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    ちゃん

    @3chanchanchan3

    七五置場
    ハピエンしか書けません
    性癖が際どいやつはフォロ限だと見られない方がいるようなので
    一時的にログイン限定のパス制にしてみました

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    ちゃん

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    七との思い出を遡って振り返る五の話

    リハビリのつもりで書きました
    思ったより五がセンチメンタルな感じになりました
    事後始まりですけど全然やらしさはないと思うので全年齢で公開してみます
    余談ですが、七は七でずっと五に片想いしていました

    #七五
    seventy-five

    twilight 閉じたカーテンを透かしている薄明かりは、じきに昇る太陽の存在を仄めかしていた。
     ベッドに横たわる五条の視界には、金糸を乱して彫刻のように美しい横顔を晒している男の顔がある。
     いつも整えられている金色が、触れてみると存外にさらりと柔らかいことを知ったのは、彼の腕の中に抱かれたときである。堅物の彼の内面が髪質に表れているのだと、大発見をしたような喜びに包まれて五条が笑うと、唇に噛みつかれて彼の聖域たる寝室に引き込まれてしまった。
     茹だるような熱も、自分のものとも思えなかった鼓動の速さも、汗ばんだお互いの肌も、今ではすっかり落ち着きを取り戻してしまっている。焦がれた男とのあの夜は幻だったのではないか。不意に心許ない気持ちになって、眠る彼の金糸に手を伸ばそうと身動ぐと、五条の下半身に鈍痛が走った。
     喉の奥で小さく呻いて、昨夜の出来事が現実であったことに安堵した。五条は伸ばしかけた腕を戻し、美しい彼の寝顔を見つめた。
     同性と肌を重ねることが初めてだという彼に幻滅されることが恐ろしくて、醜態を晒すまいと必死に理性を保とうと努めたが、五条自身も抱かれることが初めてだったために、努力も虚しく乱されてしまった。いつか訪れるであろう夜を想定して、五条なりに準備を重ねていたおかげで凄惨な事態にならずにいたことは覚えているが、彼が果てる前に五条が意識を失ってしまったために、自分の低くて情けない嬌声に彼が最後まで萎えずにいられたかどうかは皆目分からない。
     無様な姿を目の当たりにした彼に別れを告げられてしまったら。
     新しい不安が五条の胸の内側で膨らんでいく。
     彼の願いであれば何でも叶えてやりたいと思う。彼が別れを望むのであれば、五条はそれを受け入れるつもりでいる。そんな覚悟で彼に告白をしたのだ。どだい報われる見込みのなかった思いがひとときでも成就したのだから、その幸福以上を求めることが傲慢な思いであることくらい、五条もわきまえている。ただ、彼が五条との日々を振り返ることなく忘れてしまったとしても、五条は彼との日々を決して手放さないし、いつか自身に終わりが訪れたときに彼のことが浮かんだならば、幸せな生涯だったと胸を張って断言できるほどに彼に惚れているのだという思いの一端だけでも、彼に伝わっていてほしいと願っている。
     五条の隣で眠る男が寝返りを打った。五条と向き合う顔は、眠っているというのに起きているときと変わらない皺を眉間に刻んでいる。
    「七海」
    喧騒からも血生臭い仕事からも離れられるこの時間くらい、彼には穏やかな顔でいてほしい。眉間の皺がとれるようにと、おまじないをかけるような気持ちで名前を呟くと、七海は口元でむぐむぐと何かを呟いてから、ほんのりと微笑を作った。眉間の皺は消えていた。五条の唇も、知らず弧を描いた。
     七海の寝言は聞き取れなかったが、夢でも見ているのだろう。あの微笑は、夢の中の相手に向けられたものなのだろうか。その相手が自分であれば良いのに。五条は枕に頭を預けたまま、七海の寝顔を目に焼き付けた。
     眠る七海の向こうで、カーテンは静かに朝を抑え込んでいる。このまま朝が訪れなければ、七海は五条の傍に居続けてくれるのではないか。
    「好きだよ。ななみ」
    だからずっと傍に居てほしい。などと呪いじみた言葉は続けられなかったが、七海の口元から微笑が消えることはなかった。
     弧を描く薄い唇を見つめたまま、五条は初めて七海とキスをした日のことを思い返していた。

