人間のひみつ コーヒーの匂いに、学生たちはすぐ気づいたようだった。
「豊穣さんきとったで。お菓子あるから手ぇ洗って」
豊穣は時々菓子を手土産にBAR Fに立ち寄る。そして寶のいれたあまり美味くもないコーヒーを飲み、30分経つと帰っていく。なんとはなしの習慣になっていた。
「豊穣さん来てるなら、早く帰ってくればよかったー。聞きたいことあったのに」
洗面所のタオルで手を拭きながら樹果がいった。
「何をだ?」
コーヒーサーバーからカップにコーヒーを注ぎながらうるうは訊いた。
「どうやったら、ああいう渋カッコいいかんじの人間体に変身できるのか、聞きたいじゃん?」
「おめー、豊穣さんみたいになりたかったのか?」
「みんなにはいつでも聞けるけどさー、豊穣さん、たまにしか来ないから、参考っていうか」
焔の問いに樹果が答えた。
「俺、人間体、がんばって大人っぽくしたのに」
沈黙が流れた。ややあって、
「お……おう」
と焔の曖昧な返答があった。
「ワイ、渋カッコええやろ?」
「渋いんじゃなくて、うさんくさい」
寶がわざとらしく肩を落としてみせる。
「あ、そうだ蘭丸! 蘭丸は小さかった頃の豊穣さん覚えてるよね、なんか知ってる?」
蘭丸はしばらく天井に目をやって、考え込んでいた。
「う〜ん、正直記憶ないから覚えてない… この間のアレで僕もびっくりしたよ。あの小さな子がいきなり大きくなってて」
「親戚のおじさんかよ」
そのわりに、アイドル時代の振り付けとかは覚えてるんだよな、蘭丸は。蘭丸の記憶についても訊きたいこといっぱいあるけど、とりあえずお菓子のほうが先だ。そう思いながら、樹果は皿に盛られた焼き菓子に手を出した。