旅バンエレ 旅慣れているバンと、始めて旅のエレイン。二人きりの気ままで気楽な旅だ、荷物は最小限。当然着替えも持たない。バンは着たきりすずめに慣れているし、エレインはその気になれば、妖精の不思議な力で何時でも着替えられる。
少し開けた、大きめの街を訪ねた。たくさん並ぶ商店の屋根やサインは色とりどりで、緑ばかり眺めてきた目には少し眩しい。
「久々に宿に泊まるか。ゆっくり休んでリフレッシュしようぜ〜♪ 旨い酒と飯のあるところ探してよ♫」
「貴方の主な目的はお酒、でしょ?」
いたずらっぽく笑うエレインに軽く小突かれたバンは、カカと笑った。
「まぁな〜♫ ともかくその辺の店で、何処が良いか探り入れるか♪」
往来はそこそこの賑わいだ。その間を器用にひょいひょい、と誰にもぶつからずに泳ぐように縫って歩く。エレインはその肩にとまりながら、視界を過ぎゆく店を眺めた。まだまだ妖精族、それもエレインのように美しく輝く羽を持つ妖精は珍しく、街の人々は皆振り返る。特に子どもたちは、興味もあらわに妖精さん! とエレインを指差すが、そのような事もすっかり慣れっこになり笑顔で手を振って応えた。
途中、美味そうな菓子や果物を売っている商店なども冷やかして歩く。今までいくつかの街を巡ったが、そのどれもがエレインの目には新鮮に映った。場所が変われば植物の植生が変わるように人の集落もそれぞれ個性がある。
そんな些細な発見をするたびに本当にバンと旅ができてよかったと、染み入るように感じるのだった。
「それにしても、みんな色んな服を着ているものね」
特に街の女性はそれが顕著だ。まるで花のように色とりどりの服で着飾っている。それだけはどの街に行っても変わらないわねとエレインは笑った。
「オスの気を引きたいんだろーよ」
「もう、バンったらそんな言い方して! でもそれだって大切なことじゃない」
「かもな〜♫」
「それに男の人も色んな格好をしているわ」
「ケッ、他の男なんか見るなっつーの」
「フフッ、やぁだ。やきもちやく必要なんてないのに」
かわいいバン、とエレインがバンのほっぺにチュッとキスすれば、もう拗ねたふりすらやめて上機嫌だ。
「あ、見て。噂をすればお洋服屋さんよ」
その時たまたま、衣料品店が目に入った。妖精が洋服を作るさまを象った、可愛らしいサインに目を引かれる。
「うふふ、服を作る妖精なんて、兄さんみたい」
「ちょっと見てみっか?」
「うん!」
店に入ると、店主がにこやかに迎えてくれた。ご多分に漏れずエレインの輝く羽に目を奪われたあとその美しさを褒め称え、愛想よく服を次々勧めてくる。
「みんな可愛いけど、そんなにあっても着られないわ」
「エレインは何着ても最高に似合っちまうからな♫」
「バンも何着てもかっこいいわ! ……だいたい半分裸だけど……」
「カカッ♪ ま、旅のさなかだし荷物増えんのもな」
「それでしたら、こちらがオススメですよ!」
流石はプロフェッショナル、二人の熱々ぶりを邪魔せず自然に会話に滑り込んだ店主は、男性用と女性用二着の服を持ってきた。
「こちら、さり気なくお揃いなんです!」
店主が見せてくれた外套は、色の違いと大きさのせいもありぱっと見は異なる衣服だが同じ意匠が入っている。エレインも本当だ、と目を輝かせた。
「素敵ね」
「ふぅん」
目利きのバンから見ても悪くはない品だ。値段も適正。やや厚手だが柔らかで丈夫な生地は、旅にも向く素材だ。
「それ貰うわ♫」
「えっ」
「着ていくから包まなくていい」
「バン?」
「オラ、エレイン。着せてやっから手ぇ挙げな♪」
「ありがとうございましたー!」
よい旅を、と店主は迎えたときより一層えびす顔でバンとエレインを送り出した。
「あの、ありがとうバン。買ってくれて」
「可愛いぜ」
真顔で正面から見つめられ、エレインの頬は妖精王の森のベリーくらいに真っ赤になった。いつまで経ってもこの真摯な視線に慣れない。いつ見ても、初めて見たような甘く心臓を掴まれたような心地になる。
「バンもとっても素敵」
それでも真心を込めてそう言うと、バンはニコッと無邪気に笑った。
「ねぇ、バン」
エレインは再びバンの肩にとまる。そこからはおそろいの柄がよく見えた。
「お揃いっていいものね」
「だな♪ んじゃ、せっかく着たけど、次は脱ぐとこ探すとすっか♫」
「へ?……も、もぉー!」
「カッカッ♫」
日もそろそろ傾き始めている。風も少し出てきた。けれどもおそろいの外套のお陰で寒さは感じなかった。もっとも、外套のおかげだけではないのだろうが。
《今日の旅はおしまい!》