     恋人関係となったものの、お互い多忙な生活を送る二人はなかなか休みが合わず、外出をしてのデートというものが叶わなかった。しかし、ある日、ほとんど奇跡のような確率でお互いの休日が重なることが判明した。二人はその日に初めて外でデートをしてみようと約束を交わした。
     来たるその日を待ちわびつつ仕事に励んでいた二人だったが、七海に緊急の任務があてがわれてしまい、計画は頓挫してしまった。謝る七海に「お前が謝ることじゃないし、家デートも僕は結構気に入ってるから別にいーよ」と笑みを返した五条であるが、やはり楽しみが消えてしまった未練は残る。
     特段火急の用があるわけでもないのに高専を訪れた五条は、狼狽する伊地知を揶揄ったり、家入と駄弁りつつ菓子を貪ったり、生徒たちに気まぐれに稽古をつけてやりながら高専に居座り続け、七海が任務を終えて帰ってくるのを待った。
     七海が高専を訪れたのは、夜に包まれる一歩手前の時間だった。
    「思ったより早かったね。さっすが七海!」
    戯けたポーズをきめながら廊下で七海を出迎えると、少しくたびれたスーツに身を包んでいた恋人は、無表情のまま
    「…どうして休みのあなたがここに?」
    と尋ねた。
    「だって少しでも早く七海と会いたかったんだもん」
     五条の言葉に七海は瞠目した。五条は内心でしめしめと笑った。どんな言葉をかければ彼の鉄仮面を剥がすことができるのか、見かけた人間に片っ端からうざ絡みを仕掛けながらずっと考えていたのである。
     わざとらしく艶っぽい言葉をかけるよりは、照れ臭さを押し殺して素直な気持ちを伝えたほうが効果は分かりやすいであろう。案の定、高専内ではいつも能面のような表情を崩さない彼が、緩みそうな口元を律している。五条が払った羞恥の犠牲のわりに表面上の成果は微々たるものであるが、それでも五条は七海の心を乱すことに成功し、充分に満足できた。
    「じゃ、僕は明日は朝から仕事がパンパンに詰まってるし、七海にも会えたから帰るわ。お疲れ〜」
    七海の肩をポンと叩いて去ろうとした五条の手が、不意に強く引かれた。
     眼前には七海の顔が迫っていた。脳で理解するより早く、感覚的に予感した出来事が現実となった。
     七海の唇が五条の唇に触れていた。永遠のように思われた瞬間は瞬きのうちに終わりを迎えた。
    「……七海ってこういうとこでもそんなことができる奴だったんだな」
    人目がないとはいえ、堅物の彼が、仮にも子供たちが過ごす学び舎で唇を奪うとは。恋人の知られざる一面にドギマギとしながら五条が呟くと、
    「……今日こそは、あなたにキスをしようと思っていたので」
    何かを誤魔化すように、七海はサングラスを掛け直した。その指先は微弱に震えていて、本人の照れ臭さを誤魔化しきれていなかったが、五条にはそれを指摘して揶揄う余裕がなかった。
     いつも騒がしい五条は静かで、いつも静かな七海は変わらず静かだった。
    「すみません。私はまだ仕事が残っているので失礼します」
    そそくさとその場を去る七海の口調はいつもより早口で、彼も動揺しているのだと、五条はこのときようやく実感した。
     七海の背中を見送ってから、五条は思い出したように廊下を歩いた。全身がむずむずとこそばゆくて、雲の上を歩いている心地だった。無意識のうちに伸びた手は、自身の唇に触れていた。
    「今日こそはあなたにキスを」
    そう口走っていた七海の言葉が蘇った。
    「それって、前から僕にキスしたいって思ってたってこと…?」
    呟いてから、五条の頬は沸騰した。
     好意の度合いを比べるならば、圧倒的に五条が勝っているものと思っていた。七海が五条にキスをしたいなどという思いを密かに抱いてくれていたということは、イーブンとはいかないまでも、少しは五条とそういう触れ合いを重ねても良いと思える程度には好いてくれている、ということだろう。
     あまり浮かれないようにと己を律しても、どうしてもその先を期待してしまう。呪術師である五条は、仕事柄、不測の事態に対応できるように、ひとつの出来事に対してあらゆる可能性を想定する癖がついている。そのため、手放しに喜びに浸り、現実を信じきることが難しかった。それでも今は、七海とのこれからを夢見ていたいと思った。
     指先に伝わる己の唇の熱は、意を決して触れた七海の手と同じ温度で、五条の脳裏に初めて七海と手を繋いだ日のことが蘇った。

