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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    鍾魈短文「耳かき」
    耳かきするしょしょ

    #鍾魈
    Zhongxiao

    耳かき「魈、少し頼みたいことがあるのだが」
    「はい、どのようなことでしょうか……」
     例えばこれが、魔神戦争の真っ只中であれば、何の疑問も抱くことはなく魔神や妖魔討伐の命だと思っただろう。
    「お前は目が良かったな」
    「はい……」
     しかし、事実上契約関係が終わった今となっては、妖魔討伐を自ら進んですることはあっても鍾離から頼まれることはほぼない。だから、何を頼まれるのか予想がつかず、一歩後ずさってしまう。
    「……耳かきをしてもらえないだろうか」
    「……み、みみ、かき……ですか」
     なんだそれは。少しにこやかに言った鍾離は手には、筆よりも細い棒状のものが握られていた。
    「毛繕いのようなものと捉えてもらって構わない」
    「……はぁ……」
     先端が丸みを帯びているそれで鍾離の頭皮でも掻くのだろうか。それと視力の良さは何が関係しているのか、考えてもよくはわからなかった。
    「場所は寝台の上がいいな。良ければ俺の洞天で行いたいのだが、どうだろうか」
    「……わかりました」
     内容がよくわからないので断ります。
     なんてことを、魈は言えるはずもなかった。きっと危険なことではないのだろうと了承し、鍾離の洞天へとついていった。

    「装具を外し、寝台の上に座って欲しい」
    「……えっ……失礼します」
     鍾離の寝台に上がるなど、通常有り得ないことだ。部屋に香を炊いているのか、とても良い匂いがする。手早く装具を外し、鍾離の寝台に上がったが、ここで鍾離が眠ることもあるのかと思うと、鼓動が早くなって緊張してしまう。魈はなるべく隅に寄り、小さく正座をした。
     鍾離も外套を脱いで寝台にゆっくりとあがった。耳かきとは、寝台の上で行うものなのか。
    「ひっ」
     次いで説明を待っていると、そろりと鍾離が横になったのだが、なんと魈に背を向け、頭を魈の太腿の上に乗せたのである。思わず立ち上がりそうになったがなんとか耐え、これはどういうことかと鍾離の頭を凝視する。すると、鍾離の手に持っていた小さな棒を手渡され、耳の穴の中を掻いて欲しいのだと言った。
    「これで、耳の中を……!?」
    「そうだ、少しの力で掻いてもらえればいい。耳や髪に触れるのは構わない。ゴミがもしあれば取り除いてくれると助かる」
     それは余りにも魈に相応しくない役目ではないだろうか。力を入れすぎては鍾離の鼓膜を破ってしまう恐れがある。そんなことをしてしまおうものなら自害してしまいそうだ。
     鍾離がなぜ目がいいかと聞いた訳がわかったところで、緊張のあまり目の前が一瞬真っ暗になった。しかし、任務は遂行しなければならない。
    「失礼、します……」
     ゆっくりと鍾離の耳穴の浅い所に棒を差し込み、僅かな力で耳穴の壁をコソコソと掻いていく。中をよく見てはいけないような気がして、薄く目を開けて耳かきを続けた。
    「ほう……これは、気分が安らぐと言っていた凡人の気持ちもわかる」
    「さようですか……」
    「後でお前にもさせて欲しい」
    「っ」
    「……っ!」
    「も、申し訳ございません」
    「いや、大丈夫だ。続けて欲しい」
     鍾離も耳かきをしたいと言うので、思わず力が入ってしまった。一瞬だけ肩をびくっとさせた鍾離が、何でもなかったかのように横になっている。魈は殊更気をつけて、なるべく優しい力で壁を擦った。
    「では、反対も頼む」
    「はい」
     くるりと寝返りをして、鍾離はこちらを向いてまた横になった。なるべく耳や髪に触れないようにして、中を掻く。途中で鍾離が「そこがいい」という箇所があったので念入りに耳かきをした。針に糸を通し続けているかのような、もの凄く神経を使う任務であった。
    「ありがとう。では、魈も横に」
    「わ、我は、いいです……」
    「そうか……」
     鍾離に同じことをしてもらうなど恐れ多くてつい断ってしまったのだが、鍾離が気落ちしているのが目に入ると、自分の耳穴を捧げることに、何の躊躇いがあるのだろうかという気になってくる。
    「あの……どうぞ……」
     魈は小さく決意をして鍾離の寝台に横になると、頭を抱えられ、鍾離の太腿の上に乗せられてしまった。魈は手を小さく折りたたみ、ぎゅっと目を瞑った。
    「力を抜いていてくれ」
    「はい、頑張ります……、っぅ」
     鍾離が耳を覆っていた魈の髪に触れ、耳に掛け、そして耳たぶを軽く揉まれた。耳かきの正しい作法はそうだったのかと思いながら、魈は鍾離の手に集中して意識を向ける。耳の中に棒が差し込まれ、軽く壁を擦っていく。ぞわぞわと得体のしれない感覚が広がっていく。これで鍾離は気持ちがいいと感じたのであろうか。気分が安らぐなどとは程遠い感覚に、歯を強く食いしばって耐えた。
    「魈、身体の力を抜けるか?」
    「……ふぁッ!?」
     いきなり耳穴に息を吹きかけられ、魈は思わず肩を跳ねさせてしまった。
    「気持ちを楽に、休むつもりで横になっててくれ」
    「ぁ、は、はい……」
     そんなことは無理だ。鍾離の膝の上で眠ることなどできるはずがない。
    「俺では……お前の安らげる場所になるのは、難しいか……」
    「そのようなことは……」
     鍾離はずるい。そのようなことがあるはずがないのに。鍾離の傍が安らげない場所だなんて、そんなことはあるはずがないのに。
     深く息を吐いて、目を軽く瞑った。邪念を彼方へ追いやって瞑想をしよう。鍾離の言う通り、呼吸を楽にして休むつもりの心持ちでいよう。鳥に髪を啄まれているようなものだと思えばいい。
     鍾離の指が髪を梳かしていく。耳穴に触れ、優しく壁を擦られ、確かに何も考えていないと心地よいと感じるかもしれないと思った。

