思い出せなかった。
(あの人は、この世界のエリートやもんなぁ。)
存在を知った時には、チンピラに毛が生えたような自分がおいそれと話しかけられない極道だった。今よりもっと短い髪をオールバックにしていたように思う。その頃、一度だけ話したことがある。十六か七の頃、冴島と一緒に遊んでいた時だ。
堂島組の組員が、何かの規制線を引いていた。ビルを封鎖するようにして辺りを警戒していた。神室町に外国人のマフィアが流入し、目立ったことをしていたので、街全体がピリピリしていた時期だった。冴島と面白そうやな、とそのビルに近づいた。何があったんや、と怖いものなしにスーツの男に聞いた。大声で、どっかに行け!と苛立たし気に言われるのを、二人で挑発した。あわよくば喧嘩してやろう、と二人して酷いことを言ったと思う。堂島組の男は、このガキが!とこちらに掴みかかった。その時にビルから出てきたのが、柏木だった。こちらに目もくれず、組員であるスーツの男を殴り飛ばした。一撃でふっとぶ男を見下ろして「何、勝手に持ち場離れてんだ。」と吐き捨てるように言った。
(もう、その瞬間、かっこええ!!となったもんな。)
そして、呆気にとられるこちらに「ここは危ない。離れてな。」と静かに言ったのだった。「何があるんすか?」と咄嗟に聞いてしまったように思う。それに、あの人は「子供が知ることじゃない。」と言った。その有無を言わさぬ冷たい殺気には、二人して、はい、と素直に引き下がるしかなかった。後で、あれがオニガシワと呼ばれる男なのだと知った。てっきり堂島組の人なのだと思っていた。
(まぁ下部組織やから間違いはないが。)
代紋までは見る余裕がなかった。風間新太郎という人が堂島組の若頭であった為、風間組、というのがあることだけは知っていた程度であったし、当時はそれこそ堂島組には札付きのワルや、嶋野や久瀬など武闘派で鳴らしていた極道やそれに類する者がごろごろといた。ヤクザ者は皆、羽振りよく街を闊歩していた時代だから、喧嘩にも人物ウォッチングにも困ることはなかった。オニガシワという男は、まだまだその頃の極道たちと比肩するには若すぎた。その後、また街で会わないかなぁ、とずっと楽しみにして時が経った形だった。
今は、風間組若頭の柏木、といえば穏健派で通っている。その実、喧嘩などしているところを見たことないし、風間の金庫を守る忠犬などと侮る声さえ聞こえる始末だ。
(せやけど、きっと強さの種類があの頃とは違うんやろな。)
時代も昭和から平成に代わり、極道も街に溶け込むようにして息を潜めなければならない時も多くなった。最近は特に、ネオンの色も違ってきているように思う。肩で風をきって歩いていた極道たちは、みな気づいたらいなくなってしまっていた。あの頃、強いと思っていたいた男は、時代の潮流に押し流されるようにして、この街からも淘汰されていった。
(でも、あの人は、今でもこの街におるんや。)
たとえ鬼柏でなくなったとしても、柏木は柏木だ。この街でしっかり根をはって生きる人なのだ。
「はぁー…かっこえぇのう。」
昨日、もらった写メを見る。グラスもテーブルも一目で良い物だと分かる品だ。きっと物凄い金持ちなんだろう。昨今の男の強さが腕力でなく、経済力だといわれるなら、きっと今でもあの人は、この街随一の強い男なんだろう。
柏木は、ベッドに横になって昨日のメールを見返していた。こちらは完全に男言葉で返信している。昨日は、本当に何を思ってこんな甘えた文面を送ってきたのか、と思っていたが、今見ると、仲の良い友達に送ってもさしつかえない内容だった。だからこそ、こちらが浮ついた姿勢で答えを返しているのが、本当に恥ずかしかった。酔っ払いのオッサンはどちらだ、という話である。
(完全に読み間違えたな…。)
あの真島とメールしている、という事実に浮かれすぎた。謝罪のメールを送らなければいけないのは自分のほうではないのか、とすら思えてきて、さきほどから新規作成画面を開いては閉じしている。
