ごっこ遊び休日の午後。曇り空の隙間から柔らかい光が差し込み、二人きりの部屋に穏やかな時間が流れていた。キッチンカウンターには、磨き上げられたシェイカーやカラフルなボトルが並び、まるで2人だけの小さなバーを演出している。
真島は柏木のクローゼットから勝手に持ち出したシャツを羽織り、袖を無造作にまくっていた。肩幅に対して少し大きめのシャツが、腰のあたりでふわりと揺れる。その無防備な姿が、妙に色っぽい。
シェイカーを手に取り、軽快なリズムでボトルを並べる真島の横顔を、柏木はカウンター越しに静かに眺めていた。
「さて、今日はおまかせでええんやったな。お客さん」
いつも通りの軽口。だが、手付きは真剣そのものだ。
ジン、リレブラン、ホワイトキュラソー、レモンジュース、そしてアブサンをほんの一滴。透明な液体がシェイカーへと流れ込むたびに、柑橘とハーブの香りがふわりと漂う。氷を入れてシェイクを始めると、シャカシャカと氷が奏でる音が心地よく響いた。
袖口から覗く手首、指先の滑らかな動き、無駄のない可憐な所作──夜の街で披露すればいくら値がつく事やら。
「ほら、できたで。名付けて……マジマ・56や」
どこか聞き覚えのある名前に、思わず笑みが漏れる。
「……そういや、どっかの誰かさんがぼったくられたって嘆いてたな」
「あれは桐生ちゃんへの出所祝いも兼ねて愛情たっぷり入れたからな、プライスレスプライスレス」
ふっと笑いながらグラスを受け取り、口をつける。
爽やかな酸味とジンのシャープなキレが広がる。美味い。
「……コープスリバイバーか」
「さすがマスター、御明答!」
得意げに胸を張る恋人を片手に、グラスを揺らしながらゆったりと様子を見つめる。
「お前みたいに名消してバーテンになったヤツに、ぴったりやと思ってな」
コープスリバイバー。直訳は、死者を蘇らせるカクテル。
だが、その酒言葉はもっと狂気を帯びた『死んでもあなたと』。
柏木は思わず笑みをこぼした。
「……夜の帝王の酒が飲めるなんて、俺も出世したもんだ」
「なら、お値段は上乗せさせてもらうで」
真島はちろりと唇を舐め、悪戯な笑みを浮かべた。無造作に垂れた前髪の隙間から覗く琥珀色の瞳は、挑発的で、艶めかしく、まるで獲物を誘う蛇のよう。
「生憎持ち合わせがねえ。体でどうだ?」
「ギョーさんもっとうくせに、この変態」
甘い声が耳をくすぐる。真島は熱を持ち始めた自身の耳の感覚に気づいたのか、視線を逸らした。その反応に、またたまらない気持ちがこみ上げる。
ゆっくりと手を伸ばし、髪をすくい上げる。指先が柔らかな感触を確かめ、そっと耳元へ滑る。輪郭をなぞるようにくすぐると、視線がわずかに揺れた。
「そんな反応されたら、もっと意地悪したくなるな」
「何言うてんねん」
照れを隠すように呟く声が、どこか掠れて甘かった。逃げるようにキッチンへ戻り、シェイカーを手に取る。
それを許さず、手を掴んで腰を引き寄せた。
「そうだな」
短く呟き、ウォッカ、ホワイトキュラソー、パイナップルジュース、少量の卵白を加えて手際よくシェイクする。冷えたグラスに注がれた琥珀色の液体は、淡く光を反射して美しい輝きを放つ。
「ほら、お待たせ」
真島は不思議そうにグラスを受け取り、一口飲む。バーボンの深み、レモンの爽やかさ、蜂蜜の優しい甘さが絶妙に混ざり合い、思わず目を見開く。
「……これ、ハイライフか?」
その答えに微笑み、低い声で囁く。
「『私はあなたにふさわしい』。だろ?」
「これはまたけったいな」
「カタギとはいえ、やっとまた肩並べて立てたんだ。素直に喜ばせろ」
真島は今度こそ真っ赤になり、ずるいわと、言葉を零した。
誰もが一目で畏怖するほどに美しい夜の帝王──だけど、今ここにいるのは、恋人としての真島吾郎だった。それがどうしようもなく愛おしい。
指先でそっと頬を撫でると、真島は顔を隠すようにグラスを持ち上げ、強がるようにもう一口飲んだ。
その仕草だって、
「ズルいのはお前だ。そんな顔、俺にしか見せないくせに」