はねた
TRAININGお昼ごはんを食べる監督とコーチたちを書きました。ループ&ループ「どうしたんだい、それ」
休憩室のドアを開けた瞬間、目に飛びこんできた光景に月島は驚きの声をあげた。
後輩からのその問いに、福田はぐいと口を引きむすぶことで返す。冷凍庫から氷をとりだしながら、それがなあと弁禅が苦笑まじりに答えた。
「花ちゃんにセクハラして殴られたんじゃ」
「違うわ」
選手用のアイスパックを弁禅から受け取り、福田はそれを右頬にあてる。義妹に張られたという、手形の跡はくっきりとして鮮やかだった。
はあと月島は小首をかしげる。
休憩室は雑然としている。窓際にはローテーブルがあって、革張りのソファが二脚据えられていた。ふてくされた顔で陣取った、福田の真向かいに月島は座る。
「福田さん、犯罪は困るよ。クラブの経歴に傷がつく」
2380休憩室のドアを開けた瞬間、目に飛びこんできた光景に月島は驚きの声をあげた。
後輩からのその問いに、福田はぐいと口を引きむすぶことで返す。冷凍庫から氷をとりだしながら、それがなあと弁禅が苦笑まじりに答えた。
「花ちゃんにセクハラして殴られたんじゃ」
「違うわ」
選手用のアイスパックを弁禅から受け取り、福田はそれを右頬にあてる。義妹に張られたという、手形の跡はくっきりとして鮮やかだった。
はあと月島は小首をかしげる。
休憩室は雑然としている。窓際にはローテーブルがあって、革張りのソファが二脚据えられていた。ふてくされた顔で陣取った、福田の真向かいに月島は座る。
「福田さん、犯罪は困るよ。クラブの経歴に傷がつく」
はねた
TRAINING現役時代のファンサの話を一年生にする首脳陣を書きました。ふくだて。
happy trail あーさりくーん、というきいろい声が練習場に響き渡った。
なんだと見やるそのさき、フェンス越しに大学生らしい少女たちが手をふっている。きゃっきゃと笑いさざめくさまはなかなかに愛らしい。さてではなまえを呼ばれた当人はと見れば苦虫を噛み潰したような顔をしているから、福田はつい苦笑してしまう。青少年だよなあ、と心のうちでつぶやいて、一年生の集団に歩み寄った。
練習を終えたばかりで、子どもたちはまだ汗も拭いていない。上級生たちがぞろぞろと帰っていくのに遠慮しているのか、練習場の片隅でかたまって立ち話をしている。注目の的となっている朝利はむっとした顔を隠そうともせず、そのかたわらで青井が減るもんやなし手ェくらいふってやれやと言い、大友がなにやら呪詛の言葉を吐いている。
3867なんだと見やるそのさき、フェンス越しに大学生らしい少女たちが手をふっている。きゃっきゃと笑いさざめくさまはなかなかに愛らしい。さてではなまえを呼ばれた当人はと見れば苦虫を噛み潰したような顔をしているから、福田はつい苦笑してしまう。青少年だよなあ、と心のうちでつぶやいて、一年生の集団に歩み寄った。
練習を終えたばかりで、子どもたちはまだ汗も拭いていない。上級生たちがぞろぞろと帰っていくのに遠慮しているのか、練習場の片隅でかたまって立ち話をしている。注目の的となっている朝利はむっとした顔を隠そうともせず、そのかたわらで青井が減るもんやなし手ェくらいふってやれやと言い、大友がなにやら呪詛の言葉を吐いている。
はねた
TRAININGおうちのことが終わったあとのあくつくんと、おうちのことを聞いてしまったという感じのあしとくんを書きました。誠実な詐欺師 制服の上着を脱げば、香の匂いがふいとくゆった。
母親の葬儀からしばらくが経つ。面倒がってクリーニングに出さずにいたものが、いまさらになって染みだした。
上着を椅子の背に放る。目測を誤ったか床に落ちる、それを叱言まじりに拾いあげる手ももはやない。床はゴミ箱でも箪笥でもないんだからなんでもかんでも置きっぱなしにするなよという、声ばかりが耳の底に残っている。いもしないものに従うのは癪だったけれども、なんとはなしおさまりが悪くなって阿久津は上着をハンガーにかけた。