「…………。」
灰色の日常、そこに降ってわいた極彩色。真島吾朗という男は、皆にとっても自分にとっても、きっとそういう男なんだろうと思う。目立たないように空気を読むことが一番と言われている時代に逆行する魅力がある。しかも、その立ち振る舞いが意外とスマートなのである。狂犬という肩書きが先行しているだけに、その意外性に皆やられる。いるだけで皆の耳目を集める極道は、もうこの街にも少なくなってしまった。
(だからといって、だ…。)
昨日見せられた意外性、あの甘えるように見えたギャップは、きっと自分の勘違いなのだろうと猛省する。物語の始めのようなそれに、柄にもなく浮かれてしまった。
「はぁ…ったく。」
長く伸びた前髪を耳にかける。散々迷ったが、こんな時間から謝罪メールもないだろう、と結局何も打たず携帯電話を閉じた。
真島は今日もきょうとて飲んでいるのだが、ナイトキャップ程度のものなので、酔っているというのとはほど遠い状態だった。目の前では、大きめのグラスに焼酎のお湯割りが、温かな湯気をあげている。
「………。」
それを写メにおさめた。昨日のメールに返信するようにして添付する。何度考えても、この機会を失うのは惜しい。特に、昨日の最後のメールを見ていたら、耐えきれなくなったのだった。
(返ってこない、っちゅうのが前提やと気が楽や。)
意を決して送信ボタンを押した。
ぴぴっ、という電子音に、柏木は、読むでもなく見ていた雑誌を横において、携帯をとった。
(おいおい、マジか。)
『差出人:真島吾朗(嶋野組)
日時:2003/02/04 01:37
件名:RE:Re:RE:Re:RE:Re:
本文:今夜の寝酒🍶』
土瓶とお猪口の絵文字、そして添付ファイルがあった。写メには、焼酎のお湯割りだろうか、無色透明の湯気があがるグラスが写されている。昨日と同じ、白に金縁の鏡面仕上げのテーブルに載せられている。拡大すると、奥に麦焼酎の瓶があった。
『またきついの飲んでるな。』
思わずそう返してしまった。先ほどの謝罪の文面をどうしようかと考えている時にくらべ、十倍は軽い指の動きだった。
真島は、口に焼酎を含んだまま、携帯を見て、
「んん!」
と唸った。
(かえってきた!)
小躍りしそうになる。まさかのまさか、である。慌てて本文を打った。件名のところに、RE:が沢山連なるのが、とても嬉しかった。
『差出人:真島吾朗(嶋野組)
日時:2003/02/04 01:44
件名:RE:Re:RE:Re:RE:Re:RE:Re:
本文:床と仲良くなるために飲んでるんやから、これくらいがちょうどいい。』
すぐになされた返信を見て、柏木はベッドルームからリビングダイニングへと移動した。ソファに座り、携帯と向き合う。昨日もあのまま酔って床で眠ってしまったのだろうか。風邪ひかないようにな、と打とうとして、面白くないな、と消した。
『床と仲良くなる前に、肝臓がイカレそうだ。』
『たしかにな!』
即座にきた返信。本当に携帯を握りしめながら飲んでいるのだろう。案外、寂しがり屋なのかもしれない。
『そんなに飲んで、逆に寝つき悪くならないか?』
『あんたは寝酒せんのか?』
こちらが送ると同時に、真島から二通目のメールがくる。送受信のタイミングがかぶってしまった。
『寝酒はやらない。逆に寝つき悪くなるからな。』
『酒飲まんと寝られん。』
次のメールも、また同じタイミングで送受信される。もう電話してやったほうが早いんじゃないか、と思ってしまうほどだ。
『そうなんや。昨日は飲ましてしまった。』
今夜の真島の返信は早かった。昨日タイムラグがあったのは、やはり完全に酔っぱらっていたか、何かキャラクターになりきった遊びでもやっていたのだろう、と推察された。
『まぁ、そういう日もある。お前もほどほどにしろよ。』
