黒鍵博 耳慣れない穏やかなメロディで眠りの国から引きはがされた。前に使っていたデスボイスのアラーム音は隣で眠っている男から激怒され、彼の選曲によってこの穏やかな音楽のアラームに変えられてしまった。こんな穏やかな音では起きられないと抗議したが、ところが存外に目が覚めるものだ。
手探りで端末を取り出してスヌーズをオフにする。同衾していた男がみじろぎする気配がして、これまた腕のスペースを開けるようにするとそのまま器用に腕の中に潜り込んでくる。足を絡めてぴったりとくっつくと胸に額と角をこすりつけて、寝ぼけている時にしか見せない甘えた仕草を今日もしていたので、角の根本にある髪をとかす様に揉むと、ゆっくりと大人しくなってくる。
今日はオフだからと彼の体を抱えたままで二度寝しようとゆるゆるとまた眠りの国への門を潜ろうとして、バイブの音で流れるように端末を手に取って通話をオンにしてしまう。耳に当てて、しまったと感じたがもう遅い。
相手は工学のエンジニア部門にいる人物でドクターもよく知っている人物だ。予定していたミーティングにドクターを入れ忘れてしまった。大変申し訳ないが三時間後の打ち合わせに出席出来るかと問う内容で、次回の殲滅作戦のためにとドクター自らがオーダーした内容についての打ち合わせだという。ロドス内に住居も職場もあるのはこういう時に困る。間に合わないという理由でのリスケが効かない。相手もドクターがオフなのはわかっているが、リスケをすれば次回の作戦に影響があるのだろう。
可能な限り人としての生活時間を守って、しかし都合を問うために早い時間の連絡だという配慮なのがわかったため、ドクターも是という反応を返そうとしてぶるりと立ち上る快感に足先をピンを伸ばして咄嗟の悲鳴を堪えた。ドクター?と不思議そうな相手に対して、ドクターは「三時間後、わかった。参加する。すまないが一旦切る。持ち込む資料が必要なら後で端末で知らせて欲しい。それでは」と早口で言うと通話を切って上掛けを跳ね上げた。
「エーベンホルツ!」
布団に潜った同衾者はドクターの寝巻きを開いて、ちゅうちゅうと胸を吸っている。電話の音に起こされたのか、やや不機嫌そうな───いやこれはいつものことか。───目で、膨らんだドクターの乳首を舌先でこねる。
絡めた足はドクターを逃すまいとエーベンホルツ側へと引き寄せられ、脇はしっかりと腕でロックされている。
「なんだ」
ぺろりと舐め上げる仕草にすらピクリと震えたのが彼にとっては良かったらしい。ふっと目元を緩めたのにやや安堵しつつ、ドクターはエーベンホルツのご機嫌を取ろうと頭を撫でた。
「電話の時は悪戯してはいけないって話さなかったか」
「聞いた。だが、約束を違えたのはドクターが先では?」
主張するように立ち上がっている胸先を親指でこねつぶして、痛みの中にある快楽に顔をしかめたドクターの唇にエーベンホルツはうっすらと下から口づけた。
「今日は私と居てくれると言った」
「言った、うん、だけども」
「わかっている。私はもう大人だ」
すり、とエーベンホルツの手がドクターの下半身に伸びて膨らみ始めたドクターの分身を手でなぞる。
「だから、三時間は私の好きにさせてもらってもいいだろう」
「ダメ。三時間後にはここを出なければならないのだから、仕度がいる。一時間、それならいい」
「……二時間」
「二時間も君に可愛がられたら、一時間で元に戻る自信がない。エーベンホルツ、私も辛い。一時間、それ以上はダメだ」
ね?と伺う様にしてドクターから角、髪、頬、そして口付けを交わすと、エーベンホルツは渋々と言った様にドクターからの口付けを受け取り、優しく鼻先にキスを落とした。
「仕方がない。それで手を打とう」
ドクターは褒める様にエーベンホルツの頭を撫でた。
「ドクターが───」
「ん?」
「君が、一時間のカウントをすればいい。では今からだな。的確なカウントでこの演目を終わらせられるのかが見ものだ」
「えっ、ちょっと。エーベンホルツ?」
エーベンホルツはドクターの近くにあった端末を見せて、現在の時刻を見せると、ベッドの端っこに投げた。
「さあ始めようか、ドクター」
「エーベンホルツ、ちょっと待っ……」
身をよじり、投げ出された端末を取ろうと手を伸ばした体をエーベンホルツは体重をかけて抱き潰す。仰向けに転がし、手を封じる様はどこでそんなやり方を覚えたのかとドクターは問いたい。
「騙された!」
「私は平等な条件で提案した。貴殿はそれを受諾した」
「違法だ! 後付けの条項追加は断固抗議する」
「あいにくと私は勉強中の浅学の身で世俗には疎い。話していることがよくわからないな」
「嘘つけ! 君は……あ、む」
舌先を入れて深いキスが終わる頃、エーベンホルツはとろりとした顔のドクターと額を合わせてつぶやいた。
「諦めろ、ドクター。そしてその事は私たちの秘密だろう?」
その言葉にドクターは顔を覆って、深く、深いため息をついて両腕を伸ばし、エーベンホルツの体を抱きしめた。
(終わり)