二段ベッドと机がふたつ、あとはモニターがあるきりの簡素な部屋だった。ベッドも机も自分がひとつ使うばかりで、かつてあったひとの気配はほとんど失われている。そのくせたった一日きりの香の匂いがいつまでもこびりつくのだから妙なものだった。
4398母親の葬儀からしばらくが経つ。面倒がってクリーニングに出さずにいたものが、いまさらになって染みだした。
上着を椅子の背に放る。目測を誤ったか床に落ちる、それを叱言まじりに拾いあげる手ももはやない。床はゴミ箱でも箪笥でもないんだからなんでもかんでも置きっぱなしにするなよという、声ばかりが耳の底に残っている。いもしないものに従うのは癪だったけれども、なんとはなしおさまりが悪くなって阿久津は上着をハンガーにかけた。
二段ベッドと机がふたつ、あとはモニターがあるきりの簡素な部屋だった。ベッドも机も自分がひとつ使うばかりで、かつてあったひとの気配はほとんど失われている。そのくせたった一日きりの香の匂いがいつまでもこびりつくのだから妙なものだった。
はねた
TRAININGaoas首脳陣にふくだてを添えました。首脳陣はかわいい。
そんなことがすてきです。「望って呼ぶやつ増えたよな」
ぽつりという声に、伊達はチェックボードから顔をあげた。
練習場は賑やかに、こどもたちの活気で溢れている。AとBの練習試合、紅白戦の最中だった。とはいえ先日の公式戦のふりかえりとガス抜きも兼ねてのことだったから、なんとはなし気のゆるむところもある。昼も過ぎた頃合い、陽射しもうららかに、ともすれば眠気にさえ誘われる。
福田は練習場の隅のあたり、フェンス前の定位置で腕組みをしている。視線は選手たちに向けられたまま、こちらの目問いに応えるように話を続ける。
「選手やスタッフ、サポーターもさ、結構な確率でみんな、おまえのこと望って下のなまえで呼ぶよな」
「言われてみればそうだな」
2272ぽつりという声に、伊達はチェックボードから顔をあげた。
練習場は賑やかに、こどもたちの活気で溢れている。AとBの練習試合、紅白戦の最中だった。とはいえ先日の公式戦のふりかえりとガス抜きも兼ねてのことだったから、なんとはなし気のゆるむところもある。昼も過ぎた頃合い、陽射しもうららかに、ともすれば眠気にさえ誘われる。
福田は練習場の隅のあたり、フェンス前の定位置で腕組みをしている。視線は選手たちに向けられたまま、こちらの目問いに応えるように話を続ける。
「選手やスタッフ、サポーターもさ、結構な確率でみんな、おまえのこと望って下のなまえで呼ぶよな」
「言われてみればそうだな」
はねた
TRAINING飲み屋でくだを巻くふくださんとそれに付き合うだてさんを書きました。ふくだて。
ハッピーエンド「つーきしまー」
呼ばわるさき、ふわふわとした髪がふりかえる。いちおうは上役を立ててくれるものか、事務仕事をする手がぴたりと止まった。
なんですかーとこちらに合わせるように間伸びした、その声に福田は盛大に顔をしかめてみせた。
「おまえ秋山の誕生日にテディベアやったってほんとか」
指導用ノートを丸め、とんとんと肩を叩くこちらに向かって月島は悪びれることなくにっこりとする。
「僕っていうか二年生みんなですけどねー。秋山くんのお誕生日にあげるもの何がいいかって高杉くんたちが相談し合ってたとこにたまたま通りがかったので、秋山くんドイツの代表GKとおんなじプレースタイルだし、あのGKといえばちいさいころおっきなテディベアと一緒に試合に出てたとか癇癪起こしてゴール放棄して代わりにそのテディベアにゴール守らせてたとか有名だから、あとテディベアかわいいし、あやかっていいかなって。僕は案を出しただけでお金は払ってませんよー、贔屓になっちゃうでしょ」
4019呼ばわるさき、ふわふわとした髪がふりかえる。いちおうは上役を立ててくれるものか、事務仕事をする手がぴたりと止まった。
なんですかーとこちらに合わせるように間伸びした、その声に福田は盛大に顔をしかめてみせた。