    「……終わったぞ、魈」
    「ん……」
     ゆっくりと瞼を開く。一瞬意識が飛んでいたようだ。髪を撫でられている。先程まで何をしていたのかもすぐに思い出せない。何日も眠っていたかのような時の流れを感じる。
    「このまましばらくゆっくり休むのも悪くはない。好きなだけ休んでいてくれ」
    「……っ?」
     鍾離の声だ。優しく耳に届くその声に、また瞼を閉じる。妖魔の気配も感じない。ここは夢の中か? こんなに穏やかな気持ちで眠ることなど久方振りだ。
    「俺も少し休む」
    「はい……」
     鍾離に聞こえたのかはわからないが、返事をした。軽く身体を動かされる感覚がして、その後ぎゅっと引き寄せられる。背中に温かい体温を感じる。鍾離も横になったのだろう。
     鍾離の傍で眠るなどいけないことだ。早く起きなくてはいけない。しかし、なぜだか瞼がもう開かない。耳かきはどうなったのだろう。心地よい体温、心地よい部屋の香りと鍾離の匂い。安堵せずにはいられなかった。

    「こ、こんなに眠ってしまうつもりでは……申し訳ありません……」
    「はは、死んだように眠っていたので少々心配したぞ」
    「すみません……」
     はっと目が覚めた時には、変わらず鍾離に抱き締められていた。あまり時間が経っていないと思っていたが、実は半日程経っていたようだと知り、瞬時に飛び起きる。狼狽えたまま慌てて寝台から降りて、装具を身につけていく。早くここから出なくてはいけない。こんなに穏やかで緩やかな空間にはいつまでもいられないのだ。
    「中々良かった。また行いたいものだ」
    「また……機会があれば……」
     ちらりと鍾離を見ると、小さな棒を持って楽しそうにそれを見つめていた。
    「では、失礼します」
     鍾離の洞天への出入りは自由になっている。飛び出すようにして望舒旅館へと戻った。露台に立ち、暗闇に浮かぶ月と霄灯に心を落ち着かせる。最後に見た、まだ半分微睡んでいるような鍾離の表情が、いつまでも頭の中から離れてはくれなかった。
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