520いつだったろうか。
いや、そもそも現実ではないのかもしれない。遠い闇の中で聞こえた、囁く声。
秘密を打ち明けるような、まるで聞こえてしまうことを怖れるような。
それが、自分の中で広がっていくのがわかった。凪いでいた水面に落ちる一滴の雫が、身のうちで波紋となった。
震える。
満たされる。
ああ、きっと、自分は待っていたのだと知る。
返さなければ。
同じ言葉を。
同じ気持ちを。
暗い夜の後、朝が来たら。
何の話だと君は笑うだろうか。
だけど、あれは君だろう?
「……ああ、目が覚めた?おはよう、阿絮」
目の前の微笑みが懐かしい気がした。さては夢を見ていたのかと数度、瞬きをする。
「どうかした?」
キッチンから漂う珈琲の匂い。いつも通りの朝だ。
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