「おまえ秋山の誕生日にテディベアやったってほんとか」
指導用ノートを丸め、とんとんと肩を叩くこちらに向かって月島は悪びれることなくにっこりとする。
「僕っていうか二年生みんなですけどねー。秋山くんのお誕生日にあげるもの何がいいかって高杉くんたちが相談し合ってたとこにたまたま通りがかったので、秋山くんドイツの代表GKとおんなじプレースタイルだし、あのGKといえばちいさいころおっきなテディベアと一緒に試合に出てたとか癇癪起こしてゴール放棄して代わりにそのテディベアにゴール守らせてたとか有名だから、あとテディベアかわいいし、あやかっていいかなって。僕は案を出しただけでお金は払ってませんよー、贔屓になっちゃうでしょ」
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TRAININGaoasつきしまさんとだてさんが試合を観戦する話を書きました。リライト ピッチにいくつもの声が響いている。
空は晴れていた。青あおとしたそこに、ときおりちらりと鳥の影が落ちた。
市営陸上競技場の観客席最前列に月島はいる。かたわらには伊達がいて、さきほどからずっと無言でピッチを見据えている。
土曜日の昼だった。
ユースの遠征帰り、近場でかつての同僚と教え子の試合があると聞いて月島は伊達とふたり、チームと分かれてこの地まできた。福田は用事があるとかで、あいつらによろしくなーという言葉のみを餞別に寄越してきた。
スタンドの観客収容率はざっと見たところ二百人ほど、指定席はないからあちこちに立ち見が出ている。人気なんだねと言えば伊達がちいさく頷いた。五部リーグの上位を争う両クラブには、かつての日本代表やスター選手の姿もちらほらとある。
3325空は晴れていた。青あおとしたそこに、ときおりちらりと鳥の影が落ちた。
市営陸上競技場の観客席最前列に月島はいる。かたわらには伊達がいて、さきほどからずっと無言でピッチを見据えている。
土曜日の昼だった。
ユースの遠征帰り、近場でかつての同僚と教え子の試合があると聞いて月島は伊達とふたり、チームと分かれてこの地まできた。福田は用事があるとかで、あいつらによろしくなーという言葉のみを餞別に寄越してきた。
スタンドの観客収容率はざっと見たところ二百人ほど、指定席はないからあちこちに立ち見が出ている。人気なんだねと言えば伊達がちいさく頷いた。五部リーグの上位を争う両クラブには、かつての日本代表やスター選手の姿もちらほらとある。
はねた
TRAININGふくだてが気になっています。スタンドバイミー 兄ィがな、と少女は言った。
ベンチのうえに両膝を抱えて、その目はまっすぐに前を向いている。ベンチの陰になった、地面には藤色のスニーカーがひと組きちんと揃えられていた。大雑把なように見えて、座面を土足で踏みつけにしないところが育ちの良さをあらわしている。
夜だった。
こどもたちの去ったあとのグラウンドはどこかうら寂しい。地面にスパイクの跡がいくつか、夜間照明のしたくっきりと浮かびあがる。整地って結構たいへんなんじゃがなと、そんなことを考えながら弁禅はおうと相槌を打つ。
冬も間近とあってあたりは冷えている。
どこかで虫の鳴き音がした。
ジャージ一枚羽織ったきりの軽装ではさすがに骨身にこたえる。寒いのうとぶるりとおおきく身震いすれば、かたわらで少女がきょとんとした。大仰な身振りをすればこどもはたいてい笑うものなのに、まっことお嬢さん育ちよのと弁禅はこっそり感心する。
4338ベンチのうえに両膝を抱えて、その目はまっすぐに前を向いている。ベンチの陰になった、地面には藤色のスニーカーがひと組きちんと揃えられていた。大雑把なように見えて、座面を土足で踏みつけにしないところが育ちの良さをあらわしている。
夜だった。
こどもたちの去ったあとのグラウンドはどこかうら寂しい。地面にスパイクの跡がいくつか、夜間照明のしたくっきりと浮かびあがる。整地って結構たいへんなんじゃがなと、そんなことを考えながら弁禅はおうと相槌を打つ。