     七海との交際がはじまって初めてのデートは、七海の自宅での映画鑑賞会だった。
     初デートといっても、休日を自宅で穏やかに過ごしていた七海のもとへ、仕事終わりの五条が連絡もなしに押しかけて、渋る家主を無理やり言いくるめて居座っているだけであるため、交際以前とほとんど変わらない過ごし方である。
    「この中に七海が観たことある映画はある?」
    五条が近所のレンタルショップで借りてきたDVDの数々を一瞥して、七海は首を横に振った。
    「だよね。お前が観そうにないやつばかり選んできたから」
    「あなたは観たことあるんですか?」
    「あるよ。コレなんかくだらな過ぎてお前ブチ切れるかも」
    五条がニヤニヤと笑いながら手に取った一枚のタイトルを読んで、七海は「ホラー映画ですか?」と尋ねた。五条は「そだよ」と頷いた。
    「おぞましいものなら仕事で散々見ているんですから、今さら作り物で怖がらないでしょう?それも一度視聴した映画なんて」
    呆れた様子で腕を組む七海に、五条は優雅な所作で否定を返した。
    「七海は知らないだろうけど、ホラー映画ってある意味『大喜利』なんだぜ?」
    「『大喜利』?」
    「そ。いかに色んなパターンで怖がらせるかっていう怖がらせ大喜利。これはその中でもトップクラスに大喜利が弱くて、ストーリーの縦軸もしっかりしてない」
    「最悪の映画じゃないですか」
    「でも不思議とクセになるんだよ」
    七海の了承を得ずにDVDを再生した五条は、意気揚々とソファに座った。五条が隣の座面を叩いて急かすため、七海は溜め息を吐きながら五条の隣に腰掛けた。
     映画の視聴を終えた七海の顔をチラリと見ると、横顔でも分かるくらいに険しい表情で眉を寄せていた。
    「どうだった?」
    「クソ映画ですね」
    食い気味な返答に五条が大声で笑うと、七海はますます眉間の皺を深くした。
    「話の縦軸が弱いせいで恐怖シーンの展開がことごとく読めてしまうので、大喜利が弱いという理由もよく分かりました。驚きがなければカタルシスもない。クソオブクソとしか表しようがない。スポンサーに同情します」
    矢継ぎ早に繰り出される七海の暴言にうんうんと頷きながら、五条は含みを持たせた様子で「でも?」と促した。
    「…クソ映画であることは間違いありませんが、さして驚きのない出来事に毎回ちゃんとした悲鳴をあげるキャストの顔芸と演技は滑稽でした。ツッコミを観客に委ねるコメディのようで」
    「そう!!そうなんだよ!そこに気付いた瞬間ツボにハマるんだよね。向こうは真面目に怖いものを作ってるっていう真剣さを想像したら、余計に可笑しくなるというか」
    「でも、そのキャストの顔芸もよく見るとワンパターンですよね」
    「やっぱ鋭いな、七海は。初視聴でそこにまで気付くなんて」
    「褒められても全く嬉しくありませんが」
     眉間を解す七海を尻目に、五条は新たなDVDをセッティングした。次は五条が気になりつつも未視聴でいたB級ミュージカルコメディである。
    「休憩は挟まないんですか?」
    「全然へーき。七海は?」
    「まぁ、あと一本くらいなら」
    七海が画面に目を向けたことを確認して、五条はリモコンの再生ボタンを押した。
     時計の針は頂点を過ぎていた。視聴を開始して早々、五条は「コレはつまらない映画だ」と直感したが、結論を確定するにはまだ尚早であろうと思って、我慢して視聴を続けた。しかし、ミュージカルでこれほど話の起伏が乏しいことなどあり得ようかと疑いたくなるほどに、物語は平坦に進行していた。見せ場の騒がしい歌唱シーンはもはや子守唄のようですらある。
     集中力が途切れた五条が横目で七海を見やると、七海は気難しそうな顔で画面に集中していた。映画は終盤に差し掛かっているというのに、彼はまだ面白い展開を諦めていないようである。しかし、すっかり背もたれに預けられた全身には力がなく、指先だけで緩く組まれた両手は七海の退屈さを物語っていた。
     映画への関心を失った五条の意識は、七海の手に集中していた。思い返せば、付き合う前は無遠慮にベタベタと触れていたというのに、恋人という肩書を得てからはめっきり無駄に絡まなくなった。それはひとえに、五条の気恥ずかしさから生じる遠慮であったが、堂々と触れ合えることは恋人の特権である。七海も五条も、いまだにこの権利を行使していない。このままでは、自分たちはいつまでも進展がないのではないか。
     五条の心臓がそわそわと落ち着かなくなった。告白を受け入れてくれた以上は、七海も五条へ好意を抱いてくれているはずである。彼が憐れみで恋人になるような残酷な優しさを持っていないことは、五条もよく承知している。ゆえに、すぐ側にある左手に触れたところで、払い除けられることはないはずだ。
     そうは思っても、緊張と恐怖が五条の全身を支配する。このままではいけないと思って、体が動けなくなる前に、五条はサッと七海の左手に触れた。
     五条の指先が触れると、七海の左手が硬直した。しくじったと思って反射で手を引こうとすると、七海の左手が五条の右手を捕えた。
     思わず顔を向けると、七海の視線はテレビ画面に向けられたままだった。一言も発さずに、整った横顔を五条へ晒しているだけである。
     自分の頬はきっとみっともなく染め上げられているというのに、鉄仮面なんてズルいじゃないか。嬉しさと拗ねた気持ちがない混ぜなった五条は、自身の右手が随分と温かなことに気が付いた。その温もりは、紛れもなく七海の体温によるもので、右手を繋いでくれている左手は、少し汗ばんでいる。
     七海も同じ気持ちなのだろうか。そう思うと、拗ねた気持ちは吹き飛んで、五条は思い切って七海の肩に頭を預けた。七海は無表情のまま体を一瞬だけ強張らせて、繋いだ手を一層強く握ってくれた。
     心臓の高鳴りは、七海に思いを告げたときの大きさにとてもよく似ていて、静かに目を閉じた五条は、あの日の告白を夢に見た。

