ライブの後で ライブ会場からBAR Fへ、歩いて帰ることにした。金にうるさい寶さえいなければ、電車くらいは乗れたかな、と樹果は考えた。
「樹果くん、ほっぺにチューされるの初めてだったん?」
「なわけないだろ……」
以前とは違い、オーロラヴァイキングのセンターになった圭のファンへの応対はこなれたものになっていた。こなれすぎていたからこそ、ショックが大きかったのかもしれない。
「どこぞの火焔族よりデリカシーがない発言だな、寶」
「なんだと」
「まあまあ、全員でチューの練習でもしてみいひん?」
寶はわざとふざけて唇を尖らせて、ピヨピヨと鳴き真似の仕草をしてみせた。
「バカバカしい、やってらんねえ」
焔は早歩きで雑踏に姿を消した。余計な衝突を避けたのかもしれない。
うるうはつまらなそうな顔でそれを見ていた。
「うるうくんは、なんで俺には優しいのに、焔にはツンケンしてんの?」
沈黙に耐えきれなくなったのが、樹果が質問を投げかけた。
「陸岡は別に、素行には問題ないからな」
「でも、さっき」
頑張って助けたクライアントからの「ファンサービスとしてのキス」を思い出し、樹果の表情がまた暗くなる。
「あれは事故だ。陸岡のせいじゃない」
「どうしてキスしちゃいけないのか、僕にはわからないけど」
蘭丸が静かに言った。
「蘭丸は未経験だと思うし、わかんなくていいよ」
「えらい先輩ぶった発言やね」
「人間界の習慣なら俺のほうが先輩だし!」
くだらない、とりとめのない話をしているうちに、圭への心のわだかまりは多少軽くなったようだ。