冬も間近とあってあたりは冷えている。
どこかで虫の鳴き音がした。
ジャージ一枚羽織ったきりの軽装ではさすがに骨身にこたえる。寒いのうとぶるりとおおきく身震いすれば、かたわらで少女がきょとんとした。大仰な身振りをすればこどもはたいてい笑うものなのに、まっことお嬢さん育ちよのと弁禅はこっそり感心する。
はねた
TRAININGあくあしについて語る平さんと福田さんをかきました。きみはいいこ「阿久津がね」
平がそう言うのを、福田は黙って聞く。
空は晴れていた。寮舎に添い生えた木々が、風にさやかに揺れていた。
監督をまえにして、平はもう自分の話をすることはない。その顔はすっきりとして、けれどどこかにサッカーへの未練を残している。あるかなきかの、それを辿れなくなったなら自分は監督として終わりだなとそんなことを頭の隅で考えた。
「阿久津が寮に入ってきてしばらくして、フリールームにごきぶりが出たんですよ」
ごきぶり、と鸚鵡返しにすれば、平はハイとどこか得意げに笑う。苦手ですかと続けて聞かれたのは自分の顔がゆがんでいたせいかと、福田はつるりと頬をなでる。
「まあ、すきではないな」
「俺もです」
平は笑ってそう言った。
1969平がそう言うのを、福田は黙って聞く。
空は晴れていた。寮舎に添い生えた木々が、風にさやかに揺れていた。
監督をまえにして、平はもう自分の話をすることはない。その顔はすっきりとして、けれどどこかにサッカーへの未練を残している。あるかなきかの、それを辿れなくなったなら自分は監督として終わりだなとそんなことを頭の隅で考えた。
「阿久津が寮に入ってきてしばらくして、フリールームにごきぶりが出たんですよ」
ごきぶり、と鸚鵡返しにすれば、平はハイとどこか得意げに笑う。苦手ですかと続けて聞かれたのは自分の顔がゆがんでいたせいかと、福田はつるりと頬をなでる。
「まあ、すきではないな」
「俺もです」
平は笑ってそう言った。
はねた
TRAININGaoasのつきしまさんとふくださんを書きました。つきあってはいない。
つきしまさんのことが知りたくてならないきょうこのごろです。
colors 夜は冷えている。
昼間はこどもたちの賑やかな声が絶えないクラブハウスも、八時を過ぎればしんとしていた。ときおり耳をかすめるのは自分のめくる紙の音ばかり、日中は指導があるからとついついあとまわしにしてしまった書類がいま机上に山と積まれている。
事務室は広い。向かい合わせになった机がずらりと列をなした、その片隅に月島はいた。クラブの経営が苦しいわけではないけれど、数年の社会人生活で節電は身に染みついている。明かりは頭上の蛍光灯ひとつきり、ほかはひっそりとして暗い。薄闇にパソコンやプリンタの電源ランプがちいさく浮かんでいた。空調も切っているから、ジャージを羽織ったばかりの喉元が肌寒い。
残業ってガラでもないんだけどねえ、と肩をたたきつつ月島は立ちあがる。目処はまだつきそうになかった。コーヒーでも買いにいこうかなと上着のポケットを探る、と、そのときドアの開く音がした。
3588昼間はこどもたちの賑やかな声が絶えないクラブハウスも、八時を過ぎればしんとしていた。ときおり耳をかすめるのは自分のめくる紙の音ばかり、日中は指導があるからとついついあとまわしにしてしまった書類がいま机上に山と積まれている。
事務室は広い。向かい合わせになった机がずらりと列をなした、その片隅に月島はいた。クラブの経営が苦しいわけではないけれど、数年の社会人生活で節電は身に染みついている。明かりは頭上の蛍光灯ひとつきり、ほかはひっそりとして暗い。薄闇にパソコンやプリンタの電源ランプがちいさく浮かんでいた。空調も切っているから、ジャージを羽織ったばかりの喉元が肌寒い。
残業ってガラでもないんだけどねえ、と肩をたたきつつ月島は立ちあがる。目処はまだつきそうになかった。コーヒーでも買いにいこうかなと上着のポケットを探る、と、そのときドアの開く音がした。