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    ltochiri

    二次創作いろいろ

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    ltochiri

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    英智と桃李のバースデー後の『英智デー』にあんずが呼ばれた世界線の英あんです。

    ##小説
    ##英あん

    癒しの象徴 会場の部屋に到着した瞬間、眩しいものが見えた。

    「英智さま、どこか凝ってるところはない?」

     英智の肩に手を置いた桃李が背中から顔を覗かせて英智に訊ねていた。
     さながら天使を描いた西洋絵画のようだ。あんずは感動で震えていた。このまま彫刻にしたい。あんずが芸術家ならこの場で作業を開始して取り掛かっていただろう。
     持ち前の天真爛漫で溌剌とした声に相手を労わる気持ちを乗せたらそこには優しい世界ができあがる。英智に体重をかけないようにしながらそれでも少し子どもっぽく無邪気な素振りを桃李は残していて——とにかく素晴らしいシチュエーションなのだ。

    「う〜ん、レッスンで身体は動かしているつもりだけれど。それでもどうしても肩が凝ってしまうね」

     一方の英智は桃李の方へと顔を向けながら、困ったというような調子で笑う。けれどその表情はずっと穏やかで、まるで人間界にうっかり落ちてきてそのまま生活していたらすっかりなじんでしまった天上人だ。発言こそ人間味に溢れているが、仕草や表情からただものではないことは明らかである。
     けれど、とあんずは推察する。
     英智の肩をほぐして労いたいと考えている桃李に対し、英智はそれを享受すべきか、どうも悩んでいる様子だ。
     その迷いが答えだということには、気づいていない。

    「今日は英智さまを労うって決めてたんだ。だからこうして英智さまの肩を揉んでいられるのはfineのみんなからの誕生日プレゼントだと思ってるの。みんな、ありがとう」
    「Amazing……♪ 姫君の成長は私達の喜び……☆ そんな成長著しい姫君に、私からのサプライズなバースデープレゼントです!」
    「な、なに!? ちょっ、今はやめて——…!」

     渉の鳩が桃李の右肩に乗っている。羽根があたってくすぐったそうな、痛そうな声で桃李は抗議している。
     一転していつもの風景が見え始めたので、あんずは顔の前に翳していた右手をそっとおろした。眩しかった。指の隙間からちゃっかり見ていたけれど。
     すると弓弦があんずに話しかけた。いつのまにかあんずのすぐそばまで来ていたらしい。もしかしたらタイミングを伺っていたのかもしれないが、その気配すら感じさせなかった。

    「ようこそ、『英智デー』へ。お待ちしておりました」
    「桃李くんに誘われて来たんだ。今週は二人の誕生日イベントやパーティーに参加してくれてありがとう、弓弦くん。ちょっと忙しかったよね」
    「とんでもない。光栄なことです。晴れやか日の連続でしたね」

     すると前触れもなく目の前で紙吹雪が噴出した。いや、紙吹雪というか、フラワーシャワーというか、エア噴水というか。とにかく地面からクラッカーを鳴らされたような、軽い爆発のような、そんな勢いだった。

    「うわっ!?」
    「坊っちゃま!」

     弓弦は桃李の身の安全を確認しようと飛び出していく。ものが紙吹雪という点から見て渉が仕掛けたもので、危険性はないと推測できるが、それでも万が一を考えて行動するところが彼らしい。
     桃李は英智の肩からいったん手を離して、文句を言いながら弓弦の肩に乗った紙吹雪をはらっていた。掃除が好きな弓弦も、自身の身体についた紙吹雪を片付けるのには幾分か苦労するだろう。
    ——などと考えながら、あんずは驚いたまま呆然と立ち尽くしていた。桃李が弓弦の頭を触っているのを見て、真似するように両手で頭の上をはらうと紙吹雪がたくさん落ちてくる。一つ手に取った。よく見ると花の形に切られている。芸が細かい。

    「……『晴れ』って単語に反応したの?」

     ぼん!

    「ぱちぱちぱち。よくお気づきになられましたね」

     仕掛けた当人が拍手をしてどこからともなく現れた。あんずは仕組みを想像した。舞台演出やイベントの演出などで培われた経験と、少しの勘がひとつの案を弾き出す。

    「他にも反応する単語がありそうですね」
    「Amazing! あんずさんを驚かすことがだんだん難しくなってきましたね……しかしそれでこそ驚かしがいがあるというものです……☆」
    「ほ、褒められてるんですよね……? ありがとうございます」

     ぺこりとお辞儀をしてから再び渉の顔を見上げた。口元は笑みを浮かべているが、目を見ると見透かされそうで、あんずは渉をときどきおそろしく感じることがある。
     含みを持たせるように、一瞬の間を置いたあと、渉はあんずの耳元で囁いた。

    「それよりいいんですか?」
    「へ」
    「英智がこっちを見ていますよ……♪」
    「……ッ!」

     遅れて来たのがいけなかったのだろうか。
     英智がちらちらとあんずに向けて目配せのようなものをしている。
     あんずは笑顔を浮かべなら内心ひどく焦っていた。

     『英智デー』は毎週日曜日に開催される休日の催しだが、今週は特に休日の意味合いが強い。というのも、天祥院英智と姫宮桃李の誕生日が間近であったばかりだからだ。
     英智は今週の『英智デー』を楽しみにしている様子だったし、桃李はそんな英智を労おうと張り切っていた。そしてしばらく『英智デー』から足が遠のいていたあんずが誘われた。
     けれど現状、弓弦と渉に歓迎されただけで英智にも桃李にも会って話せていない。
     つまり、今、すぐに行くべき状況である。