ついそう送ってしまってから、説教くさくなってしまった、と後悔した。真島の返信の速さに、素の自分が引き出されてしまう。文章はニュアンスをもっとよく考えて打たなければ、と思った時、
『頭でも撫でてもろたら寝られるかもしれんわ。』
と返ってきた。
「う…っ。」
つい呻いてしまった。昨夜、いやもう今朝か、その時に立ち返って送信を取り消したい。
(ここは絵文字を入れるところだろう…。)
せめて何か装飾でも施されていれば、冗談と笑い飛ばせるのに。真島の声で再現される、彼の素に近い文章なのが余計に照れる。ほんとうに相手が真島なら、我ながら酷い返信をしたものだと頭を抱える。なんとか挽回せねば、と頭をひねる。気づけば、膝の上に肘をついて身を乗り出すようにしてメールをうっていた。
『差出人:柏木さん
日時:2003/02/04 01:55
件名:RE:Re:RE:Re:RE:Re:RE:Re:RE:…
本文:ホットワインなんてどうだ。寝つきよくするらしいぞ。』
受信されたメールを開けた途端、
「あ、はぐらかされた。」
と真島は自分でも驚くほどの関東のイントネーションでそう呟いた。そこには期待を裏切られた感がありありと滲みでていて、自分でも可笑しくなって笑う。
(そう上手くはいかんか。)
昨日は柏木も酔っていたのかもしれない。寝酒はやらないというのだから、偶々のタイミングがたくさん重なった結果、あの魔法のような時間になったのだろう。
『んー、ワインは家に。なに買ったらいいかわからない。』
そう送って、しばらくしても返信がないのを不安になって送信フォルダを見たら、見事に誤字っていた。
『ワインは家にない。銘柄あんま知らん。』
そう送りなおす。
(ちょっと返信こんかったら不安になるって、なんやねん。)
どれだけ女々しいのだ、と我ながら驚く。時計を見る。二時もまわった。相手も寝る時間があるだろう。ちびりちびりと、お湯割りを飲みながら返信を待った。
柏木は返信を見て、家のワインセラーを開けた。最近新しいものを買っていなくて、貰い物や昔買ったものだけが収まっている状態で、少々寂しい絵面だった。
(自分で言っておいてなんだが、どれもホットで飲んで美味い銘柄か分からねぇな。)
アルコールも飛んでしまうだろうから、渋いものより、甘いもののほうがいいだろう、と思う。何本か手にとるが、どうもしっくりこない。そうしている間にも、携帯電話が新たなメールの着信を知らせた。
(銘柄、知らない…か。あまり普段洋酒は飲まねぇのかもしれないな。)
宴会などで真島の姿は見ることがあるが、あまり物を飲み食いしている姿はイメージできるほど、見てはいなかったことに気づく。真島の酒の趣味も知らなかった。
『普段、何飲んでんだ?』
そう素直に聞いてみた。
二杯目を作ろうとしたところ、着信があり、真島は立ち上がるのをやめた。
(会話続かせてくれとるやないか。)
なんだか自分に興味をもってもらっているみたいで嬉しい。
『なんでも飲むで。』
『焼酎が好きなのか?』
『あれは貰いもんやから飲んでた。日本酒、スコッチも好きや。』
『それに缶酎ハイなんかも飲むんだろ。幅広いな。』
『とりあえず、もろたもんは捨てんと飲む主義なんや。』
必死で文字を打った。柏木と普通に会話している、その事実が嬉しかった。
柏木は、打てばすぐに返って来るメールを見ながら、
(また朝になっちまうな…。)
と困っていた。真島との話はわりと楽しく、気づけば時計の針は午前三時をさそうかとしている。
『あんたは、何飲むねん?』
矢継ぎ早の着信に、思わず途中送信してしまっていた。
『差出人:柏木さん
日時:2003/02/04 02:56
件名:RE:Re:RE:Re:RE:Re:RE:Re:RE:…
本文:もう三時』
ときた。たしかに、と時計を見上げる。
(しもた、調子にのりすぎた。)
すまんな、と打って、それは魔法を解く言葉だと思いなおして、文面を考える。
(なんかないか…。)
