「君の好きな映画って何?」
買い物から帰ってきたボスの手にはポップコーンとコーラのボトル。
今から見たいのだろう。
「……ボスにお勧めできるようなものは思い当たりませんね」
おすすめを聞かれるのであれば、ボスが好みそうでまだ見ていないだろうものはいくらでも思い当たるが、私の好みとは異なる。私が勧めて、それに満足すれば好感度も上がるかもしれないが。
「僕の好みと違っててもいいからさ」
「……では、見てみましょうか。ご満足いただけるかは保証できかねますが」
リビングのカーテンを閉めて部屋を暗くして、目の前のテーブルの真ん中にはポップコーンが山盛りになっている。
それからボスの前にはコーラ、私の側にはコーヒー。
準備万端だと上機嫌に再生ボタンを押した。
古い映画だ。彼の感性に見合うとは思えないが、飽きているようなら止めて別のものを見ればいいだろう。
開始してまだ数分。右に座る彼は真剣に画面に見入っているからこちらの視線に気付くことはないだろう。
首を傾げて、ポップコーンを口に入れた。今の台詞はこの国の故事が由来になっているから分かりにくかったことだろう。
視線は前に向けたまま、なるべく音を出さないよう、ゆっくり咀嚼して、コーラを飲んで。
映画は淡々と進むが、予想通りボスは少し退屈そうだ。
分からない用語、行動原理の理解できない人々とくれば仕方がないのだろう。
隣に私がいなければもう再生を止めていたかもしれない。
こちらを見る気配がしたので、視線を前に向けた。
自分から見たいと言ったために止めるのも憚られるのだろう。暫くしてまたポップコーンを口にして前を向いた。
中盤に差し掛かると眠気を誘われてきたようだ。
船をこいで気付いたのだろう、コーラを飲んで、ストローから空気を吸った大きな音が一瞬鳴り、すぐに止まった。
こちらをちらりと見て、そっとグラスを置いた。
気にしていないふりをして、心の中の笑みは隠したまま映画鑑賞を続ける。
彼にとってはようやく、だろう。映画が終わると大きく伸びをして、部屋の明かりを付けた。
「…いかがでしたか?」
そう問いかけると眉間に指を置いて、ため息をついた。
私相手では楽しかったと言ってもすぐに嘘がばれると思ったのだろう。
少し視線を泳がせた後、小声で答えた。
「…………なんか、難しくて正直よくわからなかった」
「ですからお勧めはしないと」
「うん。でも君が楽しそうだったから嬉しかったかな」
そう言って裏もなく笑えるのだからたまらない。
私が楽しんでいたのも映画ではなく、ライブコンテンツだったが、とても有意義な時間ではあった。
「ええ、新鮮な気持ちで楽しめました。
次はボスの好きな映画を教えていただけますか?」
「…! ああ、もちろん。まだ時間あるか?」
彼が子供の頃から何度も見ていると言うヒーロー映画は、よく言えば王道の話だった。
理想のヒーローと、ご都合主義な敵役。正直私の趣味とは異なるが、横を見やれば派手なアクションを真剣に見るボスの瞳がきらきらと輝いている。
「どうだった?」
「こういった時間も良いものですね」
映画の内容はともかく、再生時間の間、最上のコンテンツを独り占め出来るのだから。
「ああ。また一緒に見ようか」
「是非とも。」
次は恋愛映画でも見せて反応を見ようと心に決めて。