     覗いた医務室に家入の姿はなく、彼女に治療を施された七海だけがいた。ベッドに横たわって目を閉じている表情に苦悶の色はなく、寝息は規則正しく落ち着いている。
     変わらない七海の顔を見ていれば曇った内心が晴れるような気がして、五条はベッドの近くにあった椅子に腰を下ろした。
    「僕を庇おうとするなんて、馬鹿がすることだよ」
    先刻の任務での七海の行動を振り返り、五条は静かに嘆息した。
     五条の術式を承知している者ならば、わざわざ自らを危険に晒してまで五条の盾になろうとはしない。そんなことをするのは、よほどの馬鹿か死にたがりぐらいのものである。学生時代からの付き合いである七海であれば、五条の無下限呪術を把握しているのは当然のことだ。
     だというのに、七海は五条の背後に迫る呪霊の攻撃を、その身を挺して防いだのである。出戻ってきて日が浅いとはいえ、彼が戦闘の勘や合理性を忘れているとは思えず、五条には七海の行動が不可解で仕方がなかった。
    「ああいうことは、大切な人にしかしちゃダメだぜ?」
    眠る七海は一定の間隔で呼吸をするばかりで、五条の忠告は聞こえていないようだった。
    「……勘違いさせんなよ」
    七海が眠り続けているのを良いことに、五条は小さく舌打ちを打った。
     七海がまだサラリーマンをしていた頃、五条はしばしば気まぐれに七海の自宅を訪問しては無断で宿泊を敢行する、という迷惑行為に及んでいた。七海にとっては至極不愉快な来訪者だったろうに、言っても聞かない相手だからと最初から諦めていたのか、彼が五条を無理に追い出すことは決してしなかった。
     五条はソファで寝落ちしていた。ベランダから吹く風が五条の髪を撫で、七海が洗濯物を干していることを教えてくれた。随分と眠ってしまったものだと体を起こそうとした五条の耳が、聴き覚えのある旋律を拾った。七海が小さく鼻歌を歌っていた。それは五条たちが学生だった頃に流行していたラブソングで、あの七海が上機嫌に恋の鼻歌を歌っているという事実に、五条は少なからず喫驚した。同時に、胸の奥の柔いところを無遠慮に撫でられたような、不快なざわめきが起こった。
     七海は誰かに恋をしているのだろうか。
     そう思った瞬間、五条の胸の奥底に、ぽっかりと穴が空いた心地がした。「ああダメだ」と咄嗟に自衛を試みるも時すでに遅く、五条は自分が七海に恋心を抱いていることを自覚してしまった。そして、その恋が実らないことも直感した。
     一般人の世界であれば、呪術界に身を置き続けるより、はるかに出会いは多いはずである。七海に心惹かれる相手ができていたとしても、何らおかしいことはない。
     傷心を自ら慰めるかのように、言い訳じみた言葉が勝手に湧いてきた。あまりにもみっともなくて、五条は寝落ちている間に七海が掛けてくれていた毛布を頭から被った。不覚にも恋の自覚と失恋を同時に味わった五条は、己の勘の鋭さを憎らしく思った。
     七海への思いを自覚してからというもの、五条は心に空いた穴から全身が腐敗していくような、じくじくとした痛みに襲われ続けていた。実る見込みのない恋慕の情など、さっさと捨ててしまえば良いのに、五条は未練がましく七海を思うことをやめられないでいる。その身を傷つけてまで守られては、無益な期待が膨らむばかりで、見つけてしまった恋心と一向に決別できなくなってしまう。静かな寝息を立て続ける七海に、五条は再び舌打ちを送った。
    「……まさか、守った相手から舌打ちで起こされるとは思いませんでした」
