tete-a-tete そのひととはよく会っているのだと思う。たとえば学校の行き帰りや、教室移動のときや、風呂からの帰りにでも。
でも誰にも言ったことはない。会ったのを覚えているのは向こうだけだから。
「本当に思い出せないのかい?」
胸元の紐がクロスしている不思議な白い服を着て、その肌の色とのコントラストがきれいだな、と思うけど、ただぼうっと見ているだけで、何もできない。
そのひとは、僕の名前を呼ぶけれど、僕にはどうしても聞き取れない。僕が決まり悪げに視線をちらつかせると、そのひとの青い瞳が怒りを含んできて、炎って青いほど温度が高いんだっけ、とかそういうことを思い出す。こんなくだらないことは簡単に思い出せるのに、僕はこのひとの名前すら知らない。
そのひとは優しさを装って、きみに怒ってるわけじゃないよ、と言うけれど、僕はどうしてもそれを信じられない。僕はとてもひどいことをしたはずで、忘れていられるから、このひとと顔を合わせていられるはずだから。思い出したくない。思い出してしまえば、きっと、このひとは僕に会いにきてくれない。思い出せないから、ちょうどいい。