おやすみ、と打とうか、だが、そんな関係もないし、さすがにこっぱずかしいと指を彷徨わせていると、再び着信。
『三時過ぎると眠くてな。また明日な。』
明日、という文字に肌がざわっと鳥肌立った。
『おう、すまんな、おやすみ。』
すっと出てきた言葉に、かえってくる返信。
『おやすみ。』
携帯をたたむ。それを握りしめ、
「あー…。」
と甘くあえいで床に転がった。一連のメールのやり取りを見返す。
(なんや、この雰囲気。)
気のすむまでその文字を眺めてから、携帯を充電プラグにさす。それをお守りのように頭の横に置いて、寝る体勢になった。寝室から持ってきて、そのまま床で転がって眠る用に降格したヨレヨレの毛布をかぶる。歯磨きは起きた時にしよう。酔いとなんだか幸せな気持ちで、ふわふわとしながら眠気の尻尾を掴む。せめて夢のなかで、一緒に飲めたらいいなぁ、と思って目をつぶった。
三日目。
柏木が家に帰りつきジャケットをハンガーにかけていると、着信があった。昨夜よりずいぶん早い時間だ。組からの連絡か、と着信画面を見て驚く。
『差出人:真島吾朗(嶋野組)
日時:2003/02/05 00:17
件名:本日の
本文:寝酒、にはまだ早いな。』
(真島から? そういえば、昨日、話の途中だったな…。)
写メがある。いつものテーブルの上に、琥珀色の液体とグラスが写されてあった。
『件名:お前、早いな。
本文:こんな時間からずっと夜中とおしで飲んでるのか?
俺は甘い酒はあまり飲まない。日本酒は大吟醸以外。』
そう打って、風呂に入った。今夜も寝酒に付き合うのだから、いつでも眠れる態勢でないと、と自然と思っている自分に気づいて驚いた。
真島は、返ってきたメールに、ニヤニヤとした顔を隠せず酒に口をつけた。このあいだ、柏木が写メで送ってきてくれていたウィスキーを昼間に調達してきた。わずか五千円程度で買えて驚いた。グランドでこれを出していた当時は、まだ関税の影響か日本円が安かったためか、洋酒が高かった。仕入れ値で二万くらいしていたのではないかと思う。
(同じの飲んでる、て送ったらさすがに気持ち悪いやろか。)
グラスだけの写真と、瓶が写った写真と二枚撮って、先ほどは前者を送った。
(しかし、早いな、って、なんやろ。)
こんな時間から飲んでることを言っているのか、それとも、こんな時間に自宅にいることを言っているのだろうか。確かに、あの街はこれからが本番である。普段なら自分もまだまだあの辺りを彷徨っているが、今日は早めに出て帰ってきた。すべては、この時間の為、である。組からも連絡がきていたが、放置していた。
『件名:おつかれさん。
本文:今日は忙しかったんか?
日本酒ええな。俺も好きや。一升開けてまうこともあるわ。』
三日目にして、どんどん積極的になっている自分に驚きつつも、そう返信した。
柏木が風呂から出てくると、携帯にはメールが返ってきていた。タオルで髪の水分をぬぐいながら、それを確かめる。
(おつかれさん、か。本当に、真島なんだよな…。)
正直、まだあの男が、こんなまともに、しおらしく、こちらを気に掛ける文面を打っていることに疑念はある。何かに晒される用に嵌められている可能性もあるか、と一瞬頭をよぎったものの、それならもう一日目に大爆死している為、今更だ、という気もする。
『よく飲むな。毎日、寝酒か?』
『ほぼ毎日、でも今日は気分ええからそこまで飲んでない。』
『そっか。ほどほどにな。』
会話が途切れたのを見て、明日の準備をする。クリーニングにだすスーツをランドリーバッグに突っ込み、新しい上下を用意する。クリーニングから帰ってきたシャツのビニルカバーをとって、鴨居に吊るした。
真島は、返ってくるメールの時間にラグがあるので、はやり0時台はまだ忙しいのかもしれない、と思って反省した。
(もしかして、まだ家やないのかもしれん。)
