欲求不満 昼に得る多くの惰眠は忌避すべきだが、少しの睡眠はむしろ喜ばしい。何よりも頭の声が少しはマシになる。
なんなら御年寄殿は昼寝がお得意なのであろう。エーベンホルツが起きてからも寝ているのか夢現ですっきりとして作業にかかれる。だから昼間は時間を見つけては少しの仮眠をとるようにしていた。だというのに。
起きればそこには隣でこちらを伺っているドクターがいた。
「……何か?」
「君を観察していたんだよ。エーベンホルツ」
ひだまりで温もりのある髪の中に手を差し込み、うっとりとした口調で髪を撫でる。この『うっとりと』した口調が曲者であり、大体こういう口調のドクターは飢えている。唇を寄せ、我が物のようにエーベンホルツから昼休憩と体力と理性を奪っていくのだ。
繰り返されるついばみに応えて体重をドクターに預ければ淫靡な笑い声と共に腕をエーベンホルツの首に回して床へと転がり込もうとする。
しかしエーベンホルツもそれなりにドクターには慣れてきている。抱えたままで床を一回転し、ドクターを上に乗せて腰を撫で、足へ、そして腰から下へと手を滑り下すと小さく笑うドクターのベルトに指をかけ、質はいいのだろうスラックスの生地を上撫でながら奥の窄まりを生地の上から押すとふざけたような声があがる。
「今何時だ?」
「うん……? もうまもなく昼休憩が終わる頃合いだな」
「ならば貴殿は幕間の後でミーティングが始まるのをお忘れのようだ。ケルシー女史が貴殿の演奏を待っておられるのでは?」
ドクターのエーベンホルツの上着を解いていた作業がぴたりとやみ、数回瞬きをすると目が理性的な色を帯びる。
「リマインドに感謝する」
口調は毅然としたそれで。手はもじもじとエーベンホルツの服の合わせ目を触り、かりかりと胸元を掻く。
エーベンホルツ側のアクションを待つ悪戯に彼は鼻で笑うと、ドクターの胸を押して上から立ち退かせる。
立ち上がり、自身の埃を払い、そうしてからドクターのよれた服を引っ張ってシワを整え、自身の胸元からブラシを取り出してドクターの服の埃を払い身綺麗にする。
「さあ、これ以上何がお望みだろうか。拍手でもって送ろうか」
そう問えば、ドクターはエーベンホルツの手をひいて指先にキスをする。
「愛がいい。君からくれる力が出るようなのを」
「よろしい」
エーベンホルツはそっとドクターを胸の中に取り込んで、チークキスを送る。
「さあ、行ってこい。開始まで後五分を切っている」
しかしドクターはじいっとエーベンホルツを。ひいてはその唇に注視している。エーベンホルツはそれを無視してドクターの鼻先に指を当てた。
「夜まだ私が必要なら呼ばうといい。部屋に夜食を差し入れよう」
「……そうする。じゃあまた後で」
ドクターは今度こそエーベンホルツからするりと離れてドアの向こうに消えた。
(終わり)