うかうか「どうした、陸岡」
いきなり街路樹にスマホを向けて何かを撮影しだした樹果に、うるうが声をかけた。
「しばらくなら待つが、終わるまで待っていたら遅刻するぞ」
「うん、うるうくん、ごめん」
樹果は生返事をしながら、蝉の羽化を撮影しているようだった。
「しょうがないな」
うるうはため息をつきながら、しばらく樹果を待つことを決めたようだった。
蝉は茶色の殻のような体から、白く虹色に光る新しい体が半分出ていて、羽を伸ばそうとしている。
「落ちたりしないの?」
蘭丸が呟く。
「半分以上は無事に大人になれないらしいよ」
言って、樹果はスマホをしまった。
「うるうくん、蘭丸ごめん、行こう」
「後少しなら時間はあるが、いいのか?」
樹果はうなずいた。
「蘭丸に説明してて気づいた。大人になりそこなったところ撮っちゃったら、かわいそうじゃん」
かわいそうってどういうことだろう、そう蘭丸は考える。地に落ちた蝉には生きる術はもうないのか、とか、あのつやつやと光る茶色の殻の中から出なかったほうが本当は幸せなんじゃないか、とか、そんな感傷的なことを打ち明けられるほど、このふたりとはまだ仲良くなっていない。
通りの向こうの街路樹に目を向ける。梢に、同じ年頃の白い服を着た少年の姿が見える。
あの人も、木から落っこちたりしないのかな。
「蘭丸、早く横断歩道渡って!」
何かを思い出そうとしたところを、樹果の大声で断ち切られる。