    常の声量だと腹に響くのか、掠れた声で七海は五条に視線を返していた。
    「あ、起きた。どうする?硝子呼ぶ?」
    七海は首を緩く横に振った。五条は「あっそ」と呟いてから、椅子に深く腰をかけた。
     七海は不思議そうな顔で五条を見つめていた。五条が小首を傾げると「随分と静かですね」と言った。
    「あなたのことですから、もっと小馬鹿にしてくるものだと思っていました」
    「さすがの僕でも庇ってくれた奴を揶揄ったりしないよ。そんくらいの礼儀はわきまえてるぜ?」
    五条の言葉に、七海は黙って目を細めた。
    「おい、今失礼なこと思ってるだろ」
    「いえ、そんなことは。ただ、なぜそんな顔をしているのかと思ったので」
    「どんな顔だよ?」
    「あなた、泣けないんですか?」
     七海の質問によって、五条はようやく自身の目の奥が熱を持っていることに気が付いた。七海がちゃんと目を覚ましたことへの安堵からくる熱だろうと、五条はすぐに察したが、それを七海に気取られるのは憚られる気がした。
    「なに?お前、僕が泣きたいのを堪えてるって言いたいわけ?」
    努めて不敵な笑みを浮かべながら尋ねると、七海は少し考えてから、「私にはそう見えたので」と答えた。
    「あなたが何のために泣きそうになっているかは知りませんが、『五条悟』だからと言って、全てを溜め込む必要はないと思います」
    ほとんど独り言のような口調で告げながら、七海は天井に視線を移した。
     お世辞にも七海は五条を人として好いてはいない。
     七海から自分への気持ちを分析するならば、五条はそう評価する。だから思いの成就というものを諦めている。だというのに、七海は良く思っている相手だろうが、そうでなかろうが、分け隔てなく思いやりを注ぎ、分け隔てなく静かに見守っている。それが五条には何より悲しく、何より嬉しかった。
    「僕の恋人になってよ」
     自制がきかないままに膨らんだ感情は、言葉となって五条の口から押し出された。話の流れにそぐわない言葉に、七海は訝しそうな表情で眉を寄せた。
    「僕、七海のことが好き」
     心臓が爆音を奏でていた。目の奥の熱が顔中に広がってしまったようで、鏡を見ずとも頬が赤いことが容易に把握できた。
     言ってしまった。しかし胸の奥底の穴は、ほんの少し小さくなった気がした。このまましっかりと振られるならば、ちゃんと諦めをつけることができる。だが仮に、もしも、奇跡的に受け入れてもらえたならば、たくさんの思い出を一緒に作ってほしい。いつか別れを告げられて離れることになったとしても、前を向いて背中を見送れるように。
     鼻の奥がツンとした痛みを告げた。声を発すると瓦解してしまう予感がして、五条はうつむくことしかできなくなった。
    「……全てを溜め込む必要はないと言いましたが、まさか、告白されるとは思いませんでした」
    七海は深く溜め息を吐いて、呆れた様子で五条を見つめた。
    「…いつから、私をそんな風に?」
    「……出戻る前」
    声の震えを押し殺しながら五条が答えると、七海は「そうですか」と短く相槌を打った。
    「…『私も』と言ったら……、」
    七海は続きを飲み込んだ。自らの心音がうるさい五条には、続く言葉を求める余裕がなかった。
    「返事は後日、回復してからでも良いですか?」
    頷きを返した五条は、黙って立ち上がると足早に医務室を後にした。