一時頃帰宅、二時過ぎ就寝、という生活なのかもしれないな、と思う。自分がたまに早くに起きて、あの街にいくことがあっても、柏木はそこにいる。昼すぎから夕方まで事務所にいるのか、と思っていたが、実際はもっと長い時間あの街に拘束されているのかもしれない。働く時間に比例して稼いでいるのだと思えば、ヤクザ者といえども、まっとうに働いているなぁと頭が下がる。こちらの自堕落な生活につきあわせて睡眠時間を邪魔するのは少し気が引けた。
(そういや、組から連絡きてたな…。)
西田という地味だが器用なやつが、事務方をやってくれているおかげで、自分はシノギ関連の仕事において、最後の可か不可か判断するところだけ決済すれば事が運ぶようになっている。上の嶋野のところからの案件ですら、最近は自分に直接話をもってくると事が滞るので、西田経由で話がくる始末だ。メールを開く。今夜も、そういうことらしい。
『嶋野組からの案件で、来週の火・水、鳥羽(三重県)にいってくれ、ってことですが、親父のご都合どうですか。こちらの組の予定はありません。』
簡潔である。何の用事か、などとは書かれていない。書かれていてもこちらが読み飛ばすことを見越しての話だ。興味があれば聞き返すだろう、といい様に諦められているのもあるだろう。三重県か遠くて面倒だが、柏木の働きぶりを見ていると、自分も少しは仕事をしないといけない気がした。
『行く、て返事しておいてくれ。』
『わかりました。』
すぐに返信がきた。時計を見れば、一時半。これで寝られる、とでも思っているのだろうか。
(柏木さんもそうなんかもしれんな…。)
他からきた話を組長の風間に上げるべき案件なのかどうか判断したり、部下の管轄を一手に担っているのかもしれない。自分が西田にまるっと任せていることを、あの人は十倍の規模でしているのだとしたら。
(そら忙しいはずやな。)
そう思うと、西田もちょっとは労ってやらなければいけない気もした。メールの着信がくる。また西田からか、もうええやろ、明日顔合わせた時に話しゃええんやから、と無視しようと思ったが、何か特記事項などであればと一応確認しようと殊勝にも携帯を開いた。
『差出人:柏木さん
日時:2003/02/05 01:46
件名:ワイン
本文:ホットにして美味いもの、また調べておく。』
昨日の話の続きのような話題だった。この時間、寝る前のちょうど手持無沙汰な時間なのかもしれない。思わず口角があがるのを指でおさえて、返信した。
柏木は、明日の用意が一段落したのをみて、充電器にさした携帯電話を開いた。真島からのメールはきていなかった。
(ランプがついてねぇんだから、そりゃそうか。)
もしかしたら、と思っていた自分が可笑しい。手持無沙汰で、過去のメールを見返す。ワインの銘柄についての話がそのままになっていたので、返信しようと、新規作成画面を開いた。
「……おっ。」
気づけばどこ産のあれがいいとかどうとか長文を打ってしまって、何してんだ、とそれを途中保存した。グダグダ長い文章をうつのは寂しいオッサンの特徴だ、とバーで若い奴が話していた。その通りになってしまっていた、と肩をすくめる。その代わりに、ホットワインにして美味しい銘柄をまた知らせると打った。
『件名:Re:ワイン!ワイン!
本文:ほんまか、楽しみにしておくわ。忙しいやろに、すまんな!』
そうすぐに返ってきた。わざわざ件名をいじっているところなんかも、可愛いやつだな、と思う。
(ワインの銘柄、詳しく知らないんだったな。)
先ほど途中保存したメールを呼び出し、編集する。細切れにしようか、もう少し簡潔に銘柄と値段帯だけでまとめようか、と色々していたら、真島からのメールが追加で入ってきた。
『件名:もう二時
本文:あんた寝る時間やろ。おやすみ!』
時計を見れば、とっくに二時を回っていた。真島はそういう配慮もできるのか、と驚く気持ちで、おやすみ、と送って携帯を閉じた。そのまま暫く携帯電話を離せなかった。少し、寂しい、と思っていた自分に気づいて、二重に驚く夜だった。
つづく