「……ナワーブ」
五本の指全てを手の内に握り締めて、イライは口を開く。喉を通した声が震えて出ないように心掛けたが、舌に乗ったのはやや弱弱しい声だった。己を恥じ、唇を一度噛みしめて、言葉を選ぶ。何と言うべきか。ドアノブを見下ろしながら、懸命に考えようとする。
「ナワーブ……わた、し」
イライはたどたどしい思考で言葉を選び取り、舌に乗せようとしていた。しかしその殆どが形にならないまま途切れてしまった。イライが臆病だったからではない。唐突に扉が開いて、そこから伸びたひとつの腕がイライを抱き攫ったのだ。立ち尽くしていたイライの体は、ひどく強い力で床から引き離され、その場からも遠のいた。
バタン。と扉の閉まる音が聞こえ、次いで錠の閉まる音を認識したとき。イライは吃驚の余り止めていた息を恐る恐る吐いた。目を幾度も瞬かせて状況を理解しようとする。目の前は暗がりだ。先ほどのような、背後でランプの光が揺らめく薄暗がりではない。光が殆ど入らない……カーテン越しに通る淡い光の他には何をもない薄闇。まず間違いなく、先ほど立ち尽くしていた廊下ではない。ではここは?
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