     目の前にある微笑は、五条の告白に返事をしたときの口元によく似ていた。七海はこんな風に笑うのかと、夢と現実の間に立っているような心地で、五条はくしゃりと顔を歪めた。
    「恋人になるんですから、素直に嬉し泣きしてくれて良いんですよ?別に今さらあなたに幻滅することなんてありませんし」
     あの日の穏やかな声が、五条の鼓膜で蘇った。それだけで悲惨な想像が薄れてしまうのだから、どうしようもないほどに自分は七海に惚れているのだと、実感せざるを得ない。
    「どうしよ。お前と別れられないかも」
    五条の心配を他所に、七海は不恰好な寝癖と美しい寝顔を晒している。
     カーテンは随分と明るくなった。朝が訪れてしまったらしい。腹を括った五条が、ベッドから抜け出そうと七海に背を向けると、不意に背後から抱き締められた。
    「…起きてんの?」
    声をかけるも返事はなく、首だけで振り返ると、七海は五条を腕の中に閉じ込めたまま寝息を立てていた。
    「なんだ。寝てんのか」
    名残惜しく思いながら五条が拘束を解こうとすると、七海が何かを呟いた。
    「ん?」
    七海の口元に耳を寄せると、
    「ごじょうさん…」
     睡魔に囚われたままの舌足らずな声だった。五条の全身は内側から起こる穏やかな熱に包まれた。
    「もしかして、お前もけっこう僕のこと…好き?」
    七海からの返事はなく、五条は苦笑を漏らした。
    「いーよ。そっちで聞くから」
     腕の中で七海と向き合い、五条は目を閉じた。七海の胸元からは、一定のリズムで心音が聞こえた。拍動に夢の世界へ誘われながら、五条は七海の夢が晴れていてほしいと願った。
     彼の柔らかくて美しい金色は、青空の中にとても映えるのだ。煌めく海があれば、なおさら良い。細波をバックバンドに同じ鼻歌が歌えたら、これ以上、何も望むものはない。
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