Voyageurs ここで一言「yes」と言えば、絵本でしか見た事のない様な、穏やかで華やかで、限りなく退屈な生活が待っているのだろう。もう誰かに心配をかけることも、他人を無駄に傷つけることも無い。
ヒュンケルは宙に浮いた自分の右手と、そこに置かれた彼女の繊細な指先に目を落とす。
不器用だと思われているが、実際その通りでもあるが、それは彼の一面に過ぎない。人間の子供という圧倒的に不利な状況から、弱肉強食の魔王軍で幹部にのし上がった程度には、順応力がある。
この局面も、あたかも幸せなふりをして乗り越える事が出来てしまうだろう。……仮面を着けるのは得意だから。
そんな未来があったのかもしれない。
真の欲望に蓋をして、万人に理解できる様な分かりやすい幸福を、自分自身すらも騙しながら演じ続けて、なんなら家族を持って、単調な仕事をこなして、孫とひ孫に囲まれて人生の最後を温かなベッドで終える様な。
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