    「えっ……と。すみません渉さん、同行していただけ——」

     あ、いない。
     渉は姿を消していた。先に合流していた。瞬間移動が何かか。瞬間移動といえば、さっきまで弓弦の隣には桃李がいたはずだが、いつのまにか見当たらなくなっている。

    「あんず〜! 来てたなら言ってよね!」

     桃李が腰に手を当ててあんずの目の前にいた。くりくりとした黄緑色の目がつり上がっていて、少しご立腹のようだ。

    「瞬間入れ替わり?」
    「もう! なに言ってるの〜。今日はね、とびっきり美味しいマカロンを用意したんだから、あんずも食べなきゃダメ!」
    「わ、わかった……!」

     桃李に腕を引っ張られながら、三人の元へ向かう。
     その間も、英智はあんずにむけてちらちらと水色の視線で様子を伺っているみたいだ。

    (視線が痛くて気まずいのは、わたしだけ?)

     もちろん、あんずは英智を労うつもりでいる。
     桃李と同じように肩を揉んだり、紅茶を入れたり。もし求められるのなら、お菓子をあ〜んして食べさせるのも、膝枕だって拒まない。
     ただそれは、二人きりのときにするものだ。
     こんな、誰に見られてもおかしくない——fineの他のメンバーには見られることになる——場所で、アイドルとしての価値を損いかねない行動は、慎むべきというのがあんずの考えで、それは英智も同じはずだ。
     なによりあんずは『英智デー』にゲストでお邪魔している立場なのだから、他のメンバーのやりたいことを優先してほしいと、そう思うのだけれど。

    「あんずちゃん」
    「へっ! はい!」

     突然英智に話しかけられたあんずは驚いて飛び上がった。しびれを切らして声をかけてきたが、何が目的だろう。あんずは脳内でめまぐるしく英智の思惑を想像する。

    「こっちにおいで」
    「え、えっと……」
    「そんなにかしこまらないで。桃李が僕を労ってくれているだろう? だったら僕は、そこでチャージされたエネルギーであんずちゃんを労おうと考えたのだけれど、どうかな?」
    「どうも、こうも……」

     触れ合うことを容易に認められないあんずは、しかしどう答えるのが適切かと考えてしまい、言葉を濁す形になった。
     そして言われたとおり英智の近くまで近寄ると、椅子に座った英智があんずを見上げる格好になる。ふだん背の高い英智を見上げることがほとんどなあんずは不思議な感覚に陥った。
     そんなあんずをよそに英智は思案げな表情を見せる。

    「その反応、労うだけじゃだめか。それじゃあ、これは僕からのお願い。恋人として思う存分、あんずちゃんに甘えてほしいな」
    「あ、あまっ」
    「膝枕がいい? それともマカロンあ〜んしてほしい? あんずちゃんのリクエストになんでも答えるよ」

     観念したようにあんずはため息を吐くと、椅子に座った。そして英智に背を向けたかと思うと、顔だけ振り向いて、英智に唯一思いついたことを頼んだ。

    「では、えっと、髪を梳かしてもらえますか」
    「うん、わかった」

     英智は満足そうに微笑んだ。
     あんずは安堵して前を向いた。
     おそらく弓弦が保有していたのだろう、ヘアブラシを手に英智はあんずの髪に触れた。ブラシがすっと通っていくのを感じる。

    「あんずちゃんの髪はサラサラで、触っていて気持ちがいいね」
    「英智さんの手つきが優しいからですよ」

     身を預けたことで、あんずは途端に思い出した。かつて英智が学院に在籍していた頃は、よく髪を梳かしてもらったなと。南国へ行った時さえブラッシングしてもらっていた。
     彼が気に入ってしていたことを、結局自分も気に入っていた、ただそれだけの話だったのだ。そう考えるとあんずは少しおかしくなって肩をすくめた。
     あんずがリラックスしたのを英智も感じ取ったのだろうか。不意に身を乗り出すようにして、耳の近くに唇を寄せた。

    「絶対誰にも触れさせちゃダメだよ」
    「っ、は」

     はい、とは声にならなかった。代わりにコクコク、と頷く。顔が火照って熱い。赤くなってないことをあんずは祈った。
     楽しそうに微笑む声が耳を掠める。だがすぐに、近くにあった体温が遠のいたのを感じて、切なくなった。

    「ほかにしてほしいこととか、したいことはない? あ、仕事に繋がること以外でね」

     無理難題をふっかけないでほしい。あんずは日常の発見すら仕事に生かそうとするし、ちょっとしたことでもモチベーションに置き換える。だから仕事に繋がらないことなどない。だからこれはつまり、答えが限られる問いである。
     あんずは英智の方へと体の向きを変えると、空色の瞳で英智を見つめた。

    「何もしないで、隣にいてください」
    「うん、いいよ」

     柔和に微笑んで喜ぶ英智に、あんずは笑顔で応じた。

    「……まぁ、本当に何もしないと約束はできないけれど」
    「え、今なにか」

     不穏な台詞が聞こえたような。

    「ひとりごとだよ。じゃあ今日はみんなでのんびり窓から景色でも見ようか」
    「青空も見えますねぇ」
    「上空の空気が澄んでいるからでしょう」
    「ほんとだ、めちゃくちゃ晴れてる」
    「あっ」

     例の仕掛けが発動した。

    「もう、さっきからなんなの〜!」

     桃李の悲鳴と、舞い散る花吹雪。笑い声と、呆れた声。
     『英智デー』が演出する、少しくすぐったいような、穏やかな空気に身を任せ、あんずはそっと英智の指に触れた。

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