助けたのは 大きな爆発音が聞こえる。激しい炎の熱気が。ここまで伝わってくる。
シェリーはビルの一角で、外を見つめて佇んでいた。寂れた風景で、夜の帳にも包まれて、ここがどこかも分からない。
……ああ、ここで私の命は尽きるのね、と思う。
…そして。それはそれでいいのかもしれない、なんて思う。
17まで生きてきて。心残りがあるとすれば。
そうね、中途半端で終わらせることになる研究は。口惜しいかもしれない。特に。両親の意思を継いだと思っている、研究は。
でも。脅され恐怖の支配下に置かれ、何に利用されているかも分からない研究を続けることに、本当に意義を見出だせているかというと。強く頷けなんて、しない。
──私の命なんて。ここで潰えても、いいようなもの。
…いいえ本当の心残りは。きちんとある。
自分がいなくなった後の姉は。どうなるのだろう。姉を残して行くことは、できない。それだけが、シェリーを支えている。
フッ…とシェリーの頬に薄い笑みが浮かんだ。でも。この状況で私にできることは何もない。私には、何もできないの。
薄暗い煙も迫ってくる。シェリーは目を瞑った。
お姉ちゃん。自分と違って、きちんと真っ当な道を歩いた、太陽のような人。
いつも志保を包んでくれ。支えてくれた、光のような姉。
彼女は。本当はヒロインにだってなれる、星の元に生まれた、はず。
その光に照らされ。私たち、一緒に過ごす未来を夢見たけれど。
ごめんね、お姉ちゃん。私生き抜くこと、できなかった。
姉はまるで志保をヒロインになれるかのように扱ってくれていたけれど。
自分には、そんな未来はない。夢見てもいない。分かっている。
思いがけずセンチメンタルな思考になったことにシェリーは戸惑った。
人間らしい感情が。まだ自分には残っていた。
不意に。炎の温度が、蠢く煙が。色と匂いを纏って迫ってくる。
くっ…と唇を噛みしめた時。どこからか声が聞こえてきた。
『そのロープを掴むんだ!!』
え……
何事か、と思ったが、確かにいつの間にか目の前にロープが揺れている。
声がした方を探ろうとしたが、燃え盛る炎の音に紛れて、よく分からない。ロープが何なのかさえ、分からなかった。だって。ここに。この組織に。私のことを助けようとする人なんて、いるの?
でもシェリーは。そのロープを掴んだ。どこから下がってきているかも、分からない。ここは三階。ロープをつたって降りるなんて芸当が、体力皆無の自分にできる気もしない。
それでも。ロープを掴む手に力を込める。その時。シェリーは思った。今。この手には生きる意欲が宿っている。人としての本能。それがきちんと、ここにある。
爆風が。背中を押した。
図らずも足が宙に浮く。怖くて。きちんと恐怖心も、あって。
ロープを必死に掴むが、不安定さと押され揺れる勢いもあって、今にも滑りそうだ。今度は振られた勢いでビルの方に戻ろうとする。
もう、無理。そう思った時、銃声が轟いた。
ひっ……と息を飲む。気が遠くなりかけた時、ロープの引力が失せ、一気に身体が落下した。
あの銃砲はロープを切ったのか。そう意識したと同時に、気を失った。
包まれるのは。柔らかな木立と草の波。
身体は少し痛む気がするけれど。それよりも心地よく柔らかな温もりに、触れてる気がする。
地面の香りが草いきれが。生きていることを、感じさせる。
うっすらと目を開ける。そこに映るのは。額を覆う大きな手。
あったかい。優しく、撫でてくれる。
……誰? 知らない、手。知らない、ぬくもり。
そこからは親しんでいるけど慣れない、硝煙の匂いもするけれど。
でもとても……安心できる。
また意識が朦朧としてきた時。声が、聞こえた。
…さっきと同じ、声。
『……よく、頑張ったね』
……遠く、でも確かに、響く。
『…生きて。生きていて、ほしい』
……そんなことを言う人。ここには、いない、のに……
もう目を開けていられない。最後、シェリーの視界にかすかに映ったのは。
炎の光に照らされつつも金色に揺れる、煌めく髪だった。
──僕のことは覚えていなくていい。
──時がくれば、きっと会える。
──その時まで。
──生きよう。
──互いに。
──必ず。