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    triste_273

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    お題「タナザグ前提で、ザグへの惚気にしか聞こえない独り言を誰かに聞かれてしまうタナトス」
    表情や言葉ではあまり変化はないけれど、内側ではめちゃくちゃ影響受けていて思わず言葉で出てしまったタナトス…という像で書かせて頂きました。ありがとう御座いました!

    #HADES
    #タナザグ
    tanazag.

    肖像画は笑わずとも かつて、死の神にとって休息とは無縁の物であった。
     世界が世界である限り時間は止まらない。常にどこかで新たな命が花開く様に、常にどこかで命の灯火が消え死者が案内を待っている。そう、死の神は常に多忙なのだ。己の疲弊を顧みず職務に没頭しなければならぬ程に。だが神であれ肉体を伴う以上「限界」は存在する。タナトス自身はその疲労を顔色に出す事はほぼ無いものの、母たる夜母神にその事を指摘されて以来、意図的に「休憩」を挟むようになった。地上の喧騒、死者たちの呪詛、そんな雑音と言葉の洪水の中に身を置く反動だろう……休息で必然的に静寂を求めるようになったのは。ハデスの館も従者や裁定待ちの死者がいる以上完全な静寂が漂っているわけではないが、地上のそれに比べれば大分マシだ。厳かな館の片隅で、ステュクスの川面に視線を落とし、そのせせらぎに耳を傾ける。かの神にとって、それだけでも十分に心休まる平穏な時であった。
     故に、ハデスの館に併設された唯一の「憩いの場」たる酒場に、タナトスは自ずから足を踏み入れることなどなかった。死の気配を纏う自分はその場にいるだけで和やかさを殺し、空気を凍り付かせる。喧騒の中に身を置きたいと思わないと同時に、そこを憩いの場とする者達に水を差すならいない方が良い、と考えての行動でもあった。彼が酒場の扉を通るのはいつだって誰かの付き添いだ。例の「ごろつき王」の件以来メガイラに誘われる機会が増えた。ザグレウスが冥府を飛び出してからは彼と杯を交わす機会が増えた。今回、酒場を訪れたのもメガイラと前もって打ち合わせをしていた為だ。冥府随一の勤勉たる死の神がこんなにも頻繁に「休憩」を挟むことになろうとは……。だが、そのおかげ得た物も大いに存在する。
     
    「………。」

     ある一点を見つめたまま、死神はまるで時が止まった様に動かない。彫像のように整った姿勢のまま、呼吸もしているのか分からない程微動だにせず、いつもの様に胸の前で腕を組み直立している。まるで影から生まれた様に鈍く光る薄鈍色の肌を飾る外套も闇に溶け込む程に黒く、空気の流れもない部屋の中でそれだけがゆらりと不気味に靡く。そんな外套が影を落とすその奥で、金細工めいた瞳が淡い光を湛えたまま、じっと、瞬きさえ忘れた様に一枚の絵を見つめていた。
     視線の先にあったのは「今月の功労者」の絵だ。館の主たるハデスは厳格でもあるが勤勉な神であり、相応の働きに対しては正しく評価し賞賛する。その為、館の運営にあたり特に功を奏したものを評価し称えるべく、酒場に掲示の場を設けているのだ。タナトス自身も何度も表彰されているが、彼にとって職務を全うするのは義務であり特別な事ではない。何より、普段の多忙さも相まって表彰されている様を自身で確認したことは殆ど無かった。……だが、そこに飾られていた肖像画は彼の物ではない。

    「……ザグレウス。」

     美しい唇が僅かに動いて声が落ちる。だがその微かな囁きの様な声は、誰の耳に届くことも無く消えてゆく。まるで雫にならず降り注いだ雨が乾いた地面に染み込むように。名を呼んだ当人はそこにはいない、だが、その視線の先にあった肖像画は……燃える月桂冠を頭に頂く冥府の王子、その神の肖像画だ。冥界の陰気さと無縁の様に色彩豊かな掲示物の中心で、タナトスのよく知るザグレウスの姿よりもう少し少年めいた王子は不機嫌そうに遠くを眺めていた。
     ここ最近のザグレウスの功績を考えればおかしくはない。冥府の老朽化した施設の再構築をし、資金繰りを助力すべく資材を収集し、何より消えたはずの女王の帰還に大いに貢献した。執務室での失態や不遜な態度といったかつての評価を覆す「働き」の数々がようやく評価された……否、冥王自らが評価する事に「決定」を下したのだ。

     改めて、タナトスはザグレウスを肖像画を見やる。絵の中のザグレウスは少し俯きがちで、濡れ羽色の髪が顔の半分近くに影を落としている。その影の中、眉間は深く険しい谷をつくり、深緋色と常盤色の瞳も鋭く細められ、こちらを向く気配はない。一文字に結ばれた口元は、言いたい言葉を押し殺して歯を食いしばっている様を思い起こさせた。
     普段あんなにも朗らかに笑う冥府の王子が、こんなにも不機嫌な顔立ちをしているのは「誉有る場に置かれる絵画」だと知らされた為だろう。加えて、詩や物語としてはともかく、その姿を残されるのを嫌っていたザグレウスが大人しく絵を描かせるとは思えない。よく見ると絵画の一部も未完成だ……おそらく製作途中で逃げ出したのだろう。「そんな評価など下らない」とでもいいたい様に、絵の端々からそんなザグレウスの心情が伺える。
     それでも……本当に、冥王ハデスが最初から「期待」していなければ肖像画さえ描かせなかったと……王子はいつ気付いただろう?

    「……おめでとう、ザグレウス。」

     タナトスは外套を深くかぶり直し、そっと囁く。その外套の影の奥で抑えることのできなかった感情を……優しく弧を描く唇や、柔らかな慈愛と敬意の篭った眼差しを隠す様に。冷酷無比である死の化身が、慈愛を持ち合わせている様を堂々と、見せるわけにはいかない。……それでも、この胸に溢れる思いを止めることはできない。
     いつになったら王子は戻るだろう? 叶う事ならすぐにでも抱きしめて、喜びを分かち合い、腕の中に納まった小さな炎に賛辞の言葉を贈りたい。彼もまた自分と同じように、他者からの評価など気にも留めないかもしれない。けれども、はっきり言葉にして伝えたいのだ、自分の愛する伴侶はこんなにも素晴らしいと。実直に伝えたらいつもの様にその頬をじんわりと薄紅色に染め上げ、月桂冠から美しく炎の破片が舞い散るのだろう。肖像画の様な苦々しい表情でなく、暖かな日差しを浴びて咲き誇る花の様な笑顔を見たい。こんな些細なきっかけで恋しさが募ってゆくなど、以前の自分なら考えられなかったことだ……なのに、どうしても夢想を止められず、表情に出てしまう。顔を隠すのは、せめてもの抵抗だった。だが一番の理由は……かの死の神の「愛情」を直接目にして享受できるのは、愛する血の神だけの特権なのだから。そうして、タナトスはその端麗な顔立ちを外套の奥深くに隠し、たおやかに微笑んだ。

    「……それでこそ、我が伴侶だ。」


     だが……完璧な存在などいない。死の神が新たに獲得した感情の扱いに不慣れであった少しの期間、その間に隠し切れなかった僅かな「綻び」。「冥府」に長く属する亡者の中には、そんな些細な情報から感情を読み解く事に長けた者もいくらか存在する。

    『本当だって!王子とタナトスは、付き合ってる!』

     冥府は……ハデスの館はどこにだって亡者がいる。そして「死人に口なし」など、冥府では通用しないのである。
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